Dreaming

Magic! #25



めくらましの魔法をかけて、しっかり幸村が腰に捕まったのを確認して勢い良く地を蹴る。
未だにこの浮遊感に慣れない(とは言っても数回しか乗ったことが無い為仕方がないのだが)幸村は「うぉっ」とマヌケな声をあげての腰に回す手に力を込めた。


「す、すまん!」
「大丈夫。ていうか、しっかり捕まってないと不安だからむしろウェルカムだよ。」


ぐんぐんと高度を上げていく箒はすぐに屋根を飛び越え、遠くの森まで見渡せる程になる。
夜遅い為、光は、所々で警備をしている者達のそばにあるかかり火くらいしか見えない。


「星に手は届くだろうか。」


高度は高くなったのに、星の大きさは変わらない。天を見上げながら呟いた幸村の言葉には残念そうに首を横に降った。


「今はまだ分かってないと思うんだけど、ここは地球っていう星で、あの星達は、地球と同じ星なんだよ。すっごく遠くにある星。光ってるのは、自分で爆発して光ってる星もあるし、太陽の光を跳ね返して光ってるように見える星もあるの。」
「・・・ということは、あの星も某達と同じように、人間が暮らしているのであろうか。」


そもそも星という概念がわかるのか不安だったが、そこについては突っ込まれなかったのでほっと胸を撫で下ろす。
しかし同時に次の質問が出てきて、頭のなかにある知識をわかりやすく噛み砕きながら
は説明するために口を開いた。

「えぇっと、そうだなぁ、結論から言うと、多分人はいないと思う。地球ってね、すごく恵まれた星なんだよ。太陽ってあるでしょ?」
「うむ。」
「あの太陽から近すぎると、水は水蒸気になっちゃうし、遠すぎると凍っちゃう。だから、太陽から適度な距離にある地球はラッキーで、こうして水は存在することが出来るんだよ。あと、太陽の光って直接浴びると体に害がありまくりなんだけど、地球は幸運にも大気圏っていう気体が地表を覆ってて・・・って、幸村さん!?」


説明をしながら背後の幸村を見ると、顔を赤くして頭から湯気を出しているので、はびっくりして彼の名前を呼んだ。


「む、難しすぎて理解できぬ・・」
「ご、ごめん。説明苦手なんだ。リドルがいれば良いんだけど・・・あ、そうだ。今度魔法でプラネタリウムしよっか。そしたら視覚的に世界がどうなってるのか分かるし。」
「ぷらねたりうむ・・・?」
「うん。実際に見せた時説明するね。」


魔法界にいるときも説明するのが大変だったが、今、この時代に知られていない知識についても同様に説明が大変だ。当たり前だが。


「でも、やっぱり箒で空飛ぶの、気持ちいいね。」
「うむ。また遠駆けとは違った清々しさがあるな。」


内心、馬は揺れるから酔いそうだとは思ったが、は頷いておいた。
どこへ行こうか、と問うと、近くに湖があると言うので、幸村が指す方向へ飛ばせていると、ぽつぽつと幸村が言葉を紡ぎ始めた。


「・・・殿は、やはり竹中殿の所の方が、良いでござるか?」


予想外の問いかけに、は目を瞬かせた。


「いや、その、リドル殿と仲違いした時、竹中殿の所へ向かったであろう?やはり、殿が本当に心を許している相手は、ここでは竹中殿だけなのかと思うて。」
「心を許してる・・っていうか、半兵衛さんはお兄ちゃんみたいな感じで、何て言うのかなぁ、駆け込み寺みたいな。」


話で聞く竹中半兵衛という人物は、とても駆け込み寺になりそうな相手では無いのだが、噂は噂。しかもが彼と出会ったのは軍場では無い。
しかし、どうしても、そういうポジションに半兵衛がいるのは面白く無い。


「・・某も、殿の駆け込み寺になれるよう、精進致す。」
「え?」


予想外の言葉には再び目を瞬かせる。


「最初は、武田の民を救う薬師である殿の手助けができれば、礼ができれば、と思っておったが、殿の世界に行って、その時殿に言われた言葉に救われたのだ。」


そんな大層なこと言っただろうか、と思い返して、ようやく出てきたのは初めて幸村を箒に乗せた時のことだった。(17話参照)


殿が苦しんでいれば、某の手を取って欲しい。悩みを打ち明けて欲しい。助けを、求めて欲しいのだ。」
「あ・・・」


何か言おうと思っても良い言葉が思い浮かばない。


「今はまだ、某の力が足りない。竹中殿や猫殿には及ばないのは分かっておる。だが、いつか、殿が手を伸ばす先は某出会って欲しいと、思っておるのだ。」


幸村の言葉をゆっくりと理解しながら、は自分の顔が赤く染まっていくのを感じた。
言っている当の本人はそんなつもりは無いかもしれないが、とんでもない事を言われているのではないだろうか。と。


「あ、あの、幸村さん。」


この世が明かりが少ない時代で良かった。
月明かりに照らされているだけでは、顔色の変化は見て取れないだろう。


「ありがとう。」


にっこりと頷いて返した幸村の顔は今まで見た中で一番格好良く見えた。






















2人が連れ立って居なくなるのに気がついていた佐助は、その2人の気配が読めなくなって少しだけ慌てた。
だが、それを落ち着かせたのはどこからともなく現れたリドルの言葉だった。


