巨人と戦う、という点に於いては、リヴァイに劣るとも勝らない功績を挙げるだが、残念ながら、普段の仕事についてはからっきしだった。
勿論、調査兵団の訓練を行う際には遺憾なくその力を発揮する。問題なのはそれ以外、つまり、デスクワークというものに分類される仕事である。
「てめぇは脳みそまで筋肉で出来てんのか、あぁ?」
提出した資料を目の前で引き裂かれ、はあんぐりと口を開けた。
その傍らではアポロが楽しそうに次の実験についてハンジと語り合っている。
「ひ、ひどい!」
「アポロはお前を元にして創られたと言ったな。何故こうも違うんだ、お前らは。」
呆れたように言い放ってリヴァイはどかりと足をテーブルに投げ出した。
「うっうっうっ」
へたり、と地面に座り込んで泣きまねをしていると、いつの間にか現れた小太郎がそっと手を肩に置いて慰める。
ここ最近よく見られる光景だ。
更にどう苛めてやろうか、と考えているとドアが開く音にリヴァイは視線を移す。
「まぁまぁ、そう言うな、リヴァイ。」
苦笑しながら部屋に入ってきたのはエルヴィンだ。どうやら廊下にまでリヴァイの怒声は響いていたらしい。
「エルヴィン!」
救世主だといわんばかりにぱっと顔を上げたは期待に満ちた目でエルヴィンを見る。
「丁度訓令兵の講義を頼まれたんだ。出来れば君に行って欲しいんだが、どうだい、。」
それに分かりやすく不機嫌になるのはリヴァイで、彼はじろりとエルヴィンをにらみつけた。
「馬鹿言うな。こいつに講師なんて務まるか。」
「どの授業の講師をやるかはこちらで決めて良いらしい。対人格闘だったらにうってつけだと思うんだがね。」
リヴァイが舌打ちするのとが勢い良く手を上げるのは同時だった。
「やるやる!対人格闘なら得意だよ!」
小太郎はとリヴァイを見比べた後、自分も手を上げる。
「決まりだな。日程は追って伝えるよ。」
用事はそれだけだったのか、エルヴィンは踵を返して部屋を出て行った。
黙って聞いていたハンジは楽しそうにリヴァイを見る。
彼は見るからに機嫌悪く、だんだんとテーブルを蹴りつけているのだから分かりやすい。
「、頑張ってね。」
「うん。」
笑顔で頷くとは対照的にリヴァイはそっぽを向いて顔を歪めた。
リヴァイの機嫌はそれはもう悪かった。
報告書を届けに来たペトラはびくびくと怯えながら彼の執務室を出ると、大きく息を吐き出す。その手には提出したはずの報告書が握られていた。所謂差し戻しである。
「何だ、ペトラ。ため息なんかついて。」
「あぁ、オルオ・・。」
彼の手にも報告書がある。大方リヴァイに届けに来たのだろう。
「兵長のところ行くんなら気をつけた方が良いわよ。すっごく機嫌悪いから。」
「あぁ?なんでまた・・・ってアイツがいないからか。」
納得したようにオルオは頷く。
「アイツがいつも兵士長のストレスのはけ口になってたからな。あんな奴でもいないと困るもんだ。」
「・・・何言ってんの?」
大きく勘違いをしているオルオに呆れたように返すと、オルオはお前こそ何を言ってるんだ、と言い返す。
兵長フリークのオルオはが彼に気に入られているということを頑なに受け入れない。それどころか、リヴァイにとって体の良い八つ当たり要員だと思っている。
「は兵士長のお気に入りだからね。全く、早く戻ってきて欲しいよ。」
苦笑しながら言うのはナナバだ。彼も午前中機嫌の悪いリヴァイのところへ向かい、撃沈したうちの1人だ。
「アイツがお気に入りィ?」
は、と鼻で笑い飛ばしたオルオに、ペトラとナナバは目を見合わせる。
「何て言うんだっけ、こういうの。」
「KY、ってヤツよね。」
はぁ、と同時にため息をつき、とばっちりを食わないように、と2人はさっさとその場を後にした。
「はいつまで訓練兵の所にいるか知ってるかい?」
「確か3日だった気がするけど・・・」
それを聞いて大きくため息をつく。いつもなら報告書や資料を持っていくと軽く目を通して、短くそして的確に修正を命じてくれるリヴァイだが、機嫌が悪いと、何も言わずに突き返す。
比較的直しが少ないナナバでも、彼が何も言わずに突き返すとどうして良いか分からないのだから途方に暮れてしまう。
「団長も分かっててを行かせたんだろうね。性質が悪いよ。」
「からかって面白がってるのよ。兵長をからかえる機械なんて普段無いもの。」
はぁ、と同時にため息をついて、おのおの報告書を修正しに席についた。
対人格闘術の特別講師として調査兵団から人がやってくると聞いたのは当日の朝食の場での事だった。
調査兵団に憧れているエレンはその目を輝かせ、隣の席に座るミカサは嫌そうに顔を顰めた。
「男か?女か?」
興味深そうに誰かが声を上げる。
