Dreaming

Magic! #23



の治療が始まって1週間程経った頃、手足の斑点が少なくなってきた事に気付いた刑部は驚きの声を上げた。
未だ手足のしびれは変わらないものの、良くなる兆候が見えてきたのだ。


「手足の痺れは、症状が出てから時間が結構経ってるから、今の薬じゃ治すの厳しいのかも・・・。」


病状の経過を確認したはノートにメモを取りながら呟いた。


「やっぱり、リドルがいないと、厳しい、なぁ・・・」


今となっては何故怒っていたのかを思い出すのも数秒時間が要する程、怒りは薄れている。
それでも此処に留まっているのは、唯の意地だ。
恥を忍んで、リドルに一緒に治療してもらうよう頼むか、それとも自力で何とかするか。
迷いながらも、は刑部を見つめた。


「如何かしたか?」
「んー、助っ人を、呼んでこようか迷ってる。」
「助っ人、とな?」


2人の会話を聞いていた三成はすぐに誰のことか分かった。
半兵衛が話していた、彼女の保護者のことだ。
真田の元にいる彼とはおいおい話をする事が出来ないが、こちらに呼べば真田の元に留まる真意を聞くことが出来る。
そう思った三成の口はすぐに開いた。


「その助っ人とやらを呼べ。私も聞きたい事がある。」


急に口を開いた三成が、しかも連れて来いというのだからは驚いて三成を見た。


「・・・何だ。」
「ううん、唯、三成さんが幸村さんのところにいるリドルを呼んで来いって言うのが意外でびっくりしてる。」


アレだけ真田のところに厄介になる事に苦言を呈していた彼が既にそちらにいるリドルを連れて来い等と言う筈が無いと思っていたはぱちぱちと目を瞬かせた。
実際、普通であればそんな間者紛いの奴を入れるな、と言うのがいつもの自分なだけに、三成はこほん、と咳払いをする。


「そうは言っても、刑部の病を完治させるためには仕方が無い。」


もっともらしい言葉に刑部は思わず噴出した。既にの薬によって刑部の病の進行は止まり、皮膚の症状は改善しつつある。
神経症の後遺症については、これだけの薬を彼女が作ったのだから時間をかければ恐らく作れるだろう。
その薬の作成を早めるとしても、「協力を仰げ」と言えば十分というのに、彼はわざわざ連れて来るように言った。


(やれ、三成は随分と気に入っておる)


低く笑い続ける刑部は例の如く三成に怒鳴られた。























右近は甲斐の城下町の外れにある茶屋で何かを待っていた。
彼の主の話ではそろそろ此処に現れても良い頃。


「・・・」


店の軒先に現れた黒猫に、右近は立ち上がった。
じっと彼の姿を見ていた黒猫は右近が店から出てくるとその肩に飛び乗り、背中の風呂敷に潜り込んだ。

そして右近は足早にその場を去る。それを見届けた佐助はため息を付いて頬を掻くと、彼もまた姿を消した。


の調子はどうだい?」


背中からくぐもった声が聞こえてきて右近は走る足をそのままに顔を少し後ろに向けて答える。


「ご息災です。この前半兵衛様の髪の毛を取ろうとして怒られていましたよ。」
「そういえばそんな事が手紙に書いてあった。」


半兵衛の髪からは結局何も作れなかったと聞いているが、三成の髪の毛を使って作られたものについては酷く興味がある。
まずあちらへ着いたら髪の毛を毟り取ってやろうとリドルは低く笑った。


「あぁ、その前に増毛剤でも作っておこう。」


その言葉から、彼が何をたくらんでいるのか分かった右近は、三成に同情した。
三成がから逃げ回っている姿を度々目撃している身としては、肝が冷える話だ。


しかしながら、三成や刑部はこの面妖な猫を目の前にどのような反応をするのか。
それが少し楽しみで右近の口の端にも微かに笑みが現れた。


「しかし、本当にマグルは不便だね。魔法を使えば一瞬で移動できるのに・・・。」
「私共からすれば、マホウは反則ですよ。」


一瞬で甲斐から半兵衛の屋敷まで移動してくるその魔法の存在を聞いた時は何の冗談かと思った。
そんなものがあれば、一瞬のうちに他国に攻め入ることも容易。だが、それを考えて右近は頭を振った。
彼らは軍事的に介入することを放棄しているし、その意思は半兵衛にも無い。
忍である右近としては半兵衛に従うだけだ。


「・・それは良い心がけだね。」


開心術で右近の心の内を覗いていたリドルは心底感心したように言った。
まさか心の中を覗き見られているとは露ほども思わない右近は首を傾げるだけだ。























半兵衛の屋敷に着くと、すぐに右近はリドルをつれて半兵衛の元へ向かった。
右近の声に筆を動かしていた手を止めた半兵衛は顔を上げる。


「やぁ、久しぶりだね。リドル。」


すたり、と右近の肩から降りたリドルは机の上に飛び乗ると半兵衛を見上げた。


が迷惑をかけたね。」
「いや、迷惑という程の事は無いさ。大谷君の奇病の治療にも当たって貰ってるし・・・」
「そう、それだ。僕も是非彼の病状を確認したい。ハンセン病の治療薬なんて作る機会が無いからね。あぁ、あと、石田三成の髪の毛にも興味がある。育毛剤を渡すから毟り取っても良いだろう?」


確かに刑部の治療と銘打って来てもらったものの、ここまでのことを置いておいて、そちらに興味を示されると怯む。
おまけに三成の髪にも食いついていてどうしたものかと半兵衛は嘆息した。


