アルミンの持つ銃が音を立てた瞬間、を含む調査兵団員が飛び出し、アニを拘束しようとした。
その中で、アニの腕を捻り上げながらは縄で彼女を縛ろうとしたが、視界に入った指輪に刺が指に刺さろうとするのを見て、叫んだ。
「全員離れろ!!」
止める間もなく、刺がアニの指に傷を作る。
瞬間、光が弾けた。
とっさに近くに居た2人を背後に投げ飛ばしたはそのまま腕をクロスさせたが、熱風がぬるりと頬を通り過ぎると同時にはじけ飛んだ熱い塊に吹き飛ばされるようにして壁に叩き付けられた。
「・・ったたたた・・・」
壁に埋まった体。次いで、崩れた破片が上からがらがらと落ちてきて、慌てて飛び退く。
「あー、もう。いきなり巨人化するから・・・」
周りに散らばっている調査兵団がうめき声を上げている。だが、死に至る程の怪我が無いのを確認しながら、待機していた兵に、彼らを回収するように手を振って指示を出すと、は急いでアニを追う。
地下に潜り込んだエレンを探しているであろうアニが地下道を踏み抜くのが目に入って、舌打ちした。
すぐに巨人化すれば良いのに、エレンは中々巨人化しない。
つまり、手間取っている、ということだろう。
ならば、1人でやるか、それか、エレンが巨人化するまで時間をかせぐか。
どっちにしろ、がやるべきは、彼女と対峙することだ。
走りながら壁を蹴りつけてアニのすぐそばにある民家の屋根に登ると、彼女と目線は一緒にこそならないものの、しっかりと彼女とは目が合って。
「やっぱり、君が、女型だったんだね。」
彼女は目を見開いた。
その視線はの顔からすぐに左腕に移っていて、それを見て取ったは笑いながら自分の左手を振ってみせた。
「あぁ、コレ?もう、お陰様で大変だったよ、くっつけるの。」
アニは未だ驚きを隠せないように、口を開いた。
「・・・アンタモ・・?」
他にもいくつか単語を発したようだったが、うまく聞き取れない。
しかし、問い返す暇は無かった。アニが手を振り下ろしてきたのだ。
前、巨人化したアニと戦って分かったのは、硬化されてしまうと分がなさすぎるということ。
力では負けていないが、根本的に大きさが違いすぎる為、例えばアニの指を切断することはできても、腕を切断することは出来ないのだ。
おまけにが自由に武器(刃物)を生成できるとは言っても、大きさには制約がつく。
(こんな事になるなら、大きさの制約付けるんじゃ無かった・・・!)
そう悪態をつくが、この世界に来るまでここまで大きな相手と戦う事なんて想定していなかったのだから仕方がない。
(・・・本気で殺るなら、硬化される前に項を狙うしか、無い。)
そう思っていると、足元から膨れ上がる熱に、は慌てて移動した。
先ほどまで居た場所は巨人化したエレンによって突き破られ、辺りに破片が舞う。
「エレン、遅い!!」
そう怒鳴ってみても、恐らく彼には聞こえていないだろう。女型が、エレンの出現に怯んだ隙に、は彼女の中途半端に伸びていた右腕の関節周りの筋を削ぎ落した。
左腕も、と思ったが、させまいとするアニが蹴り飛ばそうとするものだから、諦めて近くの塀の上に着地すると、エレンがアニに突っ込んでいくのが目に入った。
右腕を使えない分、多少はアニに不利ではあるだろうが、どうなるか。
巨人同士の戦いになってしまうと、下手に手助けすることも出来ずに、は頭を掻いた。
「・・!」
エレンとアニの小競り合いが少し続いたかと思うと、アニは勢い良く走りだした。
それも市街地へ、だ。
「まずい!」
周囲の兵も、その方面が市街地であるのを察知して、焦燥感をにじませる。
「・・・腕の回復の為に時間稼ぎしてるってこと、か。」
それを追いかけてエレンも走りだしている。
2人はぶつかり合いながらも、矢張りアニの方が足は早くて。はぎりりと口を噛んで周りの兵に、周囲の民間人を避難させるように指示を出して自分も、避難を呼びかける為に走り始めた。
「此処は戦闘区域になるから、北へ避難して!」
叫ぶと、市民は顔を見合わせ、周囲にいた憲兵団は眉を寄せてへと駆け寄る。
全員が、まさか此処で争いが起きるだなんて思っていないのだろう。
