Dreaming

君を照らす光 #3



俺の携帯が震えたのは、文化祭の準備で周りが騒がしい時分だった。
登録された番号ではないが、固定電話からのコールに、不思議に思いながらも電話に出ると、女性の声。


『青春学園の坂木と申しますが、跡部さん、でしょうか。』
「はい。跡部ですが・・。」


青春学園と聞いて連想するのは、テニス部と。だが、テニス関連だったら榊監督に話が行くはず。


『雲雀さんなんですが、高熱で今保健室で休んでいるんです。保護者の方に連絡しても繋がらないので、誰か迎えに来れる方を、と雲雀さんに尋ねたところ、こちらの番号を教えられたものですから。』
が?」


予想通り、用件はについてだったが、あいつが高熱を出して不特定多数の人間が来る保健室で休むなんて、有り得ない。ということは、相当具合が悪いということだ。


「すぐ、迎えに行きます。」
『よろしくお願いします。・・・あの、失礼ですが、随分声がお若いようですが、雲雀さんとはどういう間柄でしょうか。』


相手が疑問に思うのも仕方が無い。恭弥さんの代わりに俺に連絡したとしたら、俺はの保護者に順ずる存在であると考えるのが普通だ。間柄もはっきりしない相手に生徒を預けて何かあったら責任問題になるだろう。


「私は、氷帝学園の跡部景吾と申します。彼女の保護者は幼い頃から仕事で長期間家を空ける事が多く、その間懇意にしていた我が家で預かっていたんですが、血縁関係はありません。私の身分証明については学生証を持参しますので、不安でしたら学校に問い合わせて頂ければと思います。」
『そう、ですか・・・保護者の方はいつお戻りになるのかご存知ですか?』
「来月、と伺っています。場所はイタリアですので、連絡を取るのは難しいかと。」


そう言うと、彼女は考え込むように無言になった。恐らく、恭弥さんに連絡して確認を取っておきたかったのだろう。
だが、時差を考えても、そして彼の仕事内容を考えても電話が繋がる可能性は限りなく低い。


『分かりました。到着する頃にまたご連絡下さい。』
「分かりました。」


電話を切ると、横で聞いていた忍足が興味深そうに俺を見ているのに気付いた。


「珍しいなぁ。自分がわざわざ迎えに行くって。妹おった?」
「違ぇよ。幼馴染だ。」


そう言いながら俺は柏木の連絡先を電話帳から探す。


「あぁ、俺だ。が倒れたらしい。迎えに行くから氷帝まですぐ車を回してくれ。」


了承の声を聞いて電話を切ると、自分の席に向かって荷物を纏める。
家から氷帝までそう離れていない。10分もせずに到着するだろう。
担任に話をしに行って向かえば丁度良い時間になる。


「ほー、そないに大事にしとる幼馴染がおったとは意外やな。」
「放っとけ。あいつの状態次第だが、部活にも出れるか怪しい。頼んだぞ。」
「その代わり今度その子紹介してや。」


へらへらした顔でそう言う忍足を俺はぎろりと睨み付けた。
あいつに、興味本位で人が近づくなんぞ、許せるわけがねぇ。


「おっと、怖い怖い。」


忍足は両手を上げて降参するようなポーズを取ると、近くで作業していた滋郎のもとへ行ってしまった。






















青学につくと、校門前で車を停めておくように柏木に伝え、俺は敷地内に入った。
授業中ということがあってか、校舎内に入ると静かだ。
入ってすぐある事務室に立ち寄り、事情を説明すると、すぐに保健室までの道を教えてくれた。


「氷帝学園の跡部景吾です。雲雀さんを迎えに来ました。」


ドアを開けて、そう言うと、正面の保険医がいつも使っているだろう椅子にその姿はなかったが、右側のベッドが並んでいる場所に人影が見える。
すぐにそこから1人の女子生徒(怪我をしているのか、頬にガーゼをつけている)が顔を覗かせて、俺を見ると、驚いたように目を丸くした。


「跡部さん?」


他校に俺の事をしっている奴がいるのは不思議ではない。が、それと同時にもし彼女が俺のファンだとしたら少々面倒だ。


「・・・そうだが、誰だ?」
「あ、青学のテニス部のマネージャーの原口です。」


言われて、俺は彼女の顔をまじまじと見た。
青学にマネージャーがいるのは知っているし、試合の時に見かけたこともあるが、顔までは覚えていない。


「あぁ、そういや、見かけたことがある気がするな・・。」


適当なことを言って、足を進めると、ベッドにはが青白い顔で座っていてその横には白衣を着た保険医の女性が立っている。
俺は彼女に頭を下げると、に近づいた。
遠くからは分からなかったが、彼女の頬には水滴がついている。何かされたのか、それとも、何か嫌な過去でも思い出したのか。


「・・・何情けねぇ顔してやがる。」
「え?」


頬に手を伸ばしてその水滴を拭ってやる。良く分からない、という顔をしているから、コイツはきっと自分が泣いていたことにも気付いていないのだろう。


「何かあれば直ぐ、連絡しろっつっただろ。バカ。」
「あー、いや。別に何も無い筈なんだけど。」


そんな訳があるはずがない。だなんて誰が視ても明らかだ。
それでも、きっと彼女は自分では気付いていないのだろう。それとも、人に助けを求めるタイミングが分からないのかもしれない。

