Dreaming

君を照らす光 #19



練習終わり、今日の練習内容を報告しに職員室へ向かった跡部は、榊に声をかけた。
声をかけられてペンを止めると、榊は差し出された日誌を受け取った。


「・・?どうかしたか?」


いつもならそれで去るところが受け取った日誌を机に置くのを待っているのに内心首をかしげながら尋ねる。


「練習試合を、青学に申し込もうかと考えています。」
「・・・突然だな。」


椅子を回して跡部に身体を向けた榊は足を組み直して彼を見上げた。


「まぁ、良いだろう。竜崎先生には私から話をしておく。詳細については手塚君と詰めてくれ。」
「はい。決まりましたらご報告します。」


うむ、と頷いたのを確認して景吾は頭を下げて職員室を出た。
部活は既に始まっていて、足早にコートへと向かいながら算段を立てる。
既に手塚には話はしてあって、後は日にちを決めるだけなのと、牧田愛子の説得だけだ。
それも、今週中に柏木が動く予定。


(牧田については、五分五分、というところか。流石に家族のことにまで手は出せねぇからな・・・)


外に出ると、遠くにテニスコートのフェンスとその周囲にいる女子生徒の姿が見える。
あの中に、”あの女”もいるのだろう。


(手を出した相手と、やり方が悪かったな。悪いが、そう簡単に許せそうにねぇ。)


沸々と怒りがこみ上げてくるが、まだ、時期ではない。
大きく息を吐き出して、冷静さを取り戻すと部室へと足を進めた。

























部屋に入ると、景吾が待ち構えていて、はそれに首を傾げながらも”ただいま”と声をかけた。


「今週末、青学と練習試合をすることになった。」


帰宅の時に交わすいつもの会話もそこそこに切り出したのはそんな話で、は上着をハンガーにかけながら首を傾げた。


「そうなんだ。」
「うちでやるんだが、少し手伝って貰いたい。」


思ってもなかった頼み事に、目を瞬かせる。上着をハンガーにかけた所で止まっている手に苦笑しながらに近寄ってハンガーを取り上げるとクローゼットにしまってやる。


「・・・・別に良いけど、どうしたの、急に。」
「ん?」


見上げてくる視線を受け止めて、景吾は苦笑して見せた。


「練習試合の後、ジローと鳳がお前とテニスしたいんだと。」
「・・・ふぅん。」


本当に何となく返事をしたようで、は動きを再開させて、部屋着に着替えようとチェストを開けた。
結果として騙すような形になってしまったのは引っかかるが、仕方がないと割りきって景吾は椅子に腰掛けるとが来るまで読んでいた書類に視線を落とした。
それを尻目には着替えを持って部屋にあるシャワールームへと入っていった。

ぱたん、とドアが閉まる音に、景吾は息を吐き出す。
一応、今度の練習試合の後、やろうとしていることについて数名には説明してある。


(部活に私情を挟むのは趣味じゃねぇんだが、な。)


報告書の最後に書かれている名前を見て、眉を寄せる。
高槻小百合。生徒会副会長で景吾と同じクラスの女子生徒の、名前。
彼女に対しては、昨日の生徒会の会議の際それとなく練習試合の事を伝えてあるし、その時顔を輝かせて見に来ると言っていた為、十中八九来るだろう。

牧田愛子については説得しきれなかったが、彼女が練習試合に来る来ないは死活問題では無い。
最低限の役者は揃っている。


「景吾、ご飯何時頃?」


考えを巡らせていると、シャワーを浴びたが私服に着替えて出てきた。


「あぁ、あと1時間くらいあるな。早めるか?」
「ううん、大丈夫。」


首を横に振っては景吾の目の前に腰掛けた。


「あ、で、練習試合の手伝いって何やるの?」
「大した事じゃねぇよ。休憩時間にタオルとドリンクを渡したり、怪我した奴がいたら手当するくらいだ。」


答えながら背後にある小さな冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して蓋を取ってに渡す。


「ありがとう」


受け取ってこくこくと喉に流し込みながら、じっと自分を見てくる景吾に視線で何だと尋ねる。
しかし、彼はそれに気づくと眉を動かしただけで、を見つめるのをやめない。
益々良く分からなくて口の中の水を飲み下すと口を開いた。


「何か、今日変だね。景吾。珍しく頼み事するし、人の顔をじっと見るし。」
「そうか?」
「うん。」


飲み終えたミネラルウォーターのペットボトルをテーブルに置くとそれに景吾が蓋をかぶせた。


「食事が出来るまで庭を散歩しないか。」
「ん?うん、良いよ。」


差し出された手を取ると握り返された。
相変わらず温かい手だった。























土曜日。朝、景吾と一緒に家を出たはあくびをしながらも車から出てコートに入った。
既にちらほらとギャラリーは集まっていて、景吾とが入ってきた時に声があがったが、いつも通りそれを気にした様子は無い。
その姿を見つけて近寄ってきたのはジローと鳳で、ジローはを連れて部室へ向かい、鳳は景吾に小さく報告をする。


「跡部さん。高槻先輩はあちらにいますよ。」
「そうか。何人か準レギュラーを近くに配置しておけ。”最後”まで居てもらわねぇと困るからな。」
「はい。」


後数十分もすれば青学も到着し、すぐに練習試合が始まる。
15時には恐らく終わるだろう。勿論、練習試合を軽く見ている訳ではないが、その後が景吾にとっては重要だ。


「何や、難しい顔して。こんな時間から気ィ張っとったらもたへんで?」
「・・・忍足。」


鳳がいた場所に立った忍足は景吾の視線の先を見た。
ジャージに着替え終えたがベンチに腰掛けてジローと話している。


「そんだけ大事な子がおるっちゅーのも凄いけど、ここまで跡部の心を掴んどるあの子も凄いわ。」


忍足には、この試合の後の事を話していないものの、彼は感づいているのだろう。
それも無理は無い。高槻小百合について調べるのに、少し忍足の手も借りたのだから。


「まぁ、確かに、あの子はやり過ぎやったからなぁ。これ以上、変な事せんうちに手ぇ打たなアカンのは分かるわ。」


冷静さしか見えない目がから高槻に向く。


「その前に試合だ。気を抜くんじゃねぇぞ。」
「分かっとる。ちゃんの為にも快勝したるわ。」


に、と笑って忍足は跡部の肩を叩いた。


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2014.06.04 執筆