Dreaming

World End #13



ジャンは夕食を食べる手を止めてスプーンを持っていた右腕を摩った。
そこには痣が出来ていて、少し腫れている。


「なぁ、エレン。あいつ、俺らとあんま歳変わんねぇんだろ?」


訓練兵の中でと小太郎について知っているのはエレンとミカサだけだ。
近くで同じく夕食を取っていたエレンに投げかけると、彼は少し考えた後頷いた。


さんは4,5つ上。コタローさんは良くわからない。」


口を開いたのはミカサで、思わぬ人物からの返答にジャンは少し顔を赤くした。


「しっかし、そんだけしか変わらねぇのに、何だよあの強さ!」


ジャンの前に座っていたコニーも、背中の打撲が気になるのか、背筋を伸ばしたり緩めたりしながら大仰に言う。しかし、それは此処に居る全員が思っていることだった。
最初はその外見から軽視していただが、座学はともかく演習となると彼女のへらへらした雰囲気は一変し鬼のように訓練兵を打ちのめした。
そして反対に外見からどんなつわものかと思った小太郎については、彼もまた異様な動きを見せるものの、の前では霞んでしまう。


「人は見かけによらねぇもんだよな・・・。」


ぽつり、とジャンが呟くと、一様に頷く。


「って、さんに呼ばれてるんだった。急ぐぞ、ミカサ。」


疲れ果てて思考が鈍っているものの、その話題で彼女から呼び出されていることを思い出したエレンは慌てて残りのパンを口に頬張り始めた。


「ねぇ、エレン。それ、僕も行っていいかな」


同行を申し出たのはその様子を正面で見ていたアルミンだ。
普段はがやがやと騒がしい食事の場も、今日は大半が喋る気力も無い程疲れ果てているのか、話している人たちの声はいつもより響く。
例に漏れずその言葉が耳に入ったジャンは最後のひとかけらを口に放り込んで立ち上がろうとしたが、やめた。

講義以外で2人と話をすることに対して興味はあるが、勇気が出ない。
あそこまで実力の差を体一つで見せられると怯んでしまうのも仕方が無い。


「エレン、俺も話を聞いてみたいんだが。」


その代わりにエレンに声を掛けたのはライナーだった。
アルミンはともかく、ライナーからの申し出に一瞬呆気に取られたものの、エレンは快く頷いた。

























部屋の中に居たのはコタローで、無表情で中に招き入れると、各々カーペットの上に腰を下ろした。


さんは?」
「あっち。シャワー。」


指差した先からは確かに水の音が聞こえる。
と小太郎の関係を知らないライナーとアルミンは2人の関係を勘繰ったが、ミカサがそれに気付いてすぐに否定した。


さんとコタローさんは兄妹みたいなもの。そういう関係じゃない。」
「兄妹・・・ではない。主は主。己は、従者。」


ミカサの言葉を更に否定すると、そういえば、そこらへんの話は聞いた事が無かった、とエレンが小太郎を見た。


「そういや、2人に会った時はもうそういう感じだったけど、何でさんが主でコタローさんは従者なんだ?」


昔なじみとは言っても、頻繁に会っていたのは半年程度だ。
当時は子どもで、2人の関係をそういうものなのだ、と鵜呑みにしていたが今から考えると変だと思う。


「己が瀕死の所を、主が助けた。そのときから、己は主の従者。」
さんが、コタローさんを助けた?」


が強いのは知っているが、小太郎も相当な腕を持っている。
彼が瀕死の状況というのは一体何があったのだろうか。


「詳しくは、話せない。」


知れば知るほど疑問が出てくる。
しかし、小太郎はこれ以上答える気は無いのだとはっきりと態度に示し、エレンはでかかった言葉を飲み込んだ。


「タイミング悪かったね。ごめんごめん。」


沈黙を破ったのはで、頭をタオルで拭きながら出てきた彼女はベッドに腰掛けた。
すかさず小太郎が水の入ったコップを手渡し、それを一気に飲む。


「で、何の話してたの?」
さんが、コタローさんを助けた話。」


助けた話?急に言われて思い当たる節が無いのか、は首を傾げて小太郎を見た。


「・・・戦の後。」


必要最低限の言葉だけ伝えると、ようやく分かったのか、あぁ、と頷く。


「でもまぁ、アレは偶然だよ。偶然あの場所をふらふらしてたら争ってる音がして、ちょっと様子を見ようと思ったら小太郎が1人で複数を相手取ってたから、助けてみようかなって。」
「そんな危ない所をふらふらって・・・さん、あんた、何考えてんだ・・・。」


