と小太郎は巨大樹の森からさほど離れていないシガンシナ区に住居を構えていた。
打ち捨てられた小さな小屋を一日で立派な家へと変化させてしまった小太郎にこの時ばかりは驚愕。彼曰く、近くに丁度良い木がたくさんあったから、と照れ隠しのように言っていたが、それにしても一日で改築するなんて、彼は大工にでもなれば良いのではないだろうかと思ったのは此処だけの話だ。
今日は運よく牛を一頭仕留められたので、ストヘス区で売りさばいた後(この肉ので何処を聞かれると困る為、毎回場所を変えて売りさばいている)、売り物にならなかった肉の切れ端をトレイに乗せて、は家を出た。
「主」
その背後に降り立った小太郎の手には兎が10羽抱えられている。
「あ、それ、何羽か貰って良い?」
こくこくと頷いた小太郎はむんずと兎を5羽器用に片手で掴んで差し出したが、は首を横に振った。
「そんなにいらないよ。近くの、子どもがいる家にあげるだけだから、2羽でいい。」
心なしか少しだけしゅん、とした小太郎は頷いて、の後ろについた。
の小屋の周りには余り民家は無いが、少し歩いたところ(とは言っても2人にとって少し歩くという事は結構な距離があるという事だ)に数件子どもを抱える家がある。
「ええと、イェーガーさんとこは2人子どもさんが居たから、兎もあげとこうかな。」
そう呟きながら、扉をノックすると、すぐ近くにある窓のカーテンが揺らめいて、少しだけエレンの顔が見えた。
警戒するような表情だったエレンは尋ねてきたのが2人だと分かると、嬉しそうに顔を綻ばせて窓から身体を離した。
足音が2人分聞こえてきて、扉がゆっくりと開く。
「さん!コタローさん!」
「こんにちは、エレン君とミカサちゃん。」
そう言いながらが細切れの牛肉と、小太郎が兎を一羽掲げて見せると、エレンは「やったー!」と叫んだ。
「おじさんとおばさんは?」
「父さんは診療、母さんは買い物。」
はい、と手渡すと、エレンは兎と牛肉を仕舞いにドアの中に引っ込んだ。
ミカサが小さく礼を言いながらもをまっすぐに見上げる。
「さん、コタローさん、この後少し、時間ありますか。」
エレンに比べてミカサは表情に乏しい。とは言っても小太郎も表情に乏しい為、余り気にした風も無く、は頷いた後、首を傾げた。
「でも、どうかした?」
「いえ、少し、相談が・・・。」
俯いて言葉を止めると、エレンが戻ってきた為、ミカサはそっと口に人差し指を寄せて、このことはエレンには言わないで欲しいと懇願するものだから、と小太郎は目を見合わせつつも小さく頷いた。
「戦い方を教えて欲しい?」
目の前の少女の話を聞いた後、は意外だ、とでも言うようにそう言った。
「はい。・・・敵は巨人だけじゃない。私は、エレンを人間からも、巨人からも守る。」
じっとを見つめてくるミカサの目に、そのゆるぎない決意を感じ取って困ったように笑った。
ミカサの両親が人間に殺されて、そこをエレンが助けたという話は少し前に聞いていたから、彼女がこう言うのも分からないでは無い。
「コタローさんなら分かる筈です。貴方がさんを守るように、私もエレンを守りたい。」
ミカサの視線がの後ろに控える小太郎へと映る。それに気付いても小太郎を振り返ると、彼はこくこく頷いていた。
「いやでも小太郎、こんな可愛い子を修行って、傷でも付いたらエレンに何て言い訳すんの!」
「・・・主とアポロが、手当て。」
確かにそれは間違っていないけどさぁ!と思わずテーブルを叩くと、小太郎は目に見えてしゅん、と項垂れてしまった。
「さん、お願い。」
ミカサはミカサで、臆する事無く畳み掛けるように懇願する。
「主、己からも」
前後2人から挟みこまれては唸りながらも最後には頷いた。
「ただし、修行を見るのは週に2回。小太郎が見る事。忍術を教えるのは禁止。壁の外に行くのも駄目。」
「ありがとう、さん。」
今まで自分に向けられた笑顔の中で1番良い笑顔だった事に複雑な表情をしながらも、はミカサを送っていくように小太郎に言った。
2人が家を出た後、ため息を付きながらも、椅子に座ったまま、自分の影を足で軽く叩くと、そこから小さな手が出てきた。
それはミカサと同じくらい小さな手で、それが影から出て地面に手を突くと、一気にその体が出てくる。
「おうおう、元気にしてっか?」
「まぁね。今の話聞いてたでしょ?」
金髪の少年はの正面にある椅子に飛び乗ると、にか、と笑った。
「おう。俺は元を辿れば”お前”だからな!」
少年は名をアポロと言う。の念能力で作られた少年だ。
「しっかし伝説の忍が修行つけるって、大丈夫かよ。」
「あー、うん。小太郎もその辺の良識はあると思ってるけど、一応後で話すよ。」
「あいつらと居る時に、ごろつきをぶっ倒したのが悪かったな。」
そう。何故ミカサがと小太郎に師事を仰いだのかというと、一週間ほど前、ミカサとエレンと居るときに、路地裏で少女に群がるごろつきを一網打尽にした事が原因だろう。
その時のエレンとミカサは随分と輝いた目で2人を見つめており、その後は主にエレンが褒め囃したてたのは記憶に新しい。
「いや、だって。アレ人身売買でしょ。ほっとけないって。」
自身、見た目が純粋な東洋人に見える(というか、一応東洋人と思うのだが)為、何度か柄の悪い男達に追いかけられたことがあった。悉く返り討ちにしたものの、やはり人を売るビジネスがあるというのは気分が悪い。
