初めて出会った時の様子を察するに、が自由に武器を出し入れできる事は想像できたが、念のためボディチェックをすると、苦無が10本、特徴的な形状をしたナイフが2本が出てきて、リヴァイは呆れたようにを見た。
「お前は今から狩りにでも行くつもりだったのか?」
「えー、昔から武器の5,6個は身に付けろというのが我が家の教育方針だったもんで。えへへ。」
照れたように笑うを無表情で一瞥したリヴァイは踵を返して歩き始めた。
「ついて来い。お前らは良い。」
小太郎の気配が近くにある。ここには屋根裏が無いというのに、彼はどうやって移動しているのか気になったが、は黙ってリヴァイの背中を追った。
「エルヴィン、入るぞ。」
そう言いながらドアを開けると、そこには1人の男性が椅子に腰掛けていて、彼が高名なエルヴィン団長か、と思いながらもリヴァイに続いて部屋に入る。彼はを見ると少し驚いたような顔をした。
「こいつが貧相な装備で巨人を捻り潰した小娘だ。」
「ちょっとちょっとおにーさん!貧相な装備って!あの強そうな鎌のどこが!」
もっかい見せたろか!と影に手を突っ込もうとしたが、ここで武器を見せて争いになっても拙い。仕方なく文句をぶーぶー言うだけにしてたら、拳が横から飛んできて、咄嗟にそれをよけた。
「うげっ、ひどい!乱暴者ー!心がちっちゃい奴め!!」
別に身長のことを言った訳ではないのに、ちっちゃい、という単語に反応して益々リヴァイの顔が凶悪になる。
ぶん殴ってやろう、と顔に書いてにやりと笑いながら体勢を低くすると、が背にしている窓が割れて苦無が飛び込んできた。
それを顔を逸らしながら一本避け、まっすぐ腹に向かってきた一本を手で掴むと、リヴァイの手から血が流れ落ちる。
姿は辛うじて現していないが小太郎の仕業だ。
「あーもう!小太郎!呼ぶまで何もしちゃ駄目だってば!」
ぴりぴりと手に走る、傷が原因ではない痺れに、リヴァイは舌打しながらも手を見下ろした。
「リヴァイ!」
エルヴィンが厳しい顔で立ち上がる。
「・・・痺れ薬、だけ。」
音も無く現れた小太郎にリヴァイとエルヴィンは目を見開き、はため息をついた。小太郎の苦無にはどうやら痺れ薬が塗られていたらしい。
あわや乱闘、ということで、が必死に敵意が無いことを示し、小太郎に命じてリヴァイの手当てを命じた後、ようやく交渉の席に着いたのはもう日が沈みかけている時分だった。
縄でぐるぐる巻きにされた小太郎はの後ろに立ち、無言でリヴァイとエルヴィンを睨み付けている。
「単刀直入に言う。君達には調査兵団に入ってもらいたい。」
「主」
声をかけられて振り向くと、小太郎は首を横に振った。
「てめてには聞いてない。黙っとけ、クソが。」
先ほどの痺れ薬付きの苦無がよほど御気に召さなかったらしい。
リヴァイが今にも殴りかかりそうな凶悪な顔で吐き捨てると、小太郎は舌打をしてリヴァイをにらみ付けた。
あれ、舌打とか、小太郎さん、キャラ違くない?と突っ込みたい所だが、エルヴィンが控えめに笑うので、は顔を正面に戻した。
「確かに外は危険だ。君の家族が心配するのも頷ける。」
「いや、こいつらにとっちゃ、然程危険じゃ無いだろうよ。なぁ、よ。」
そうは言われても、いくらでも気を抜けば食われる。
リヴァイは人を何だと思っているのだろうか。
「あー、いや、そうでも無いよ。最初は切っても切っても修復しちゃうからほんと、悪い夢かと思ったし。」
あはは、と笑いながら言うが、巨人にたった2人で立ち向かった人物であればこんな笑い話のように話に出来るはずが無い。
彼女達は、この世界において異端なのだ。
「・・・100年程前に巨人が現れ、それ以来人類の人口は極端に減少した。そして、今まで我々人類が巨人に勝利したことは皆無。だが、君達は、負け続けの我々人類にとって光となる、と私は考えている。」
この世界に、いや、此処で暮らし始めて集めた情報によると、本当に人類は負けっぱなしで巨人に良いようにされているらしい。その世界でばっさばっさ巨人を倒してしまうとこういう目に合うのは分かっていた。
(だから、外に行くのは必要最低限にしてたんだけどなぁー)
詰まるところ、今回のことはの自業自得だ。
こういう風に問い詰められるのが嫌だったら最初から助けなければ良い話だったのだから。
それでもは衝動的に助けてしまった。
