Dreaming

World End #14



がいなくなって3日。
あれはあれで仕事の足しにはなっていたらしい。いつもは目に付かない報告書の粗を見つけてはそれ以上読み進める気も直してやる気もさらさら起きず、報告書を差し戻し用の箱に放り込む。

いや、そもそも報告書も碌に書けねぇあのクソ共のせいだ。
何度も何度も差し戻させやがって。

苛々し始めてきた俺は息をついて外を眺めた。
がいればすぐに八つ当たりをしてやるものの。まだ帰って来ねぇのか。


「だいじょ・・!兵長は・・・から!」
「・・・・れの!」


ぴくり、と外から聞こえてきた飛び飛びの会話に耳が向く。
アイツの声だ。

そう思った瞬間ドアが開いて、が飛び込んできた。
背中を押されて入ってきたらしい彼女はべしゃり、と床に倒れこみ、押された背中を摩りながらゆっくりと顔を上げて、目が合うと、悲鳴を上げやがった。


「・・久しぶりに会ったかと思えば人の顔を見て悲鳴あげやがって・・・」


ぼそり、と言いながら立ち上がってのもとへつかつかと歩いていく。
かさかさと床を這うように後ずさるものだから、不愉快感を感じるのと同時に嗜虐的な欲求が疼く。


「随分と躾けがなってねぇ犬だな」


足で後ずさるアイツの足を踏みつけようとしたら、さっと避けられて眉間に皺が寄るのを感じた。


「いや、犬じゃないし・・ってぇ、何でそんな不機嫌なの!!」
「何でか、だと?そりゃぁ、お前を筆頭に報告書がお粗末過ぎるからに決まってるだろうが。」
「え、報告書って、巨人を捕獲したときの報告書のこと言ってんの?どんだけ根に持ってんの!」


ぎゃーぎゃー反論してくるを蹴飛ばしてやろうかとも思ったが、どうせ避けられるのが関の山だ。俺は舌打ちをすると踵を返した。


「コーヒー。」
「は?」


机に戻り、椅子に腰掛けると先ほど差し戻しの箱に放り込んだ報告書を拾い上げる。


「コーヒーを淹れろっつってんだ。何度も言わせるな。」
「あー、はいはい。分かりましたよー。」


口を尖らせながらも立ち上がったは部屋に備え付けられている給湯器へ向かう。
余談だが、アイツのコーヒーは飲めないことは無い。あいつの兄がコーヒーには五月蝿いらしくその賜物らしいが、ちゃんと淹れる直前に豆を挽くあたり、中々分かっている。


「ったく、私は八つ当たりされる為に此処にいるんじゃないんだけどなぁー。」


ぶつぶつ文句を言っている声が聞こえるが、それと同時に豆を挽く音と微かな香りが漂い始める。


「さっさとしろ。」
「さっさとしてますー!」


ナナバの書類に赤で訂正を入れようとしてペンを止める。ここにを放り込んだのはナナバとペトラだったか。仕方がねぇ、少し多めに見てやるか。


「・・・講師はちゃんとやれたのか?まぁ、コタローがついていたんなら何とかなったんだろうが。」
「小太郎がいなくたってちゃんと出来たよ!あー、でも、皆対人格闘下手すぎて大変だった。」


こぽこぽ、と湯を注ぐ音が聞こえてコーヒーの香りが強くなる。
思えば、コーヒーを飲むのは3日ぶりだ。


「有望そうな子も何人かいたけどね。」


彼女に有望そうと言わしめるということは、中々やるのだろう。
普段であれば訓練兵など興味は無いが、彼女が言うのであれば少しは気になる。


「昔、少し体術を見てた子も居て、うん、やっぱりミカサちゃんが1番見込みあったかな。」
「お前が見てたのか?」


面倒見が良いとは言えない彼女が、仕事ならばともかく、プライベートで体術を見ていたというのを聞いて驚きが隠せない。


「私と小太郎。はい、できたよ。」


カップに入ったコーヒーを渡されて、俺は口に運んだ。
相変わらず悪くは無い味だ。


「でも今回ので分かった。体術の講師は私には向いてないよ。手加減ってやっぱ苦手。」


確かが講師をしている間に訓練兵で死亡したヤツはいねぇ筈だ。
流石にその最低ラインは守れたか。


「・・・リヴァイ、今、失礼なこと考えてるでしょ。」


眉を寄せて言う彼女にちらりと目をやって、俺はまたコーヒーを飲んだ。

























壁外調査ではいつもどおりと小太郎が先陣を切った。
しかし暫く突き進んだ後少しの違和感には後方を確認した。


「いつもより数が少ない、気がする。」


小太郎の言葉には頷く。


「・・まぁ、でも、私達はエルヴィンの指示に従うだけだよ。行こう。」


その時、背後から信煙弾が放たれた。内容は、撤退。
それにやはり何かあったのだとは小太郎を見る。


「先にエルヴィンのところに行って。私も後から行くから。」


目標地までただ向かうことを考えるとよりも小太郎の方が速い。こんな所で撤退命令が出るということは相応の何かがあったのだろう。
頷いて瞬く間にの元から離れていく小太郎を尻目に、は周りの気配を探りながら信煙弾を打ち上げた。


