はエレンとミカサ、そして小太郎と共に夕食を取っていた。
勿論食堂では目立つ為、と小太郎に用意された部屋で、だ。
「小太郎が113人で私が105人。結局私が負けちゃったね。」
少し悔しそうに言いながらはパンを口に放り込んだ。
「・・・2人は本当に立体機動装置を使ってなかったんだよな?」
実際に彼女達の動きを見てもまだ信じきれない。エレンはまじまじと2人を見た。
長身の小太郎は服の上からでも分かるくらいしっかりと筋肉がついているが、は小柄な上、隣の小太郎と比べると細っこい手足をしている。
何故そんな体格であんな動きが出来るのか、甚だ疑問だ。
「私と小太郎はちょっと変わった体術をちっちゃい頃から血反吐を吐きながら習得してきたからね。」
そしてとは5歳離れているか離れていないかくらい。それでこの差というのにはどうにも納得できない。
「ていうかさ、君達は立体機動装置に頼りすぎなんだって。ま、コレは明日言うから言わないどくけどさぁ。」
隣で小太郎もこくこくと頷いている。
確かに2人に比べたらそうだが、あんなのを真似しろと言われても無理だ。
「明日は何をやるの?」
「・・まず、皆の力量を一応見て決めようと思ってる。だから午前中は二組になって演習ね。その後は、色々と候補があるんだけど」
パンを食べて喉が渇いたのか、は水をごくりと飲んだ。
「目隠しして体術とか、立体機動装置なしで巨人と戦う方法とか、かな。てか、最終的には両方ともやりたい。」
聞いた事の無いメニューに、エレンは噴出し、ミカサは微妙な表情をした。
「だってさぁ、皆気配に疎すぎだし、対人格闘術を軽く見すぎだし。1番良いのは私達が立体機動装置なしで巨人を殺して見せるのが良いんだけど、そんな許可出る筈無いからさー。」
「さん、それは無理。皆、貴方達のように動けない。」
珍しくやる前から無理と決め付けるミカサには笑った。
「そこまでは求めてないよ。でもね、もし何の装備も無い時に巨人と遭遇して、諦めるようなことはして欲しくないって事。私が教えることで少しでも生存率が高くなれば良いと思ってる。」
最初、は教師には向いていないと判断していたミカサはその考えを改めた。
自分達の常識を覆すようなことをしてしまっているにどうかと思ったが、それは彼女が意図的にやっていたのだと今更思い知る。
「3日間は、短い。」
ぽつり、と小太郎が言葉を零して、はうんうんと頷いた。
この3日間のうち、2日間はまるまると小太郎が受け持ち、3日目は午前中だけの講義になる。
2日目の午前中は大半の者が筋肉痛に苦しみ、午後に差し掛かると普通に動けるのは十数名程のみだった。
(圧倒的に運動量がおかしい。もう動けと言われても動けない・・・。)
動けない者の1人に入るアルミンはそう心の中でぼやいて、どかりと地面に腰を下ろした。
周りを見ると、同様に動けない訓練兵が大の字になっていたり座り込んでいたりしている。
「んー、ここまで動けないのは予想外だったなぁ・・・」
ぽりぽりと頬を掻きながら呟いたのはこの状況を作り出した張本人のだ。
彼女は小太郎を呼び寄せると、何かを相談してすぐに決めたのか頷いた。
「はい、皆くたくたみたいだから、ちょっとお昼には早いけどお昼休憩。そのあとは座学に変更!2時間くらい喋ったらまた演習ね。それまでに疲労回復に努めてくださーい。」
その言葉に何人から歓声があがる。
それにしても訓練兵全員をここまで疲れさせておいて2人は何故ぴんぴんしているのだろうか、と疑問に思うアルミンは改めてと小太郎を見た。
自分の近くにいるエレンもミカサも、そして比較的体力のあるライナーもげっそりとしているというのに。
「ということで、はい、解散!」
ばんばんと手を叩くと、のろのろと動き始めた訓練兵は壁に寄りかかり、とりあえず休憩を始めたり、仮眠を取りに宿舎へ向かったりしている。休憩が早くなろうと、昼食の時間は変わらないのだから、とりあえず一休みする、というのが唯一の選択肢だろう。
「さん。」
