やっと、牧田を捕まえたのは昼休みも残り僅かの所だった。
飲んでいた水が無くなって売店に買い足しに行った時だ。
「あ」
俺の顔を見ると、牧田は僅かに目を見開いて”桃城君”と俺の名前を呟いた。
そして踵を返そうとするので、俺は慌てて彼女に駆け寄った。
「今、ちょっと良いか?」
尋ねると、牧田は気まずそうに目を逸らしたが、最終的には頷いた。
売店を抜けた先に、体育館に続く渡り廊下が続く。そこの脇に向かって立ち止まった。
「あー、と。マネージャー、辞めたんだよな。やっぱ、佳代の事で、か?」
「・・・うん。」
控えめに頷いたのは、やっぱいきなり辞めたのが気まずいのか。まぁ、俺もちょっと話すのは気まずい。久しぶりだしな。
「聞きたいのは、佳代が、雲雀の事をどう言ってたか、なんだけどよ。」
時間も無いことだし、さっさと聞きたい事を聞いて戻ろうと、そう口を開くと牧田は目に見えて緊張したようだった。
まぁ、雲雀もあんな性格だし、佳代が屋上から飛び降りた原因だと言われている。雲雀について少し思う所があるんだろう。
「・・・いつだったかな。11月か12月、部活中佳代ちゃんがいる部室に何かを取りに入ったら、凄く怯えた顔をしてて。それから佳代ちゃんの事を気にして見るようになったの。」
そうだったのかと相槌を打つ。
俺がそういうのに疎いのか、佳代がちょっと落ち込んでるのかと思う事はあっても、怯えていると思った事は無かった。
「何度か、悩みがあるんだったら聞くよって話しかけてたら、雲雀さんに苛められてるって言ってて。あ、でも、雲雀さんも何か最初から苛められてたんじゃなくって、最初は、他の女子生徒に絡まれてたら助けてくれて、優しく話も聞いてくれてたみたいなんだ。」
それに違和感を覚えたものの、続きを促す。
「でも、だんだん虐める側に雲雀さんが回るようになって、手をあげる事もするようになったって。」
悲しそうに目を少し伏せて言う牧田だが、俺は、自然と眉がよって眉間にシワが作られるのを感じた。
いくら公平に、私情を挟まずに牧田から話を聞こうとしても、やっぱどうしても雲雀に肩入れしてしまう。し、客観的に見ても、雲雀が優しく話を聞くなんて、あり得ない。
「それ、本当か?」
気づけば、本音が口からついて出た。
「えっ?」
「や、俺さ、去年雲雀に何度か英語の面倒みて貰ってたんだけど、あいつ、無愛想で人と話してても突き放すような言い方しかしないだろ?だから、佳代に優しくって、何か違和感があるっつーか・・。」
頭をかきながら言うと、牧田は困ったように眉尻を下げた。
「・・・雲雀さんは、佳代ちゃんに取り入ろうとしたんじゃないかな。それか凄く、佳代ちゃんのことを傷つけたくて・・」
「持ち上げて、落とす、みたいな?」
「うん。そう。」
頷く牧田はやっぱり顔色が悪かった。
問い詰めようとしたのに、割って入ってきたのは不二先輩だった。
何か言おうとしたのに、それを無視して不二先輩は牧田を連れて行ってしまって。
「・・・はぁー・・・何なんだよ、全く。」
ため息をついて上を見上げた時だった。
違和感を感じたのは。
続いて、左手に落ちている小さい倉庫の影を見て、あ、と声をあげる。
倉庫の上に、誰かが座っているのだ。
俺が気づいた事がわかったのか、倉庫の上の人物はのそりと起き上がった。
その影の動きに、倉庫の上を見上げると、そこに立っていたのは雲雀で。
「な、、んでそんなとこに・・。」
「俺も居るッス。」
そして雲雀の後ろからひょっこりと顔を出したのは越前で。
「何してんだよ、お前ら」
「雲雀先輩がそこの花壇の前に立ってたんで、ちょっと話してて。で、牧田先輩、でしたっけ?その人と桃先輩が入って来る直前に、いきなり雲雀先輩に引っ張られて此処にいたんスけど・・。」
引っ張ってって、んなとこ引っ張ったくらいで登れるかよ。あ、でもそういや、雲雀ってよく屋上の給水塔の上に昇ってたな。なんてどうでも良い事を考えてたら、チャイムが鳴り響いた。
