Dreaming

World End #21



張り詰めた空気が充満する。
長い隊列。リヴァイの横で馬に乗るは彼に声をかけた。


「旧市街地を抜けるまで私は援護に回るよ。馬、よろしく。」
「仕方ねぇな・・・ちゃんと戻ってこいよ。」
「うん。」


門付近の巨人を攻撃する大砲の音が響く。そろそろ、出陣だ。


「第57回壁外調査を開始する!前進せよ!!」


声と共に馬の腹を蹴りつける。
既に訓練では、が援護に加わった場合の想定もして、リヴァイに何度も馬を預けている。
馬はそれを正しく認識していて、乗り手がいなくなった後はリヴァイの馬の後ろを黙って走り続けた。


「よっと」


数が多い左前方から取りこぼした巨人がやってくるのは想定済みだ。
すらりと抜いた刀身を目にも留まらぬ早さで振り下ろしたはその亡骸を蹴り飛ばして次のもう一体を殺すと、後は援護班だけでも事足りそうなことを確認して、自分の馬を目指して走りだした。
途中、援護班が倒した巨人の体に当たった家が崩れ、瓦礫が隊列の上に落ちそうになると、それを弾き飛ばす。


「気ィ抜くなよ。」
「わかってるよ。」


戻ってくるなり、睨まれたかと思うとそう釘を刺されて、納得行かないものの反論する時間も無く、は手綱を握った。


「長距離索敵陣形!!展開!!」


前から聞こえてきた声に呼応するように、隊列ごとに方向を変えて走り始める。
陣形については大まかにしか把握していない。はおとなしくリヴァイの後ろを走り続けた。






















後ろから近づいてくる地響きは、人の思考力を鈍らせ、焦りを最大限まで高めるには十分過ぎた。
見たこともない形状をした女型の巨人。成る程、今までの巨人と比べると話にならない程”戦い”というものを心得ている。
一人でやれるか、と聞かれても言葉に少し詰まるくらいには、難しい相手だ。
また一人女型に殺された仲間に、女型と対峙すべきだという声が大きく響く。
それでも、リヴァイは前を見据えたままだ。


「兵長!指示を!!」


状況は逼迫している。
後方部隊の援護が無ければとっくの昔に追いつかれているだろう。


さん!」


縋るようなエレンの叫び声がする。しかし、この作戦で身勝手な行動をする訳にはいかない。
成功する確率が200%では無い限り、エルヴィンの作戦どおりに事を進めるしか無いのだ。
黙って首を横に振ってみせると、エレンはわかりやすく狼狽した。
そして、単身、女型に立ち向かおうと手を噛み切ろうとするが、それを止めたのは周りにいたペトラ、オルオ、そしてリヴァイの言葉だった。


「目標、加速します!」


エレンが思いとどまったからと言って女型の速度が落ちる訳でもなく、それどころか加速してくる。

目標ポイントまでもうすぐ。


「撃て!!!」


まさに、女型の手が伸びようとした時、エルヴィンの声がした。そして、響くのは捕獲装置が起動する音。
彼の横には小太郎が立っていて、と目が合うと、こくりと頷いた。
拍子抜けした表情のリヴァイ班に、リヴァイが淡々と指示を出す。


「少し進んだ所で馬をつないだら立体機動に移れ。俺とは一旦別行動だ。班の指揮はエルドに任せる。」


そう言って行ってしまったリヴァイの馬の手綱を引っ張り、はエルドに、先導するように促した。
第一段階は成功。女型の中身がそう簡単に吐くかどうかは不明だが、この時点で、女型の捕獲は確実。
そう、は判断したが、それは早計だった。
























今回の作戦について議論を交わしていた面々は、撤退の合図を見て色めきだった。
立体機動装置で移動し始めるエルドの後を追うようには飛び立とうとしたがその足を止めると、馬の手綱めがけてナイフを投げた。
この立地では立体機動で移動したほうが良い。馬は木につないでいる手綱さえ切っておけばあとで指笛で呼び寄せられるだろう。


「お前ら2人とも初陣で小便漏らして泣いてた癖に。」


今までの緊張の糸が切れたのか、随分と騒がしい。
初陣の話を最後尾で聞きながらも笑いを漏らす。


『はー、やっと女型にいろいろ聞けんのか!』
「・・・帰ったら忙しくなりそうだね。」


そう返していると、遠目に、調査兵団の服を来た人物が近づいてくるのが見える。
おかしい、何故ここに他の団員が、しかも単独で接触してくるのか。
そう、警戒を強めた瞬間、その何者かはグンタの後頭部に刃を向けた。
一瞬の事だ。しかも、グンタとの距離が開きすぎているのは幸か不幸か。
すぐにはエレンの側に行くと首根っこを引っ掴んで方向転換した。


