登下校の道で少し汗ばみ始める季節。
いつも通り登校したは靴箱をスルーして手に持っていた袋から上履きを取り出すと、履いていたローファーをその袋に突っ込んだ。
未だ苛めは続いていて、靴箱に靴を置くのは自殺行為なのだ。
「お、久世。」
「ッス。」
に声をかけてくる存在は少ない。靴を履き替えて顔をあげると視界に入った桃城と越前の姿に、は軽く頭を下げた。
桃城と越前との関係は相変わらず。いや、越前に関しては前以上に懐かれている気がする。
とは言っても、青学の中で懇意にして睨まれるほど人気があるのは不二と菊丸くらいだ。勿論目立った戦績を残している青学テニス部レギュラー陣は全体的に人気はある。
だからこの2人と話していて少し視線は集まるが、直接それが苛めにつながる事は無い。
(まぁ、でも熱心なファンはいるみたいだけど。)
ちくりと刺さる視線。
「って先輩、聞いてます?」
不服そうに眉を寄せているのは越前リョーマだ。
そして手元にはお弁当。
「・・・聞いてます。カルピンの話ですよね。」
場所は中庭。だから人の目は当然ある。
「先輩はなにか飼って無いんスか。」
そう言いながらリョーマはのお弁当の中からエビフライを箸で摘んだ。
いつも通り立派なお弁当は勿論跡部の家のシェフが作ったもの。
最初は食べきれる筈が無いような重箱が出てきたが(なんと景吾はその重箱を持って行っている。話を聞くに、ジローや岳人が半分程平らげるらしいが。)今はどうにか食べきれる量に落ち着いている。
それでも少し多い為、リョーマの行為を咎めるような事はしない。
「・・・今住んでる家には犬が2匹います。」
「ってことは犬派?」
問われて肩を竦めた。
「どうだろう。犬の方が親しみはありますけど、猫も嫌いではありませんよ。」
そう言いながら、は自分の保護者を思い浮かべた。
何も全ての人間が犬系か猫系かに分けられる訳では無いと思うが、恭弥はどう考えても動物に例えるならば猫だ。
肉食の猫。
「・・・どっちも好きです。」
「ふーん。」
ようやく半分くらいを平らげただろうか。
箸を置いて一息つくと、お茶を喉に流し込んだ。
「もう終わりッスか」
確認するような、咎めるような声に、は困ったようにリョーマを見た。
「はい。」
手早く弁当箱を片して立ち上がる。既にリョーマも食事は終えていて、手には紙パックに入ったジュースしか無い。
リョーマは、ずず、とジュースを飲みながらを見上げた。
「先輩も、猫っぽいッスよね。」
中々懐かない猫みたいだ。と少し意地が悪く言う。
「・・・・君こそ、猫みたい。」
どことなく恭弥に似ている。と言ったらきっと恭弥は怒るのだろうな。とぼんやり考えながらバッグを肩にかけて、リョーマに背を向けた。
放課後、腕時計で時間を確認すると、そろそろ彼が来る頃合い。三者面談なんて来なくて良いと言ったのに無理やりスケジュールにこの面談を入れ込んだ彼は車を飛ばしてこちらに向かっている事だろう。
校門で待っていようかと外を歩いていると引き止める声。そこに立っていたのは不二と菊丸では思わず舌打ちしそうになった。
何かと突っかかってくるこの2人。幸い年次は違う為、四六時中という訳ではないが、登下校時はよく絡まれる。
「越前と随分仲が良いみたいだね。」
言葉を返す代わりにため息を付くと、不二はぴくりと眉を動かした。
「君の狙いが何なのか良く分からないんだけど、これ以上テニス部に関わるのはやめてくれないかな。」
「・・・では、彼に私に近づくな、と言って下さい。」
謂れのない事で突っかかられるのは今となっては慣れたものだが、気分が良い訳ではない。
些かうんざりとしてきたやりとりに、はもう一度ため息をついた。
「君のせいで牧田も部活に顔を出さなくなって、部の雰囲気は最悪だよ。」
牧田。その名前に、先日の事を思い出した。
美化委員であるは昼間花壇の水やりをやっていて、そこにやってきた越前。
話しかけられるまま適当に返事をしていると、桃城と牧田の声が近づいてきてとっさに隠れて彼らの話を聞いていたのは記憶に新しい。