「状況を。」


エルヴィンの横に、風が舞ったかと思うとその中心には小太郎がいて、彼は馬に併走しながらも尋ねた。


「巨人が北上し始めた。リヴァイを先に行かせている。コタローも先に向かってくれ。」
「御意」


そう言って、印を組もうとした小太郎を、エルヴィンは呼び止めた。


「待て。出来ればにも行ってもらいたい。伝言を頼む。」


小太郎は表情の読み取れない顔でエルヴィンを一瞥した後、印を組みなおすと分身をつくり、それをの元へ向かわせた。
この状況を鑑みると5年前の再現だ。であれば早々に帰還できるものがいるのであればその数は多いほうが良い。

分身の小太郎が飛び上がるのを見て視線を戻すと、既に小太郎はいなかった。


「・・・エルヴィンに聞いたか。」


風と共に現れた小太郎に気付きながらも向かってくる巨人をまた一体地に伏せた。


「主も、すぐに来る。」


向かっているのは煙が上がっている方向。
小太郎の耳には微かに聞こえる。戦う音が。


「調査兵団が出発してすぐに襲撃。巨人は鼻が利くらしいな。」
「・・・」


小太郎は何も答えなかった。確かにタイミングとしては怪しんでくれと言っているかのようだ。
だが、確証が無い今下手な事はいえない。


「まぁ、今はそんな事はどうでも良い。」


向かってくる巨人を倒しながら進むのは矢張り少し時間がかかる。
ようやく見えてきた門に、リヴァイが息をついたのと、後方から蹴り飛ばされた巨人が壁に叩きつけられるのは同時だった。
そんなことが出来るやつは早々いない。


・・てめぇ、もっと静かに殺せねぇのか」
「あー、ごめんごめん。」


へらへらと笑いながら、はリヴァイを抱えて地を蹴った。それに小太郎も続く。


「小太郎がリヴァイを抱えて行けばもっと早くに行けたのに。」
「・・・(思いつかなかった)」


小太郎はの腕に掴まれているリヴァイを見るが、彼はぎろりと小太郎を睨んだ。


「やめろ。男に抱えられるなんぞ、気持ち悪ィ。」
「よーし、何か揉めてそうな人たちのところに放り込むからねー、いってらっしゃーい!」


そういうが速いか、投げ飛ばされたリヴァイは、確かに今にも巨人の手にかかりそうな兵士達を見つけ、硬質スチールを抜いた。


「小太郎、私達は他の巨人。エレンたちはリヴァイに任せる。」


には調査兵団として彼らをどう扱うべきかだなんて分からない。
察するに、恐らくエレンは巨人の中から出てきたのだろうが、下手に自分が動いてエルヴィンたちの立場を悪くしても拙い。


「御意」


出来ることは残っている巨人の掃討を行うことと未だ戦っている兵士の救出。硬質スチールにオーラを流し込み、は手前の巨人の首を切り落とした。


「皆一度撤退して。刃もあんまり残ってないし、ガスも残り少ないでしょ。」


小柄な眼鏡をかけた女性が目を見開いて、を見つめたが、すぐに固い表情で頷くと撤退命令を出し始めた。






















審議所に向かう道。アルミンは突如現れたと小太郎の事を思い返していた。
訓練の特別講師として数日間師事した際も、その力量に驚かされたが、実際に巨人と戦う姿を見たのは初めてだった。

あれは、戦う、というよりも虐殺と言った方が正しい。
彼女達はあれだけの量の巨人を倒しながら涼しい顔をしていたのだから。


「アルミン、今はエレンを助けることだけ考えよう。」
「あ・・・うん。そうだね。」


表情からアルミンが2人のことを考えていたのが分かったのか、ミカサの言葉にアルミンは思考を切り替え頷いた。
滅多に立ち入ることの無い審議所の大きな扉が開き、中に入るとそこには調査兵団と共にの姿もあった。
は2人と目が合うとひらひらと小さく手を振る。


不思議と、彼女の姿が見えるとほっとする。隣の小太郎は相変わらずの無表情だが、心なしかミカサを気遣う色が見えて、ミカサはきゅ、と口を引き締めて足を踏み出した。


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2013.9.3 執筆