ナイフを使った訓練に移ってからというもの、生傷が絶えない。
と小太郎は交代でミカサの訓練を行うが、意外にも容赦が無かったのは小太郎よりもだった。
「しまったー!ちょっと待ってね。」
ぱっくりと切れた二の腕に、は駆け寄ると手を動かし始める。
彼女の動きは見えない速さでなおかつ手には何も持っていないのに、しいて言えば縫い物をするような動作をしているうちに、ぴたりと傷口はくっついていく。
の治療は、ミカサにとっては見慣れないものだった。
「うーん、何か最近上手くなった気がする。」
この治療を受けるのは十数回目。最初に何も聞くな、と言われていた為、唯、ミカサはぼーっと彼女の動きを見つめるだけだ。
「よし、終わり。数日は安静にね。今日の訓練も終わり。」
「え・・もう?」
不満そうな表情で言うと、は困ったような顔をした。
「・・さんが、私くらいの歳には、私より強かった?」
相変わらず困った顔で頬をかくと、はどかりと腰を下ろした。
馬鹿な質問をしてしまった、と直ぐに後悔するが、口から出て行った言葉を戻すことは出来ない。
「どうだろう。強かったかもしれないし弱かったかもしれない。」
煮え切らない回答だ。
「うん。多分肉体面では、強かったね。でも、精神面ではそうでも無いよ。」
ぽつり、ぽつり、とは言葉を選びながら話し始めた。
「あ、私のお兄ちゃんの話はちょっとしたよね?お兄ちゃんは、妹の贔屓目無しに見てもすーっごい強くって、お兄ちゃんの仲間も卑怯な位強かった。でもね、お兄ちゃん達は、何て言うのかな。世間からは”悪”と呼ばれるような事をしてたんだよね。」
が生まれ育った世界では知らない人などほとんど居ない、盗賊で犯罪者集団。
おかげさまで、は学校には通っていたものの、一年で転校する生活を繰り返していた。
「だから、狙われることも何度かあって、しかも相手がお兄ちゃん達なもんだから、相手も張り切って強い人ばっかり集めちゃって・・・だから、私はお兄ちゃんに小さい頃から、たぶん、3歳くらいかな?それくらいから物凄い勢いでしごかれた。」
ミカサは、色々疑問があったものの、黙っての話を聞いていた。
「だから、物理的には強かったと思うよ。でも、私の周りにはいつもお兄ちゃんやお兄ちゃんの仲間がいた。私は、守られる立場だった。」
ようやく顔に小さな微笑を浮かべたはミカサを見下ろした。
「だから、甘かったと思う。精神的には、ミカサちゃんの方がずっと強い。守るべきものがあるからね。」
はバッグにごそごそと手を突っ込むと、手のひらより少し大きいサイズの平べったい箱を取り出した。
随分と年季が入っているその箱はくすんでいたり所々表面が破れている。
「ナイフも随分上手に扱えるようになってきたから、これ、あげるよ。」
受け取ると、それは見た目に反してずっしりとした重さがある。
まさか、と思いながら箱を開けると、そこには一本のナイフが収められていた。
恐る恐る取り出して、刃を覆っている皮のカバーを取り外すと、特徴的な刃が姿を現した。
今まで見たことも無い形をしている。
「それね、最初の訓練用にお兄ちゃんがくれたナイフ。ベンズナイフって言って、切れ味は抜群だし刃こぼれはし難いし、きっと役に立つよ。」
戸惑いながらもミカサはを見上げた。
彼女達からは出会ってから貰ってばかりだ。
「出世払いってことで!」
そう言って笑ったの表情は、訓練の時見せる表情とは違って歳相応の、少女の笑顔だった。
World End
1番外側にあるウォール・マリアの壁に座るは外側に足を投げ出し、ぶらぶらとさせながら外の世界を眺めていた。
外を自由に闊歩する巨人達は相変わらず人に似ているのにも関わらず、不思議な生き物に感じられる。
「・・・不思議だなぁ。あんなに見た目は人間に近いのに、体の構造が可笑しい。物を食べなくても活動できるなら、何を原動力にしてるんだろう。」
その呟きに反応するように、ぬるりとの壁からアポロが顔を出した。
「俺、思うんだけどさ、アレって、設計された生物って感じだよな。」
その言葉は、の心にすとんと落ち着いて、違和感無く頷いた。
