Dreaming

World End #19



さんは、一言で言うと掴みどころの無い人だ。
最初に彼女に出会ったのは、丁度母さんに、当時から貴重だった肉を差し入れている所に出くわした時のこと。俺が、まだ10歳かそこらの時だ。

少し年上の面白いお姉さんと、無口で頼りになるお兄さん。それがさんとコタローさんの第一印象。
ひょろっこい手足をしているくせに、強盗や身売り商人を見かけると物凄い力で、大の大人でも出せない力でそいつらを蹴散らす姿を見た時は幼心にヒーローだと思った。
後から聞くと、その後ミカサはさんとコタローさんに稽古をつけて貰っていたらしく、其れを知った俺は盛大に拗ねた。

そして、知り合って一年も経たない内に、2人は忽然と姿を消した。
家に行ってももぬけの空。近所の人たちに聞いても知らないの返事だけ。
何か、事件に巻き込まれてしまったのだ、と、探しに行こうとした俺を止めたのはミカサだった。
2人なら、きっと理由があって、姿を晦ましているだけだ、と。
当時の俺は全くそれに納得できなかったが、まぁ、その話は置いておいて。
5年前のウォール・マリア陥落の時に突然姿を現したさんに助けられ、その後は訓練の特別講師として会い、在り得ないその強さをまざまざと俺らに見せつけ・・・とにかく、彼女は俺の予想をいつも飛び越えてしまう。

そして今、彼女は人類最強・リヴァイ兵士長に迫られている真っ最中だ。

何で俺が此処にいるかって?
ハンジさんに兵長を呼んでくるように言われたからだ。俺の実験について相談したいことがあるから、らしいけど、こんな気まずい空気の中割り込めるはずが無い。


(あー、どうしろって言うんだよ・・・)


資料室の入り口の壁に背中を凭れさせて、俺はため息をついた。


「返事は急がねぇとは言ったが、こうも露骨に避けるなら話は別だ」


そろり、と中をうかがうと、2人の姿しか見えない。
どうやら兵長を案内していたコタローさんは空気を読んで退散したようだ。
それなのになんで俺はこんな所で2人の会話を盗み聞きしているんだ、とどうしようもない気持ちになった時、肩をたたかれて俺は声を上げかけるが、それは誰かの手によって抑えられる。


(こ、コタローさん!)


横を見ると、そこにはコタローさんが立っていて、自分の口に人差し指を当てて静かにするように指示をした。


「あ、いや、えぇと・・・」


珍しく狼狽するさんの声が聞こえてきて、俺はごくりとつばを飲み込んだ。
何が哀しくて、近所のお姉さんだったさんと、あこがれている兵長のこんな会話を聞かなくてはいかないのか。気まずいにも程がある。


(コタローさん、やっぱ盗み聞きは不味いですよ、行きましょう。)
(どうせリヴァイは気付いている。今更離れても、変わらない。)


そういうコタローさんは耳を欹てている。
やっぱり、さんのこととなると気になって仕方が無いんだろうか。
いや、待てよ。そもそもコタローさんはさんの事をどう思って・・・。


「オイ、さっさと答えろ。」


急かす声には苛立ちが入っているようにも感じる。告白してその返事を聞く立場にも関わらず兵長はいつもどおり過ぎて、どうかと思ったけど、低姿勢な兵長なんて想像出来ない。


「・・・・うん。」


漸く、少し落ち着いた声を出したさんの次の言葉を俺もコタローさんも、そしてきっと兵長も。固唾を飲んで待つ。


「好き、みたい。・・・・多分。」


おお、と身を乗り出しかけたのに、最後の一言で俺は体勢を崩しかけたが、それをコタローさんに腕を引っ張って助けられる。


「あ?多分って、何だ。煮え切らねぇな。」
「だって、そういう風に人を見た事無かったから、なんていうか、これが恋愛感情なのか何なのかがイマイチ分からなくて・・・あ、でもハンジ曰く私はリヴァイの事好きらしいから、多分そう。」


良く分からないフォローのような言葉に俺は思わず「さん、もっと言い方考えて!」と言い出してしまいそうになるが、一応隠れている事を思い出してぐ、と口を噤んだ。
何だ、このじれったい空気。しかもどっちともそれなりに知ってるからいたたまれない。


「何だそりゃ・・・てめぇ、良く考えてみろ。何で俺を無視した。何でそんな動揺してる。分からねぇのか?」
「うん。」


おかしい。俺は告白したこともされたことも無いけど、この会話がおかしいのだけは分かる。何で告白した側の兵長がこう諭すような言い方になってるんだ。


「即答すんな。その無い脳みそで良く考えろ、グズが。」
「えー、、って、は?グズ!?無い脳みそ!!??」


ほら、兵長。そんなこと言っちゃうから空気がへんな所にいっちゃってるじゃないですか!どうすんだよ、これ。


「あのねぇ、何も考えてないように言うけど、これでもちゃんと考えてるわ!今まで男友達が他の女の子と居ても何とも思わなかったけど、リヴァイがペトラさんと一緒に居るところ見ると、なんか、もやもやっとするし、背中預けられるのは小太郎除くとリヴァイくらいだって思うし、何だかんだ一緒に居て楽しいとも思うし、あ、これって世間一般的には恋って言うんじゃね?みたいな。でも人に恋愛感情持った事無いから良くわからんくなるんじゃぼけー!」


