Dreaming

World End #15



特別兵法会議。
通常の法が適用しきれない場合に、憲兵団、駐屯兵団、調査兵団の三兵団幹部に加えそれらを統括するダリス・ザックレー総統によって開かれる会議。
特別という名がつくだけに、その特異な状況下で対象者の意図の見極めや処遇を決めるにあたっては様々な―真っ当な意見から鼻で笑ってしまうような意見まで飛び交う上に、既存の法に従うことが出来ない為明確な判断基準が無い。

は6年前、自身がこの場に立ったときの事を思い返して審議所の中を見回した。


「余計な真似はすんなよ。」


左隣に立つリヴァイに釘を刺され、肩を竦めた。


「了解。」


厄介な会議だと思う。
絶対的な判断基準が存在しないという事は、相対的に決められるということ。
その場に宗教家がいる時点でが知る裁判とは遠く離れているのは身を持って知っている。

こういう場では、圧倒的な力で強制的に納得させるか、情に訴えるかしかない。
エルヴィンは此処をどう切り抜けるつもりなのか。


「ま、私達は基本傍観かな。」


右隣に立つ小太郎が頷く。
それを感じ取りながら、は開いた扉に視線を向けた。
戸惑いの表情を見せながらも入ってきたのは矢張りエレンで、あの様子だと何も知らされていないようだ。
事前の口裏あわせをする事も無く、これに臨む気なのか、と驚きながらエルヴィンを見たが、彼の視線はこちらに向く事は無い。


「さて、始めようか」


ダリスが入ってきた事で空気が一段と張り詰めた。
そういえばこの会議の決定権はダリスにある。効果的に話を進めれば、十分、こちらに分はある。

エレンの処遇に関する憲兵団、ウォール教の意見はの時と大差なく、予想の範疇内。
解剖するやら即刻殺せやら、彼らの中核にあるものは今も6年前も寸分たりとも変わっていないらしい。
話は憶測・想像・妄想の域を出ない。


「驚くべきことにこの二人は当時9歳にして強盗である大人3名を刺殺している。」


ナイルの言葉に、確かにその話はミカサから聞いていた話だ、とナイルを睨みつける。
エレンを擁護する発言をしていたミカサにまで矛先が向いて、会場はざわついた。

人間、生きていれば多少なりとも薄暗い話は出てくるものだ。言っている当人のナイル自身、全ての過去を明るみに出しても胸を張っていられるというのか。

睨みつけるの視線から言外にそう言っているのが分かったのか、ナイルは少し怯んだが、すぐにを睨み返した。
好き勝手言う輩はどいつもこいつも外の世界に足を踏み入れた事が皆無、又はほぼ無い者ばかり。

彼らは、巨人を倒すということに重きを置いて話しているのだろうか。

そうの苛立ちが募るのとエレンが話し始めるのは同時だった。


「大体あなた方は、巨人を見た事も無いくせに何がそんなに怖いんですか」


ここで、エレンがはっきりと対抗する言葉を言うとは思わなかった。
は驚いた顔で彼を見つめる。


「この腰抜け共め・・・いいから黙って俺に全部投資しろ!!」


迷いが見えたのは一瞬。
叫んだ言葉に思わず顔がにやけたが、隣のリヴァイが風を切って飛び出したのに目を見開く。
リヴァイが出るということは、暴力的な行為しか出てこない。
咄嗟に動こうとする体を小太郎が掴み、は行く末を見守った。

打撃音が響き、会場が恐れ慄く。

目の前で繰り広げられるのはリヴァイによるエレンの”躾”。しかし度が行き過ぎてやしないだろうか。
どうするつもりか、とエルヴィンを見ると彼はリヴァイとナイルの会話を黙って聞いているだけだ。


(リヴァイは無意味に攻撃する、なんて事はしない。)