「なんでも良いけどあんま目立つなよ。つっても、安くで肉を捌くちゃんって市場じゃ有名になっちまってるけどよ。」
「あっはっは!これぞ私の人望が成せる技!」
得意げに笑うと、「褒めてねぇよ!」という言葉と共に本が飛んできて頭にぶつかった。
因みに、この世界で仕入れた医療に関する本だ。
この世界と似た言語に馴染みがあったこともあり、もアポロも積極的に手を出してきた医療系の記事に関しては問題ない。但し、医療系以外となると、単語の問題で読むのは厳しいのだが。
「ま、いざとなれば壁の外に逃げりゃ良いだろ。」
人類の脅威である巨人が蔓延る外の世界。
巨人に関する情報を得た今となっては、外の世界で暮らすのは小太郎もいればそう難しい事ではない。
「んなことよりさぁ、ほんっと巨人って奴は面白ぇな!あいつら、消化器も生殖器無いんだぜ?どーやって成長して増えてんだか。」
ここで暮らし始めてからというもの、アポロはちょくちょく影の外に出てきては巨人に関する本を読み漁っている。
確かに自身もその生態に興味はあるものの、そこまでの熱意は無い。
自分から創り出した少年は、当初は人形そのものだったのに、どうしてここまで口が悪く、知的探究心が旺盛になったのやら。
「・・私、たまにアポロが私を元に生まれたことが不思議に感じる。」
アポロはきょとん、とした後、いつもどおりにかっと笑った。
「そりゃぁ、お前。個性って奴よ。俺が生まれて何年経ってっと思ってんだ。」
問われて、はいつだっただろうか、と思いを馳せた。
彼のモデルになった人形を兄に貰ったのは5歳くらいの時。そして、その数年後、アポロを創ったはずだから・・・。
「10年くらい、かぁー。」
長い付き合いになったもんだ、と感慨深くアポロを見ると彼は楽しそうに巨人の本を読んでいた。
ミカサの修行は、元々彼女の身体能力が高かったこともあり、順調だった。
人間の急所を小太郎に叩き込まれ、素早いその手が小太郎の後頭部を狙うが、易々と取らせてやる程彼は優しくない。
繰り出された手を掴み、地面に叩きつけられたミカサは息を詰まらせ、咳き込んだ。
「3週間でここまでって凄いね。才能あるよ!ミカサちゃん!」
拍手を送りながらも、ミカサのところまで近づいて、彼女の手を引っ張り上げる。
「悪く、無い。」
同意するようにの隣でミカサを見下ろす小太郎も頷くものだから、ミカサは照れたように顔を伏せた。
「じゃぁ次からは中距離での戦い方を伝授しまーす!使うのはコレ。」
さ、といつの間にか具現化されたナイフが数本の手にはあって、それを近場の木に放った。
いっせいに3本のナイフが飛び、3本の木の同じ高さに突き刺さる。
「ナイフは手に入りやすいから、知ってて損は無いよ。どの場面でどこを狙うのが効果的かは次、教えてあげる。」
「主?」
言外に、が教えるのか、と尋ねると、彼女は頷いた。
「苦無なら小太郎の方が得意だけど、ナイフなら私も負けないしね!」
まさかが見ると思わなかったのは小太郎だけではなくミカサもだった。
が面倒見が悪いとは思っていないが、彼女の中での役割分担は今まで揺らいだ事がなかったからだ。
小太郎に面倒を見させると決めた瞬間からは怪我の手当て以外でこの修行には関わってこないだろうと踏んでいた。
「私もお兄ちゃんに散々虐待・・・じゃなかった恐ろしい修行をつけて貰ってたから、修行とか懐かしくってさ。」
の口から家族について話が出てくるのは初めてだ。
小太郎が従兄弟のようなもので両親は既に他界している、とだけエレンの両親に説明している所を偶然耳にしたくらいだ。
「お兄ちゃん、ですか・・」
「そうそう。それがもう、人外?ってくらい強くて、修行の時はすーごく厳しいんだけど、普段はべたべたに甘くって・・・うん。元気にしてるかなぁ・・・。」
に修行をつけた上に、彼女に人外と評される兄は恐ろしく強いのだろう。
更に元気にしているのか、と言うくらいだから生きているものと当たりをつけたミカサは何となく彼女の兄が気になった。
「お兄さんは、兵団に?」
しかし、予想と反して、は少し困ったように笑いながらミカサの頭をなでた。
「ん。ま、そんなとこ。」
歯切れの悪い返事に、ミカサはこれ以上追求するのをやめた。
2人の過去について話が及ぶと、いつも彼女達ははぐらかす。きっと、言いたくない過去があるのだろう。
「あ、そうだ。今日はコレ持って帰ると良いよ。」
が掲げた袋には例のごとく何かの肉が入っていて、ミカサは礼を言いながらそれを受け取った。
2人の家には何度も行っているが、近くに牧場らしき場所は無い。彼女達がどこから肉を仕入れてくるのかも一つの謎だったが、以前、出何処を訪ねたら秘密と返されてしまってからは気にしないようにしている。
「暗くなる前に帰った方が良いよ。小太郎、よろしく。」
小太郎は頷くと、ミカサを抱き上げてその場から姿を消した。
彼のその身体能力といい、2人には謎が多い。それでも、ミカサが心を許すのは、何故か直感的に2人なら気を許せると判断してしまっているからだった。
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