どうやら私は苛めというやつに合っているらしい。
靴箱に入れられている手紙(決してラブレターではない)に、陰口を言う生徒、そして。
「って、聞いてんの?」
授業を終えて帰ろうと靴を履き替えた所でやってきた4名の女子生徒。
ここ数週間、身の回りで起きている事は無視をしてきたけど、そろそろ鬱陶しい。
だから、この呼出も無視して帰っても良かったけど、(悪い言い方になっちゃうけど)見せしめにこの人達に少し痛い目を見てもらおうと思って、ついてきた。
「・・いえ、あんまり。」
あと、一言文句を言ってやりたかった。
「だから、原口サンを殺しかけておいて、何のうのうと学校に来てんのよって言ってんの。」
「テニス部の人たち、すっごく落ち込んでて、アンタを見るだけで気分が悪くなるって。」
好き勝手言う、この人達に。
「事情を良く知らない人たちに、勝手なことを言われるのは不愉快です。」
私が意識を飛ばしている間にこの人達が何を言ったかは分からないけど、どうせ取るに足らない事だ。
「・・は?」
多少なりとも、よくもまぁ他人のためにこうも時間を無駄に出来ると感心はするけど、それで人に迷惑をかけるのは頂けない。
「まず、私は原口さんに手を出していない。誰か、私が彼女に手を出しているのを見た人はいますか?直接彼女から話を聞いた人はいるんですか?」
尋ねると予想通り、彼女たちは押し黙った。
「・・・私と原口さんがどのような関係にあったのか、直接知らないくせに私を糾弾するのは、どうかと思いますけど。」
本当に、下らない。
彼女たちを動かしたのは、恐らくテニス部の不二先輩をはじめとする何名かの言動だろう。
あんな人達を盲目的に信じて、噂に踊らされて、よくわからないまま人を傷つけようとしている彼女達は異次元の生物みたい。
「・・・っ!」
蔑むような目が気に食わなかったのか、1人の女子生徒が手を上げた。
けれども、敢えて叩かれてあげるはずもなく、その手首を掴むとぎりぎりと掴みあげた。
「は、離してよ!!」
「・・・これ以上私に付きまとわないのであれば、離しますよ。」
少し怯えが入った目が私を睨みつける。でも、腰が引けているし、全く怖くなんて無い。
問うように、突っ立っている残りの3人の女子生徒を見ると、1人が不自然に、震えているのを認めた。
面識は、無いはずだ。
「私、知ってるんだから。」
私と目が合った彼女は畏怖の目で私を見つめる。
「雲雀さん、お母さんを見殺しにしたんでしょ?」
目を、見開く。
それと同時に掴んでいた手に思わず力が入って、腕を掴まれている女子生徒が悲鳴を上げた。
「マンションの屋上から飛び降りるのを、黙って見てたんでしょ?だから、原口さんのことも、おんなじように見殺しにしたって」
何故、彼女がこんなことを言っているんだろう。
「い、痛い・・腕・・!!」
声にはっとしてようやく離した手。それを押さえて膝をついた女子生徒に他の生徒が駆け寄るのが目の端に映る。
ヒビくらいは入ったかもしれない。
「アンタ、どういうつもりよ!!」
掴みかかってくる女子生徒の腕を反射的に払って襟首を掴むと、地面に叩きつける。
反射的に、考える暇もなく手が、体が動く。
「あ、・・は、はやく行こ!」
これ以上、私の過去について喚くのならば、全員を潰せば良い。
これ以上、この人達の声を耳に入れたくない。
「・・・私・・・見殺しに、なんか・・」
何で、皆勝手な事を言うの。
何も知らない癖に。何も、見てない癖に。
するりと、身体から力が抜け落ちていくのを感じた。
「やべ・・」
時計を見ると、すっかり部活が始まってしまっている時刻。
図書委員なんて楽勝と思ってたのに、なんだかんだ雑用があって面倒なんだから、と悪態を付きながら、図書室から靴箱までショートカットをしようと窓を飛び出して校舎裏のコンクリート部分を伝って走る。
「・・?」
その途中だ。泣いている女子生徒とその生徒の肩を抱きながら走る女子生徒、そしてその2人の後ろを走る暗い顔をした2人の女子生徒とすれ違ったのは。
一瞬気になったものの、すぐに興味をなくして足を進めて、角を曲がった所に、はいた。
「あ」
俯いていてよく分からないが、何度か桃城といる所を見かけた事がある彼女だ、と何故かすぐに分かった。
彼女はだらりと力をなくして地面に腰を下ろして、俯いている。
すぐに、先ほどすれ違った女子生徒達と何かあったのだろうと予想しながらも、通り過ぎるか声をかけるか迷う。
(・・・ま、桃先輩の知り合いだし)
