Dreaming

君を照らす光 #20



景吾は引き分けという試合結果に舌打ちをした。
景吾自体は試合に出ていないため汗1つかいていないが、試合に出たメンツは疲れきった顔をしている。


「跡部。」
「あぁ。」


忍足に声をかけられて景吾は立ち上がった。
手塚には昨日少し話しをしているため、彼はベンチに座ったまま景吾がコート中央に進み出るのを見守っている。


「試合は終わったが、あと少し付き合ってもらうぜ。」


声を張り上げてそう言う景吾に、一体どういうことだと事情を知らない選手やギャラリーはコートに視線を投げる。


「話したいのは、青学。お前らのマネージャーの原口佳代と、青学に通う雲雀 についてだ。」


原口の名前を聞いた青学の選手はわかりやすく顔色を変え、自分の名前が出てきたは眉を寄せてベンチから立ち上がろうとしたが、そこは忍足に抑えられる。
それを振りほどこうかとも思ったが、ジローにまで手を掴まれて、大人しくベンチにまた腰を落ち着けた。


「何の根拠があってかは知らねぇが、青学の一部の奴は、が原口を苛めていたと、考えているらしいが・・・事実無根だ。」
「・・・跡部、証拠は・・」
「証拠ならある。黙って最後まで聞いてろ。」


うんざりとしたように言う不二にぴしゃりと言うと、調べあげた真相を話し始めた。


「原口の苛めは以前からあったが、それが激化したのは去年の夏の終わりだ。そのきっかけを作ったのは、牧田愛子。」


ざわり、と空気が動く。


「で、でも跡部。それで牧田に何のメリットがあるんだ?牧田は原口の一件が影響してマネージャーをやめてしまったんだぞ?」


大石が戸惑いながらも反論すると、数名の選手が頷いた。


「メリットなんて事を言い始めたらお前らの話も破綻する。が原口を虐めるメリットがあると思っているのか?」
「・・・跡部。証拠を見せればはっきりするだろう。」


らちがあかない。と手塚がメガネのブリッヂを上げながら尋ねると、景吾は樺地を呼んだ。
樺地は拡張器とレコーダーを持っていて、景吾の隣に並ぶ。


「牧田が原口に何かしたっつー直接的な証拠は無い。だが、それを牧田に指示した奴との会話なら此処に残ってる。」


話し終わると同時に樺地がレコーダーのスイッチを押した。
ジー、という音が少しした後、聞こえてきたのは女子生徒の声だった。


『原口の背中を押したのは雲雀ってことになってるんだから、アンタは黙ってれば良いのよ。』
『・・・いい加減にして。原口の事は終わったの!・・・・愛子、貴女、暫く海外にでも留学してたら?』
『はぁ・・・私だって言いたくないわよ。貴女の父親の不―――』


「やめて!!!」


突然コートに入ってきた女子生徒が声を張り上げる。
それを読んでいたかのように景吾はタイミング良くレコーダーのスイッチをオフにした。


「牧田・・」


不二は目を見開いた。飛び込んできたのは牧田だったのだ。
牧田はそのままレコーダーを奪おうとするが、樺地から奪えるはずもなく、近くにいた生徒に取り押さえられる。


「ちょっと!離してよ!!」


次いで聞こえてきた、違う女子生徒の声。
その声の主を尻目に、景吾は冷ややかに説明を再開した。


「さっき、レコーダーで話していたのは生徒会副会長だ。生徒会室に入り浸っているという情報をキャッチした為盗聴器を仕掛けさせて貰った。なぁ、高槻、小百合。」
「さ、小百合・・・」


うろたえたようにその女子生徒の名前を呟いたのは牧田。
氷帝テニス部員に肩を掴まれてコートに連れられてきた女子生徒・高槻小百合は牧田に目をやると、舌打ちした。


「アンタが下らないことで電話してくるから・・!!」
「そんな・・!」


わけが分からない。不二は混乱していた。
先ほどのレコーダーの会話は何だ。突然連れられてきたこの氷帝の制服を来た女子生徒は誰だ。牧田は、何故ここにいて、何故レコーダーを奪おうとしていた。


