Dreaming

World End #9



報告書を一緒に纏めていた小太郎がエルヴィンに連れて行かれて30分。
ペンをテーブルに置いたはぐぐ、と背伸びをした。
最近雨が多かったのにも関わらず今日は晴天。窓から差し込む光が気持ち良い。


「何が次の捕獲作戦会議だよー。私も報告書なんかより、そっちの方がいいのにぃー。」


確かに戦法については小太郎の方が秀でているのは理解している。だが、それ以上にこの報告書が苦痛でならないのだ。
一応こちらの文字は不自由しない程度に使えるとは言っても、報告書となれば話は違ってくる。
つまらない作業に加え、文面を考えるのに余計な頭を使うそれに、は「よし」と掛け声を上げると立ち上がった。


「休憩!」


相変わらず短パンにTシャツという軽装で、は部屋の窓を開けると、人目が無いことを確認する。


「街に行こうかなぁー、それとも壁の外を散歩して来ようかなぁー。」


壁の外を散歩するなんて言う輩はくらいだろう。
は窓枠に足をかけると、身体を外に放り出した。


「うん!10点満点!」


完璧な着地をしてみせると、そのまま軽快に走り出す。

会議が終わり、様子を見に来たリヴァイと小太郎がもぬけの空となった部屋を発見したのはそれから2時間程たった頃だった。

































ぐしゃりと音を立てて書きかけの報告書に皺が寄る。
途中まで報告書らしい文字が並んでいたが、最後に書いてあったのは拙いながらも目つきの悪さと髪型で誰か識別できてしまう、リヴァイの似顔絵だった。
その横には「人類最強(笑)」とリヴァイには分からない文字で書かれてある。
何と書いてあるか分からなくても馬鹿にされていること位は分かるそれに、リヴァイは顔を益々凶暴なものに変えた。


「コタロー・・・すぐにを連れて来い・・・」


こくん、とうなづいた小太郎はすぐにその場から姿を消した。
風が開け放たれた窓から入って来て、リヴァイはそちらに視線を向ける。
窓枠についているのは間違えなくの足跡だろう。


「汚ねぇな」


置かれてあったの上着で窓枠を拭くと、リヴァイはそれを床に放り投げようとしたが、思いとどまって几帳面にも畳み、椅子の上に置いた。
そしてよくよく見回すと、このの部屋が汚いことに気付く。

ぞわぞわ、と鳥肌が立ったリヴァイは足早に彼女の部屋を後にし、数分後、掃除道具を手に戻って来た。


「クソ、何で俺はあいつの部屋を掃除してるんだ」


悪態を付きながらもモップで床を拭き始め、散らばっている衣類は洗濯籠に放り込む。
乱雑にテーブルの上に置かれている本も本棚に並べる。いや、並べようとした。しかし、高さも幅もばらばらに並べられている本に我慢できずに、高さ順に並べなおす。

1番背の低いノートに手をかけた時、リヴァイはその表紙を見て俊敏に掃除していた動きを止めた。
そこには拙い文字で「日記」と書かれてある。


「あいつ、こんなもん書くような奴だったか?」


表紙を捲ると、1ページ目に「文字の練習ついでに日記を書こうと思う」という一文が目に入った。
意外と熱心なところもあるじゃないか、と少しだけ感心しながらページを捲ったのに、リヴァイは眉を寄せた。


”今日もリヴァイに苛められた。絶対いつか泣かせる。”


その下には、硬質スチールであろうカッターのようなものを振り回している自分の絵が描かれている。なお悪いことに、その口からは炎を吐き出していて、しくしくと蹲って泣いているであろうの姿もある。

リヴァイは無言でぱらぱらとページを捲った。


”ペトラさんは天使だ!癒しだ!!むさくるしい男ばっかり、それも、人相の悪いリヴァイばっか相手してるとその美しさも際立ち(以下省略)”


