刑部のハンセン病については、結局長期にわたる治療薬の服用と一ヶ月に1度とリドルが経過を診に来るという事で落ち着いた。
リドルの滞在中に毟り取られてしまうのでは、と危惧していた三成の髪についても、髪を切った時には保管し、とリドルが訪れた際に引き渡すことを約束することで回避することが出来たのは一重にそれを提案してくれた半兵衛のお陰だろう。
「また家出をする時は来ると良い。」
「うん。ありがとう。」
リドルの滞在期間は結局1週間という短さだった。
その間に刑部の治療の方針や目処がたったのにはやはりリドルの力が大きい。
「・・・三成。良いのか。」
半兵衛の後ろで、不機嫌そうに口を横に引き結ぶ三成に声をかけるのは刑部だ。
どうにもやはり、の甲斐行きが気に食わないらしい。
「大谷さんも、具合悪くなったらすぐ、連絡頂戴ね。」
「あぁ。お主なら言葉通り飛んで来れる故、我も安心よ、アンシン。」
そしては三成に恐る恐る視線を向ける。
それを感じ取って、三成は大きくため息をつくと、ようやくを見下ろした。
「貴様の事は一応信用している。真田の所が嫌になったらすぐに知らせろ。良いな。」
昨日から口を期居て貰えなかったはようやく三成が自分に声を掛けてくれた事に嬉しそうに笑うと、そのままぴょんと飛び上がってしがみ付いた。
「うん!またすぐに髪の毛取りに来るから!」
直後、三成自身によってが引き剥がされたのは言うまでも無い。
幸村は自室でその時を今か今かと待っていた。
その隣ではリドルに渡されていたポートキーを手で弄んでいる佐助の姿もある。
手のひらに収まる大きさのボールのようなソレ。
つるつるとした表面に、宝石か何かかと思ったものの、それにしては重量が無さ過ぎる。
「ほんと、こんなものがそんな凄い移動手段になるんだか・・・」
「佐助、乱暴に扱うでない!」
はいはい、と気の無い返事をして佐助はそれを弄るのを止めた。
そしてその時、ばし、という音が響いたかと思うと、いきなり目の前に人影が現れたので咄嗟に苦無を手にし、幸村を背に庇う。
「お久しぶりです、佐助さん、幸村さん。」
「・・何をしてるんだい?」
半信半疑だったが、本当にいきなり現れた2人の姿に、佐助はじ、と2人を見つめた。
「殿!無事でござったか!」
その背から幸村が飛び出してに飛びつく。
心配するなとあれほど言っておいたのに、とリドルは呆れたように見て、ようやく苦無を仕舞った佐助に視線を移した。
「どうかしたかい?」
びっくりして幸村とを見ている彼に首を傾げると、佐助は複雑そうな表情をする。
「いや、あれだけ女が苦手な旦那が、抱き着くって・・・。今までどれだけ矯正しようとしても出来なかったのに。」
「・・いや、」
それは、衝動的に行動しているからであって、我に返ったらまた騒ぐんじゃないか。そう言おうと思った言葉は幸村の雄たけびによって掻き消された。
「は、は、はは、破廉恥でござるー!!!某、なんという無体を・・・!!」
予想通り、顔を真っ赤にして顔を両手で覆った幸村は慌てふためくが、すぐさまリドルが金縛りの魔法をかけてやる。
「相変わらず騒がしい男だね。」
「でも、幸村さんって感じ。」
ため息混じりに言うリドルとは反対に、は楽しそうに笑った。
あの後、叫ばない事を条件に金縛りの魔法を解いてやると、この責任は必ず、いやいや旦那それくらいで、という幸村と佐助の押し問答が始まったが、はそれを眺めながら此処を留守にしている間にリドルが引き受けている薬について話を聞いていた。
「そういえば、村に大分顔を出してないね。明日にでも行こうよ。」
「あぁ・・・そういえば、結界も改良しないといけないしね。」
そもそも此処に留まることになった事の始まりは、佐助が村付近にあるログハウスにかけられた結界を破った事にある。
今後同じような事が起きても困るし、一度ログハウスの中の物も少しこちらに移したい。
「あーぁ、でもあのログハウス気に入ってたのに。」
「別荘とでも思えば良いさ。」
そう言ってリドルは佐助に声をかける。
「猿飛。君は忍という者の中では上位にいる者と考えて問題ないか?」
どうどう、と幸村を宥めていた佐助は話を急に振られて、リドルの隣に腰を下ろした。
「まぁ、自分で言うのも何だけど、そうだね。何?」