つまり、そういうことなのだろう。
コレは、エレンを調査兵団に入れる為の、パフォーマンス。


「総統・・・ご提案があります。」


全く役者だと思う。
表情に乱れを見せずにさらっとエレンの危険性をリヴァイが抑えられるのだとのたまうのだから。


「できるのか、リヴァイ。」
「殺す事に関しては間違いなく。問題はむしろその中間が無いことにある。」


ダリスの視線がに向いて、彼女は首を傾げた。


・ルシルフルは、どう考える。」


まさかのここで発言を許されて、はため息をついた。


「うん。殺すだけなら私や小太郎だって問題なく出来る。まぁ、ゆくゆくは生きたまま暴走を止める方法を見つけるつもりだけど。」


リヴァイを睨みつけていたミカサの視線が自分に向くのを感じる。
それは殺気というよりも驚きのもので、これは後でフォローする必要がありそうだ。


。お主の5年前の言葉に今も嘘は無いな。」


5年前、と言うとウォール・マリア陥落後内地に呼ばれ調査兵団に残る意思を見せた時の会議を言っているのだろう。


「エルヴィンとリヴァイの命令は聞くって奴?」


この場で聞くにしてはあいまいな聞き方をしてくるダリスに聞き返すと彼は大様に頷いた。


「勿論。今でも私達に指図を出来るのは2人だけだと思ってる。」
「・・・そうか。」


結論としては、エレンは調査兵団に託されることとなったが、次回の壁外調査の動き次第で今後の事は決めるという事となった。























「ミカサちゃん」


審議所から出て行く人の中、ミカサの姿を探し出したは彼女に声を掛けた。
ぴくり、と肩が揺れて立ち止まった彼女は振り向く。勿論、横にはアルミンの姿もあった。


「エルヴィンの思惑は良く知らないけど、出来る範囲でエレンは面倒見るから、とりあえずは安心して欲しい。」
「・・・さんも、命令されたらエレンを殺すの。」


矢張りそれを聞くか、とは頬を掻いた。


「・・・そうだね。でも、その命令はされる事は無い。あの状況下ではエレンが暴走した時、必ず調査兵団の誰かが止められることを示す必要があったから、あんな言い方になっただけで、私は、エレンが暴走するような事は起きない、と思ってる。」
「でも、エレンがミカサを襲ったのは事実です。暴走しないなんて何故言えるんですか」


アルミンの突っ込みに、は改めて彼を見た。


「暴走するような事は起きないっていうのは、私が暴走させないって意味。アルミン君は知らないかもしんないけど、私はこの身ひとつでエレンが巨人化しても拘束・足止めはできるからね。」
「本当?」


ミカサの声は縋るようなものだった。


「本当。繰り返しになるけど、あの場で私がそんな事を出来るなんて証明するのは難しかった。だから見て分かりやすいようにリヴァイがああいう暴挙に出たのであって・・・まぁ、やりすぎだったけどさ。」


リヴァイの話をするとすぐに眉を顰めたミカサに苦笑しながら彼女の頭をなでた。


「大丈夫。小太郎もいるし。」
「是。心配は、要らない。」


ようやくミカサはほっとしたように胸を撫で下ろした。


「私は必ず調査兵団に行く。それまで、エレンをお願い。」
「りょーかい。待ってるよ。」


にっこりと笑って手をひらひらと振ると、ミカサは頷いてアルミンと共に歩き出した。


「さて、と。私達はエレン君の様子を見に行かなきゃね。」


呼応するように、早くエレンに会いたくて仕方ないのであろうアポロが影を叩く音が聞こえた。
恐らく、エレンに会った途端アポロは暴走を始めてしまうだろう。
全く、厄介な念能力だ。


「エレンくん、大丈夫ー?」


ドアを開きながらそう言うと予想通りその中にはエルヴィン、リヴァイ、ハンジ、そしてエレン達がいた。
ソファにはリヴァイとエレンが座っていて、そのエレンの正面ではハンジがなにやら叫んでいる。