問題はこれから、彼らの力になるのか、それとも壁外にとんずらしてしまうか、だが。
「調査兵団って何するの?」
2人はその質問に少し戸惑ったようだった。ここで調査兵団について知らない人間などほぼ居ない。それこそ小さな子どもくらいだ。
調査兵団が戻ってくる時には嫌でも悪評は耳に入る筈。
「・・・唯一、壁外に遠征し、外を調査する兵団だ。後は巨人の生態調査も・・」
「生態調査!?」
甲高い少年の声。エルヴィンとリヴァイはぎょっと部屋を見回し始め、小太郎は呆れたようにため息を付き、は今度こそがっくりとうな垂れて頭を抱えた。
その間にも、の影から小さな手が出てきたと思ったら少年が飛び出してリヴァイに駆け寄った。
「き、君、一体どこから・・!」
「なぁなぁ、マジであのデカブツの生態調査なんてやってんのか?なぁ!」
「・・・あ、あぁ。」
流石の人類最強もぴょんぴょん飛び跳ねて自分に向かってくる金髪の少年に頬をひくつかせながらも頷くと、少年は歓喜に震えた。
「!調査兵団ってやつに入ろうぜ!んなおもれーこと、乗っからない訳ねぇだろ!」
「アポロ、あんた、私の能力、つまり僕!なーに勝手に出てきて話しちゃってんのよー!!ばか!あほ!」
は立ち上がるとアポロの腕を引っつかんでぎりぎりと締め上げた。
「いてぇ!いてぇって!」
「痛い筈無いじゃん!痛覚なんて無いでしょ!!」
「あ、そうだった。」
あっはっは!と笑った少年に怒りに青筋を立てながらもは小太郎に投げつけた。
小太郎は一瞬で縄を切ると、はらり、と細切れになった縄が地面に落ち、アポロを捕まえた。
「馬鹿。」
そしてじたばたしているアポロを見下ろして無表情で呟くと、アポロはぎゃーぎゃー言いながら更に暴れる。
「おいこら!誰が馬鹿だ!このすんばらしい頭脳を持ち合わせた俺を馬鹿だと!いつぞや助けてやった恩を忘れたのかよ!」
「助けたのは主。」
アポロはの言うとおり、彼女の念能力で創られたもの。しかし、当時のは同年代の友人が欲しく、学習機能を備えさせる為に、制約として勝手に動き回ることを許容してしまった。その過去の自分に少し後悔しながらも、この場をどう収めるかを思案しながら警戒しながら剣を持つリヴァイとその横で眉を寄せているエルヴィンを見た。
「私達が違う世界が来た事とこの特殊な力について他言しないなら、入団しようと思うんだけど、どうですかね。」
えへへ、と笑いながら言うと、エルヴィンは引きつった笑顔を浮かべつつも頷き、リヴァイはじろりとエルヴィンを見る。
「本気か?」
「あぁ。しかし、その前に兵法会議に出て2人が人類の敵ではないことを証明する必要があるな。」
「兵法会議?何、それ。」
首を傾げると、小太郎は何となく予想がついたのか相変わらずの無表情でエルヴィンを見た。
「君達の存在は未だ調査兵団の一部しか認識していない。しかし、今後この兵団に籍を置いて共に戦っていく為には、上に報告する必要があるのだよ。」
「ふーん、裁判みたいなのに出るってことかな。」
は面倒くさっと後ろにつけると、テーブルの上の乾パンのようなクッキーのようなかけらを手に取ったが、それは後ろの小太郎がさっと横取りしてしまう。
「あっ!」
「毒見する。」
かけらを一口口に入れて、こくりと飲み込むと、小太郎は頷いた。
「えへへ。お菓子だー!」
嬉しそうに、まだテーブルの上にあるそれを手にとっても口に入れたが、案外甘くないそれに、少し顔をゆがめる。
「あれ、コレ、なんかあんま甘くない。」
「はは、砂糖は貴重だからね。それより兵法会議について話を戻しても良いかい?」
喉にはりついたそれを取るために紅茶を飲みながらは頷いた。
「でもさぁ、人類の敵じゃないことを証明って、どうやって証明すんの?敵意ありませーん、じゃ納得して貰えないんでしょ?」
「あぁ・・・実は私も余り作戦が立てられていない。」
エルヴィンのあっけらかんとした言葉には危うく紅茶を落としかけた。
「えー!ちょっとちょっとおにーさん!困るよ、それじゃぁ。」
「煩い、喚くなくそガキ」
呆れたようなため息と共にそう言い捨てられて、はむっと眉を寄せた。
「まぁ、要するに、君達が巨人と戦うことに置いて有益なことを証明すれば良いだけだ。こちらの話の筋としては――――」
数日前、エルヴィンから言われたことを頭で復唱しながら、は発言しているエルヴィンを見た。
