景吾がに積年の思いを告げると決心した矢先の事だった。
がイタリアへ渡る事になったのは。
本当に、突然の出来事だった。
「ちゃん、途中まで一緒行こうよ。」
原口に誘われて、テニスコートの脇にある部室に行くまでの短い時間ではあるが、彼女と共に、ついでに廊下ですれ違った越前と桃城も一緒に歩いていた時。
靴を履き替えて顔を上げた所で、校門の方から見覚えのあるシルエットが近づいてくると思った。
「雲雀?」
話を急に止めたに、桃城は話しかけながら、彼女の視線の先を見た。
「・・知り合いッスか?」
「あれってもしかして・・」
唯一正月恭弥が日本に戻っている時に少しだけ会ったことのある原口はそう呟いて、目が合ったのか会釈をした。
「恭弥さん、どうしたのいきなり。」
少し足早に恭弥に駆け寄ると、彼はその言葉を無視して口を開いた。
「明日からイタリアだから。」
「え?恭弥さんが?」
「そうだけど、君もだ。」
は本当に珍しく、驚いた顔をした。
「手続きは終わってる。ほら、何突っ立ってんの。行くよ。」
「・・・え?」
ほらほら、とぐいぐい引っ張られていくを見送って、3人は顔を見合わせた。
「明日からイタリア旅行ってことかな。」
首を傾げながら呟いた原口だったが、明日、彼女は担当教師の口から突如がイタリアに留学したという話を聞くことになる。
イタリアにある日本人学校に入学させられるまではあっという間だった。
あの後家に帰ったら既に荷造りは済ませられていて、忘れ物無い?まぁあっても後で取ってこさせれば良いし、行こうか。とすぐさまヘリに乗り込み、空港からプライベートジェット機に移ってイタリアまで十数時間。
「恭弥さん・・・、流石に、私でも怒るよ。」
「心配しなくても高校は日本に戻すさ。此処数年碌に一緒に居なかったんだから、1年くらい僕と一緒に居てくれたって良いだろ?」
彼らしくない物言いに、少し怒りをにじませていたのに、はそれを引っ込めた。
「それに、あんな平和ボケした所にずっと居たんじゃ、何か起こっても対処しきれないダメな大人になるからね。」
「・・・嫌な予感がする。」
「簡単な仕事は手伝って貰うよ。あと何人か知り合いに君を扱いてもらうように頼んでおいたから。」
ああ、やっぱり嫌な予感が当たった。
「さ、早く着替えて。これから跳ね馬の所に行かないといけないからね。」
そんなこと言われたって、荷解きも全くせずに、渡された制服に着替えて学校の先生と顔合わせをしてきたばっかり。着替える服なんて見当たらない。(制服に着替える前着ていた服は既に無くなっていた)
「クローゼットの中にいくらか入ってるから。じゃぁ10分後ね。」
あぁ、ちょっと、待って。そう言う前に部屋から出て行ってしまった恭弥に、残されたはため息をついた。
折角周りの人とも打ち解けてきて、色々な事が解決して、まんざらでも無い環境にいたと思ったらこれだ。
流石に文句を言ってやろうと思ったのに、一瞬しおらしい恭弥をみてしまったことで、そんな気はすっかり失せてしまった。
(でも、景吾とかジロー君とか桃城君とか越前君とか・・・皆びっくりしてる、かな。)
もう一度ため息をついてクローゼットを開けると、いくらかどころかたくさん服が詰め込まれてあって、唖然とする。
なんとか一枚のワンピースを取り出して着替えると慌てて外に出た。
「クローゼットの中、凄い量だったけど・・」
「あぁ、が来るって話したら跳ね馬とか六道とかが送りつけてきたんだよ。いらないって言ったのに。」
「・・・そっか。」
じ、と恭弥の視線が刺さる。
「でもそれは僕が選んだヤツだ。」
上機嫌な声に顔をあげると、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。
夕方。震えた携帯に恭弥席を立った。
表示されているのは、連絡が来るだろうと思っていた相手。
にやりと笑いながら通話ボタンを押す。
「やぁ。どうかしたかい?」
『どうかした、じゃないですよ。聞きましたよ。を急にイタリアに連れて行ったって。しかも、そちらの中学に転入まで・・。』
言葉の節々に刺を感じる。
「の為だよ。あの子はまだ未熟だからね。」
『未熟・・・恭弥さんは、を貴方の仕事に関わらせるつもりですか?』
「そうは言ってない。でも、僕の娘である以上、いつ飛び火するとも分からない。」
そう答えると、電話の向こうは押し黙った。
「それに、このまますんなりと君にあの子を渡すのも、癪だしね。」
『それが本音でしょう。』
「まぁね。だって、面白くないだろう?数年イタリアでの拘束時間が長くて、は君にべったりだったからね。」
くすくすと笑う声を聞きながら景吾はため息をついた。
はなから簡単にとどうにかなるとは思っていなかった。ただ、恭弥がここまでの行動を起こしてくるのは予想外だった。
「でも、さっき言ったのは嘘じゃない。1人でも必要最低限立ち回れるようにはしとかないと、とは思ってる。」
『・・そうですか。雲雀の家の教育方針には口を挟めませんよ。』
「遊びに来る分には邪魔しないから、好きにすると良い。」
『分かりました。嫌がらせに大人数連れて行きます。』
「君も良い性格になってきたね。」
それから二三言、言葉を交わして電話を切った。
「誰からだ?長かったじゃねぇか。」
戻った先ではとディーノが食後の紅茶を飲んでいる。
の隣に腰掛けながら「景吾だよ」と答えると、ディーノは大きく笑った。
「そりゃお前、文句言われただろ。なぁ?」
「言われたの?」
少しぬるくなった紅茶を口に運ぶ。
「まぁね。」
「でも、ほんと、来てくれて嬉しぜ、。」
「あんまり構いすぎるとウザいって言われるよ。」
「が言うわけねぇだろ!!!」
また日本とは違った賑やかさにも一緒に笑った。
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