至極全うな意見を言うと隣に座っているミカサが「さんに私達の常識は通用しない」と真顔で言ってきたものだから、エレンは笑うべきか頷くべきか真剣に迷った。


「いや、私も好きであんなとこふらふらしてた訳じゃないよ。致仕方なく!」
「戦、というのはウォール・マリア奪還作戦の事か?」


エレン、ミカサ、アルミンは空気を読んで突っ込まなかったが(約一名突っ込みどころに気付いていないのは置いておいて)、ライナーだけは鋭く突っ込み、はぐぅ、と唸った。


「・・否、地下街での、争い。」


ウォール・マリア奪還作戦の時としてしまうと、計算が合わない。少し考えた後、小太郎は首を横に振って否定した。
上手い誤魔化し方だ、とミカサは冷静に判断した。地下街であれば小競り合いは頻繁に起きている。更に、その地下街での出来事は此処まで伝わってこない。


「・・・2人の使う体術を俺達にも習得することは?」
「無理。己と主は、東洋の島国の戦闘民族の血を引いている。習得には、この民族の血が、必要。」
「生来持っている能力、とうことですか?」


アルミンの問いに、小太郎は頷き、もそれに習って頷いた。
会話は不得意の癖に、こういう時はいやに口が回る小太郎には感嘆し、エレンとミカサはその饒舌さに違和感を覚えた。
そうは言っても2人が人に言えない過去を持っていることは元々感づいている為、黙認するものの、ライナーとアルミン、いや、せめてライナーがいなければもっと突っ込んだ質問もできたのに、と悔やまれる。


「ところで、明日の最後の演習なんだけど、集団戦と個人戦、どっちが良いと思う?」


本題をようやく話し始めたに、何の事だろうかと4人は顔を見合わせた。























最後の演習結果は卒業評価に響くという事で、ぴりぴりした雰囲気が漂うなか、の口から演習内容が発表された。


「予想以上に皆対人格闘がお粗末なので、これから皆にはランダムで10人組みを組んでもらいます。あ、ミカサとエレンは2回重複してるけど頑張ってね。演習内容は、10人組みで私か小太郎のどっちかを拘束すること。木のナイフと銃の模型を配るからそれで急所に素早く狙って動きを封じてね。場面想定としては細い路地裏から出てきた所を想定。相手の逃げ場は無いから難易度は低いし、1人対10人だし、頑張れば何とかなるんじゃないかな。」


班分けが書かれた模造紙が壁に広げられていき、訓練生はそれを食い入るように見た。


「余りにも手際が悪いと皆投げ飛ばしちゃうからねー。捕獲方法は各自でちゃーんと考えること。1グループ目は30分後に開始するから早々に作戦を立ててね。」


1グループ目のミカサ、ジャン、フランツ含む10名は急いで一箇所に集まると、早速話し始める。


「他の人たちはその場に待機。30分前になったら・・・最終班のアルミンとサシャ。班名を呼び上げて。その前に作戦を立て始めた人については後で私に教えて。あと、他の班の演習は覗き見しないこと。私と小太郎は気配が近くにいたらすぐ察知できるから、無駄なことはしない方が身の為かな。」


注意事項はそれくらいなのか、は小太郎と共に壁に背を預けて腰を下ろした。
ちらりと1グループ目に目をやると、ミカサとジャンが真剣な表情で会話をしている。
ミカサがいるのであれば、恐らくいくらかは考えられた方法で来るだろう。
簡単に掴まってやる気は無いが、半分の力を出す気もない。
彼女の視線を感じながらミカサは地面に木の棒で絵を書き始めた。