「いったい、」


呟いた言葉は周りの喧騒にかき消されて、不二はぐ、と手を握りしめて顔を上げた。


「一体どういうことなのか、説明してくれ・・!」
「・・・・私も、聞きたい。」


今まで黙っていた、当事者であるの声に、高槻がき、と目を細めて彼女を睨みつける。


「アンタはいつも涼しい顔して、跡部君の隣で私を見下すのね。」


地をはうような声は、普段の眉目秀麗と評価の高い、高槻からは考えられないような色を持っていた。
























彼が転校してきたのは、私が小等部の4年生の時だった。
色素の薄い髪に青い瞳。そしてイギリスからの帰国子女と来れば、それはもう、凄い注目を浴びていて。
その野次馬の1人が私だった。

ひと目見て、恋に落ちた。

でも、それは私だけではなくて、多くの同級生だけじゃなく上級生も下級生も彼に群がった。それなのに彼はどこ吹く風。全く相手にしない。されない。だから、そういう人なんだと思った。
幸い氷帝は持ち上がり制。余程の理由が無い限り外部には行かないし、彼の家の事を考えても氷帝の中等部に進む確率は高かったし、これからゆっくりと距離を縮めれば良い。どうせ他の女の子も相手にされないんだから。
同じクラスだったから、彼が委員長になれば私は副委員長になったし、勉強も頑張って彼の目に止まるように努力し続けた。
それなのに。


、どうした。」


状況ががらりと変わったのはそれから半年後のこと。1つ下に転校してきた”雲雀”の存在が起因だった。
事も無げに私達のクラスに入ってきた雲雀に、跡部くんはすぐに気がついて立ち上がった。


「今日、寄り道して帰るから、迎えいらない。」
「寄り道?なら俺も行く。どこに行きたいんだ?」
「A、どこ行くの?俺も行くC!」


その後ろから芥川君もやってきて、楽しそうに会話に加わる。
ぐしゃり、と私が持っていたプリントが音を立ててしわくちゃになった。


授業以外、跡部君は雲雀につきっきりになるようになった。
登下校も一緒の車。聞けば彼女はよく跡部君の家に泊まりに行っているんだとか。
妬ましい。急に現れた彼女にすっかり持って行かれてしまって、私の心にはぽっかりと穴があいたみたいだった。と思えば、燃え盛る炎のように彼女への感情がごうごうと燃え上がり始める。


(なんであの女ばかり!なんで!なんで!!)


少し前から跡部君が通っているテニススクールに通い始めたのに、そこでも彼女の姿はある。
いつでも彼女の手を引いて連れ回る跡部くん。テニスの試合の後、嬉しそうに彼女に話しかける跡部くん。
そんな、彼の姿が見たいんじゃないのに・・!!




「でも、貴女は氷帝の中等部にあがらずに、青学に行った。ようやく、跡部君は貴女から開放されたんだと思ったのに・・・それなのに・・・!」


私のどこがいけないの。競争率の高かった副生徒会長にまでなったし、跡部景吾にふさわしい女性になった筈。それなのに。

脳裏に蘇るのは、偶然聞いてしまった両親の会話。


『あなた、跡部さんは何て?』
『う・・む。断られてしまったよ。小百合の為にも、この婚約は成立させたかったんだが・・・。』
『まぁ・・・』
『跡部さんは、景吾君には自由に恋愛して欲しいと言っていたが、実際は雲雀さんのご息女がいるからだろう。今でも彼女はよく跡部の家に出入りしているようだしね。』
『そう・・小百合は、落ち込むかしら・・・。』
『小百合には彼へ婚約を打診しているとは言っていない。このことは黙っておこう。』


聞いた瞬間、どうしようもない感情があふれ始めた。
まだ、雲雀が邪魔をする。あの女、他の学校に行ったからと安心していれば。


「貴女は、未だに跡部くんを縛り付けてる。だから、私は、跡部くんを開放してほしくて――」
「誰も頼んでねぇよ。」


は、と目を瞬かせると、恋い焦がれたあのアイスブルーの瞳は、鋭く私を睨みつけていた。
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2014.06.13 執筆