私は景吾に連れられるまま近くのカフェに来ていた。
ここのテラス席がお気に入りなのに、やはりこの時期はストーブがあったとしても室内が良い。
「、高等部は氷帝に来い。」
運ばれてきたジェラートとカフェラテに手をのばそうとした時、唐突に言われて私は首を傾げた。
「なに、急に。」
「急にじゃねぇよ。ずっと考えてた事だ。」
スプーンですくったジェラートを口にふくむとさらさらと溶けて甘酸っぱい香りが口の中に広がる。
冬に、温かい室内で食べるジェラートは格別だと思う。
「氷帝、か。」
氷帝の中等部に入らずに青学に行くと言った時、景吾は渋い顔をしていた。
それは単純にわざわざ何で氷帝の初等部にいるにもかかわらず外部に行くのかって思ったからかもしれないし、何故私が青学に行くと言い出したのか、何となくわかったからかもしれない。
青学に行ったのは、遠い記憶の母親を辿りたかったからだ。
別にだからお母さんの事が何か分かる訳でも、何かが起こる訳でも無かったし、今ではそれも理解している。
ただ、あまりにも少なかったお母さんとの時間をどうにか補えるんじゃないかって。実体の無い影を追うような、そんな感じだったんじゃないかって思う。
「・・・うん。」
頭のなかで結論を出すよりも早く、頷いた。
元々は高校も母親と同じ所に行こうと思っていたし、景吾が何も言わなかったらそのまま行っていたと思う。
「ほんとう、か?」
びっくりした顔をした景吾に、もう一度頷いてみせると、彼はほっと息を吐き出した。
「別に、学校に拘りは無いから。氷帝の皆と高校生活を送るのも悪くないと思う。」
「偉そうな言い方だな。」
「景吾には言われたくない。」
憎まれ口を叩きながらも景吾の表情は柔らかい。
「中学に行く時は、俺が何を言っても聞かなかった癖に、今回はあっさりと受け入れるんだな。」
「・・・青学に行くって押し通した事、後悔はしてないよ。でも、やっぱり景吾の近くが安心するし。」
体調を崩した時には迎えに来てもらうし、景吾の家から学校通う事も多いし、結局私は景吾離れが出来ないみたいだし、それで良いんだって色んな人から言われてきたし。
本当に、私はこの人に助けられて生きているんだとしみじみと思って景吾の顔を見つめた。
「どうかしたか?」
珍しく、狼狽えている。
「景吾こそ。珍しいね、何か、照れてる?」
尋ねると、彼は大きくため息を付いて、さっさと食べろとジェラートを勧めてきた。
が、高校は氷帝の高等部に入学すると伝えた時、真っ先に喜んだのは鳳とジローだった。
最近はと会う頻度が増えたとは言え、当然幼稚舎の時に比べるとまだまだ少ない。
「ちゅーことは、ようやくちゃんとくっついたんか。」
「あーん?」
忍足の言葉にそうなのか、そうなのかとジローと鳳そしてその他がそわそわし始めるが、当然ながらそんなことは無い。
黙ってじろりと睨みつけてやれば、忍足はわざとらしくため息をついた。
「氷帝のキングがこない奥手やったとはなぁ・・。」
「まぁ、別に跡部とちゃんが付き合っても別に何も変わらないCー」
「いやそれは違うで。今まで積もりに積もったこの跡部の思いがやなぁ、ようやく彼氏という座を手に入れることにより噴出し・・・」
「何を下らねぇこと言ってやがる。」
がん、と忍足の座っている椅子を蹴って黙らせるも、忍足の目は未だ楽しそうににやにやとしている。
「跡部ものんびりしとると、他の男にかっさらわれてまうで。最近よう笑うようになったし、前よりは話しかけやすくなったやろ?」
もう一発今度は頭に落としてやろうかと思っていると、聞き捨てならない言葉に、俺は動きを止めた。
「確かに、前は忍足さんみたいな、付き合いの浅い相手にはにこりともしなかったのに、最近、笑うようになりましたよね。」
「・・・なぁ、鳳、泣いてええ?」
「えっ何でですか!?」
笑い声が遠くに聞こえる。
確かに盲点だった。
今までは俺ら以外にはとんと興味も無く、笑顔も無く、不必要に関わろうとしなかったのが、今は以前より社交的になっている。勿論、喜ばしい事だ。
だが、それによって余計な虫が寄ってこないとも言い切れない。
「ってまぁ、言ってみたけど、ちゃんなら並大抵の男にはなびかんやろうけどな。」
「・・・絶対とは言い切れねぇだろ。」
可能性が限りなく0に近いのは分かっている。だが、0では無い。
「でもよ、今更何て言うんだ?お前ら、もう何年も家族みたいに過ごしてるだろ?」
宍戸の言葉が重く突き刺さる。
俺がいまさらどうこう言い出したからと言って、との関係が崩れる程、ヤワなものではないとは自負している。
だが、それだけに、それだけ深く固い関係であるが故に、もう既には、俺のことを家族として認識しているのではいかと思う。
「言い出すきっかけは難しいですよね、確かに。」
「まぁまぁ、そんな時はこの恋愛マスター、忍足様に任せろっちゅー話や!」
「え、任せられるんですか?」
「・・・鳳、お前さっきから何やねん。俺に恨みでもあるんか!」
「うるせぇぞ忍足。」
喚く忍足を叱咤して、俺は頭を抱えた。
生徒会の仕事も勉強も習い事もここまで頭を抱える事は滅多にない。
それなのに、の事になるとすぐにこれだ。
だが、だからと言ってを諦める気は毛頭も無い。
誰よりもを思って、理解している奴は俺だ。他の誰にも負ける気はしねぇ。
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