(牧田愛子・・・直接話を聞きたかったけど、この感じじゃ無理そう)
ほとぼりが冷めてから接触しようと思っていた相手である牧田愛子。
と原口佳代との確執が噂されるようになった原因は牧田愛子の証言だ。
原口が牧田に”に苛められている”なんて漏らした可能性はゼロ。それはと牧田の今までのやりとりから考えて明らかだ。
つまり、牧田愛子が何らかの意図を持ってが原口を苛めていた犯人だと吹聴した、ということ。
(でも、牧田愛子はマネージャーを辞めてる。目的は原口さんと私を陥れる事だけ?でも、それで彼女に何のメリットが・・・。)
原口佳代と。この2人を陥れることで何が嬉しいのか。共通点も何もない2人だし、原口が目を覚ました場合、牧田愛子がついた嘘はすぐに明るみに出る。
つまり、牧田愛子の立場は凄く危うい、ということだ。
(原口さんが意識を取り戻したら終わり。そんな危ない博打を打つだけの価値があるとは思えないけど)
矢張り、直接牧田愛子に聞くしか無い。そう思考を巡らせていると意識が飛んでいたらしい。
肩を押された衝撃で目の前の2人に意識を戻した。
「何、この状況でぼーっとしてんの。」
肩を掴んでいる不二の手に力がはいる。身体を鍛えているとは言え、男の中でも部活で鍛えている不二の握力はそんな弱い物ではない。
どうしたものかと思っていると、横から風を切る音が聞こえてきて、はとっさに不二の腹に腕を回して抱えるとその場を飛び退いた。
「何群れてるの。」
そこには思った通りの人物がトンファーを手に立っていて、は腕時計をちらりと見た。
「群れてるつもりは無いんだけど・・」
驚いた拍子に肩を掴んでいた不二の手は外れている。そんな彼から腕を離して、は振り下ろされたトンファーを素手で受け止めた。
ばき、という打撲音。あまりの痛さに顔を歪めると同時に、恭弥が驚いたような顔をしているのが見えた。
「何でそいつを庇うの?さっき見てた感じだと、揉めてたみたいだけど。」
「・・・彼は、テニス部の部活生だから、怪我はダメだと思ったから。」
景吾と同じ、テニスをしている部活生。そう思うと、彼らに暴力をふるおうという気は起きない。
「ふぅん・・・・甘いね。歯向かうなら、そんなことに構わずに咬み殺してしまえば良いのに。」
バカだなぁ、と視線で語りながら恭弥はトンファーをおろした。
受け止めた腕は暫くは腫れるだろう。少し憂鬱に思いながらも左腕をさすりつつ踵を返す恭弥に続く。
すっかり忘れていたが、これから三者面談だ。
ちらりと2人を盗み見たが、表情は読み取れなかった。
「そもそも僕のトンファーを素手で受け止めるなんてバカのする事だよ。直前で僕が力を抜かなかったら腕が折れてた。」
呆れながら、未だ痛む左腕を見遣りながら言われて、は肩を竦めた。
「恭弥さんなら、直前で力を抜いてくれると思った。唯、それでも痛いけど。」
「まぁ、心配させた罰かな。」
「心配?」
何か心配させるようなことがあっただろうかと首を捻る。
「景吾から話を偶に聞いてる。」
それだけで、何をどこまで聞いたのかだなんて言わないけど、じろりと睨まれては視線を下げた。
「あぁ、雲雀さん!ご息女は見つかりましたか!!」
ばたばたと廊下を走ってくる音。
視線を上げると廊下を走るなとよく注意している教頭で、は微妙な顔をした。
「・・・見れば分かるでしょ。」
決して小さくは無い声で言う恭弥に教頭は頭をびしりと下げた。
「お忙しいでしょうし、すぐ始めましょう。」
「うん。そうして。」
遅れてきたの担任がそう言うのに頷いて、教室へと向かう。
まだ校内に何人か残っている生徒の視線がちらちらとと恭弥に向かう。
今の自身が注目されているし、恭弥はの父親にしては若い。注目されるのも無理は無いと判断しながらも恭弥が何かしやしないかと心配していると、意外や意外。
担任がいくらか話を恭弥に振り、恭弥はそれにそこそこ返している。その2人の姿が不思議で、は小さく笑った。
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