相変わらずアポロはハンジと楽しそうに怪しげな研究をしている。
それを尻目に、は数本超硬質スチールに念を纏わせてテーブルの上に並べた。
自身が超硬質スチールを扱うには問題ないが、他の団員がそれを扱う際、どうしても刃こぼれしやすいという欠点がある。
何度か共に戦った中で思ったのはより強靭な超硬質スチールがあればもっとやりやすいだろうに、ということだった。
(ベンズナイフも、作った人の念が篭っている。ってことは私が念を篭めればちょっとはマシになると思うんだけど、なぁー。)
しかし、如何せん今まで念を纏わせたものを他の人に使わせるという事を考えたことが無かった為、が念を篭めた際、どの程度その念が持続するかが分からない。
(いっそのこと、超硬質スチールを作るとか)
ものづくりは嫌いな方では無い。
「・・・3人とも、随分と集中しているな。」
第三者の声が入ってきたのはそう思案していたときだ。
声の主を見るとそれはエルヴィンで、声をかけられたのにも関わらずハンジとアポロは未だに熱中して何かをしている。
それに肩を竦めてエルヴィンはの方へやってきた。
「どうしたんだ?超硬質スチールとにらめっこして」
「いや、私の念を篭めれば、もっと超硬質スチールって頑丈になると思てさ・・」
思っていたことを話すと、エルヴィンはテーブルの上の超硬質スチールに視線を落とした。
彼にとってやはりの力は不可思議な物に違いないが、確かに彼女の言う通り巨人に対する数少ない武器である超硬質スチールの強化が出来ればそれに越したことは無い。
勿論、武器を開発する部隊もいるにはいるが、立体機動装置はいくつか改善の余地があるのに対し超硬質スチールについては頭打ち。これ以上の改良は見込めないというのが実情だ。
「君の力を公にしていない以上、武器の開発部隊からの協力は見込めないが、調査兵団内で行う分には問題ない。君の力を知っているリヴァイの班に試し切りをしてもらうのが良いんだろうが・・・」
改良するにしても、それを使う人が必要になる。では勿論駄目だし、小太郎も常人とは異なる為除外。となると自然とが考えた時も被験者は事情をしるリヴァイ班となった。
しかし今リヴァイに会うのは気まずい。それを何となく汲み取っているのだろう、エルヴィンも微妙な表情をしてを見ている。
「・・・そうだね。仕事だし、仕方ない。リヴァイの班の誰かを借りるよ。」
「リヴァイには話をしておく。」
「ん。ありがと。明日には1回試してもらうよ。丁度ハンジとアポロもエレンに会いに行くみたいだし。」
「そうか。」
どうしたものだろうか、とエルヴィンは苦い顔をしているを見下ろした。今、此処で対巨人以外の事に気を取られているのは不味い。
巨人と化す少年、エレンを調査兵団預かりに出来た今が好機なのだ。
「・・後で紅茶でもどうだ。」
「うん。良いね。」
今の話の流れからのお茶の誘いに、何となくエルヴィンが言いたいことが分かったのだろう。は頷いて笑って見せた。
「ていうか今から行こうよ。区切りはついたし。」
弄っていたものをテーブルに放り出して椅子から立ち上がると、エルヴィンは少し驚いた顔をしていたがすぐに頷いた。
「アポロ、ちょっと出てくるからね。あ、1キロ以内にはいるから。」
「おー。」
声をかけるとアポロはを振り返りもせずに片手を上げて返事をした。
相変わらずアポロとハンジは巨人にお熱だ。
「で、話したいことってリヴァイとの事でしょ?」
エルヴィンの部屋に入ると、彼はすぐに紅茶を用意してテーブルに置いた。
はすぐそれを手に取ると、息を吹きかけて冷ましながら尋ねる。
「あぁ。私も人の恋愛ごとに首を突っ込みたくは無いんだが、今は重要な時期だからね。」
「んー・・ま、そうだね。」
ずず、と紅茶を啜ると少し熱かったらしい。すぐに彼女はカップをソーサーに戻した。
「・・・もし、リヴァイと私が付き合ったとして、リヴァイはちゃんと任務を優先すると思う?」
その問いかけに、エルヴィンは紅茶に手を伸ばしかけたまま彼女の顔を凝視した。
「・・・どうだろうな。君が十二分に力があるとは頭では分かっていても・・・いや、」
言葉を切ってエルヴィンは顎に手をやって思案した。
「任務を優先するだろうな。リヴァイなら。」
彼はそういう男だ。任務中は一個人の私情は押し殺す。それ以外では私情が入り過ぎである事は否めないが。
も同意見だったのだろう。頷いて目を閉じた。
「それ以前に、君はどう思ってるんだ。」
「・・・まさか、エルヴィンにそんな事聞かれるとは思わなかった。」
てっきり任務に私情を挟むのはやめろ、と釘を刺されるだけと思っていたのに、とありありと顔に書かれてあって、エルヴィンは苦笑した。
「野次馬根性は無いが、あれだけ浮いた話が出てこなかったリヴァイの恋路となれば少しは気になるさ。そもそも、私は別に君たちが恋仲になるのを反対している訳では無い。」
今日は本部に残っている調査兵団で訓練を行う日だ。それが始まったのか、外からは数名の野太い号令が聞こえてきた。