「実際に拘束するのは4名。4名は銃で威嚇、2名は偵察、が良いと思う。」
「銃で威嚇する奴は最初塀の上に居たほうが良いな。捕獲が失敗した時体制を立て直しやすい。」


ジャンはそう呟いて、拘束する際、それぞれがどの体の部位にあたるかを考え始めた。


「捕獲する時に手足の動きを封じる必要がある。私が手を後ろ手で固めよう。ジャンは、上に居て欲しい。万一の時の判断は任せる。」
「分かった・・・フランツが足、お前らは首の動脈と心臓にナイフを当ててくれ。」


如何見ても頼るような物言いに、照れながらも、顔を必死に引き締めて頷いたジャンは役割と名前を書いていく。
こう書き出していくと、出来そうな気がしてくるから不思議だ。


「・・・一瞬で動かないと、こちらがやられる。」


その言葉もむなしく、タイミングが合わず、地面に転がされるのを感じながらミカサは天を仰いだ。
少し遅れて塀の上に待機していた組も瞬く間ににより地面に下ろされ、やはり駄目だったか、とうな垂れる。


「失敗を見越して上に人員を置いてたのは良かったね。急所もちゃんと狙えてたし。うん、合格!」


合格、という言葉に一瞬で周りが沸く。ミカサ自体は余り納得できていない表情をしていたが、に笑いかけられるとようやく笑顔を浮かべた。






















最後の演習はなんとか時間内に終わり、合格したのは22グループ中6グループでまずまずの結果となった。
最後に2人と話が出来るかと思っていた訓練兵だが、すぐに教官がやってきて訓練兵を整列させると2人を送り出してしまった。

何ともあっさりとした終わり方に、呆気に取られるものの、エレンとしては調査兵団に行く予定である為、また会えるだろうと楽観的に構え、そのエレンと同じ兵団に行くミカサとしても同様だ。


所は変わり、調査兵団では2人の帰りを今か今かとペトラとナナバ、そしてハンジが待ち構えていた。


「あ!ー!コタロー!!」


2人の姿をいちはやく見つけたハンジは名前を呼びながらぶんぶんと大きく手を振る。
そして隣にいたペトラとナナバはおおきく安堵のため息をついた。


「あれ、どうしたの、3人とも。」


珍しい組み合わせに首を傾げて言うと、ペトラとナナバが何か言う前にハンジが鼻息荒くの手を掴んだ。


「早くアポロ出して!すっごい発見をしたんだよ!!」
「まじかよ!早く話せ!見せろ!!」


が何か言わなくても勝手に彼女の影から這い出てきたアポロはぴょんぴょん飛び跳ねて急かすようにハンジの束ねた髪を引っ張った。


「いだ、いだだ!早く研究室に行くよ!今回のはもう、す――んごくヤバイから!最高だから!!」


徹夜明けで若干テンションの可笑しいハンジと共に走り去っていったアポロの後姿を見ながら、はため息混じりに小太郎の名前を呼んだ。
彼は既に心得ているのか、2人の後を追って走り出す。
ハンジだけが暴走するなら別に申し訳なくも何とも無いが、アポロが加わるとそうも行かない。


「で、ちゃんはこっちね!」
「リヴァイ兵長の機嫌が悪くて大変だったんだよ。ご機嫌取り、頼むよ。」
「は?ええ?」


何で私が!と拒否するも、2人に両腕をつかまれて引きずられてしまう。


「無理無理無理、機嫌が悪いリヴァイなんて相手にできない!ほっとくのが1番!」
「立場上ほっとけないから頼んでるんだよ。」
「大丈夫。兵長はちゃんに甘いから!」


はぁ?と再びは声をあげた。


「甘いって・・2人とも目、可笑しいんじゃない?どこが甘いの、アレの!」


いやだ!という拒否もむなしく、リヴァイの執務室に放り投げられたは、べしゃり、と床に倒れこんだ。勢い良く背中を押した2人はと言うと、そのままドアをぴしゃりと閉めてしまい、既に居ない。


「いたた・・」


背中を摩りながら顔を上げると、目を見開いたリヴァイと目があって、はらしくもなく小さく悲鳴をあげた。


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2013.8.27 執筆