「君がを拉致した場所の結界は覚えてるだろう?あそこの結界を張りなおすんだが、君に入れるかどうか試して欲しくてね。明日、少し時間を貰えるかい?」
それに勿論佐助は良い顔をしない。
つまり、この猫はあそこの結界を自分でも入れないような代物にするということなのだろう。
ということは、あそこに逃げ込まれてしまえば今後追う事が難しくなる。
「・・・君は本当に疑り深いね。」
開心術ですっかり佐助が考えている事を読んでいたリドルはため息をつく。
「確かに、君にとっては面白くないだろう。僕達は此処に世話になる、他の軍の加勢はしないとは言っても所詮口約束に過ぎない。途中で心変わりしてあの場所に逃げ込まれでもしたら、事だ。・・・君が信用できないのも、まぁ、分からなくは無い。」
「・・・何。猫殿はもしかして千里眼でも持ってんの?」
思っている事を言い当てられて、頬を引きつらせる佐助に、はあ、と声をあげた。
「リドル、開心術でしょ。」
「・・・君も本当に救いようのない馬鹿だね。種明かしをする必要なんて無いんだけど。」
そう言ってももう遅い。
カイシンジュツなるものが、おおよそどういうものか理解した佐助は頭を抱えた。
「・・・つまり、マホウってやつの中には他人の心を読むものもあるってことね。ホント、反則でしょ。」
「し、しかし、猫殿も殿もそれを悪用するような事は無い!」
慌ててフォローに回る幸村だが、すぐに、じろりと佐助に睨まれて口をぱくぱくさせる。
「その様子だと旦那はこういう術があること知ってた訳。なーんで黙ってるかなぁ。」
「う、うむ。すまん。」
「まぁまぁ、2人とも、ほら、お茶でも飲んで落ち着こうよ!」
が指を鳴らすと急須と湯のみが現れて、急須がひとりでに動き湯のみに緑茶を注ぎ始める。
余り魔法を見た事がなかった佐助はそれに目が釘付けになった。
「はー、ほんと、不思議なもんだね。」
「殿、某、ほっとちょこれーとが飲みたいでござる!」
それを聞いて困った顔をがすると同時に、佐助がリドルに説明を求める視線を向けた。
「・・とにかく胸焼けするくらい甘い飲み物だよ。幸村、ここではホットチョコレートは無理だ。原料がないからね。」
前半は佐助に、後半は幸村に向けると、彼は残念そうに肩を落とした。
「南アメリカに行けばカカオは手に入るかなぁ。」
「君、もしかして作る気かい?やめておけ。唯でさえ良く分からない世界なのに此処から遠くはなれたアメリカまで行くのは駄目だ。」
「リドルのけちー。」
何と言おうが駄目なものは駄目だ。きっぱりとそういわれて、は幸村と共にどのお菓子だったらこの世界でも再現できるかを議論し始めた。
半兵衛と三成、そして刑部に向けた手紙を書き終えたは少し外の空気が吸いたくなって襖を開けた。
因みに、リドルは一緒の部屋にいない。
仮にも本体は男であるリドルと寝泊りをすることを幸村が過剰反応し、急遽の隣にリドルの部屋が作られたのだ。
「殿?」
「あ、幸村さん。」
縁側に立ち、外を眺めようと思ったら声をかけられては声の主を探した。
赤い着物がよく映える。真っ暗な中月の光に照らされた幸村は縁側から少し離れた場所にある池の前にいた。本当に彼には赤が似合うみたいだ、と思いながらじっと見つめると、少し迷った後に幸村はの元へと歩いてきた。
「何で外にいたの?」
「う、うむ。少し寝れなくてな。」
はは、と笑いながら言う幸村に、は首を傾げた。
おやすみ3秒とまではいかないが、魔法界で一緒にいた頃、お昼の後、こくりこくりと舟を漕ぐ姿はよく目にしていたし、夜部屋を訪ねても寝てることが多かった。
「そうだ。今度この周りを、箒に乗って空から見せて下さらぬか。」
言われては空を見上げた。
前、あの村で暮らしていた時はよく箒で飛んでいたが、こっちに来てからは一回も飛んでいない。
「今から行こうよ!」
思い立ったが吉日。はすぐに箒を呼び寄せると幸村に箒を掲げて見せた。
「今から、でござるか?」
「うん。目くらましの魔法はかけなきゃ不味いかな・・。」
そうしてごそごそとポケットを探ると杖を取り出して一振り。
「よし。行こう、幸村さん。」
地面にはだしのまま降りて箒に跨るに、幸村は笑って後ろに乗った。
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