しかも、どうせ部活には遅れている。今更更に遅れようが変わらないだろう。
そう高をくくってリョーマはその足をに向けた。
「・・・ねぇ、大丈夫?」
声をかけると、彼女はゆっくりと顔をあげる。
ちゃんと彼女の顔を見たことは余り無いが、その色が常と異なる事は分かる。
青みがかった唇が少し震えて、何か言葉を呟いた気がしたが、耳には届かなかった。
「ちょっと、ホント、大丈夫?」
駆け寄って肩を掴む。
「・・・・っ!」
そして支えようとするのに、彼女はその手を払って、どすん、と地面に崩れた。驚いて目を見開きながらも、すぐに眉を寄せて彼女を見下ろすと、透明な目とぶつかる。
「・・・何なワケ?」
「触らないで」
瞳から涙はこぼれていないのに、泣いているように見えて、その拒絶の言葉を受けながらも、その場に固まる。
「・・・誰も、私に、触らないで」
そう言って、身体を縮こませるように頭を抱え込む彼女を前に、リョーマは立ち尽くした。
しかし、すぐに、は、とすると彼女の傍らにしゃがみ込む。
「・・・触らない。けど、放ってもおけないんだよね。」
頭を抱えて地面を見つめたままのと、その傍らにしゃがみこんで、伸ばしかけた手を所在なさ気に握りしめるリョーマ。
このままここで立ち往生していても仕方が無い。しかし、彼女の事を良く知らない自分ではどうすることも出来ない。
少しの沈黙の後、リョーマはその口を開いた。
「桃先輩、呼んでくる。」
それに対して彼女は何も言わなかった。
遅れてきたリョーマは手塚にこっぴどく叱られたが、その後すぐに桃城の元へ向かった。
乾と打ち合いをしていたのを割って入ったのには少し驚いた様子を見せたが、小声での事を伝えると、桃城は手塚の元へ走りだした。
「部長、すんません。ちょっと抜けさせて下さい。」
突然の申し出に手塚はじ、と桃城を見た。
「理由は」
幸い、手塚の周りには追いかけてきたリョーマしかいない。
「・・・同級生が倒れたみたいで、保護者に迎えに来てもらうまで、その、1人にしておけねぇし、心配なので・・」
上手い言い訳なんて思いつかない。
バカ正直に答えた桃城に、リョーマは呆れたように息をつき、手塚はぴくりと眉を動かした。
が、ここで捨て置けと言うほど冷酷さがある訳でも無い。
「・・・越前、遅れた理由はそれか。」
「まぁ・・そッスね。」
先ほど遅れた理由を言った時は説明が面倒で図書委員の仕事についてしか伝えなかったが、桃城が手塚の所に来たタイミングとリョーマが桃城に何かを伝えたタイミングからして予測できたのだろう。
特に否定する必要も無く肯定すると、手塚はため息をついた。
「越前はすぐに着替えて桃城の代わりにコートに入れ。桃城。終わったらすぐに戻って来い。」
つまり行っても良いということだ。
桃城は頭を下げると走りだした。
リョーマから伝えられた場所まではそう離れていなくて、角を曲がるとすぐにしゃがみこんでいるの姿が見えた。
「雲雀!」
思わず名前を呼ぶも、全く反応は無い。
すぐに側にたどり着いて膝をつく。それでも彼女の顔を窺い見るのは難しい。
「おい、大丈夫かよ。」
肩をゆすると、僅かに抵抗したが、それを無視する。
「お前、今日迎えは?跡部を呼ぶか?」
「・・・・迎え・・」
ぽつりと返すと同時に、側に落ちているバッグの中から振動音が聞こえてきた。
携帯だ。
「・・悪ぃ、開けるぞ。」
それが分かっているだろうに、手を動かすこともしないを見かねて断りを入れるとバッグを開いた。
すぐに光る携帯が見えて、液晶画面には「柏木さん」と表示されている。
その名前があの、自分達を跡部の家に入れてくれた男性かどうか分からなかったが、思い切って通話ボタンを押した。
「もしもしっ」
『・・・失礼ですが、どなたでしょうか』
警戒するような声に、少し慌てながらも弁解するように「違うんです」と声をあげる。
「桃城です。雲雀の同級生の。」
『・・・あ、桃城さん。失礼致しました。』
覚えていてくれたらしい事にほっと胸をなでおろす。
「雲雀が、何か放心状態で、代わりに出たんです。あー、今、まだ校内で・・」
『申し訳ありませんが、校門までさんを連れてきて頂けますか?』
ということは、柏木が迎えに来ていて、を探していたということだ。
その事実に安堵しながら了承すると、携帯を切ってバッグの中に突っ込んだ。
「雲雀、迎え来てるってよ。校門まで行こうぜ。」
ぐい、と頭を押さえている手を取って、引っぱりあげて。
の身体に力が入っていない事も、体格差もあって簡単に立ち上がらせたはようやく桃城の顔を見た。
<<>>