兵法講義の補講を受けたと小太郎はぐったりしたように歩いていた。
しかし、今日はまだこれで終わりではない。
小太郎はこの後技巧術の補講、は馬術の補講があるのだ。
「あ、コタロー、こっちこっち。」
ペトラが向かいからやって来たと思ったら小太郎を呼ぶものだから、は嫌な予感に眉を寄せた。
技巧術の面倒はペトラが見てくれるのだろう。ということは、自然と馬術の面倒は別の誰かが見ることになる。
と小太郎の面倒を見てくれているのは主にペトラ、オルオ、ハンジ、リヴァイだが、としては一番ペトラに教わるのが良い。
次にハンジ、最下位は同列でリヴァイとオルオだ。
(さっきまでハンジが見てくれてたからオルオかリヴァイだ・・・ペトラさんが良いのにぃーーー!!てか、リヴァイが近づいてきてるってことはリヴァイかぁ)
恨めしそうに小太郎を見ると、全てを察したのか、諦めろ、と首を横に振られただけだった。
「の馬術はリヴァイ兵長が見てくれるって。」
良かったわね。と続けていわれるが何が良いんだかさっぱり分からない。
「うげぇ・・やっぱりリヴァイかぁー。ま、オルオよりは1ミクロンくらいはマシかなってぇっあだ!」
遠くにいるから聞こえてないと思いきや、しっかり聞こえてきたらしい。
無駄に最高速度での元までやって来たリヴァイは背後からとび蹴りをかましてくれた。
「オイ、俺の何が不満なんだ?言ってみろ。」
「なーんにもー!」
とび蹴りは食らったものの、確り着地したはそのままリヴァイにずるずると引きずられる。
「うわーん!ペトラさぁーん!ペトラさんがいいーーー!!」
「うるせぇクソ餓鬼!」
子どものように言い合いをしながら去っていく2人を見つめていたペトラは、くすくすと笑い始めた。
小太郎は不思議そうに彼女を見る。
「だって、ほら、兵長があんなふうに接する人って中々いないし、ちゃんもいつもは大人びて見えるけど、兵長と居るときは歳相応でしょう?言い合いばかりしてるけど、きっと気が合うんでしょうね。」
そうなんだ。とは口に出さないものの、考えてみて合点がいったのか、うんうんと小太郎は頷いた。
「良い事。」
「そうね。良い事だわ。さ、私達も行きましょう。」
と別々に補講を受けるのは初めてだ。分身をつけようか迷ったものの、あの分だとリヴァイが居れば問題ないだろう。そう結論付けて、小太郎はペトラの後ろに続いた。
は顔面蒼白だった。馬を走らせようとしたら矢張り力を入れすぎて暴走したのはいつものこと。そしていつもどおり馬から飛び降りようとしたのに、それをリヴァイが許さないのだ。
「良いと言うまで馬から下りるなよ。」
そのリヴァイはと言うと、の暴走する馬と併走している。
この状況でよく噛まずに喋れるな、と関心しながらも必死に馬にしがみつく。
この馬の速さについては如何ってことが無い。問題なのは、自分の意思ではなく、馬の意思でとんでもない速さがでている状況を甘んじて受けなければいけないことだ。
「あと10分もすれば馬がばてる。」
「10分!?」
既にこの揺れで気持ち悪くなっていたは頬が引きつるのを感じた。
そして心に誓う。今度から人を抱えて爆走するのはやめよう、と。きっと彼らもこういう気持ちだったのだろう。今まで申し訳ないことをした。
それと同時に、小太郎を尊敬する。
彼に何度か抱えて走られたことがあったが、余りブレが無かったのだ。
そんな事を悶々と考えていると、いつの間にか馬の速度が落ち始めた。
(あぁ、やっと終わる)
そう、気を抜いた時だ。馬が嘶いて後ろ足だけで立ったのは。
「うわわわ!ぐえ!」
宙に放り出されたと思ったら、がくん、と落ち、首が締め付けられる。
下を見るとぶらんと浮いている下肢。
「何やってんだ、コラ。」
ぶらんぶらん、と揺れる体。どうやらリヴァイに首根っこを掴まれているらしい。
「あ・・と、ちょっと考え事してて」
「あぁ?」
ぎろり、と睨まれるので、も睨み返す。また小競り合いが始まるかと思えば、意外にも折れたのはリヴァイだった。
「世話の焼けるガキだ。」
落ち着き始めた馬にを放り投げると、は驚きつつもしっかり馬に乗って、訳が分からない、というようにリヴァイを見た。
リヴァイは馬を下りて、の右側に立っているのだ。
「いいか、馬を蹴る時はな」
むんず、と捕まれた足。
「こうやるんだよ。」
その足を馬に叩きつけると、駆け出す馬。先ほどと違うのはその速度だ。