「とにかく味方の元へ向かうぞ!!」


エルドがそう叫び、全員が頷く。
と同時に、背後で光が弾けた。十中八九、女型の巨人だ。


!ペトラとエルドと俺で行く!お前はエレンを連れて逃げろ!」
「そんな・・できません!」


反射的に首を横にふるエレンの横では頷くと、エレンの手首を掴んだ。


さん!何で・・やるなら全員でいくべきだ!」
「私達が最優先にすべきはエレン、君の身を女型から守る事。連携プレーでいくとあの3人に任せた方が良い。」
「でも」


は力任せにエレンを引っ張るとエレンの立体機動装置から伸びているアンカーを引っ張って木から引き抜いた。


「でも、じゃない!」


そして、胸ぐらを掴んで正面に近づいた木を蹴りつけエレンを抱えたまま飛び上がる。


「女型の巨人の能力はよくわかってない。そんな奴にエレンを近づける訳にはいかないのは分かるでしょ!」


から視線を後ろに向けると、そこには女型に斬りかかる3人の姿がある。


「あ・・」
「それに、あの3人は実績もある。戦い方をちゃんと知ってる。ここで助けに向かうのは、あの3人に対する侮辱だよ。」


視線の先では、目を攻撃し、次いで肩周りの筋肉を削ぎ始めている3人の姿がある。
それを見て、ようやくと逃げる心づもりが出来た時、それは起こった。
視界を奪われていた女型の巨人が、ありえない速度で目を回復し、エルドを食いちぎったのだ。


「ッ!!」



一瞬だった。3人は確実に事切れていて、女型の目がぎょろりととエレンを捉える。
まずい。そう思った瞬間、女型の巨人が地面を蹴る。
その驚異的な走るスピードに、エレンと一緒に逃げていては間に合わないと悟ったは硬質スチールを鞘から引き抜いた。


「エレンは逃げて。」


そう言い残して単身、女型の巨人に向かうの姿をエレンは目を見開いたまま見つめた。
どこから斬るか。隙のない構えを見せる女型に、考えながら硬質スチールを念で強化しようとするが、すぐに右手が他の巨人とは比べ物にならないくらいのスピードで迫ってくる。その手首を切り落とそうとするが、すぐに狙った場所がぴきぴきと音を立てて結晶化してしまう。


「!?」


振り下ろした硬質スチールには、その手首を切り落とすどころか、逆にヒビが入った。
すぐに迫ってきた左手を、とっさに大きめのナイフを数本出して目に向かって投げ飛ばしながらアンカーを側の木に突き刺して回避する。
片方のアンカーしか使わずに移動する事ができるのは彼女の突出しすぎた体術があるが故だろう。


(念で強化してる途中だったとは言え、まさか、刃にヒビが入るなんて、どういう作りしてんのよ)
『ぜってー殺すなよ。生け捕りだかんな』


うずうずとしている半身が影の中で騒ぎ始める。


「うるさいなぁ、それどころじゃないってば!」


目を狙ったナイフは右手で払い落とされたが、そのうちの数本は目に刺さってくれたらしい。うめき声を上げる女型だが、すぐに体勢を立て直す。
どう考えても直接的に項を狙うのは無理だ。
硬化した部分は刃も通らない。だが、それは硬質スチールだった場合の話で、別のが創りだした鎌であれば別かもしれないが、確証は無い。


女型が拳を振り下ろすのを木を伝って避けながらは取り敢えず鎌を取り出すとそれを女型に向かって投げた。
女型は鎌を硬化させた手先で払うと、鎌は手を切り落とすには至らないが、手に深々と刺さった。
それを見た女型は目を一瞬見開いたがすぐに引き抜き、に向かって投げる。


「傷を付けられないことは無いけど、切り落とすのは難しいってこと、か。」


飛んできた鎌はに当たる直前に消失する。当たり前だ。が創りだした鎌なのだから意思一つで消え去る。


「でも、全身を硬化しないってことは、局部しかできないってこと?それとも、出し惜しみ?」


足場にした木が、ばき、と音を立てて折れる。その時にはは女型の背後に居た。
項に斬りかかろうとするが、すぐに手で項を覆われ、中途半端に刺さった鎌。
それをそのままには飛びのきながら新しい鎌を取り出して両腕の筋を懇親の力で斬り、その勢いのまま足の動きを止めようと腱を切り裂こうとするが、女型もそう甘くはいかせてくれない。


「おっとぉ!」


間抜けな声を上げて蹴りだされた足を体勢をひねって避けようとするが、その先を読まれて足がを襲う。
避けられないと悟った瞬間には手を念で強化して、反発させ合うように襲ってきた足に真っ向から拳を打ち込んだ。