それでも、先ほどから、遠くから聞こえてくる爆破音、地響きに異変は感じているらしい。
「本当か!?」
「こんな時に嘘つくはず無いじゃん!」
尋ねてきた憲兵に呆れ混じりで叫んだ。と、その憲兵の背景に、見覚えのある金髪が映る。
エルヴィンだ。
「・・・いいから、さっさと避難させて。」
「あ、おい!」
憲兵が止める間もなく、は憲兵に銃を向けられているエルヴィンに駆け寄る。
こんな時に何を内部で争っているのか。
その怒りの矛先は、エルヴィンの正面に立っているナイルに向いた。
「何呑気にこんな所で話してんの!エレンと女型がすぐそばで戦い始めちゃったんだから、あんたら憲兵がやんなきゃいけないのは、市民を避難させることでしょ!?」
「・・・っ」
言い返そうとしたが、その直前にエルヴィンに肩を掴まれて、ナイルはエルヴィンを振り返った。
「お前ら、本気でウォール・シーナに巨人が・・」
遠くに見える民家が崩れ落ちる。ちらちらと建物の間から女型の頭、そしてそれを追うエレンの頭が見え隠れしてナイルは言葉を詰まらせた。
「・・・ってことだから、宜しく。小太郎は2人を見てて。」
ようやく、動き始めたナイル。しかし、護衛に回っていた憲兵団の面々には動揺ばかりが広がって、すぐに動きそうにない。
女型をここらへんで食い止めたいのは山々だが、どうすべきか。
「!二手に分かれて左右からエレンの援護をするから、こっちに来て!」
左手に飛んできたハンジの姿と声を拾って、は頷くと、ハンジの班に合流した。
「目を、狙えるかい?」
「勿論。」
民家に手をついて急停止したアニは、追ってきていたエレンを蹴り飛ばした。
そのモーションが終わる前には飛び出すと、3本、鎌をアニの目に向かって投げ飛ばす。
そして最後の一本を投げ終えると、自分も鎌の軌跡を追って、アニに接近しようとするが、背後から急速に近づく気配・・・エレンに気がついて、慌ててアンカーを近くの壁に突き刺して回避する。
ぶつかり合う音と、体が建物を粉砕する音。
今度、一撃を貰ったのはアニの方で、膝を着いたところを狙っていくエレンだが、見事にカウンターを食らってしまった。
「エレン!」
悲鳴のようなミカサの声が聞こえる。
崩れ落ちたエレンを守るように飛び出したミカサだったが、対するアニはそれに一瞥をくれただけで、くるりと踵を返すと壁に向かって走り始めた。
「・・・逃すな!!ミカサ!!!」
飛びつくように壁にその硬化させた爪を突き立てるアニの姿に、ミカサと共にも彼女を追う。
「ミカサ!左をやって!!」
「え?」
何の事を言っているのか、そう言われたミカサが理解するよりも早く、はやってみせた。
アニの右手をめがけて飛び上がったはその硬化されている第二関節のすぐ後ろを切り落としたのだ。
意図を理解したミカサはすぐに跳躍し、左手だけでぶら下がっているアニの、その手を、切り落とした。
宙に浮いたアニの体。待ち構えていたのは、顔から煙をあげているエレンで。
「急いでこじ開けろ!!」
地面に抑えこまれたアニの項を切り開く何名もの調査兵団員。
しかしその途中で、アニを中心にして光と蒸気が辺りを包み込み、目に飛び込んできたのは。
「結晶化・・・した?」
クリスタルのような鉱物に包まれたアニだった。
結局、アニを覆う結晶は砕く事が出来ず、調査兵団本部の地下に収容。
その結晶の研究、並びに壁の中に眠っている大型巨人についてはハンジとアポロが担当する事となった。
また、現在戦線を離脱しているリヴァイの穴埋めとして、また、今後有事に備えて兵長補佐にが、団長補佐に小太郎が就任した。
「・・・ハンジ、」
壁の上で、反対側の壁を睨むように佇んでいるハンジの背中に声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「・・・あれ、兵長補佐がこんな所にいて、いいのかい?」
茶化すように言った彼女の表情は既に常のものになっていて、は頬を掻いた。
「補佐って言っても、リヴァイが動けない時に代わりするだけだし、今はそんなに大変じゃないよ。」