「あいつら、100年前に突然現れたんだろ?怪しすぎる。」
「しかも、巨人が現た後、慌ててここに壁を作るなんて、今の技術じゃ不可能だしね。」
ごろん、と仰向けに倒れると、鳥が数羽飛んでいるのが目に入った。
「巨人を創った人たちが、万が一の為にこの壁を築いていたっていうんだったら、すんなり納得出来るんだけど、そんな事が出来る人たちがいるのかなぁ・・・」
「1番有力だと思うぜ、それ。」
雲に覆われていた太陽が顔を出し、二人の身体を照らす。
先ほど少し運動したからか、眠気が襲ってきて、そのままは目を閉じた。
遠くから耳をつんざくような断末魔が聞こえる。
は目を開けると身体を起こした。
声の出何処を探して視線をめぐらせると、2,3Km先に巨人に襲われている人が見える。
調査兵団、というやつだろう。
「・・・行ったら、不味いよなぁ、きっと。」
分かってはいるが、見殺しにするのも忍びない。
は立ち上がると巨人に向かって跳躍した。
手につかまれている人間は、今にも巨人の口の中に入ってしまいそうで、走っても間に合わない。
はオーラを糸状に指先から出すと、走りながら手首を動かした。
中距離で目標だけを刻むなら打ってつけだが、精度が劣るため、コレは余り使いたくなかったが仕方が無い。
走っているため、更にコントロールが難しいが、巨人の手にある人を傷つけないように、巨人の首を狙う。
少しだけずれて、目から上を切り刻むに留まったが、足止めには十分で、続けて巨人の肘を狙う。
「うんうん、私ってば、上手い!」
自分の影が映る地面に手をついて、鎌を取り出しつつそのまま一回転して跳躍すると、巨人の弱点である項を切り落とし、は次の巨人へと向かった。
すでに命を落としている人の屍を認め、舌打をするが、今は巨人を片付けるのが先だ。
「なっ!民間人が何をして・・!」
「ほら、どいてどいて、邪魔!」
右手から接近している巨人を念糸で創ったワイヤーで切り刻みながらも鎌を振るう。
血しぶきがあがるが、それを器用に避けては直ぐ傍にいた巨人を続けざまに相手にするため、跳躍して、巨人の腹を蹴り飛ばす。
吹っ飛ぶ巨人は直ぐにワイヤーで後頭部をくり貫かれ、絶命した。
「えっと、生き残りはおにーさん達2人だけ?」
首をかしげながら尋ねると、男は震える声で肯定した。
遠くからどすん、どすん、と巨人が歩く地響きのような音が聞こえる。
ここにたどり着くまで時間があるが、ここに留まるのは得策ではない。
「とりあえず、黙っててね。」
「は?っ何をする!降ろせ!」
片手で男を肩に担ぎ上げたはもう1人の男のところまで行くと、腹の下に手を回して片手で抱える。
「ほら、黙る。さっさと行かないと、また巨人が来ちゃうでしょ!それに、喋ってると舌噛んじゃうよ。」
に、と笑っては走り始めた。
いきなりぶれる視界に、2人は目を白黒させるが、伊達に調査兵団に所属している訳ではない。
「流石に成人男性2人を抱えて走るのはきっついなぁー。」
暢気なことを言っているが、馬よりも速く走っている今、口を開くのは彼女の言った通り自殺行為だ。
黙っていると、目の前に壁が見えてきて、一瞬体が下がったかと思ったら重力がかかり、視界がゆれた。
次に襲ってきたのは浮遊感で、気付いたら森の中に降ろされて、男はふらふらしながらも木に背を預けてずるずると座り込んだ。
「えっと、此処からは帰れる?」
「あ、あぁ・・・とりあえず、礼を言う。」
まだ視界が回っているような気がして、頭を下げるついでに少し目を閉じた。
次、顔を上げて目を開くと、もう、そこにはの姿は無かった。
きょろきょろと見回すと、先ほど自分と同じく運ばれていた同僚が気を失ったままうつ伏せになっているのを見つけて、駆け寄る。
「・・・何だったんだ、一体・・」
話を聞いたリヴァイは、数ヶ月前、巨人と対峙していたところに飛び込んできた少女で間違え無いと判断した。
身の丈ほどの鎌を軽々と扱い、巨人をさくっと殺すような少女がそうそういる訳が無いのだ。
「・・・おい、エルヴィン。俺がそいつを連れてくる。」
珍しいものでも見るようにエルヴィンはリヴァイを見た。