「そこまではまだ分かってねぇよ。でも教官たちが随分とそわそわしてたから、もしかしたらリヴァイ兵士長かもしれねぇな!」
情報元のコニーがにやにやとしながら言うと、更にエレンは期待に胸を膨らませた。
「調査兵団から特別講師って・・・初めてじゃないかな。」
過去、聞いた事の無い事例にアルミンが呟く。エレンは食事を急いで口の中に放り込むと、咀嚼しながら立ち上がった。
ミカサもそれに習って急いで食べると立ち上がる。
「あ、2人とも!サシャ、これ食べて良いから!」
エレンが何をしに行ったのかは想像がつく。アルミンは追いかける為に残りの食事の乗ったトレイをサシャに渡すと2人の後を追った。
「エレン、何処に行くの。」
「決まってんだろ!対人格闘は朝一だ。特別講師ももう来てるだろうから、見に行くんだよ!」
話しながら走っている癖に2人の速度は速い。アルミンはなんとか2人の背中を見失わない程度に追いかけた。
角を曲がるともう少しで教員室へたどり着く。
「戻ろう。どうせ後で見れるんだから。」
「しっ!お前、先戻ってろよ。」
ドアの隙間からのぞくエレンの横でミカサが窘めるが、彼は一向に動かない。
気になるのは分からなくも無いが、見つかれば完璧小言を食らう。
「エレン、ミカサ」
アルミンがようやく追いついて声をかけるのと、ドアが開くのは同時だった。
今までの講義内容を聞いていたと小太郎は、ちらり、とドアに視線を寄越した。
先ほどから動かない2人分の気配に近づいてきたもう1人の気配。
対人格闘術の教官の話を折って、は興味本位に立ち上がり、ドアへと近づく。
「・・・エレン君、ミカサちゃん?」
そして、驚かそうと一気にドアを開けると、そこにはしゃがみ込むエレンとその横に立っているミカサの姿があった。
もう1人は知らないが、3人とも驚いた顔をしてを凝視している。
「え、さん!?」
と会うのは、あの、巨人が壁を壊した日以来だ。まさか、こんな所で再会するとは思わなかったエレンとミカサは目を見開く。
「えー、なんか懐かしいなぁ。元気だった?てか、元気?」
一瞬驚いた顔をしたはすぐに笑みを浮かべると、エレンとミカサにハグをする。
硬直したまま彼女のハグを受けた2人はドアの先にまた見知った姿を見つけて動揺する。
「あ、小太郎、エレン君とミカサちゃんだよー。」
まるで親戚の子どもが遊びに来た時のように小太郎に声をかけると、その長身に似合わず俊敏な動きを見せた小太郎は一瞬での横に立つ。
相変わらず無表情のまま見下ろされて、エレンとミカサは顔を見合わせた。
「そっちの子は初めまして、だね。私は。こっちが小太郎。よろしく。」
ようやくミカサを離して、その後ろにいたアルミンに声をかけると、アルミンはびくり、と身体を揺らしながらも敬礼する。
「ア、アルミン・アルトレトです!」
「そんな固くならなくて良いって。講師って言っても3日だけだし。」
差し出した手を軽く上げると、ようやくそれに気付いたアルミンは敬礼をやめて手を握り返した。
(普通の女の人、だ。)
にこにこと笑いながら差し出された手は柔らかい。余り戦い慣れた手に見えなくて、アルミンは内心首を傾げた。
コニーの話だと対人格闘術の講師だった筈。それとも実際に講師を行うのは、小太郎の方だろうか。
「さんとコタローさんが対人格闘術の講師?」
ミカサに尋ねられては大きく頷いた。
「って言っても、体動かすのは私担当で、説明担当が小太郎。しっかり扱くからね!」
その言葉にミカサは少しだけ顔を引きつらせる。
講師をするならば、まだ小太郎の方がやさしさがある事を知っているからだ。
「あ、でも私手加減苦手だからなぁー。流石に女の子をぼろかすにしたら怒られるかな・・・。」
「問題ない。」
疑問に答えたのは背後にいた教官だ。達が訓練兵の時にお世話になった対人格闘術の教官である。
「最近たるんでた所だ。思い切りやってやれ。・・・あぁ、だが、殺すなよ。」
不穏な言葉が出てきてアルミンとエレンは目を見張る。
修行をつけてもらっていたミカサはともかく、2人とも彼女を相手にすると下手したら命を落とす可能性があるだなんて知らないし、また、想像もつかないのだ。
「あはは、大丈夫。腕の1本や2本取れてもちゃんと治療して――――ふぐっ!」
「主・・・。」
けらけらと笑いながら言いかけたの口を塞いだ小太郎は窘めるように首を横に振るとずるずると彼女を引きずって奥へ行ってしまった。
当然残ったのは3人と教官で、まずい、と3人が思った時には時既に遅し。
「3人とも、対人格闘術が始まるまで走ってろ!」
教官の雷が落ちて3人は慌てて走り出した。
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