話はエレンの裁判が行われる2日程前に遡る。
エレンが憲兵団によって地下牢に入れられて数日。中々エレンとの面会の許可が降りない事に苛立ったのは勿論リヴァイとエルヴィンだ。
「調査兵団で引き取る云々の前に、あの餓鬼が巨人に組しないとは言い切れねぇだろうが。」
面会の許可が降りないことにはエレンについて調査兵団がどう動くかだなんて決めようが無い。
ならば、と、せめて事前にエレンが調査兵として使えるのか、その危険性の有無があるのかどうか等、彼に関する身辺調査が始まった。
「とコタローはエレン・イェーガーと知り合いだったらしいな。君たちの目から見て、どう思う。」
「・・・エレンは良い子だよ。訓練兵の時も真面目にやってたし、性格に裏表も無い。昔の言動から考えてもエレンが巨人の仲間になるだなんてことはあり得ない。」
巨人化できる人間であればそれ程調査兵団の戦力として使える人間は居ない。エルヴィンとしては出来れば調査兵団に引き入れたいのだが、そもそもエレンの人間性を確認する必要がある。
エルヴィンの問に返したのはで、そのやけに肩を持つ発言に、ぴくり、とリヴァイの眉が動いた。
「なになに、エレン・イェーガーっての元彼とか?」
にやにやと締まりのない顔で言うのはハンジでその視線はちらちらとリヴァイに向いている。
それと同時に空気がぴりぴりと緊張する。余計な事を聞きやがって、と思ったのはハンジの部下だけでは無い筈だ。
「まさか。弟みたいなもん、かなぁ。ね、小太郎。」
「・・・是。」
頷く小太郎に、ようやく空気が緩んだ。
「だからってアイツが巨人側の奴じゃねぇとは言い切れねぇだろ。」
「・・・ちょっとリヴァイ。その言い方無いでしょ。私にとって大切な昔馴染みなんだからさぁ!」
自分のことのように怒るを制したのはエルヴィンで、その顔には苦笑が浮かんでいる。
「言い方は悪いが、確かにリヴァイの言うことにも一理ある。訓練兵時代からの記録から根拠になりそうなものは無いのか?」
すでに調べ上げていたのか、ハンジが嬉々として手を挙げて訓練兵時代の彼の評価や、今回駐屯兵団から出された報告書の内容を読み上げた。
その内容に、度々リヴァイがケチをつけ(もちろん、エレンの危険性について)、そのたびにが反論。紆余曲折あり、結局エレン・イェーガーが巨人に味方する人間説は無くなった。
会議の後、のリヴァイに向ける視線には棘があり、さっさと会議室を去ってしまった。
「あ、コタローはちょっと残ってよ。」
それを追って出て行こうとする小太郎を引き留め、ハンジは未だ横に不機嫌そうに突っ立っているリヴァイにその視線を向けた。
「・・・のんきに構えてると、そのエレン君とやらに掻っ攫われちゃうんじゃないのー?ほら、から見たら弟みたいなもんでも、よく相手からはあこがれの存在になってて、あとから引っ付くなんて話聞くじゃないか!ねぇ、コタロー!」
会議室にはもともと人が多くなく、しかも機嫌が悪いリヴァイにあのトラブルメーカーであるハンジが話しかけたことで、一気に人はいなくなっていた。
「?」
話を振られた小太郎は首をこてりと傾ける。
「潔癖症のリヴァイが他人の食べかけを食べたり、同僚がしばらく訓練兵の特別講師で近くにいないからって周りに八つ当たりしたり、同僚がやたらほかの男をかばうからって不機嫌になったり、これって何て言うかしってるかい?」
ずずい、とハンジは指を立てて真剣な顔をした。
「恋だよ!」
「うるせぇ、クソ眼鏡」
しかし、瞬時にリヴァイの蹴りが腹にめり込み、ハンジは地面に倒れこんだ。
力の加減をしないのはいつものことだが、今回は特に力が入ってしまったらしい。すっかり意識が無いハンジを小太郎はどうするべきか、とリヴァイに視線で尋ねると、「転がしておけ」という非情な言葉が返ってきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
分かった。と小太郎が頷き、リヴァイは沈黙を返す。
