Dreaming

君を照らす光 #4



俺がと出会ったのは小学生の時に出席した、何かのパーティーでだ。
幼い頃からこういう場に連れて来られていた俺は、親父が誰かと話し始めたのを見て、何か食べようと食事が並べられている所へ向かった。

俺くらいの歳の奴は、そこまで多くは無い。でも、着物を来た俺と同じくらいのあいつは当時、物珍しくて。


(何だ?)


しかも、の周りには20代であろう女が何人かいて、歪んだ笑いを顔に浮かべながらに何かを言っているようだったから、俺は気になってそっちに向かった。
その女達を遠巻きに見つめる大人は何ともいえない表情をしていて、尚更会話の内容が気になった。


「雲雀さんも、あの若さでこんな子どもの面倒を見る羽目になって、大変でしょうねぇ。」
「しかも、貴方のお母様、自殺でしょ?」


酔っているのか顔が赤い女達はそう言ってくすくすと笑った。
当時の俺は、そんな平気で傷つける言葉をこんなパーティーに来てるような奴が小さな子どもに投げつけるだなんて思っていなかったからショックだった。
思わず、近寄る足が駆け足になる。


「ジサツ?」
「あ、難しい言葉だったかしら。自殺っていうのはね、自分で自分を殺すこ・・」
「お前ら、何てこと言うんだよ!」


少女に顔を近づけて言う女の姿に、かっと頭に血が上る。
俺は、の肩を掴んで俺の後ろに立たせると、女を睨み上げた。


「恥ずかしくないのか!良い歳した大人が、寄ってたかって子どもを苛めて!」


ついで、俺は遠巻きに見ていた奴らに視線を向けた。


「お前らも、止めろよ!」


女達は騒ぎになり始めたのを感じて、そそくさとその場を去っていった。それは遠巻きにみていた奴らも一緒で、俺達の周りにぽっかり空間が開く。


「お前も、何か言い返せ。それか回りに助けを・・」


そういいかけて、俺は言葉が続かなかった。
俺を見る、少女の表情が無かったからだ。
あんなことを言われて、泣いているかと思えばそうでも無い。ただ、無表情だったんだ。


「お、おい、大丈夫かよ。」
「・・・何が?」
「何がって、」


こんな少女を、俺は見た事が無かった。


「・・何でもねぇ。おい、お前のホゴシャはどこだ。」
「・・あっちに、いたと思う。」


俺は少女の手を掴んで指を指した方へ歩き始めた。
そのとき、少女が反射的に手を振り払おうとしたが構わずにきつく握り締めると、彼女は諦めたように手に力を入れるのをやめた。その代わり、握り返しもしない。
周りがひそひそと俺らを見て話している。


(何なんだよ、あいつら。俺らは見世物じゃねぇ)


静かに怒っていると、それに気付いたのか、少女は不思議そうに俺を見た。
何で、コイツは何も思っていないんだろう。
歩いていると、親父と二人の若い男が話しているのが見えた。
1人は金髪で、日本人らしくない顔立ちをしていて、1人は黒髪。金髪の男よりももっと若い気がする。


「お、。さっそく友達ができたか?」


金髪の男は俺達が目に入ったのか、にっこりと笑うとひらひらと手を振った。
その能天気な様子が酷く癪に障って、俺は歩く速さを早めると、男に向かって口を開いた。


「お前、コイツのホゴシャなら目、離すなよ!女達に寄ってたかって苛められてたんだぞ!」


そう言うと、金髪の男も、その横に立っていた黒髪の男も、そして正面にいた俺の親父までもびっくりしたように目を丸くした。


「へぇ、寄ってたかって?それ、どれ?」


いつのまに俺の正面に来たのか。黒髪の男は無表情だった顔に嗜虐的な笑みを浮かべて俺を見下ろして言った。ぞくり、と悪寒が走ったのを覚えている。


「・・・あ、あの3人組み・・。」


言われるままきょろきょろと周りを見回すと、先ほどの3人が見えて、指を指すと、男はそちらへ向かって歩き出した。
それを見ていた金髪の男はしゃがみ込むとの頭に手を置く。


「悪かったな。。1人にして。」
「ううん。大丈夫。」
「大丈夫じゃねぇだろ!」


相変わらず無表情で首を横にふる彼女に苛々して俺は思わず怒鳴った。


「まぁまぁ坊主。悪ぃけど、もうちょっとのこと見ててくれねぇか?あいつ、1人で行かせるとどうなるか分からねぇからさ。」


視線の先には先ほどの黒髪の男。
あの男の鋭い目を思い出した俺は、少し詰まったあと、頷いた。


「ありがとな!」


そう言って、金髪の男は走って行ってしまった。
彼らが、彼女の保護者なのだろうか。金髪なら、無くもなさそうだが、黒髪の男は若すぎる。
そう考えた時、先ほど言っていた女の言葉を思い出した。


”貴方のお母様、自殺でしょ?”