新兵がもう直ぐ入ってくるからか気合が入っているようにも聞こえる。
「・・・心配しなくても仕事ではちゃんと割り切るよ。」
「今回、リヴァイ班に同行しなかったのは割り切っていると言えるのか?」
痛いところを疲れては俯いた。
「・・・」
「正直、私もこのタイミングでリヴァイが動いたのは予想外だった。だが、まぁ動いてしまったものは仕方が無い。」
「つまり、さっさとリヴァイに返事しろって事ね。」
投げやりに言うとエルヴィンは困ったように眉尻を下げた。
「そもそも、もう返事は決まっていると思っているのは私だけかな?」
「・・・・エルヴィンってほんと、お節介。」
ようやく顔を上げると、はじろりと彼を睨み付けた。
「心配しなくても、兵団内で付き合う男女はいる。まぁ、君の場合相手が彼だ。何かと注目されるだろうが、それをものともしない神経も実力も2人とも持ち合わせているから、兵団内の士気や風紀の視点では私は何も心配していない。君たちの痴話喧嘩による被害を思えば頭が痛いがね。」
「別に、私心配なんしてしてないし、痴話喧嘩なんてしないし。」
すねたように言って少し温くなったカップを手に取る。
口に含むとそれは丁度良い温度になっていた。
「明日、どうにかする。」
ぐい、と一気に紅茶を流し込んでは立ち上がった。
そしてそのまま立ち去ろうと思ったが思い直して足を止めると、エルヴィンを振り返った。
「今回、私情を挟んじゃったのは謝るけどさ、私達のことよりエルヴィンも早くお嫁さん見つけないとね。」
「はは、また痛いところを突くね。」
「これくらいの仕返しは許されると思うんだけどなぁ」
肩をすくめて見せると、は今度こそ部屋を後にした。
ばたん、と扉を閉めて大きくため息をつく。
(付き合うとか、良くわかんない)
今まで保護者(兄や小太郎)が保護者だっただけに、の恋愛経験は皆無だ。
そうは言ってもリヴァイの事は気に入っているし、数少ない心を許せる相手だとも思っている。
(返事はもう決まってるんじゃないのって言われても、なぁー。)
頬を掻いて、アポロたちの元へ戻ると、にやにやと笑顔を浮かべたハンジが突進してきて、は表情を固まらせた。
彼女がこんな表情をしている時は決まって良い展開にならない。
「ねぇねぇねぇ!エルヴィンと何話してたの?リヴァイのことでしょ!」
「・・・なんで知って・・・」
視界に同じくにやにやしたアポロが目に入る。
「アポロ・・!まさか、さっきの話聞いて・・」
「おう!ちょっと気になってな。さっきまでお前の影ん中いたんだぜ。気付かないなんてお前相当てんぱってたんだな!」
からからと笑うアポロに若干殺意が湧いたが、ハンジがそれを遮る。
「いいかい、。もし、リヴァイが他の女の子・・んー、例えばペトラとキスしてたらどう?」
「は?」
ぴしり、と動きを止めたはそれを思い浮かべてぐるぐると考え込んだ。
「・・・とりあえず、逃げる。」
「うんうん。何で?」
「何でって、そりゃぁ、気まずいし、なんか・・」
「なんか?なになに!?」
言葉を返すたびに近づいてくるハンジに後ずさりしながらも、は観念したようにおおきく息を吐き出した。
「あー、もう!分かったよ!リヴァイが好きだからですー!」
「おお!よく言った!!さすが俺の半身!」
「その調子でリヴァイに言ってやれー!」
やいやいと囃し立てる2人にとうとう切れたは2人を地面に沈めた。
絶をして壁を駆け上がる。
一応立体機動装置も装備しているが、その役目も無く、は立体機動の操作装置に鞘に収めた刃をセットした。
壁の上からは周りがよく見渡せる。それもそうだ。此処には超高層ビルみたく視界を遮るものが無い。
深夜は巨人の活動が鈍るというのは前ハンジから聞いていた通りだが、本当に動いている巨人が見当たらない。
「試し切りするのも一苦労だなぁ・・」
昼間でも人に見つかるようなヘマはしないが、勝手に壁外に出るなど余裕で軍法違反である行為。
念のため夜外に出ようと思ったが、選択を誤ったかもしれない。
そう考えながらも壁から飛び降りると、ぐんぐんと円を広げて巨人の位置を探った。
「お、いたいた。」
円に引っかかった存在に足をそちらに向けると駆け出す。
月が綺麗に輝いていて、視界も良好だ。
目標を見つけると、は飛び上がり、回転しながら足を2回、そして腹部、最後に項の順に切っていった。
そして刃を鞘に収め、別の刃に付け替えると近くにいたもう一体を同じように切る。
巨人は刃が届く寸前になって身じろぎをしたが、やはり動きは鈍く、音と煙をあげながら地面に落ちる。それを眺めながら血糊を払うと再び鞘に収めた。
骨まで切断すると刃の磨耗は早い。
戻って顕微鏡で見比べてみれば少しは強度が変わっているか確認できるだろう。
「明日、かぁ・・」
それにしても、リヴァイに会うのが明日とは、どうにか先に伸びないものか。
そう思いながらもは帰路についた。
<<>>