そもそも、ハンジに言われなくとも、に只ならぬ感情を抱いているのは自分自身なんとなく気づいていた。
いや、なんとなくではない。はっきり気づいていた。
しかし改めて面と向かってそれを他人に指摘される事程癪に障る物は無い。
「おい」
そして、リヴァイがに積極的にアプローチをかけなかったのには一応理由がある。
彼女に一番近い存在である小太郎という存在があったからだ。
彼女が小太郎をそういう対象として見ていないのは知っているが、それはそれで気に障るというもので、一度小太郎に彼の意向を確認したかったというのもある。
なんて言いながらも結局は言い訳で、単純に飄々とつかめない彼女の想いが自分に向く確証が得られず二の足を踏んでいただけなのだが。
「お前はの事を主としか認識していない、で合ってるな。」
「?」
質問の真意がわからず眉を寄せると、リヴァイはため息をついた。
「お前がに恋愛感情を抱いているかを聞いている。」
その瞬間、小太郎は思い切り頭を横に振り始めた。
若干それが必死過ぎる気がしないこともないが、そうか、とリヴァイは頷いた。
「主を、慕っている、のか」
ようやく言葉を発した小太郎の言葉は、ただ確認するような響きしかなくて、リヴァイは彼の心の内を覗こうとじろりと睨む。
「・・・だったら何だ。」
小太郎は顎に手をやって考え込んでいるようだった。不本意だが、小太郎はリヴァイの知らない時期のの事を知っているし、自分よりも相当長い時間を共にしている。
そんな主に対して好意を寄せる男性が現れたことで、小太郎はどういう反応をするのだろうか。
「・・・主は、おそらく、鈍い。過去、何度か主を慕って、それを伝えようとしていた者がいたが・・・」
そう言ってむつかしい表情をするものだから、みなまで言わなくとも結末は分かる。
好意を伝えようとしたものの、彼女が知らず知らずにその雰囲気をぶち壊し、痺れを切らした相手が直球で言っても、ばっさりと無いと言ってしまったのだろう。
「個人的な意見だが、主は押しに弱い、と思う」
そりゃぁどういう了見だ、と視線で尋ねると、小太郎は途切れ途切れに答える。
「己を助けた時、主は、最初、己を従者にするのを、断った。だから、己は無断で主に着いて行った。数日後、ようやく、仕える許しを貰えた。」
それはストーカーじゃないか、と思わず突っ込みそうになったが、彼の語彙が少ない事は身を持って知っている。意味を説明するのも面倒でその言葉を飲み込んだリヴァイは、壁から背中を離した。
「そうか」
それだけを返して、リヴァイは部屋を出た。
一応リヴァイも、人並みとは言えないが恋愛経験は無くはない。
職業柄と性格もあいまって長続きもしたことも無ければ、夢中になったことも無いが、一応はある。
(最初にあいつに会ったのは巨人と対峙した時だったか)
その、常人離れした動きは今でも鮮明に思い出せる。自分以外にあそこまで巨人を簡単に殺してしまえる人を見たことがなかったリヴァイにとってアレは衝撃だったのだ。
その後、時間が空いて再会して暫くは扱いにくい餓鬼だと思っていた。珍しく自分に面と向かって歯向かう人物。
そんな彼女とのやり取りが存外に気に入っていると気付いたのはいつのことだったか。少なくとも何年も前の話だ。
(情けねぇな、俺も)
詰まる所、数年間リヴァイはへの思いを自覚しながらも現状維持という道に逃げていたという事だ。
それから3日後。に思いを告げた翌日。
は眠りから覚めたものの、ベッドから出るのが億劫で、ううんと唸った。
(結局あんまり寝れなかった・・・)
今日は旧調査兵団本部に移動する日。そろそろ起きて準備をしなければいけない。
しかし旧調査兵団本部へ移動してしまえばリヴァイと顔を合わせずには居られないだろう。
「小太郎ー!」
少し考えた末にが取った行動は小太郎を呼ぶということだった。
「?」
風と共に現れた小太郎は荷造りをしていたのだろう。片手にはカバンが握られている。
