部屋に入ると、既にリヴァイとエレンがいた。
テーブルの上にはポットとカップがあって、はまっすぐにそちらへ向かう。
その道すがら、リヴァイの視線が刺さるのを感じた。
「おい、エルヴィンはまだか。」
コーヒーをカップに注ぎながらは首を横に振った。
「知らない。」
「エルヴィンの野郎ども・・・待たせやがって。憲兵が先に来ちまうぞ・・・。」
舌打ちをして呟いたリヴァイはちらりと不安そうなエレンを見た。
「大方クソがなかなか出なくて困ってるんだろうな。」
「っ・・・げほッ」
は咽てリヴァイを睨みつけて、エレンはどうして良いか分からず乾いた笑みを漏らした。
「兵長・・・今日は、よく喋りますね。」
「バカ言え、俺は元々結構喋る。なぁ、。」
「・・・お酒飲むとおしゃべりになるよね。」
うーん、と思い出しながらは答えてコーヒーを口に運んだ。
少し温くなっていて、酸味が口に嫌に残る。
コーヒーの豆を変えたほうが良い、と内心文句を言っていると、エレンが静寂を破るように声をあげた。
「すみません、俺があの時・・選択を間違えなければ、こんな事に、兵長もさんにも怪我まで・・・」
「言っただろうが、結果は誰にも分からんと。それに・・」
リヴァイはエレンからに視線を移す。
「俺はともかく、あいつはもう全快している。気に病む程のものじゃねぇって事だ。」
「・・・否定したいようなしたくないような・・・」
エレンを気遣う意味では同意したいところだが、どうにもリヴァイの言い方だと否定したくなってしまう。
それがわかったのか、リヴァイは鼻で笑って続けた。
「そんな事より、お前、何か知ってんだろ。」
「何が?」
素知らぬ顔ではコーヒーをもう一杯カップに注ぐ。
「エルヴィン達が何を動きまわってるか、だ。」
「・・・・それは、本人に聞いてよ。」
聞こえてきた足音にドアを見ながら言うと、すぐにノックする音が部屋に響いた。
「遅れてすまない。」
「いえ・・」
最初に入ってきたのはエルヴィン。そしてその後ろからぞろぞろとアルミンとミカサ、そして小太郎が入ってきて、エレンは目を丸くした。
「女型の巨人と思わしき人物を見つけた。」
その言葉にエレンは身を乗り出し、リヴァイはを睨みつけた。
一緒に入ってきたメンバーの中には小太郎もいるのだ。が知らないわけは無いと思ったのだろう。
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。とりあえず、座って話をしようよ。」
リヴァイの睨みをかわすようにへらりと笑って、立っている4人に座るように言うと、各々椅子に向かった。
作戦内容を淡々と説明し始めたのはエルヴィンで、それを一同は黙って聞いている。
結局女型である証拠が得られたのかどうか。決行するということは、うまくいったのかと一瞬思ったが、アルミンとミカサの表情が思わしくない。
「女型の正体だが・・」
ようやく切り出した女型の正体に、リヴァイは資料から視線を上げ、エレンもこくりと喉を鳴らした。
「それを割り出したのはアルミンだ。女型と接触したアルミンの推察によるところでは、104期訓練兵団である可能性があり、生け捕りにした2体の巨人を殺した犯人とも思われる。」
証拠は出たのか、とは小太郎を盗み見たが、彼は首を横に振った。
「彼女の名は アニ・レオンハート」
その名に、エレンはまさか、と小さくつぶやく。
「アニが・・・?女型の巨人?なんで、そう思うんだよ、アルミン。」
浮かばない表情で説明を始めるアルミンは、確証のないまま、この作戦を進める事への恐怖とそれでも自分の推理を信じる気持ちの双方に苛まれているように見えた。
アルミンの推察は、それが本当であれば、頷けるものだった。
ただ、推察の域を出ない話に、リヴァイはしびれを切らしたように小太郎の名を呼んだ。
「コタロー、お前が最近動きまわってたのは、証拠取りだろうが。何も出なかったのか。」
「・・・是。」
観念したのか、それとも呆れたのか。リヴァイはため息をついた。
「つまり、証拠はねぇがやるんだな・・・」
「証拠は無い・・?どうするんだよ、アニじゃなかったら。」