俺はため息をつくと、保険医の女性を振り返った。


「学生証です。必要でしたら、学校へ連絡して確認を取ってください。」
「あぁ、ありがとう。・・・原口さん、彼とは知り合い?」


ポケットに入れていた学生証を手渡すと、それを開きながら彼女は原口に尋ねた。


「はい。氷帝学園のテニス部部長の跡部さんです。あと、生徒会長もされている、と聞いていますが・・。」
「そう。」


学生証を閉じて、保険医は俺に差し出した。


「じゃぁ、雲雀さんをよろしくね。」
「はい。」


に立つように促すと、彼女はベッドから降りたが、すぐにふらりとベッドに手をついた。


「あ、彼女、まだ熱が38度もあるのよ。」
「そうですか。」


言われて、俺は迷わず彼女を抱え上げた。
ここまで彼女が衰弱しているのは珍しい。何があったのか、気になるが今ここでそれを問い詰める気は無い。


「何か学校から連絡事項があれば私の携帯に連絡を下さい。」
「分かったわ。」


もう一度、彼女に頭を下げて足を踏み出す。
いつもなら、下ろせと騒ぐ彼女も自分の状態が分かっているのか何も言わないから静かなもんだ。


「跡部さん、これ。」


ベッドを仕切っているカーテンのレールがある場所を抜けたところで待っていた原口はバッグを差し出した。
のか。


「悪ぃな。」


を片手で支えなおしながら受け取ると、バッグに腕を通して彼女の身体に添えた。
原口は見送りたそうにしていたが、それを視線で封じて、俺は保健室を出た。


「・・・ごめん。」


ぽつり、と耳元で囁く声。


「そりゃぁ、何に対してだ?こうなるまで俺に何も言わなかったことについてか?それとも迎えに来たことについてか?」
「・・・・両方。」


ぐず、と鼻をすする音がした。


「言っただろ。俺には、全て話せって。」
「うん。」


コイツが泣くところを見るのは久しぶりだ。昔は、よく泣いていたもんだが。


「あと、迎えに来たことについては謝るな。お前の心配するのは俺の専売特許だからな。」


靴を履き替えて、外に出る。そこまで何人かとすれ違って変な目で見られたが気にはしていない。
ただ、このまま知り合いに会わずに行ければ良いと思ったのに、校門までの道で向こうから走ってくる1人の男が目に入った。


「跡部?」
「よぉ、手塚。」


他の騒がしい奴じゃなくて良かったが、俺はの顔が見えないように首に彼女の顔を押し付けた。


「何をしている。その生徒は・・」
「保護者の代わりに体調の悪い幼馴染を迎えに来ただけだ。」
「そうか。」


体育の授業をしているのだろう。体操服に身を包む手塚はいつもと違ってみえる。
そして、そのままその場を離れようとするのに、背後から走ってくる音がして俺は嫌な予感を覚えた。


「手塚ー!って、あれ、跡部?」
「・・・次は菊丸か・・・。悪いが先に行く。」
「あ、あぁ。」


手塚はまだ良いが、菊丸は抱えている生徒が誰かとか、関係性とか色々聞いてきそうだ。
俺は手塚にもう行くと伝えると、足早にその場を離れた。
後ろでは走ってきた菊丸が手塚に何か言っているのが聞こえる。


「景吾、顔が広いね。」
「あぁ?そりゃ中学でテニスやってりゃ顔くらい覚える。あいつら、テニス部だからな。」
「そうなんだ。」


そうこう言っている間に校門にたどり着いた。
すぐ傍に車を停めていた柏木は俺達に気が着くと、駆け寄ってきての荷物を手にとって、後部座席のドアを開けてくれる。


「柏木さんまで、すみません。」
「いいえ、気になさらないで下さい。」


ほほえんで返す柏木を尻目にを抱えたまま車に乗り込むと彼女の頭を軽く叩く。


「いたっ」
「謝るなっつっただろ。それくらいなら礼を言え。」
「・・・分かった。」


直ぐに車が走り始めて俺の家へと向かう。
の額に手をやると、相変わらず熱くて、俺はすぐに医者の手配をした。
横ではいつの間にかが眠っていてこくりこくりと船を漕いでいる。


「景吾様、さんの具合は・・」
「久しぶりだな。ここまで悪いのは。」


の身体を倒させて膝の上に頭を乗せる。


「悪いが数日こいつの面倒を頼む。触れられて嫌がらないのは俺かお前くらいだからな。」
「かしこまりました。」


顔にかかった髪の毛をよけてやると、彼女は小さく眉を寄せた。
昔は、よく、彼女は熱をだして寝込んだ。


”女の人が、私を見つめるの。”


その”女の人”が彼女の母親だと分かった・・というか彼女が思い出したのは彼女と知り合ってから一年ほどたった頃だったか。


「お前は、いつまで母親に縛られてるんだ。」


目を閉じると、幼い頃のが浮かんだ。


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2013.12.12 執筆