彼の横にはリヴァイ、そして、シーザーとカイトもいる。
「―――よって、彼女の能力を活用し、巨人を生け捕りにしその生態を解明および、今後の対巨人戦における活路を見出したいと考えております。」
「生け捕り?仮にそいつらが巨人の仲間だったとしたら、危険だ!巨人を壁の中に入れるなど!」
隣でと同様鎖につながれている小太郎は、会議の直前までが口をすっぱくして言い含めていたせいか、今のところ大人しくしている。
それにほっと胸を撫で下ろしながら一体この会議の行方はどうなるのだろうか、と息をついた。
「彼女が巨人の仲間な訳がありません!彼女は、巨人に食われる直前だった我々を救い、更には移動手段が無い我々を危険を顧みず抱えてその身一つで壁の中に運んでくれたのです!」
「立体機動装置も使わずに壁を生身で超えられるなど、それこそ脅威!即刻、この者達は死罪にすべきです!」
両者の押し問答が続き、いい加減にしてくれ、とが呟くのと手を木の板に叩きつける音が響いたのは同時だった。
皆の視線が一斉に正面にいるダリス・ザックレーに向けられる。
「もっと静かに議論はできんのか。」
ダリスは、憲兵団と調査兵団の両方を見下ろしてたしなめると、に視線を移した。
「・ルシルフルとその従者、コタロー・フウマと言ったかね。」
「はい。」
小太郎も言葉は発しないものの、頷き、ダリスは報告書に視線を落とした。
「報告書と先ほどの話によると、君は立体機動装置も硬質スチールも使わずに巨人を倒し、更にそこの調査兵団2名を抱えて壁を飛び越えたと言う。そもそも、君達は違う世界から来たらしいが、それを証明できるものはあるかね?」
「証明・・・うーん、まず、私は自分の影から物を出し入れしたり出来るけど、えっと、見せたほうが良いですか?」
ダリスが頷くと、憲兵団の1人が疑わしそうな目をしながらも、の鎖を外した。
鎖が外されたはしゃがみ込んだまま、自由になった手を閉じて開く動作をした後、自分の影に手を突っ込んだ。
一気に一同がざわつく。の手は肘の手前まで床の中に入ってしまったように見えるからだ。
「何が良いかなぁ・・あ、あった。」
が引きずり出したのはお菓子の袋で、その次にこちらに来てから調達した服。
「おい、本当に影から物を出しているぞ・・・」
「信じられない・・・」
もう良いか、と目で尋ねるとダリスが頷き、は出したものを影に放り込んだ。
「あとは、武器を生成することも出来ます、こうやって・・」
動作は先ほどと大して変わっていないが、ぽんぽんと影からナイフを取り出すに、緊張が走る。
しかし、それもお構いなしに様々な大きさのナイフを出す。
「先ほどとの違いは?」
「さっきのは影の中に仕舞っていたものを出しただけ。今回は、うーん、何て言えば良いかな。私のエネルギーを使って、創ってる。だから、私が念じれば・・」
地面に散らばっていたナイフは音も立てずに消え去った。
は立ち上がると、先ほど鎖を外した憲兵に向かって両手を出した。
一瞬情けない悲鳴があがるが、憲兵は恐る恐るの顔を見る。
「はい。私の実演終わりだから、鎖つけていいよ。」
その後、小太郎が分身の術を披露して、ひとまず達に協力する意思があることは認められた。
「・・・2人の存在は露呈していない。つまり、わざわざ君達を公に公表する必要は無い、ということだ。」
ダリスの言わんとすることが分かってエルヴィンは内心胸を撫で下ろした。
「良いだろう。しかるべき訓練を受け、調査兵団にてその力を振るう事を許可する。」
ダリスの言葉通り、結論としてはと小太郎の調査兵団入団が確定した。
しかし、すぐ入団という訳でもなく、訓練2年目となる第99期訓練兵団の一員となり、1年間訓練を受けた後、調査兵団の一員として巨人の捕獲任務に向かうことを義務付けられた。
の念能力であるアポロはと言うと、当初はさっさと調査兵団の生態調査に参加したいと言っていたが、の念能力の制約上、彼はの1km半径以内ではないと存在出来ない為、諦めて休日だけ調査兵団にと共に訪れて知識交換を行うということで落ち着いた。
(・・・めんどくせー)
1週間は基本である立体機動装置の扱いについて第97期訓練兵に混じり、訓練を受けていた訳だが、余りにも退屈で欠伸をしてしまう。
の性格上、唯単に、ストイックに修行をする、というのは難しいのだ。