「・・いたい・・」


力負けはしなかったが、互角、といったところだろうか。
びりびりとしびれる腕。指の骨は折れたのだろう。激痛が走る。
相手の足の骨も折ることが出来たらしいが、相手は超回復力を持つ巨人。


「卑怯者ー!」
『しっかりやれよ!バカ!」
「あー、うるさい、外野は黙ってて、よ!」


案の定、すぐに修復したであろうその足で地面を踏みしめた女型。
しかし、足の力の入れ具合と体勢がまるで飛び上がるみたいだ、と思った瞬間には豪速球で女型の巨人が肉薄してきて、は上に飛び上がった。
間一髪で女型の巨人を避けはしたものの、木よりも高く飛び上がってしまった今、急激な方向転換は足場が無ければさすがのも出来ない。


『何の為の立体機動装置だよ!』
「あ、そうだった。」


参ったなぁ。と呟いたと同時にアポロが突っ込んできて、はアンカーを射して女型から少し離れた位置に着地しようとするが、女型はワイヤーを足首に引っ掛けて地面に叩きつけようとするので、慌ててナイフでワイヤーを切り落とす。


「あー、もう!やりにくいなぁ!」


足に全力を入れて、脳天をぶちぬいてやろうと思うが、その前にひゅんと飛んできた木に妨害される。
道具まで使うなんて、反則だ。と悪態をつきながらも逆にその木を利用しようと蹴り飛ばすが、咄嗟のことに力加減を間違え、木が木っ端微塵になる。
結果的に、女型に落ちていったのは木の破片のみだった。


「う、わ!」


しかもなお悪いことに待ちかまえていた女型は硬化した足先で蹴りをかましてきた。
先ほど蹴りを受けた感触だと、念で強化しても完璧には防げない。
骨の1,2本は覚悟した方が良さそうだという彼女の予想は外れず、ガードした左腕には激痛が走り、内部で骨が折れる音が響いた。
いや、それだけじゃない。


「アポロ!腕、回収して!」


先ほどの蹴りとは違う。角度も狙う箇所も力も完璧なその蹴りに、の左腕が文字通り吹っ飛んだ。


「任せろ!」


影からアポロが飛び出し、腕の回収に向かう。一瞬、それに驚愕の視線を向けた女型だが、すぐさま女型は踏み潰そうと蹴りあげた足をそのまま振り下ろした。
止血をさっさとしないと出血多量で死ぬ。受けた左腕のすぐ後ろにあった左側の脇腹も無事では無い。でも、それに充てている力も時間も無い。

あぁ、これはさすがに不味い。と思った瞬間、何かが女型に体当たりをした。























少し遠くで女型とエレンが争う音が地響きとともに伝わってくる。
腕と脇腹の止血は済んでいる。だが、治療している暇は無い。


「おいおい、腕ぐらいくっつけとけよ。」
「無理。今念を解いたら無防備になりすぎる。」


とアポロの念糸縫合はそれを教授してくれたマチ(兄の仲間)程正確性もないし時間も彼女よりもかかってしまう。
加えて念糸縫合の間は念を解く必要が有る。今、現在進行形で念で止めている止血ができなくなるため、出血は酷くなるし、念は使えないしで此処を襲われたら終わりだ。


「腕はアポロ持ってて。そんで、影の中で待機。」
「えー」


不服そうにしながらも、そんなこと言っている場合じゃないのは分かっているのか、大人しくアポロは腕を持ったまま影の中に入った。
腕はアポロがうまく保存してくれるだろう。さっさと縫合した方が楽なのは知っているが、数時間経ったとしても問題は無い。


「無事か!?」


そうは言っても、止血するのが遅かった。
少しふらつく体を叱咤して起き上がるのと、こちらへ向かってくるリヴァイと目があったのは同時だった。


「てめぇ・・・腕はどうした」
「取れた。あとでくっつけるから気にしないでよ。」


その後ろに小太郎が着地して、の有り様を見て顔面を真っ白にする。が、すぐにが「見た目ほど痛くないから」とたしなめるとようやく落ち着きを取り戻したように、傷口の確認を始めた。


「仕方ねぇ・・これでも羽織っとけ。」


誰かと合流した時に腕が無いのを見られるのはさすがに不味い。リヴァイは羽織っていたマントを取るとに放り投げた。


「あっちでエレンと女型が戦ってる。急ごう。」
「お前は待ってろ。」
「さっき女型と戦った。助言くらいはできる。」


リヴァイは不服そうだが、舌打ち一つで済ませると小太郎を見上げた。


「連れてってやれ。手を貸せと言うまで、のお守りしとけよ。」
「是。」
「お守りって・・・」


私は子供じゃない!と抗議するが、リヴァイは鼻を鳴らしただけだった。


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2013.12.17 執筆