すぐにリヴァイも馬に乗ると、を追いかける。
「おお!丁度良い速さ!」
初めてそれなりの速さで、馬が混乱することも無く走るのを体感して、はきらきらとした目で少し後ろを走るリヴァイを振り返った。
「リヴァイ!ありがとー!!」
そして無意識のうちに足をばたばたさせる。
それに、リヴァイは呆れたように口を開けた。
「あ、馬鹿」
ばたばたさせた足は矢張り馬に当たり、例のごとく興奮した馬はジョッキーも真っ青な速度で走り始めた。
ぎゃぁぁ、という色気も何も無い声が遠ざかるのを見つめて、リヴァイはため息を付いた。
そんなこんなで、の馬術は何とかなり、兵法講義については、小太郎ともに多目に見てもらい、中間成績は20位内というまずまずの結果となった。
立体機動についても、こんなもの無い方がやりやすい、と文句はつけつつも、案外2人とも気に入ったようで、暇があれば2人で競争をしている。
「もらったぁー!」
加速し、巨人の模型に切りかかる。だが、その前を黒い影が横切ったかと思うと、巨人の項部分は綺麗に削がれていた。
言わずもがな、小太郎だ。
「あぁっ!」
伝説の忍者は伊達じゃない。スピードで言えば、念で強化しないかぎりは小太郎に勝てないのだ。
その後ろを大分遅れて追いかける99期訓練兵は、行く先々で出会う巨人の模型の項が削がれているのに落胆しながらも2人を追いかける。
(2人とも、個人戦だと申し分無いんだがなぁ・・・)
訓練の様子を望遠鏡で見ていた教官は、息をついた。
あの2人にはチームワークというものが皆無なのだ。しかも、2人に引きずられて他の訓練兵も単独で動くのが目立つ。
(少し訓練方法を変えるか。)
チームを組んで巨人を倒す訓練はまだ先の予定だったが、そうも言ってられない。
2人が率先して全部倒してしまう為、他の訓練兵まで回らないのだ。
「また負けた・・・。また、小太郎に負けた・・・。」
ぶつぶつと言いながらうな垂れるに、教官はため息をついた。
いつのまに2人はゴール地点である此処までたどり着いたのだろうか。
他の訓練兵はまだ中間辺りにいるというのに。
「、コタロー。」
声を掛けると、2人が教官の下まで来る。
「やりすぎだ。」
「いたっ」
ごつん、と頭に拳骨を落とすと、が大して痛くも無いはずなのに恨めしそうに教官を見た。因みに小太郎は背が高すぎる為、足を踏みつけようとしたものの、避けられてしまう。
「いいか。巨人を倒す時は2、3人で組んで倒すことが多い。お前らにはそのチームワークが皆無、いや、むしろマイナスだ。」
「マイナス!?いやいや、小太郎はともかく、私は協調性あると思い――」
「ほう?協調性があると?」
うぐ、と怯んだは小太郎の後ろにさっと隠れた。
こういう言い方をする人は苦手だ。兄に怒られている時の事を思い出す。
「午後は3人で一体巨人を倒す訓練を行う。1人討伐1回、討伐補佐2回行うことを条件にな。つまり、貴様らが補佐される事無く討伐すると、その分班員がノルマをクリアできなくなる、ということだ。」
かえって難しい。は顔を顰めたが、渋々頷いた。
1年というのはあっという間なもので、本日終了式を迎えることとなった。
成績は小太郎が3位、が5位という結果で、彼女にとっては不本意な結果に終わったが、小太郎を睨んでも結果が変わる訳でも無い。
「このまま配属先を希望するわけだけど、私達はもう決まってるしねぇー。」
他の卒業兵が各兵団の説明を聞きに言っている中、と小太郎は調査兵団へと向かっていた。
調査兵団に入り次第、巨人の捕獲作戦を行うとのことだったため、すぐに壁外に出ることになるだろう。
「・・・主」
「ん?」
声を掛けられて足を止める。その直後、轟音が響き渡った。
2人は近くの民家の屋根に飛びのり、様子を伺うと、遠くに巨人の頭が塀の向こうに見え、土ぼこりが舞っている。
「あれ、この塀より大きい巨人って居ないんじゃなかったっけ。」
暢気に言いながらも横の小太郎を見上げると、首を傾げるばかり。
「あっちは・・」
顔を歪めながら呟く小太郎に、は、とは気付いた。
あちらは、シガンシナ区だ。
未だ2人は硬質スチールも立体機動装置も支給されていない。
「行こう。」
一瞬迷ったが、そんな状況ではない。は声を掛けて駆け出した。
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