過去、兄から修行をやらされていた時も、唯走るだけではなく何でもありの追いかけっこや生死をかけた攻防ばかりだった。
「これだったらさっさと巨人と戦わせてくれたほうがマシだよ。ねぇ、小太郎。」
ため息混じりにそう言うと、第101期訓練兵の内、見るからに血気盛んな男2人がと小太郎の前まで出てきた。
「おい、お前。第99期訓練兵に特別措置で入らされたっつーから思い上がってんじゃねぇのか?」
そばかすが目立つ青年は中々がっしりとした体型をしている。
「しかもお前ら何だ、その変な名前はよ。」
名前について言われたって自分でつけた訳じゃないからどうとも言えない。
呆れたように2人を見るとは反対に、小太郎は明らかに殺気を出し始めた。
「んー、ちょっとあんまりうちの小太郎を刺激しないでくれる?長生きしたいなら、さ」
にかりと笑えば、怒りで手を震わせた青年がぎろりと睨みつけてくる。
「小太郎は何もしないでよ。」
エルヴィンとリヴァイからあれこれ聞かれたと思ったら、自分は悪く無いのにへんな裁判に立たせられ、その後はこんな窮屈なところに放り込まれては大分ストレスがたまっている。
半殺しくらいなら許されるだろうと、彼女にしては珍しく好戦的に笑った。
「っと!いったい!!」
しかしその前に人類最強の足が腹に入っては吹っ飛んだ。
余りにも早い動きだったものだから、一瞬反応が遅れた結果、ガードは何とか出来たものの避けられなかったのだ。
宙で一回転し、地面に着地した瞬間、は地を蹴った。
「なにすんのよ、あほー!」
その間にも小太郎にちらりと目配せして、手を出さないように釘を刺す。
「はっ、様子を見にきてみればコレか。随分と躾けが足りないらしい。」
こともあろうに超硬質スチールを抜いたリヴァイに、は顔を引きつらせながらもベンズナイフを2本引き抜いた。
本来なら鎌を出したいところだが、人の目がある為無理だ。ナイフ2本であのカッターのような剣2本に向かうのは厳しいが、それはそれでやりがいがある。
「負けたからって後で八つ当たり、しないでよね。」
「面白い冗談だな。」
笑い飛ばして待ち構えるリヴァイにナイフで切りかかると予想通り剣で受け止めるが、ナイフに比べて超硬質スチールはしなる。肉以外に刃を向けるには向いていないのだ。
すぐさま右横からもう一本の超硬質スチールが飛んできて、はそれを見ながら、絶好の角度からナイフを振り下ろし、刃を折ろうとしたが、リヴァイも伊達に人類最強をやっていない。
彼女の意図にすぐ気付くと、横に飛びのいたため、勢いを失ったの体が右に傾いたところに再度切りかかった。
「黙って削がせろ。」
「はぁ?馬鹿でしょ!いくらなんでも削がれたら最悪死んじゃう!」
くるりと身体をそらし、地面についた手を支点に足払いをすると超硬質スチールは空を切り、リヴァイは足を蹴り飛ばされた。
しかし、唯で倒れるわけが無い彼は、倒れる瞬間を狙う目掛けて左の超硬質スチールの刃を彼女目掛けて放った。
「!それ反則・・っつ!」
流石にこの至近距離では避けきれず手で受け止めるが、流石肉を削ぐことを目的とされた超硬質スチール。
咄嗟にナイフで受けたものの、リーチが長いその刃はの肩にふかぶかと刺さった。
何とか刃の勢いを殺せたお陰で腕が落ちる事は無かったが、危なかった。
「ぐっ!」
更に追い討ちをかけるようにリヴァイの蹴りが彼女の横腹に入り地面に叩き付けた。
最初ははやし立てていた周囲もいつのまにかしんとなっている。
その中で、一瞬で姿を現した小太郎はを慌てて抱えた。
「ざまぁねえな。治療させる。来い。」
そう言って硬質スチールを仕舞ったリヴァイの喉に小太郎はを抱えたまま苦無を突きつけた。
ぷつり、と切っ先がリヴァイの喉の皮一枚を切り裂く。
「・・早くしろ。出血多量で死なせてえのか。」
その声を後押しするようにも小太郎の肩をとんとんと叩く。
小太郎は、怒気を吐き出すように静かに息を吐き出すと、こくりと頷いた。
確かにこれくらいの傷、ならば直ぐに治してしまえる。
人目のつかない所に移動し、アポロを出すことが先決だ。
後に残った訓練兵は暫く動けず、翌日から第101期生だけではなく何故か第99期生までも2人に文句を言うようなことは無かった。
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