「大谷君の件は願っても無い申し出だが、三成君についてはどうかな。彼が許可すれば良いが。」
「許可するんじゃない、許可させるんだよ、半兵衛。」


自分に命令しろ、ということだろう。確かに半兵衛が命じれば三成は髪を差し出すだろうが、同じ男として薬目的に髪をこうも狙われるのには同情してしまう。


「考えておくよ。さぁ、今の時間は薬を作っている頃だ。案内しよう。」


そう言いながら右近に目配せすると、彼は部屋から音も無く消えた。
障子を開いて足を踏み出すとその後ろをリドルがついていく。


「ここからの部屋まで一帯は事情を知る忍以外居ない。話しても問題は無いよ。」
「へぇ、道理でちらほらと妙な噂を耳にした訳だ。君が少女を囲っているってね。」


やはり噂になっているのか、と半兵衛は苦笑した。しかし、そんな噂は別段痛くは無い。半兵衛の地位は最早足を掬うことが不可能なくらい確固としたものであるし、妻も居なければ今後暫く娶るつもりも無い。


「言いたい奴には言わせておけば良いさ。」


その声色から本当に気にしていないことが分かる。からかい甲斐の無い奴だ、と内心呟きながらもリドルは久方ぶりの半兵衛の屋敷の様子に変わりが無いことをなんとなく目の端に収めながら足を進めた。


、入るよ。」


一言声を掛けて障子を開くと、そこには鍋をかき混ぜているの姿があった。
リドルは何も言わずに台の上に飛び乗ると鍋の中をちらりと見た後、これから投入されるであろう物体に視線を走らせる。


「末端麻痺の障碍を取る薬だね。」
「あ、リドル、来たんだ。」


声の主を確認せずに言葉を返して、は台の上の草を鍋に入れた。


「相変わらず酷い色だね。」


未だにたまにの薬を飲んでいる身としては条件反射でぞっとする色だ。
草を入れた途端ぼん、と煙が一瞬だけあがり、次の瞬間には鍋の中の色は乳白色から黄緑色に変わっている。


「まだ僕はその大谷とやらの症状を確認してないからなんとも言えないが、重度の麻痺ならこれでうまくいくかは微妙だね。」
「うん。だからリドルの助言が欲しくて・・・」


言いながら最後の材料を投入しては火を止めた。
そして何度かかき混ぜて鍋を魔法で冷やし始める。


「呆れたな。。君は家出するほどの喧嘩をしてたんじゃなかったのかい?」


薬を作っている間に関係ない話をすると嫌がるの性格を考慮して黙っていた半兵衛はようやく薬が出来たのを見て取って口を開いた。


「・・・うん。でも、何かどうでも良くなっちゃった。だって、やっぱりリドルの助言が無いと私って半人前だし、助けられてる自覚はあったけど、私が思ってる以上にリドルが居ないと駄目みたいだし。」


言葉だけ見てみると愛の告白のようだが、が言うとそうは思えないのが不思議だ(実際そういう類のものではないのは明らかだが)。


「だから、急に飛び出してごめん。大谷さんの治療が終ったら一緒に戻るよ。」


最後に、リドルの真っ赤な瞳を見ると、彼はそっとまぶたを閉じてからゆっくりと開いた。


「・・・あの状況じゃぁ言わずに連れて行くのが最善だったからそこまで悪いとは思ってないけど、僕の本体をもう少し説得しても良かったかもしれない。」


ため息をついて、リドルは尻尾を揺らした。つややかな黒い毛並みは光を反射して波打つ。


「まぁ、あっちに戻るのは急いでる訳じゃない。僕も石田三成の毛髪には興味はあるし、少し研究して帰ろう。」


結局そっちの話になるのか、と半兵衛は心の中で突っ込んだが、もそれに同調したものだから目を見張る。


「そうそう!三成さんの髪の毛!」
「爪や皮膚も使ってみたいな。」
「確かに!そうは決まれば早速三成さんのところに・・」


そういいかけた所で、ばたばたと足音が響く。
この部屋に慌ててやってくる人物と言えば1人しか居ない。話題にあがっている石田三成だ。
あぁ、三成君。君は何て間が悪い男なんだ。と半兵衛が嘆くのを他所に、襖がすぱーんと開いた。


!貴様、保護者が着たらすぐに私の所に来るようにと言っただろうが・・・ん?」


そう叫んで自分に向けられる2対の爛々とした瞳と、1対の哀れむような瞳に訝しげに三成は眉を寄せた。


「ふぅん、君が石田三成かい?」
「・・・ね、ねねね、猫が!」


ゆっくりと口を開いたリドルに対し、分かりやすく同様した三成はリドルを凝視した。
そしてひくり、と頬を引きつらせる。
リドルはにやり、とゆっくり口の端を持ち上げ、はいつぞやのように鋏を出して自分の頭を見ているのだから。


、数日前に髪を切ったばかりだろうが!」
「今日は爪と皮膚も頂こうと思ってね。さて、痛いのと痛くないのどちらがお好みだい?あぁ、勿論、暴れるなら容赦なく痛いので行くけれど・・・」


すたり、と台から降りたリドルがゆっくりと笑いながら三成に向かって歩き出す。


「・・・三成君、大人しくしていたほうが身の為かもしれないよ。」


半兵衛がかけてあげられる言葉はそれしか無かった。


<<>>

2013.9.29 執筆