「あぁ!!アポロは!?」
「此処に居るに決まってんだろーが!何だ!何があった!!」


影から飛び出してきたアポロにハンジが見せたのはハンカチに乗った歯のかけら。


「これ、さっきの審議の中でリヴァイが折っちゃったエレンの歯なんだけど、な、ななななんと!もう新しい歯が生えてきてるんだよ!」
「まじかよ!え、何、お前、マジで巨人な訳!?おい、口を開け!さっさと見せろって!」


アポロはエレンに飛び乗るとその口を掴んで大きく開こうとする。


「な、何なんですか、こいつ!いま、何にも無いとこから出てきて・・・」


それを避けるが、隣のリヴァイががしりとエレンの肩を掴んだ。
まさかリヴァイがアポロを援護するとは思わなかったエレンは目を見開いてリヴァイを凝視した。


「さっさと見せろ。見せるまで煩ぇんだよコイツは。」
「言ってることは相変わらずむかつくけど、ナイスアシストだぜ!リヴァイ!」


リヴァイに言われてしまうとどうしようもないのか、エレンは嫌そうな顔をしながらも口を開いた。


「ここだよ。ここ。いやー、凄い回復力!」
「はー、マジで生えてやがる。なぁなぁ、コイツの歯もいっこ抜いても良いか?」
「駄目に決まってんでしょ。馬鹿。」
「はは、俺が馬鹿ならお前も馬鹿―――ぐふっ」


片手で頬と口を掴んだはその手だけでアポロを持ち上げた。
ぶらんぶらんとアポロの足が揺れ、手はの手を剥がそうと動いている。


「ねぇ、誰が馬鹿だって?」
「主・・・」


宥めるように小太郎はの肩に手を置いた。
























一旦地下に戻されたエレンに会いに行こうかと思っていたら、リヴァイが部屋に入って来て、はベッドから身を起こした。
小太郎はエルヴィンに呼ばれていて既に居ない。


「明日、旧調査兵団本部へ移動することになる。準備しとけ。」
「は、はい?」


急に言われた言葉に何の事だと聞き返すと、器用に片方の眉だけを持ち上げたリヴァイがを見下ろした。


「エレンをこのまま此処に置いておく訳にもいかねぇからな。」
「あぁ・・そっか。」


言われてみればそうれもそうだ。エレンは一時調査兵団預かりとはなったものの、その危険性を危惧する声が無くなった訳では無い。


「まぁ良いや。分かった。」


話はそれで終わりだろうと高をくくり、ベッドから立ち上がったは部屋を出て行こうとするが、リヴァイがそれを見咎める。


「こんな時間に何処に行くんだ。」
「エレンのとこ。ゆっくり話せなかったし。」


そう言った瞬間、気温が少しだけ下がるのを肌で感じては訳が分からず足を止めた。


「・・・・あぁ、言い忘れてたが、どうやら俺は、お前の事が好きらしい。」


ぼそり、と言った言葉はしっかりとの耳に届いて、彼女は動きを止めた。
どんなカミングアウトの仕方だ。いや、その前にリヴァイは何と言っただろうか。


「は?」
「返事は急いでねぇが、考えとけよ。」


じゃぁな、とそのまま部屋を出て行ってしまったリヴァイの背中をぼんやりと眺める。
脳の処理が追いつかない。


「え?」


部屋にはしかいない。
エレンに会いに行こうと立ち上がったのに、変なタイミングで告白らしきものをされ、そしてそんな告白をやらかしてくれた張本人は何事も無かったかのように部屋を出て行ってしまって、現実味が湧かない。


「・・っえええええ!?」


ようやく処理が追いついた脳が全てを理解した頃にはの顔は真っ赤に染まり、彼女の悲鳴が調査兵団本部に響き渡った。
その声を聞きつけた小太郎が急いでの元へ駆け込んできたが、いつもとは違って要領を得ない彼女の言葉にほとほと困り果てていると、ようやく一部始終を見ていたアポロが笑いながら姿を現して、小太郎に説明することになる。


<<>>

2013.9.10 執筆