「心配しなくても目眩ましの魔法をかけて箒で散歩に行っただけだ。すぐに戻ってくるさ。」


敵襲か、攫われたのか、それとも既に・・と考えていた佐助は、その言葉にほっと胸をなでおろした。


「全く、箒で散歩に行くたび騒がれちゃかなわないよ。次から出かける時は君に一言言うように言っておこう。」
「そうして貰えると助かる。って、箒で散歩?」


あぁ、そういえば佐助はいくらか魔法は見ているが、箒で空を飛ぶ姿を見たことは無かった。


「魔法族は箒に乗って空を飛ぶんだ。今度乗せてもらうと良い。」
「へぇー。空を飛ぶって、そりゃまた。」


そう呟いて空を見上げるが、そこには丸い月と散らばる星しか見えない。


「ほら、あそこにいる。」
「へ?」


どこどこ、とリドルが見つめる先を見るが、やっぱり見えない。
何だ、どこなんだ。と眉を寄せると、くつくつと下から笑う声が聞こえてきた。


「何、騙したんだ?」
「騙してないさ。ただ、言っただろう?目眩ましの魔法をかけてるって。」


リドルはそう言うと、見えるように魔法をかけてやった。
ぱちん、と何かが小さく弾ける音がしたと思ったら、確かに人影がいきなり目に飛び込んできた。


「はー、旦那ったらあんなくっついちゃって。」
「・・・もっと他の感想は無いのかい?」


普通だったら、本当に飛んでる、と騒ぐ所が、別の所に感嘆している佐助に悪態をつくと、彼は肩を竦めてみせた。


「貴重なんだって。旦那が近づける女の子ってさ。」


適当に相槌を返して、リドルも空を見上げると、散歩が終わったのであろう、影がどんどんと近づいて大きくなってくる。
最初にリドルと佐助に気づいたのはだった。


「あれ?どうしたの、2人とも。」


地面にとん、と足をついたは箒にまたがったまま2人を見た。


「2人がいないって、この猿が騒いでたから、教えてあげてたんだよ。箒で散歩してるってね。」
「あ、そっか。ごめんなさい。佐助さん。」
「いや、いいって。」


と、佐助と会話をしたはこてんと首を傾げた。
まだ目眩ましの魔法は解いていないのに何故佐助には自分が見えているのだろうか、と。


「・・・僕が見えるように魔法をかけてあげたんだよ。」
「リドル、開心術しないでよー!」
「馬鹿言うな。開心術するまでも無いよ。」


呆れたように言うの後ろで、笑いを噛み殺しながら幸村は箒から降りた。
それに気づいたも箒から降りて、箒を手持ちぶたさからかゆらゆら揺らし始めた。


「さて、。そろそろ寝る時間だよ。おいで。」
「うん。」


頷くと、は幸村とその隣に立っている佐助に視線を向けた。


「幸村さん、付き合ってくれてありがとう。また明日ね。あ、佐助さんも!」
「いや、某こそ、礼を言う。また明日、でござるな。」
「おやすみ、ちゃん。」


ひらひらと手をふる佐助を最後に見て、はリドルの後ろに続いた。
残されたのは幸村と佐助だが、幸村は2人の姿が見えなくなると空を見上げて何か思案している。


「旦那もそろそろ寝ないと。」
「うむ。」


返事をしてようやく視線を下ろすと、にやにやしている佐助の姿があって眉を寄せる。


「な、何だ。」
「いや、2人で夜の散歩だなんて、仲良いなぁーって思って。どんな話してたのさ。」


そう言うと、幸村は一瞬顔を赤くしたが、大きく深呼吸すると落ち着きをすぐに取り戻した。


「大した話では無い。ただ、某も殿の駆け込み寺になれれば、という話だ。」
「は?駆け込み寺?」


聞き返すと幸村は大仰に頷いた。


「そうだ。殿が誰かに助けを求める時、今は無理だが、最終的には某に手を伸ばすようになってくれれば良いと思っている。と伝えた。」
「あー、なるほどね。だから駆け込み寺。」


幸村の顔は幾分すっきりしたように見える。
が半兵衛の所へ行ってしまったと聞いた時は世界の終わりのような顔をしていたくせに、戻ってきて話をしたと思えばこれだ。
ようやく、鈍いこの主も自覚してくれたのだろう。


「しかし、強敵だね。竹中半兵衛にあの猫殿。あとは石田三成、だっけ?」


リドルから話を聞いた限りでは、三成も相当に心を砕いているという。


「うむ。だから精進するのだ。殿が頼れる男になるように。」


最初に幸村に出会ったのは彼がまだ元服する前の頃。元服した後も女性に対する異常な苦手意識は遺憾なく発揮されていたが、ここにきてようやく、相手を見つけられたようだ。


(身分的には難ありだけど、まぁ、そこは大将にどうにかしてもらうとして、俺様も応援するとしますか。)


近い将来、2人が手を取り合って笑っている未来があれば良い。
そう思いながら佐助は姿を消した。


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2013.12.18 執筆