Dreaming

君を照らす光 #17



青学の、テニス部のマネージャーをするように言われたのは1年の夏頃のことだった。
正直やりたくなんて無かった。
テニス部は数ある部活の中でも厳しい事で有名だったし、そのマネージャーも当然過酷だって知っていたから。
でも、彼女の言う事に逆らうことなんて、出来ない。
すぐに入部届を出しに行くと、すんなりと竜崎先生に受け入れられて。
後には引けないと、ごくりと喉を鳴らした。


「牧田さん・・だと他人行儀だね。愛子ちゃん、今日やる事、メモに纏めておいたから、はい。」


原口佳代は、予想以上に良い子だった。
かわいい文字で書かれた大きめのメモ。それにはわかりやすく作業ごとにポイントが書かれてある。


「やってみて分からなかったら聞いてね。」
「ありがとう、佳代ちゃん。」


複雑な気分でお礼を言うと、佳代ちゃんは嬉しそうに頷いて氷水につけてあるタオルを引っ張りだして一つ一つ絞り始めた。
それに対して、私の最初の仕事は練習に使うポールの準備。
場所も第二倉庫の入って左手の下の段って書いてあるから迷うことは無いだろう。
マネージャーの仕事なんて良く知らない私でも何となく分かる。
佳代ちゃんの仕事の方が、多いしきつい。


「・・・・」


仕事をしながらもポケットに忍び込ませているのは小型のカメラ。
ごめんなさい。と、心のなかで呟きながら、佳代ちゃんとテニス部のレギュラーの人がじゃれあっている場面を写真に残す。

これをファンクラブの人に見せて、佳代ちゃんに対する風当たりを強くさせなきゃいけない。


『大丈夫よ。バレないし、バレそうにいなっても私が何とかするから。愛子は、私の言う通りにすれば、良いの。』


やっぱり出来ないよ。と電話口に弱音を吐いても返ってきたのは、そんな言葉で私には選択肢が無いのだと突きつけられる。


ごめんね、佳代ちゃん。ごめんなさい。


「愛子ちゃんがマネージャーになってくれて、本当に良かった。ありがとう。」


そう、笑顔で言う佳代ちゃんを突き落とす言葉を告げるまであと少し。
1週間に一回かかってくる彼女からの電話。


『テニス部のマネージャーになって7ヶ月だっけ。』


そうだ。もう7ヶ月になる。
ファンクラブからの佳代ちゃんへの嫌がらせは大分酷くなっている。
怪我もよくしてる。精神的にも、追い詰められてるのは注意してみればすぐに分かった。


『そろそろ、いいんじゃない?』


準備は終わった。
彼女からも、仕上げに入れって言われている。それでも、私は踏み切れずに居た。
彼女からの催促の電話は1日おきに来るようになって、今日こそはと思っても、佳代ちゃんに、この話を切り出すのをためらってしまう。


「愛子ちゃん」


ボトルを洗っていると後ろから声をかけれて、大げさに反応してしまう。
振り返ると、困ったように笑っている佳代ちゃんが立っていた。


「何か、最近思いつめてるように見えるんだけど、私で良かったら相談に乗るよ?」


からん、と洗っていたボトルがシンクに転がった。
佳代ちゃんが近寄ってきて、流れっぱなしの蛇口の栓を捻る。


「どうか、したの?」


罪悪感で目頭が熱くなる。
でも、ごめん。私は、私を守るのに必死で、優しい貴女を切り捨てるしか無いの。


「・・・佳代ちゃん、苛められてるんだよね。」


言い出したら、堰を切ったようにこぼれ出る言葉。


「皆、テニス部関連で苛めなんてあると、部活動休止になったり最悪大会出場停止とかになっちゃうから、その、迷惑だって言ってるの聞いちゃって。こんな、佳代ちゃんは部の為に一生懸命皆を支えてるのに、そんな事言うなんて、私、信じられなくって、誰かに言う訳にもいかないし、どうすれば良いか分からなくって」


人が絶望に染まるのを初めて見た。























まともな思考を奪われた佳代ちゃんを更に追い詰めるのなんて簡単な事だった。
定期的に、テニス部のどの人が佳代ちゃんについてどんな悪口を言っていたかを教え、人って平気な顔で嘘をつくから、と言い聞かせて。


「酷いよ、皆。佳代ちゃんは、必死に皆を支えてきてくれたのに。」


泣きそうな顔をつくるのも簡単に感じてきた。自分が嫌になる。


「どうすれば、良いのかなぁ・・」


佳代ちゃんが、縋るような目で私を見る。


「・・・・そうだ。佳代ちゃん。」


さも名案を思いついたかのように、身を乗り出す。


「自殺する振りすれば良い。そうすれば、皆、どれだけ大変な事をしちゃったのか、思い知ると思う。」


私の言った言葉を咀嚼するように、繰り返す。
そして、佳代ちゃんは本当に飛び降りた。




「ど、どうしよう、本当に飛び降りたって・・!!」
『落ち着きなさいよ、結局死んじゃいないんだから。』


佳代ちゃんが屋上から飛び降りたというニュースが学校を駆け巡った瞬間、教室から飛び出した私は空き教室に飛び込んで、震える手で携帯を開いた。
連絡帳から彼女の名前を探しだして、すぐにかける。
何回かけただろうか。ようやく出た彼女は不機嫌そうだった。


『愛子。貴女はもうマネージャーを辞めて。原口佳代の事がショックでとか、いじめを受けてるとか言えば怪しまれないでしょ。それで、原口佳代が飛び降りたのは雲雀が苛めていたせいだって噂を流すのよ。』


いきさつを聞いた彼女はそう言って楽しそうに笑う。それに私は反射的に無理だと口を開いた。


「無理よ!だって、佳代ちゃんを助けたのは雲雀さんなんだから!!」
『大丈夫。』


あぁ、もう本当に、嫌だ。


『大丈夫よ。貴女は何も悪い事なんてしていない。原口佳代は雲雀に苛められてそれを苦に飛び降りたの。』


言い聞かせるような言葉が耳にゆっくりと入ってくる。
精神的に追い詰められていたのは、原口佳代だけじゃなかった。
私も、だ。


「不二先輩・・」


夜が来ると罪悪感に震え、泣き、すっかり私は憔悴していた。


「あぁ・・どうしたの、急に。」


呼び出した彼もまた、憔悴していた。


「実は、私、佳代ちゃんから相談されてたことがあって。」


そう言うと、不二先輩は目を見開いて私を凝視した。


「雲雀さんって、知ってますか。」


涙がこぼれた。私は、加害者なのに。


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2014.04.04 執筆