「何だこりゃ・・・、しかも、毎日書いたと思ったら一週間おきに書いたり・・・。」


またページを捲る。文字を書いている時はまだマシ(いや、内容は酷いが)だが、物によっては絵を描いて終わっているものもある。


「何が文字の練習だ・・・あのクズ・・!」


べし、と床にノートを叩きつけてぐりぐりと足で踏み潰す。
その時だった、ドアが開いて、小太郎に首根っこを掴まれたが戻ってきたのは。


「あれ、リヴァイ。何して・・って、あぁぁぁ!!」


きょとん、とした後、リヴァイの足で踏みつけられているものを見つけたは悲鳴を上げて、小太郎の手を振り払うと日記に飛びついた。


「ひ、ひどい!」
「何がだ!お前の日記の方が酷い!!」


日記を蹴り飛ばすと、それを見事にキャッチしてぱんぱんと汚れを払った。


「乙女の日記を盗み見るなんて・・・この外道!」
「あぁ!?」


リヴァイはの胸倉を掴み、日記を取り上げると、落書きをしているページを開いてに突きつけた。


「これの何処が日記なんだ?日記なら毎日つけろ!文字を書け!」
「う、うぐうう・・」


返す言葉が無いは唸りながらも日記を取り返そうとするが、それをひょい、と避けてリヴァイはを蹴り飛ばした。


「横暴ー、鬼ー、悪魔ー!」


べしゃっと床に尻餅をついたはそういい捨てて逃げようとするが、後ろから勢い良く首に腕を回され、ぎりぎりと締められる。


「んなことはどうでも良いから、さっさと報告書を書け、この愚図が!」


首を支点に引きずられ、椅子に座らされたは、なんと、味方と信じて疑わなかった小太郎に縄で椅子に固定されて、恨めしそうに小太郎を見た。


「小太郎・・・信じてたのに・・・。」
「仕事。己も手伝う。」


こうしては強制的にペンを握らされ、その間何故かリヴァイがの部屋を掃除するというカオスな空間が出来上がった。
リヴァイを探してやってきたエルヴィンは入った瞬間、顔を引きつらせた、らしい。























何度もリヴァイから赤が入り、ようやく報告書を出したのは夕食の時間だった。
げっそりとしたはふらふらとしながらも食堂に入り、そこで衝撃の事実を聞く。


「あ!!聞いたよー。遠征以外はリヴァイの手伝いだってね。


は思わずスープを掬っていたスプーンを落とした。
スープが飛び散り、テーブルに零れる。目の前に居た小太郎は慌てて立ち上がると、タオルで拭き始めた。


「は?」


相変わらずハンジはにこにこしながら小太郎の隣にトレイを置いて、腰掛けた。


「まぁ、リヴァイも兵長ってだけあって、仕事量半端無いからねぇ。ま、頑張って!」


ぐ、と親指を立てて励まされたは未だ呆然としている。


「リヴァイの手伝い・・?私が?」
「あれ、まだ聞いてないの?」


くるくるとパスタをフォークに巻きつけながらハンジは楽しそうに話す。


「ほら、リヴァイって書類作ったり会議に出たり忙しいでしょ?だから、是非にパシらせ・・じゃなかった、手伝って貰いたいってエルヴィンに直談判したらしいよ。いやー、愛されてるね!」


明らかにパシらせるって言いかけたハンジに、は眉を寄せた。
そんな話聞いていないし、願い下げだ。今日の報告書でもひいひい言わされたのにこれが続くかと思うと鬱になる。


「・・・小太郎、知ってた?」


の服についたスープを拭き終えた小太郎に聞くと、彼は、うん、と事も無げに頷く。
ハンジ曰く、その時のの表情といったら傑作だったらしい。


「あの悪党め・・・。」
「誰が悪党だ。」


ごつん、と盛大な音が鳴って、はスープの中に顔を突っ込んだ。
小太郎がすぐに顔をスープの中から救出し、タオルで拭く。


「ひどい・・ひどい!」


うわーん!とリヴァイに掴みかかろうとするが、それをリヴァイはさっと避ける。


「スープにまみれた汚い顔で近づくな。」
「誰のせいだと思ってんの!」
「自業自得だ。」


そう言いながらも食事を持っての隣に腰掛けたリヴァイは、パンをちぎって口に放り込んだ。


「スープもらい!」


先ほど顔を突っ込んだため、のスープは食べれたものではない。
はリヴァイのトレイからスープを取ると、それを口に運んだ。


「返せ、このクズ。」
「嫌だよー、あ、半分こする?半分ならあげる。」


いや、そもそも人が口つけたスープをリヴァイが受け取るとは思えない。またスープに顔を突っ込む羽目にならないかと見守っていたら、リヴァイが仕方無さそうに頷くのを見てハンジは食べていたパスタを吐き出しそうになった。


「んだよ、汚ぇな。」
「いや、リヴァイ、君・・・」


尋常じゃないくらいの潔癖症でしょ?と言い掛けて口を噤む。
そしてにやにやと口を歪ませ始めた。


「成る程ね。好きな子は苛めたくなるタイプか。」
「あぁ?とうとうイカれたか?」


射殺しそうな視線で睨みつけられながらも、むふふ、と嫌な笑いを止めないハンジは頭からパスタを被る羽目となった。


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2013.7.31 執筆