Dreaming

World End #22



馬車に揺られながら今は無い左腕を押さえて、は先程の事を思い返していた。
やはり、女型の目的はエレン。
途中で合流したミカサとリヴァイの2人で救出することは出来たが、女型の捕獲は出来なかったし、失われた命も多い。


、リヴァイの怪我は治せないのか?」


エルヴィンの馬が荷馬車に寄せられる。声をかけられてはゆっくりと顔を上げると首を横に振った。


「切り傷とか私が治療法を知ってる病気なら治療できるけど、中の骨が折れた場合は無理。一応応急手当てはしたけど、完治までは早くても2週間くらいはかかるんじゃないかな。」
「そうか・・・。」


リヴァイという戦力が削がれるのは痛い。そうでなくとも今回の作戦失敗をどう説明するかについて何も案が無い状態だ。
思案しながらもエルヴィンはの不自然な左腕に気がついた。


「腕を怪我したと聞いたが・・・」


それにしては左腕のマントの形状がおかしい。まるで、何も無いような・・・。そこまで気づいてエルヴィンは訝しげにの顔を見た。


「うん。ご察しの通り、左腕が今無い。けど、後でくっつけるから心配しないで。」
「切り落とされた、ということか?」


何から突っ込んで良いのか分からないが、現状を把握するためそう尋ねると、は曖昧に笑った。


「切り落とされたっていうか、女型の蹴りを受けたらふっ飛ばされちゃったんだよね。さっき言った通り、切り傷・・・というか、物理的にくっつけて治せるものは治せるんだ。ちょっと時間かかるけどね。」


女型の蹴りを生身の体で受けて、腕一本で済んだのなら、安いものだろうが、彼女の力を持ってしても女型はたやすく相手取れるものではないのだと改めて認識する。


「・・・そうか。戻ったらすぐに治療してくれ。何日で動けるようになるんだ?」
「数時間かなぁ。一応一日は安静にさせて欲しいけど。」


茶化すように言うが、予想以上に短い時間に胸をなでおろす。
リヴァイは負傷、エレンも恐らく暫くは動けない状態。小太郎がいるだけでも相当助かるが、動ける者が多い方が良いに決まっている。


「あ、さっき確認したけどエレンに目立った外傷は無かったよ。精神的な疲労と巨人化したことによる疲労さえ取れれば問題ないね。」


エレンについては想定内だ。エルヴィンは相槌を打ってようやく見えてきた壁に息をついた。






















「腕をくっつけるなんて興奮しちゃうなぁ!さぁさぁ早くやってみてよ!!はぁはぁ」


帰還したは足早に自室へと向かおうとしたが、そこに「さっさと腕をどうにかしろ」と声をかけたのはリヴァイだった。
勿論どうにかする、と答えて、アポロを探してみたらその横にはハンジがいて。
自室へ向かうとアポロにくっついて来た訳である。


「うるせぇ。静かにしろ。」


いつもはハンジと騒いでいるアポロも今回はの腕を縫合するという大役があるため、彼女の相手をすることは出来ない。
その代わり(と言っては怒られてしまいそうだが)相手をするというか暴走するのを牽制してくれるリヴァイが居合わせてくれているのは有り難い事だろう。


「一応、取れた左腕は念で維持しといたけど、ちょっと時間置いちまったから、縫合するの時間かかるかもなー。」


呑気に言いながらの影に手を突っ込んで彼女の左腕を取り出したアポロはリヴァイに左腕を持っておくように頼む。


「えぇっそんなの私がやるよ!ねぇねぇ良いでしょ!?」
「ハンジだと騒ぎ始めて腕動かしそうだからよー、リヴァイ、頼むわ。」


左腕を興味津々に見つめるハンジを押しのけて、リヴァイはの左腕を持って固定した。


「アポロ、細心の注意を払ってね。変な風にくっつけないでよ!」
「んなヘマするわけねーだろ。」


からからと笑いながら、アポロは念糸を手に持つと、いつもよりゆっくりと手を動かして縫い始めた。
それに合わせてが止血していた念を解いた為、ぱたぱたと腕から血が落ち始める。


「あー、こりゃ、縫合しても動かすまで少し時間かかるな。」


細胞は壊死していないものの、取れていた左腕については細胞を活性化させるのに時間を要する。


「想定内だよ。あ、そこ神経だから気をつけて。」
「だーかーらー、誰に言ってんだっつーの。」


少し呆れたように返しながらもアポロは縫合を進めていく。
2人には念糸が見えない為、どうなっているのか分からないが、主要な血管の縫合は終わったのか、落ちてくる血の量が減ったことは分かった。