「アニじゃなかったら、アニの疑いが晴れるだけ。」
エレンが関わるとどこまでも非情だな、と冷静に判断しながらも、はううん、と目を瞑った。
(私がエルヴィンでも、やるな)
疑わしきは罰せよではないが、今、この状況ではグレーなものを放っておける程余裕をかましてられないのだから。
「・・・実際に女型と戦って、あの構えを見てるからかな。私はアニだって言われて、ちょっと納得だけど。」
さらりと言うと、エレンは驚いたようにを見た。
「エレンも戦ったんだから、思わなかった?」
「・・・・さんまで・・・」
動揺しているエレンを置いて話は進んでいく。
「決行にあたって、エレンの身代わりが必要になる。誰か、あてはあるか?」
「・・ジャンなら、身長もそう変わらない。」
アルミンがすぐに候補をあげる。大方、この話が出てくることまで予想していたのだろう。
だが、もし、アニが女型ではなかった場合のことを考えると、暫くエレンに成り変われる人物の方が良いだろう。は静かに口を開いた。
「小太郎なら変化の術を使える。小太郎、エレンに化けれる?」
「是。」
頷いた小太郎は印を組むと、その体はまたたく間にエレンに変わる。
「万一、アニが女型じゃなかった時は、そのまま小太郎がエレンのふりして暫く過ごす。で、こっちで他に打開策が無いか考える。私なら小太郎が捕らわれてても、忍び込んで情報交換することは出来るしね。」
エレンは未だに浮上しない。結局、話を詰め終わるまでエレンが口を開く事は無かった。
憲兵団を待つエレンの姿をした小太郎の横にはとリヴァイ、そしてエルヴィンが立っている。
天候は良好。既にエレン達は出発し、女型捕獲に向けてハンジ達の準備も完了したと聞いている。
「事が起こったら、小太郎はリヴァイとエルヴィンの護衛。」
「是。」
いつもの調子で無表情に頷いた小太郎に、は苦笑した。
「エレンはそういう言葉遣いじゃないでしょ。」
茶化すように言うと、少し迷った後に「はい」と呟いたので、はまた笑って、その場を離れた。
まだ憲兵団が来るまでは時間がある。アニを誘い込む地下道の入り口には、余裕で辿り着けるだろう。
(アニをそこまで連れていけるかは、エレンたちにかかってる訳だけど・・)
気配を消して、とん、と壁を駆け上がる。
(それが出来るとしたら、あの3人以外いない。)
誰かに何かを託して待つなんていうのは不得意だが、今回ばかりは仕方がない。
(はー、不安要素ありすぎて、嫌んなっちゃうよ)
そもそもアニが女型なのか、そしてその場合エレンはちゃんと戦えるのか。
油断できない相手であるが故に、不安要素はなるべく除いておきたいのに、その不安要素がある故に心が踊る感覚に、は自分自身に笑ってしまう。
たん、と塔の上に着地して、眼下に広がる”日常”と厳戒態勢と言うには心もとない態勢をしいている憲兵団。
それを尻目に、待機している調査兵団がいる民家の屋上に向かう。
「守備は?」
ここの班を率いているケントに尋ねると、彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「配置は完了しています。後は目標が来るのを待つだけです。」
「そっか。」
勝負の時は近づいている。
なすべき事は、エレン達の手助けをすることと、見届けること。
思えば、この世界に来て6年がたった。エルヴィン達と追い続けた巨人の核心に、ようやく迫っている。
その事実がなんとも言えない高揚感を感じさせる。
「エレン達が、目標と接触したみたいです。」
それを聞いて、息をつく。ここ一帯に円を広げているから分かる。4人がこちらに近づいているのが。
(この速さだと、あと10分くらいで、到着する)
今回の作戦が、人類の躍進につながれば良いと思う。
そして、できれば損害は最小限にしたい。
「・・・全員持ち場に。目標が来るまであと10分も無いよ。」
潜伏している調査兵団員が頷きあう。
一気に張り詰めた空気を感じ取りながらは息を殺した。
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