そんな中、果敢にもに話しかけたのはミカサで、エレンとアルミンはその様子に視線を向けた。
話しかけられたは、小太郎と談笑していたのを止め、にこにことミカサに軽く手を振る。
「久しぶりに修行をつけて欲しい。」
「ミ、ミカサ、何言って・・・」
流石のミカサも休憩を取らないときついだろう。アルミンは驚いて声をかけるが、ミカサは見向きもしない。
「この数年でどれくらい強くなったのか試したいってところかな。んー、別に良いけど、知ってる通り私は手加減が苦手だから小太郎の方が良いんじゃない?」
面白い、とわざと少し挑発するような言い方をするにミカサは首を横に振った。
「私は、さんを目標にしている。だから、貴方が良い。」
一瞬驚いた表情をしたが、はすぐに笑みを抑えられなくなると、ばんばんと小太郎の背中を叩いた。
「ね、小太郎、聞いた?目標だって!どうしよう!」
「あー、さんってそういう人だよな。そうだったよな。」
講師として案外しっかり指導しているものだから忘れていたが、彼女はこういう性格だった、と呆れたようにエレンはを見た。
「ちょ、ちょっとエレン、ミカサを止めなくて良いの?いくらミカサでも・・」
「大丈夫だろ。さんとコタローさんはミカサの師匠だし、今更だ。」
それに、初日の鬼ごっこの時に少し2人のやり取りを見たが、改めて2人が試合するのを見たいと純粋に思う。
それはまだ周囲にいた訓練兵も同じようで、ライナーやアニ、ジャンをはじめとした面々は2人を見つめている。
「じゃ、体術10分、ナイフ戦10分ね。」
自然と2人を中心に野次馬の輪が広がる。
小太郎が小さく「はじめ」と声に出した瞬間、ミカサは地を蹴った。
結果から言うと、の圧勝だった。
時間切れ間近でスタミナ切れしたミカサがの一撃を避けきれず、寸での所で小太郎がのナイフを受け止めたのだ。
分かりきってはいたが、この結果にミカサは悔しそうな表情をする。
「なんだよ、あの人、化け物か?」
「つーか、あの2人の間に入って受け止めるなんて、すげーな、あの人。」
地面が数箇所抉れているのはが拳や蹴りを打ち込んだ痕だ。
ようやく小太郎から離された手でナイフをくるくると回し、は思案顔でミカサを見下ろした。
「最後、諦めたでしょ、ミカサちゃん。」
「・・・」
図星で、何もいえないミカサはしゃがみ込んだままを見上げる。
「圧倒的な実力差の前に諦めるしか無い時でも、諦めちゃ駄目だってば。敵の前では頭と体は常に動かす。絶対、止まっちゃだめ。」
ミカサが最後、地面に膝を着いてしまったのはスタミナ切れが全てではない。
あの時、から今まで感じたことの無い程の殺気が突き刺さったのだ。
今までいかに手を抜いてもらっていたのかを痛感してしまった。
「・・・は、い。」
息も絶え絶えに返事をすると、は一変してにこにこと笑い始めた。
「でも、前より随分マシになったね。」
そう言いながら手を差し出すと、ミカサはその手を取った。
どこにその力があるのか、と言う位力強い力で起こされ、正面に立つ。
昔は見上げていた彼女も今となっては同じ位の背丈だ。
「悪く無いよ。うん。」
最後にそう告げて、は踵を返した。
その後を小太郎も追う。
「ミカサ、大丈夫か?」
黙って見ていたエレンとアルミンはミカサに駆け寄って傷の有無を見る。
幸い、そこまで酷いものは無く、ほっと胸を撫で下ろしたものの、ミカサの表情は冴えない。
「なんだよ、さん相手にあそこまでやれたんだ、最後はあっちも本気だっただろ?」
その言葉にミカサは首を横に振る。
「彼女は、全力を出していなかった・・・彼女は、強い。」
ミカサの視線は歩いているの背中に向かっている。
前よりは近づいたと思っていたのに、今日改めて分かったのは、そもそも彼女がはるか遠くに居たということだった。
彼女と自分の間にはどれ程の差があるのだろうか。
背後からの視線を感じながらも、小太郎はに視線を落とした。
「成長期だね。まだ数年しか経ってないのに、中々やるようになったよ、ミカサちゃんは。」