苦笑しながら、はハンジの隣に立つ。
ハンジが見ていた方へ視線を向けると、あの、シートが被せられている部分が見える。
「また、明日から忙しくなるね。」
「あぁ、そうさ!君の相棒を貸してもらうよ。」
アポロのことを言っているのだろう。
彼は今頃地下に収容されているアニを調べている頃だ。
「いくらでもどーぞ。」
そう、笑って答えて、は踵を返した。
そうして、壁から飛び降りると、調査兵団本部へとゆっくり歩き出す。
日は暮れかかっていて、オレンジ色の明かりが街中を照らしている。
昼までの喧騒とは打って変わって、既に静まり返っている。その中を歩いていると、壁に寄りかかっている影を見つけて、視線を向ける。
「・・・補佐の癖にどこほっつき歩いてんだ。」
「リヴァイこそ、けが人の癖に何でこんな所にいるの?」
リヴァイの足はも診ている。早く治したければ安静にしろと言ったのに、と視線で非難しても、当の本人はどこ吹く風。
仕方なしに、彼に歩み寄ると、ゆっくりとそれに合わせてリヴァイも歩き始めた。
「てめぇも怪我してた癖に、自分だけさっさと治しやがって。」
「そんな事言われてもなぁー。」
治せたんだから治しただけだ。無論、リヴァイの怪我だって治せるものだったらさっさと治している。
「まぁ、なんかリヴァイの補佐になっちゃったし。ゆっくり怪我治してよ。」
膝を固定しているからか、歩き方がおぼつかなくて、思わず笑いながら言うと、鋭い目つきで睨まれて肩を竦めた。
「・・・ご希望なら、抱えてくけど。」
「バカ言え。」
けが人だからと油断していたらごつんと拳が頭に飛んできて、は顔を顰めた。
「明日から覚悟しろ。こき使ってやる。」
「えぇー・・・」
言葉を交わしながらも、昼間はそう遠く離れていない場所で巨人化したアニと戦っていたのだと思うとなんだか不思議だ。
今、この瞬間は何でもない日常なのに。
しかし、微かにすすり泣く声が、風に乗ってきた。この日常の一方で今日の騒動によって命が消えた人々が大勢いるのだということを思い、何だか薄ら寒くなって、は隣を歩くリヴァイの手を握りしめた。今、すすり泣いていたのは自分かもしれないのだ。
その、珍しい彼女の行為に、リヴァイはからかうでもなく、黙ってその手を握り返した。
「・・・私より、先には死なせないから。」
また下らない事を言いやがって、とでも言うように、リヴァイは片方の眉を持ち上げてをじろりと見た。
「そんな事より、自分が死なねぇようにするんだな。」
「・・・リヴァイも、そうするんならね。」
言われて、様々な事が頭をめぐる。それは死に行く部下の姿だったり、リヴァイ班の面々だったり、巨人に打ち勝とうと戦うエルヴィンの姿だったり。
人類が巨人に勝つ為であれば、命を投げる覚悟はとうの昔にしたのに、と目を細めて自分を見つめるリヴァイの姿に、はへらりと笑った。
「分かってるよ。リヴァイはそのままで良い。」
公に心臓を捧げた兵。彼の信念の強さはよく知っている。
「私は私で勝手にやるだけだから。」
だから、自分はその公に捧げた心臓を守るだけだ。勿論、もその手助けはする。ただ、優先順位の問題なだけで。
「俺は・・・」
手に力がこもる。しかし、言いかけた言葉はすぐにかぶりを振って打ち消された。
「何でもねぇ。さっさと帰るぞ。」
いつの間にか止まっていた足を動かすと、も合わせて足を踏み出す。
もう既に調査兵団本部の門が見えていて、途端に成すべきことがどんどん頭をもたげてきた。
大きな進展があったのは事実だが、真実には近づけていない。ある意味、ようやくスタート地点に立ったところだ。
「主。エルヴィンが、呼んでいる。」
「ん。リヴァイも?」
門で待ち構えていた小太郎は頷き返してエルヴィンの元へ一足早く向かった。もうすっかり団長補佐が板についている。
しかし息をつく暇もないな、天を仰ぐと、ごつんと叩かれて、頭を擦った。
「さっさと行って飯を食いに行くぞ。」
思えば、昼も碌に食べていない。今更すいてきた腹に、頷くとリヴァイの手を引っ張って歩き始めた。
<<第一部あとがき