小太郎は部屋を見回して荷造りが終わっていないことを悟ると、手伝えということだろうか、と首をかしげて彼女を見た。
「私たちがリヴァイ班と一緒に旧調査兵団に行くのって、エレンをいざって時に抑える為だよね?」
「・・・是。」
こくり、と頷きながら言う小太郎に、そうだよね、うんうん、と同じく頷いたはじぃっと小太郎を見上げた。
「ってことは、何も私と小太郎の両方が行かなきゃいけないってことも無いよね。私、ハンジのサポートもあるし、こっちに残ろうと思う。」
「己は?」
「リヴァイと一緒。」
それに不服そうな顔をした小太郎だがすぐに諦めたように頷いた。彼にとって主の命令は絶対だ。
一週間に何日かはも古城へ向かうことを約束し、小太郎は準備の為部屋から姿を消した。
残されたはエルヴィンに話をつけに向かうことにしたが、抜かりなく円を広げリヴァイの気配が無い事を確認しながら進む。
ノックの音に、エルヴィンは書類から顔を上げた。
今日はリヴァイ班が古城へ向かう日。出立にはまだ数時間あるが何かあったのだろうかと考えながら返事をすると、入ってきたのは意外な人物だった。
「?どうかしたのか?」
「あー、うん。ちょっと相談。」
えへへ、と誤魔化すように笑いながらソファに座ったに、紅茶でも出そうかと立ち上がればそれを制される。
「いいの。すぐ終わるから。」
「・・・そうか。」
心なしかそわそわとしている様子の彼女に内心首を傾げながら、話の先を促す。
「旧調査兵団本部に向かう件だけど、小太郎だけ同行させようと思う。」
「・・・それはまた、急な話だな。」
移動については確かにと小太郎の二人を同行させるとは明言していなかった。
しかし、エレンを拘束するとなった場合に、二人の力があった方がより確実になるのは明確で、てっきりも同行するものだと思っていたし彼女もそのように振舞っていた。
「ほら、エレンを抑えるだけだったら小太郎だけでも十分だし、私とアポロは1km以上離れられないからハンジとの研究もあるし。」
「確かにそれは一理あるが、ハンジは自分も週の半分を古城で過ごすから問題無いと言っていたが・・・。」
「まぁまぁまぁまぁエルヴィン、そうは言っても一緒の拠点の方がやりやすいでしょ?ってことだから、私はこっちに残・・・」
残るからよろしく!と言おうと思ったら、ノックの音がして、エルヴィンはから視線を外してドアを見た。
そして入るように返事をすると同時に、かすかに風が頬を撫でる。
それに違和感を感じるのとリヴァイが入ってくるのは同時だった。
「・・・(リヴァイに気づいて窓から逃げるとは・・・今回の古城行きを渋ったのはリヴァイと何かあったからか。)」
冷静に判断すると同時に苦笑してしまう。
この状況下でまさか私情を挟んでくるとは思わなかったのだ。しかし理由としてはそれなりに筋が通っているだけに反対しづらい。
(確かにコタローさえいれば、リヴァイのバックアップは問題ないだろう。それに巨人の研究もアポロの力は不可欠。今回はこの提案を飲むか。問題は・・・)
正面に立つ、この不機嫌そうな男にどう説明するかだけ。
「そろそろ出立する。」
「・・・の事は聞いたか?」
それにぴくり、とリヴァイの眉が動いた。
「あぁ、コタローから聞いた。納得はしてねぇがな。」
「そうか。」
「・・・コタローに、一度を連れてくるように言ったが、あいつが本気で隠れるとコタローでも見つけられんらしい。」
盛大な舌打ちが聞こえてきて、エルヴィンは苦笑した。
「あいつに会ったらすぐに俺のところに顔を出すように言っとけ。」
「伝えておこう。」
彼らを見送る為、エルヴィンはゆっくりと立ち上がった。
ちらりと窓の外を見ると、窓は相変わらず開いていて、その窓枠に掴まっている小さな手が見える。
伝えるまでもないな、と内心笑いながら、エルヴィンはリヴァイに続いて部屋を後にした。
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