「・・・是。まだまだ、伸びる。」
こくり、とも頷く。
「私も、お兄ちゃんから見たらあんな感じだったのかなぁ。まだまだなんだけど、びっくりする位成長してる辺り。」
お兄ちゃんとは言われても小太郎は彼と面識が無い。
しかし、自分に置き換えたらどうだろうか。先代の風魔小太郎には跡継ぎとして面倒を見られていたが、確かに教える者からすると同様に感じるのかもしれない。
「よし、ご飯食べたら座学ね。今日は私が喋るから小太郎の出番無いかも。あ、でも演習は任せるよ。」
そうは言われても演習で何をするかは選択肢が狭すぎる。
さて、何をして彼らを鍛えようか、小太郎は無言で思案し始めた。
「普通巨人を殺す時は、硬質スチールとか立体機動装置とか使うと思うけど、硬質スチールは結構脆いからすぐ使えなくなっちゃうし、立体機動装置はガスが無くなれば唯のガラクタ。でも、実際戦ってるとこういう状況に陥る事がある。こういうとき、どうする?」
訓練兵1年目の時に注意されたことがある。立体機動装置のガスの残量には気をつけろ、と。
しかし、実際にそういう状況に直面したときどうするか、等考えた事が無かった大半の訓練兵は戸惑いの表情を見せた。
「えぇっと、2列目の金髪の可愛い子。そう、そうそう、君。君ならどうする?」
指されたクリスタはその目を大きく見開いた後、言葉を捜すように視線を彷徨わせた。
「・・・硬質スチールは、あの、替えの刃に交換して、ガスは・・・補給部隊で、補充します。」
至極全うな回答に、は軽く手を叩いた。
「うん。そうだね。じゃぁ、替えの刃は全部使っちゃって、補給部隊も壊滅してたら?」
クリスタは眉尻を下げた。そんな状況想定したことが無いし、あったとしてもその先には死しか無い。
彼女の表情からそれを読み取ったのか、は残念そうな顔をして、他の訓練兵の顔を見た。
大半が絶望的な表情をしていて、思わず唸る。
「じゃぁ、ミカサちゃん、君ならどうする?」
ミカサはまっすぐにの瞳を見た。
「・・・欠けた刃でも、最後まで戦う。」
周りに座っていた訓練兵が信じられない表情でミカサを見て、その後「正解!」と手を叩いたを見た。
「ここだけの話、私と小太郎は、巨人を殺すのに硬質スチールも立体機動装置も必要無い。まぁ、でもそれは誰でも出来る訳じゃなくって、私達が特殊な訓練を受けてたからなんだけど・・・」
そう言いながらチョークを持ったは人間の下半身をボードに描き始めた。
「でも、君達でも巨人の足止めくらいは出来る。巨人の体って人間とほぼ変わらないのは授業でやったよね?」
かつかつ、とチョークの音が響き、は代表的な筋肉や腱を書き加えて行く。
「左側が背後から見た図、右側が正面から見た図。んで、此処が腸脛靭帯と大腿筋。あとは、皆も知ってると思うけどアキレス腱。」
描き終えると正面を向く。訓練兵の中にはそれをノートに取っている者もいたり、こくりこくりと船を漕いでいる者も居て、小太郎に目配せすると、寝ている生徒には漏れなくチョークが頭に直撃した。
「巨人っつっても、下半身は何とか刃が届く。もし、立体機動装置のガスが無くなれば此処を狙って足止めする。その間に馬を呼んで逃げるのも良し、増援が来るまで時間を稼ぐのも良し。うまくいけば巨人が倒れるから項まで手が届くしね。」
立体機動装置なしで巨人を殺すなど、考えたことも無かった。疑いの眼差しで見る者、希望を見出す者、反応は様々だが、印象付けるのは成功した様で、はチョークを置いてこきこきと肩を鳴らした。
「本当なら実践で見せてあげたいんだけど・・・小太郎、どう思う?」
「・・・壁上、見張りがいる。」
暗に無理だ、と告げるとは残念そうに肩を落とした。
「ま、言いたいのは、最期まで諦めるなってこと。人生、どう転ぶか分かんないもんだからね。」
気を取り直して言うと訓練兵は口を噤んだまま頷いた。
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