あの二人は本当の親じゃ無いのかもしれない。


「景吾、立派な紳士、とは言い難いが、女性を助けたとは感心だな。」
「親父・・」


親父はにこにこと笑って俺を見下ろしていた。


「ケイゴ?」
「・・俺の名前だ。お前は、だったな。」
「うん。」


親父はしゃがみ込むと、に視線を合わせた。


「私は跡部謙吾。さぁ、何かデザートでも食べるかい?」


は近くに親父が来たのにびっくりしたのか慌てて俺の後ろに隠れた。


「おや。」
「どうしたんだよ。」


困ったように親父は俺の後ろにいるを見る。


「あ、ごめんなさい。」


微かに俺の服を掴むの手が震えていることに気付く。


「いや、気にしてないさ。景吾、ちゃんと一緒にいてあげなさい。私は2人と話の続きがあるからね。」


親父の視線の先には2人の姿。
俺は頷くと、の手を取ってデザートが置いてある方へ向かった。























「しかし、景吾君、すげーな。」


取引の話をしていると、ディーノさんがそう言って、デザートを食べている景吾とちゃんに視線を向けた。


は対人恐怖症でさ、最初は頭も撫でさせてくれなかったんだよ。」


はは、と苦笑するディーノさんに相槌を打つ。
日本屈指の財団である雲雀と、イタリアで力を持つマフィア。この2人がこのパーティーに来たのは突然の事だった。
雲雀の家については小耳に挟んだ程度だが、様々な事情があり、今は目の前の恭弥君が実権を握っている。


「今日も、ちっとは人がいるところに慣れさせようと思って連れてきたんだが、目を離したのは不味かったな。」


バツが悪そうに笑いながら頭を掻くディーノさんの横では恭弥君が不機嫌そうに眉を寄せている。


「貴方がのことも考えずにあっちこっち僕を連れて回るからだ。」
「仕方ねぇだろ?お前、こういう場にあんま来ねぇんだから。ツナも困ってたぜ。日本でのパイプ役になって欲しいのに、ってよ。」
「知らないよ。そんなの。」


恭弥君とは個人的に会う機会は何回かあったが、パーティーで見かけたのは今日が2回目だった筈だ。
マフィアとの繋がりは社会的に見れば不味いだろうが、彼らの勢力に加え、雲雀の財団は無視できるものではない。
それに、彼らの場合は上手く隠れ蓑を用意していて表にばれるようなヘマはしないだろう。


「あ、イタリアに帰る前に、景吾君も一緒に飯行かねぇか?」


願っても無い申し出に、私は頷き、恭弥君は不服そうに目を細めて見せた。


「何、考えてるの。」
「何って、ほら、が他人に懐くなんて珍しいだろ?お前も仕事で家を空けることが多い。に親しい友達が出来れば少しは安心じゃねぇか。」
「・・・僕は人と群れる趣味は無い。」
「またお前は・・・」


呆れたように言って、ディーノさんは笑顔で私を見た。


「つーことだから、一週間以内に空いてる日があれば教えてくれ。」


そう言って手渡された名刺。ディーノさんとは今日が初対面だが、まさかここで名刺を貰えるとは思っていなかった。(勿論、形式上のものは貰っているが、それで直接彼にコンタクトを取ることはまず出来なかっただろう)


「分かりました。」



















それから、は俺の家で度々預かる事になった。
最初、恭弥さんは渋ったらしいが、ディーノさんが強く勧めたらしい。
の為にも同年代の心を許せる友人を作ったほうが良い、と。


「今日は、何のお話?」


は、幼い頃に読み聞かせて貰うような話、たとえば白雪姫やオオカミと三匹の豚、鶴の恩返しといったものを知らなかった。
だから、寝る前に俺が絵本を持って聞かせてやるのは日課になっていた。


「今日はそうだな・・人魚姫。」


同じベッドに入って、サイドランプだけを灯す。
同学年の女が、好きだと言っているのを偶然聞いた事がある。
やっぱり女はこういう話が好きなんだろう。


「人魚姫は、海に身を投げて、泡に姿を変えた。そして、空気の精霊となって天国へ登っていきました。」


読み終えて、本を閉じると、は布団の中へ潜っていった。


「おい、どうしたんだよ。」


慌てて俺も布団に潜り込むと、は目を瞑って何か考えているようだった。


?」
「人魚姫は、かわいそうだね。」
「ん?あぁ、まぁ、そうだな。」


急に何故そんな事を言い始めたのか。それが分かったのは、その夜、深夜の事だった。


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2013.12.12 執筆