「そんなことより、あんな事して、部活やりにくくなるんじゃないんですか?」
雲雀は今チャイムが鳴った事なんて全然気にしてないように言って、何か、非難するように俺を見上げた。
「・・・きっと、景吾から何か聞いたんでしょうけど、私の事は、放っといて下さい。」
踵を返そうとする、雲雀の手を掴むと、雲雀は大人しく立ち止まって振り返る。
「放っとけねぇだろ。お前は何とも思わねぇのかよ。あんな、佳代を突き落とした犯人みたいな言われ方して。」
雲雀と目が合った。何を考えてんのか、よく分からねぇ目だ。
「真実なんて、私と私の大事な人が知ってれば良い。」
本当に、こいつは勝手な奴だ。俺らも当事者の筈なのに、何で俺らを遠ざけて、わざと孤立するような事してんだよ。
「俺は、真実が知りてぇんだ。」
「・・牧田さんが言う事が真実なのでは?」
淡々と返された言葉は、明らかに雲雀が思ってもいない言葉だ。
牧田が言っている言葉が真実じゃないし、雲雀もそれを分かってる。なのに、何でそれをそのままにしてるんだよ、こいつ。
「お前が一番違うって分かってんだろ?雲雀との付き合いは短いかもしんねぇけどよ、雲雀がそういうことするような奴じゃねぇってことは分かってる。」
「・・・買いかぶり過ぎですよ。」
雲雀は掴む俺の手を振り払うと、今度こそ歩き出してしまった。
その背中を眺めながらため息をつくと、越前が俺の背中を軽く叩いた。
「って、お前雲雀と何話してたんだよ。」
越前と雲雀の共通点なんて思いつかない。ちゃんと話したのは、あの、越前が具合の悪い雲雀を見つけて俺に教えに来た時くらいだろう。
「・・・そんな大した話はしてないッス。唯、この前の礼を言われたり、ちょっとテニスの話をしたくらいで。」
テニスの話って、なんだそれ。俺もそんな話したこと・・あ、勉強中に一方的に話したことはあったか。
最近、が目に言えて苛々してる。
それが顕在化したのは、柏木から気になる話を聞いた頃からだ。
”迎えに上がった際なんですが、以前家にいらした桃城さんに連れられて校門までいらっしゃって・・・何があったのかは聞いていないのですが。”
それを聞いて、に何かあったのかと聞いても、ごまかされるばかり。
桃城から聞けば手っ取り早く分かるんだろうが、あいにくあいつの連絡先を知らない。
「・・・景吾?」
知らず知らずのうちに眉にシワが寄っていて、が顔を覗きこんでいた。
「どうかした?」
微妙な顔をしながらその頭をぐしゃぐしゃにしてやると、は不服そうにしながらもじっとしている。
「お前の様子がおかしいから気になってんだよ。」
「・・・・」
すると、不服そうな顔を引っ込めて、今度は困惑したように眉尻を下げる。
本当に、普段はすぐに感情が顔に出やすい奴だ。
「お前の悪いところだ。人に相談しないのは。もっと頼れ。」
「・・・・十分頼ってると思うんだけどな。」
何度目か分からないその言葉。本当には俺に頼っていると思っているんだろう。
だからたちが悪い。
乱れた髪を直してやりながら、苦笑すると、控えめなノック。
「入れ。」
の髪から手を離してドアに目を向けると、入ってきたのは柏木だった。
目が合うと、柏木は小さく頭を下げて入ってくる。
「景吾様、少し宜しいでしょうか。」
「ん?あぁ、分かった。」
の前では話しにくいことらしい。頷いて立ち上がり、を見下ろすと、彼女は既に近くにあった本を手にとってページをめくり始めていた。
「先、風呂入ってろよ。」
「うん、分かった。」
そう言いながらも、文字を目で追い始める。多分、俺が戻ってくる時まで本を読み続けるだろう。
「それで、何だ?」
側にある書斎に入って要件を聞く。柏木は手に書類の入ったファイルを持っていて、それを目の前のテーブルに置いた。
「牧田、愛子についてお調べ致しました。」
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