一気に言い放ったさんの声ははっきりと俺達の耳に届くほどの声量で、俺は思わず目を瞬かせた。


「・・・ということらしい。客観的に見て如何思う、エレン。」
「はい!!」


突如、あの兵長の低い声で名前を呼ばれて条件反射で返事をしてしまった俺は、数秒固まった後おずおずとドアから顔をのぞかせた。
視界に入るのは、まさか俺がいるとは思っていなかったのか硬直してしまっているさんと、いつもどおり機嫌が良いんだか悪いんだか分からない顔でじろりとこちらを見つめる兵長だ。


「オイ、さっさと答えろ。」
「は、はい!さんは、恐らく兵長の事を、その、す、好きなんではないか、と・・・」


何の羞恥プレイだ。何故俺がこんな事をこんな2人いや、コタローさん入れて3人の前で言わなければいけないんだ。
だが、これ以外のことを言おうものなら、確実に兵長から躾という名の理不尽な暴力が待っているだろう。


「・・・だそうだ。」


そう、言われたさんは一気に爆発したように顔を瞬時に朱に染め、ぱくぱくと口を動かしたかと思うと、その場から逃げようと足を踏み出したが、それを容赦なく兵長が足払いをして床に沈める。


「もう良いだろ。3人ともどっか行け。少ししたら戻る。」


3人?と俺が首を傾げると、さんの影からぬるりとアポロが姿を現した。


「バレてたのかよ!」
「今までの経験から、お前が盗み聞きしている事は分かってたからな。」


兵長は地面に臥せっているさんの肩を右手で押さえつけると、左手でどこかの犬を厄介払いするかのように(詰まるところ、この場で言う犬は俺達3人だ)しっしっと手で払う動作をした。


「仕方ねぇなァ。ま、ハンジにも報告しなきゃいけねぇし、行くぞ、エレン、小太郎。」
「は?ちょ、ちょっとアポロ!あんた、何勝手なことを・・・」
「勝手に動くな。素直じゃねぇお前は躾け直す必要があるからな」


さー、とさんの顔が青くなるのを見届けて、俺は大人しく2人とその場を去った。
あの場に居ても後で殺されるだけだ。俺もまだ命は惜しい。


「しっかし、おもしれー奴等。あー!早くハンジの奴に話してやらねぇと!」
「円満。良かった。」


隣を歩く2人の会話がかみ合っていない。
これにこの後ハンジさんが加わる訳だが、大丈夫だろうか。いや、それ以前にさんは大丈夫なんだろうか。

とりあえず、背後にエールを送っておいた。兵長には俺も逆らえない。























無情にも去っていく3人の背中をすがる思いで見つめていたが、誰一人として振り返る事は無く、はうな垂れた。


「・・・今日中に本部に戻るのか。」


何を言われるのかとびくびくしていたら、予想外の質問が降ってきて、はきょとんとリヴァイを見上げた。


「・・・オイ、聞いてんのか?」
「って、いだだだだ!」


呆けていたら抑えられている右肩がみしみしといやな音を立ててきしんだ。


「今日の実験が終わんなきゃ、今日はこっちに泊まり!」
「そうか。」


ようやく肩からリヴァイの手が離れて、ほっと息を吐き出しながら手を地面に着いて身を起こす。


「ここで待ってろ。ペトラには此処に来るように言っておく。」
「え?あ、うん。」


良く分からないまま、リヴァイは資料室を後にしようとするものだから、思わず引きとめようと手が伸びかけるが、特に引き止める理由も見つからずには手を下ろした。

そのまま資料室を出たリヴァイは足早に食堂へと向かう。
さっさと昼食を取ってしまいたいのもあるし、一言ハンジに言っておかなくてはならない。


「おい、糞眼鏡。」


現れたリヴァイの姿に、食堂で雑談していた面々はいっせいにリヴァイの方に顔を向ける。


「エレンだが、今日は実験には貸せん。明日にしろ。」
「「えーーー」」


ハンジとアポロが揃って不満の声を上げるがそれを無視してリヴァイは目を細めた。


「あぁ、丁度良い。お前らも手伝え。ペトラは資料室に行け。」
「え、ちょっと。他に言うこと無いの!?ほら、の事とかの事とかさぁ!」


掴みかかろうとするハンジを蹴り飛ばしてリヴァイは食事を受け取りにカウンターへと向かってしまった。


「おいおい、ハンジ、大丈夫かよ。生きてるかー?」


地面に倒れているハンジの横にしゃがみ込んだアポロはにやにやしながらハンジの頭を引っつかんだ。


「駄目だろ、ああいう言い方しちゃぁ。唯でさえアイツ沸点低いんだからよー。」


けらけらと笑い飛ばすアポロも相当なものだ。エレンは少し引き気味に笑い、未だ残っているスープを掻き込んだ。
これ以上この場に居ると、とばっちりを食らいかねない。


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2013.10.22 執筆