「すごいすごい!」


念糸を通って血液が通う様子については、血だけは見えるため、観察することができる。
ハンジが興奮する横で、リヴァイが「気持ち悪ぃ」と呟いた。


「で、最後に皮膚を縫合して終わりだ。」


ここまでくると早いもので、アポロが手を動かすスピードはいつも通りになり、程なくして縫合が完了した。
終わると、は手を開けたり閉めたりしながら感覚を確認する。


「やっぱ、指先は動かしにくいなぁー。」
「仕方ねぇだろ。ま、明日にはいつも通りだ。」


終わった終わった、と疲れない体の癖にアポロはベッドに飛び乗った。
それを視界の端で捉えるリヴァイの表情は思わしくない。
飛び乗った拍子に埃でも舞ったのだろう。


「凄いよ!もう動かせるわけ!?」
「あ、ハンジ、そんな振らないでよー!また取れる!!」


つながった左腕をしげしげと眺めたと思ったら掴んでぶんぶんと降り始めるものだからは慌てて彼女を止めたが、ハンジが動きを止める前にリヴァイが彼女を蹴り飛ばした。


「脇腹は良いのか?怪我してんだろ。」
「んー、今こっちの治療すると血が足りなくなりそうだから、明日にする。こっちはそんなに急がなくても良いしね。」


確かに脇腹もぱっくり切れているのだが、念糸での治療になるとが止血のために纏わせている念を解かなければならない。
先ほどの左腕の治療の時に結構な出血量になったため、脇腹まで治療してしまうと流石に血が足りなくなってしまうのだ。


「・・・お前は左腕と脇腹を負傷。俺も膝をやられた。」


椅子に腰掛けながらリヴァイは視線を宙にやった。


「女型の捕獲もできねぇで、ひでぇザマだな。」


今までテンション高く騒いでいたハンジがぴたりと動きを止めた。
いや、彼女は無理やりテンションを高くしていたのだろう。


「・・・アポロ、今回と女型が交戦してた時の様子は見てたんだよね?」
「あぁ。見てたぜ。」


むくりと上半身を起こしたアポロは、ハンジが何を意図していることを感じ取って、ニヤリと口の端を持ち上げた。


「忘れねぇうちに纏めとくか。そっちも捕獲の時、何かしら情報は拾ったんだろ。」
「些細なことでしかないけどね。」


肩を竦めて、ハンジは立ち上がった。


、アポロを借りるよ。」
「どうぞ、お好きなだけ。」


かいま見えたハンジの目は、もう次の何かを見ていた。























部屋にふたりきり。なんだか居た堪れなくなって、何か飲み物でも、と立ち上がろうとした時、顔が硬い何かに当って、同時に体が何かに包まれた。


「・・・リヴァイ?」


驚いて彼の名前を呼ぶが、顔は相変わらず固い胸板に押し付けられていて彼の顔を見ることは叶わない。


「お前まで、死なせるかと思った。」


ぼそぼそとしゃべる声が耳にかかってくすぐったい。


「そう簡単には死なないよ。」


安心させるように言ってみるが、背中に回っている腕の力は緩む気配が無い。
今回、リヴァイ班はとリヴァイ、そしてエレンを除いて壊滅状態。
そして、リヴァイ班はリヴァイが直接今までの実績を元に集めた精鋭だった。

直接リヴァイが手を下した訳ではない。
だが、もし、リヴァイが彼らを招集しなかったら、もしかしたら助かった命だったかもしれない。

そうは思っても、たらればの話なんて非生産的で何の足しにもならない。


(リヴァイも、そう思ってはぐるぐる悩んでんのかな)


地位は、決断をする権利と責任がついてまわる。
そして、葛藤を容易く他人に悟らせるようなことは出来ない。


「リヴァイ、疲れたでしょ。もう休んだ方が良い。睡眠薬出してあげるから。」


精神的にも体力的にも疲弊している彼に必要なのは休息だ。


「夢も見ないようなヤツ。で、起きたらすっきりした頭で、次のことを考えようよ。多分、夕方にはエルヴィンが会議開くだろうしさ。」


ようやく緩んだ腕から抜けだして、は以前作っておいた睡眠薬を入れておいたビンを取り出した。
念で創りだしたものだが、飲む分には念能力者じゃなくても問題は無い。


「・・と、その前にお風呂入らなきゃね。ベッドに入る直前に水で飲んで。三時間ぐっすり眠れるから。」


ティッシュに薬を包んで渡そうとするが、リヴァイは一向に手に取ろうとはしない。


「お前はどうするんだ。」
「私が寝ちゃうとアポロが動けないからね。報告書でも書いてるよ。リヴァイに不評の。」


茶化すように言うと、ようやくリヴァイは口の端を持ち上げた。


「そうか。後で見てやる。」


休む気になったのだろう、と思ったのに、リヴァイは薬を手に取らずにドアへと向かった。


「ちょっと、薬は?」


咎めるような声に呼び止められて、振り返る。


「そこで寝る。後で寄越せ。」
「は?」


異論は聞かない、と背中で語って、リヴァイは自室へと戻っていった。
そこ、と言って視線でさしたのは未夜のベッドだった。つまるところ、自室でシャワーを浴びて、この部屋に戻ってくるということだろう。


「・・・ま、しょうがないか。」


部下を亡くすのは過去幾多もあったとは言っても慣れる訳ではないし、今回は付き合いの長い面々をエルヴィンとリヴァイで考案した作戦により、失ったのだ。
おまけに、も常人であれば間違いなく死んでいた怪我を負っていた。
近くにいないと不安なのかもしれない。

椅子の背もたれに体重をかけて、仰け反ると、脇腹が軋んだ。


<<>>

2013.12.21 執筆