周囲を少し偵察してきた小太郎の片言の言葉と身振り手振りで表現する様は、なんと言うか、信じがたいものだった。
はは、と小さく乾いた笑いが口から付いて出て、小太郎はむ、と眉を寄せる。
「おっきい人って、そんな御伽噺みたいな・・」
頬をかりかりとかいて、唸ると、見たほうが早いと判断したのか、小太郎はを抱えて木に登り始めた。
それを咎めるでもなく、されるがままになっていると、視界がいきなり開けて遠くまで広がる平原が目に入った。
そこにぽつりぽつりと存在する人のようなもの。
「あー・・・小太郎、ごめん。疑って。」
小太郎の言葉は正しかった。たしかにアレは”おっきい人”だ。
「それにしても、変なの。何アレ。話とかできんのかな。」
それにふるふると否定の意を伝えられて、小太郎は見てきたことを説明し始めた。
具現化した鎌はと同等の長さだった。
巨人は、と小太郎を見つけると、わらわらと走ってやってくる。
小太郎が心臓を一突きしても倒れない巨人の手足を切り刻むが驚異的な速さで修復されるそれに、場違いながらも、は拍手と共に感嘆の声をあげている。
「んー、とりあえず、撤退!」
まるでゾンビのように動きを止めないそれを相手にするのは無駄と悟ったは大きな鳥を出していつでも飛べる状態の小太郎に捕まった。
それを合図に、小太郎は地面を勢い良く蹴って飛び立った。
巨人はと小太郎を掴もうと手を伸ばすが、その腕を切り落として避ける。
「反則だよねー、アレ。心臓付いても死なないって、どーなってんの!」
はぁ、とため息一つ零すと、遠くに小さな人間、つまり、と同じような人間を見つけて、はばんばんと小太郎の腕を叩いた。
「小太郎!あれ!人間がいるよ!!話聞こう!」
その前に死なれては困る。
遠くに見えるその人の集団は馬で移動しているが、その後ろを巨人がのそのそと追いかけている。
あれの倒し方はイマイチ分かっていないが、足止めくらいは出来る。
「流石にミンチにすれば、動かなくなるかなぁ・・・。」
そうは言っても、あの大きさを切り刻むのは面倒臭い。
うんうん唸っているうちに、彼らの近くまで辿りついたは小太郎から手を離した。
急降下しながらも鎌を具現化させて、接近している一体の胴体を二分する。
「うわーお、こんだけやっても、再生しようとしてるよ、おえー。」
そう言いながらももう一体の背後に回り、脳天から刃を入れる。
一瞬動きが止まるものの、すぐに手足を忙しなく動かし始める巨人にしたうちした。
「項を狙え!」
聞いた事の無い声。はその声の主を振り返る前に、言われるまま巨人の項目掛けて鎌を振るった。
くるりと回転してもう一撃入れると頭部から首の根元までが水平に3つに分かれて地面に落ちる。
先ほどが胴体を一閃した巨人は、既に誰かに、否、先ほど声をかけた人によって項が抉り取られている。
巨人が倒れる音と共に地面が少し揺れて、とりあえず迫って居た巨人は全て息絶えた事を悟ると、はぽいっと鎌を宙に放り投げた。
しかし、それは音も立てずに消えていくのを見た男は軽く目を見開いたが、その視線をから逸らさずに、剣を構えたままだ。
「やーっと、人に会えた。おにーさん、さっきのアレ、何?」
「・・・お前、巨人を知らねぇのか?」
尋ねられた言葉にきょとん、とするの後ろに飛び降りた小太郎は小さく声をかける。
小太郎も男の言葉通り巨人の項を狙ったのか、彼が相手にしていた巨人は既に息絶えている。
「森に、2匹。行く。」
「うん。気をつけてねー。」
ひらひらと手を振って見送ると、睨むように見てくる視線とかち合う。
「えっと、とりあえず自己紹介から、かな。」
「こんな所で暢気にんなことやってられるか。来い。」
そう言って馬に跨った男は後ろに乗るように顎で合図するが、はそれに首を横に振ると、小太郎が向かった方向を振り返った。
「小太郎ー!先行ってるからねー!」
男の仲間は既に馬を走らせている。不審そうな表情ながらも、馬の手綱を握りなおした男はそのまま馬を走らせる様子は無い。
「おい、1人で森に向かうなんぞ、自殺行為だ。馬鹿か、お前ら。」
「大丈夫。巨人の弱点分かったから、小太郎ならちょちょいのちょいだよ。そんなことより、早く行こうよ、おにーさん。」
にこにこと見上げるに舌打をすると、男は「知らねぇからな」と呟いての手をぐ、と引っ張り上げると馬を走らせ始めた。
「うわわ!」
嫌そうに顔を顰めるだが、それを睨みつけながらも男は自分の前にを降ろした。
「俺だって怪しい奴を馬に乗せるのは気に食わない。」
「だから、私、走れるって。」
呆れたようなため息が落ちてきては眉を吊り上げた。
「あ、信じてないでしょ!」
「分かった分かった。後で聞く。」
暫くはぶちぶちと文句を言うだったが、やがて諦めたのか、気を取り直したように息を吐き出して男を見上げた。とは言っても身長差がそこまで無い為、目線は余り変わらないのだが。
「自己紹介まだだったね。」
警戒しながらも、声をかけられて彼女を見下ろすと、先ほどとは違ってにこにこと笑っている彼女と目が合った。。
「私は。おにーさんは?」
「・・リヴァイ」
良い名前だね、と相変わらず笑いながら返すに、リヴァイは内心頭を抱えた。こんなわけの分からない女は初めてだ、と。
リヴァイは舌打をして壁を蹴りつけた。
