流石これだけの部活生をまとめあげ、更には1年で生徒会長になっただけの事はある。
彼がまとう空気はおよそ中学生とは言えるものではなかった。
「俺が、に縛られてるんじゃねぇ。が、俺に縛られてるんだ。」
「・・・景吾?」
縛るだとか、縛らないだとか、いまいち話が読めない、とは眉を寄せて景吾を見上げた。
「俺達の事をよく知らねぇ外野が、勝手な事言って、勝手な事してんじゃねぇよ。」
「待って、何、言ってるの。」
は目の前で膝をついている少女に見覚えなんて無かった。
学年は1つ上だし、小等部時代は本当に景吾や鳳、宍戸、ジロー、樺地としか関わってこなかった。
興味のない事には尽く働かないアンテナは、常に学校やテニスクラブで景吾の近くに居た高槻小百合を検知すること等無かったのだ。
「・・・つまり、その人は、私が景吾と仲が良いから、原口さんを追い詰めてそれを私になすりつけようとしたの?」
言葉では紡いでいても、頭での理解が追いつかないのか、言葉は淡々としているのに、の表情は困惑の色を浮かべていた。
視線は高槻小百合、そして牧田愛子をうろうろする。
牧田は地面に視線を向けたまま、ぼろぼろと涙をこぼし、高槻はと視線が合うと、く、と口の端を吊り上げて肯定した。
「・・・・なにそれ。」
は高槻の胸ぐらを掴みあげた。
「何、すんのよッ」
「何でそんな回りくどいことしたの?私に直接、言えば良いのに。」
「そんな事、アンタに言って、跡部君に、ばれたら嫌われるじゃない!」
この女は、自分の理解の範疇外にいる生き物だ。
彼女の話す言葉が分解されて、最後にまた組み合わさって、その言葉の意味が分かると彼女の胸ぐらを掴んでいる手に無意識のうちに力が入った。
苦しそうに呻く声がしても、憎悪に、嫉妬にまみれた顔を見ても、フィルター一枚挟んだ向こうでの出来事みたく、遠く感じる。
「しょうがないじゃない・・・ッ!こうでもしなきゃ、アンタがいなくなんなきゃ、跡部君は私の事を、見てくんないんだから!」
言い終わると同時に流れ落ちた涙は、彼女の頬を伝っての指にぽたりと落ちた。
その瞬間、急に、全てがきもちわるくなって、は胸ぐらを掴んでいた手をぱっと離した。
(”きたない人間”だ)
ひとを蹴落として、踏みつけて、歩く”きたない人間”。それは、幼いころから見てきた風景の一部。
達の世界にそういう人間はあふれていたけれど、の隣には景吾か保護者である恭弥がいて、守ってくれていた。
2人は、こういう人間を相手にして来たのだと思うと、とても悲しくなった。
「高槻。お前がしたことについては、高槻の家に報告させて貰う。」
俯いてしまったの肩に手をやりながら言うと、高槻の表情は目に見えて変わった。
口をぱくぱくとさせて弁解を述べようとするのに、うまく言葉にならないらしい。
「二度と、俺達の目の前に現れるな。」
真っ白な部屋に響くのは、脈を取っている機械が立てる無機質な音。
一見、眠っているだけのように見える原口の傍らに立ち尽くしていたは感情の読み取れない顔でようやく原口から目を離した。
(どうしたら、原口さんは目を覚ますんだろう)
謝らなければ。
そう思うのに彼女は眠ったままだ。
(夢を、見てるのかな)
うんともすんとも言わない原口はいつまで眠り続けるのだろうか。
静かに彼女に背を向けては病室を出た。
昨日の練習試合で一応、区切りはついたが、原口が起きない限り濃い影を落とし続ける。
このままでは、前に進めない。
人と関わらなければ、ただそれで良いと思っていたのに。どうしてこうなったんだろう。
ぎりり、と手を握りしめた時、ポケットの中の携帯が震えた。
携帯を取り出しながら病院のエントランスを抜けて外に出て、通話ボタンを押す。
『お久しぶりです。さん。』
「・・・うん。久しぶり、骸さん。」
相手は保護者の仕事仲間。そしては変な所で過保護な保護者を思い浮かべて、はー、と気の抜けるような息を吐き出した。
『おや、どうかしましたか?』
「恭弥さんから話聞いたんだ?私の、眠り続けてる同級生のこと。」
『えぇ。なので、日本に行く仕事を横取りして、そちらに向かうことにしてみました。』
まさか、わざわざこっちまで来てくれるとは思わなかった。はびっくりして「え?」と言葉を漏らす。
『別に直接その子に会わなくても良いんですが・・・さんにも暫く会ってませんし、珍しく恭弥君が僕に遠回しにお願いしてきましたし。』
「恭弥さんが、お願いしたの?」
想像がつかない。恭弥に引き取られてから、ちょくちょく構ってくれた中に骸の姿もあったが、その度に恭弥と喧嘩をしていたのだから。
おまけに、自分の保護者を悪く言うつもりは無いが、恭弥は恐ろしくプライドが高い。
「・・・」
「『クフフ・・・彼のお願いの仕方は少々荒っぽかったんですが、まぁ、恭弥君ですし。』」
あ、やっぱり荒っぽかったんだ。と思いながらスピーカー越しの声と同じ声が携帯を当てていない左側からも聞こえてきて、は俯いていた顔を上げた。
「こんにちは、さん。少し背が伸びましたね。」
「・・・教えてくれれば、良かったのに。」
「びっくりさせようかと思いまして。」
にしても電話のかかってくるタイミングといい、登場のタイミングといい良すぎではないだろうか。
(もしかして・・)
「はい。覗き見していました。昨日のテニスの所から。」
ですから、だいたいの状況は分かっていますよ。と物腰柔らかに言いながらも骸はの腰に手を回しエスコートする。
「さぁ、行きましょう。彼女を起こしに。」
心の準備もそこそこに、促されるままは病室へと向かった。
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