「あいつには借りがあるからな。それに・・」
彼女の身のこなしに、一緒に居た長身の男の存在を思い浮かべながら、エルヴィンはにやりと笑った。
「俺以外じゃ手に負えねぇぜ?」
「リヴァイがそこまで言うなら、相当有望なんだろうな。」
即戦力になるような人物は、調査兵団にとって貴重な人材。
万年人材不足の兵団を纏める身としても、中々美味しい話だ。
「よし。2人を連れて明日、向かってくれ。」
「あぁ。」
返事をしながらリヴァイは部屋から出て行った。
部屋にはエルヴィンと報告に来た調査兵団の2人だけが残り、エルヴィンは紅茶を口に運びながら目を伏せた。
立体機動装置も無しに俊敏な動きを見せ、他の兵では腕が立たなかった奇行種を一瞬の内に倒したかと思うと、少し離れた巨人を見えない何かで切り刻んだという少女の話は大変興味深いものだった。
以前ちらりと耳に入った時の少女と同一人物なのであれば、リヴァイが認めるほどの腕前。
「団長、重ねての報告となりますが、彼女はこちらに敵意はありませんでした。それどころか、不利になるにも関わらずその身一つで私と気を失ったケントを抱え、ウォール・マリア内に連れ戻ってくれた。彼女の処遇については、どうぞ、寛大な処遇を、お願いいたします。」
そう言って頭を下げる男、シーザーとケントにエルヴィンは笑いながらかちゃりとカップをソーサーに置いた。
「彼女は調査兵団の一員である君達を救ってくれた。歓迎こそすれ、処罰する気は無いさ。」
2人はほっと胸を撫で下ろして、退出する旨挨拶をすると部屋から出て行った。
いつぞや見かけた目つきの悪い男に、つい最近見かけた男を目の前に、は豚を捌く手を止めた。
3名がこの森に近づく気配には気付いていたが、彼らはてっきり通りすぎるものと思っていた。
今までもこの森を通り過ぎる人はよく居た為、気を抜いていたと言えば、その通りだ。
「ええっと、私に何か御用でしょうか・・・。」
「黙ってついて来い。」
そう言われて頷くほど、は可愛い性格をしていない。
3人とも万全の装備、つまり、武器をもっているのにも関わらず、は構わず豚を捌くのを再開した。
「おにーさんに着いて行く理由が無いよ。」
トレイに切り分けた豚を並べると使い終えた包丁をは自分の後方に放り投げた。
3人にはその包丁の行く末は見えなかったが、包丁はが具現化したもの。既にその形は無い。
「お前に無くてもこっちにはある。」
「嬢ちゃん、俺はあんたに礼がしたい。一度、調査兵団まで来てもらえねぇか?」
リヴァイの後ろにいたシーザーが口を開いて、は彼を見た。
確かに昨日、助けた人物だ。
「やっぱ助けなきゃ良かったのかなぁ・・・いやいや、でもそれは私の矜持が許さないしなぁー。」
困ったなぁ、と呟きながらは首にかけていたタオルで手の汚れをふき取ると、それをぽいっと近くに置いてあった籠に放り投げた。
「・・・俺は気が長い方じゃない。」
「あぁ・・・うん。なんとなく分かる。」
舌打をすると、拘束しようとリヴァイが足を踏み出すが、そのつま先目掛けて苦無が上から突き刺さってきた。
それに気付くと、リヴァイは地面を蹴りつけて後方に下がる。
「お前はあの時の・・」
「ちょっと小太郎、駄目だって。ここの人たちと争う気は無い。」
の前に立ちはだかった小太郎は、その言葉に、困ったように口を開く。
「主・・・」
「ほら、話聞くだけならタダだし、やばくなったら逃げれば良いし。」
”だから、小太郎は姿は見せずに、控えてて”
小さく口を動かして、口の動きだけでそれを伝えると、小太郎は少し迷ったようだが、じろり、とリヴァイを睨みつけてから姿を消した。
「そこまで言うなら仕方ないね。条件は私1人で行くこと。いいかな。」
「上等だ。さっさと行くぞ。」
踵を返したリヴァイにはちらりと小太郎がいる木の上を見てにこりと一つ微笑んだ後彼の後を追った。
シーザーとケントはそのの後ろに続く。
小太郎は気配を消したまま4人の後を追いながらも嘆息した。
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