壁の中に入った所までは良かったのだが、足を踏み入れた瞬間、突風が吹き、隣に居た筈のの姿が消えていたのだ。
残ったのはひらりと舞い落ちてきた一枚の黒い羽だけ。
「クソッ。」
探し出そうにも、万が一壁の外に出ていたら薮蛇だ。
「オイ、ここら辺で怪しい服装の男女2人組を見かけたら拘束して連れて来い。矢鱈短いスカートを履いた小柄な女と、赤い髪の長身の男だ。」
出迎えた兵に声をかけると、まさかリヴァイから声がかかるとは思っていなかったのか、二人の兵士が慌てて敬礼をする。
「半日探して見つからなかったら捨て置け。」
「了解致しました!」
また敬礼をすると兵士は背を向けて駆け出す。
それを見送ったリヴァイは、どこからか視線を感じて振り返ったが、そこには唯町並みが広がるのみ。
(気のせいか)
少しの間、視線を向けたものの、これ以上ここに留まる理由もなく、馬の腹を蹴った。
捜索を命じられた兵とリヴァイの気配が遠のいたのを確認して、ようやく小太郎はの口を覆っていた手を離す。
「ぷはっ!ちょっとちょっと、いきなり何?」
「怪しい。から、逃げる。」
壁の手前で達に追いついていた小太郎は、じっとリヴァイを観察していた。
彼の警戒する視線は和らぐ事無くに向いていて、尋問をしてやろうという意図が汲み取れて、壁の中に入った瞬間、を回収した訳だ。
「まぁ、確かに人相はお世辞にも良いとは言えなかったけど・・」
「服、調達してくる。」
屋根の上にを降ろすと、小太郎は姿を消した。
いつ見ても鮮やかなものだと感心しながらも、は腰を下ろして眼下に広がる景色を眺める。
ヨルビアン大陸の古い町並みに似た此処は、一体どこなのか。
「ってか、巨人って、何なの、此処。」
大きくため息をついて、ごろんと横になると空を見上げた。
雲ひとつ無い、良い天気だ。
「・・・空はどこでも一緒なのになぁー。」
生れ落ちた世界も、小太郎を拾った世界も、此処も同じく青い空をしているというのに、恐ろしく世界観が異なる。
数十分後、戻ってきた小太郎が目にしたのは暢気に眠りこけているの姿だった。
周りに誰かの気配が無いことを確認して、小さく助走をつけると壁を駆け上る。
壁の上でしゃがんで気配を消し、壁の外を見つめると、鹿が数等、草を食べているのを見つけた。
出来れば牛が良いが、贅沢は言っていられない。
小さいナイフを数本具現化して、音も無く放つと、小鹿2頭の頚動脈をすっぱりと切って、それは血を噴出しながらばたんと事切れた。
「私って猟師に向いてるかも、なんて〜♪」
鼻歌を歌いながら鹿の元まで一瞬で移動して片手に一頭づつ鹿を抱える。
巨人が来る前に、と、そのまま壁を飛び越えて、壁の中にある森の中へ戻ると、気配に注意しながらも鹿を手際よく捌いていく。
「しかも料理人の才能まであると来た。私、何にでもなれちゃうね。」
苦笑しながらも捌き終えた鹿肉の血を川の水で洗い流し、トレイに並べる。
この、保存にかける技術が乏しい世界では鮮度が命。
家に持ち帰る分は別の袋に入れて、は立ち上がった。
ウォール・マリアでは肉なんて高級品を捌くには適さない。
気配を消してしまえば常人での姿を追える者等居ない。それを良いことに、気配を消したまま、目にも留まらぬ速さで駆け抜けたは、もう一つ壁を飛び越え、ウォール・ローゼの中に入ると、エルミハ区の市場に向かった。
そして、人気の無い裏道に飛び降りると、打って変わってのんびりと歩きながら、壁に映る自分の影に手を”突っ込んで”、厚紙とマジック、そして小さな椅子を取り出す。
一本出て、表通りに出ると、そこは人で賑わっていて、開いている隅っこに椅子を下ろした。その上にトレイを置き、は厚紙にマジックで文字を書いていく。
"1ブロック 1銀貨"
書き終えると、椅子とトレイの間にそれを挟んで手を大きく叩く。
「はいはい、今日は鹿肉!1ブロック銀貨1枚!1時間限定のタイムセールだよー!!」
その声に、数名の女性が振り返る。
このご時勢、肉は大変貴重で、銀貨1枚で買えるところなど他には無い。
ウォール・マリアに比べれば多少は生活水準が高いウォール・ローゼだが、皆生活が苦しく、肉を手に入れることが出来る日は少ないのだ。
「あら!ちゃん!今日は1人なの?お兄ちゃんは?」
低くは無いがそう高くは無い身長に加え、東洋人の童顔。それはの歳を幼く感じさせるには十分なものだった。とはいえ、そのお陰でたまに果物や野菜を分けてもらえることもあるので、特には気を悪くした様子は無い。
愛想よくにこにこと笑いながらは頷いた。
「お兄ちゃん、他の家畜の世話があるから、今日は私1人なんだ。」
そうなの。と返しながらも女は財布から銀貨を1枚出してに手渡す。
「今晩は主人と子どもが喜ぶわ。ありがとう。」
「いえいえー」
だってそれ、元はタダだもん。とは言えずににこにこと返すと、女は満足したのか去っていった。それを遠巻きに見ていた女達も、続々との元へ集まる。
「本当に銀貨1枚?2ブロック頂くわ!」
その言葉を皮切りに、私も、と声が続くのに、しめしめと内心笑いながら、いつのまにか完売したトレイを見下ろして、はえへへと笑いながらその場を後にした。
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