ギプスが取れて、妙に目立つ柏木に抱えられての登校をしなくなって2日目。
は靴箱を開いた所で首を傾げた。
上履きの上に置かれているのは、二つ折りにされた紙。
「・・・」
かさり、と紙を開くと、一言。
”帰れ”
一瞬、止まってしまったが、は紙を乱暴に折るとポケットに突っ込んだ。
手書きではないため、男か女かは分からない。
幸い上履きに何かされてはいないらしい。一体何なんだと眉を寄せながらも上履きに履き替える。
「雲雀、具合でも悪いのか?」
声をかけられて横を見ると、朝練を終えたのであろう桃城が歩いてやってくる。
「・・・いえ、大丈夫です。」
そう言うものの、桃城に向けられたの顔は少し青くて、桃城は慌てて靴を履き替えるとの横に立った。
「教室まで送ってく。お前、顔色悪ぃぞ。」
「大丈夫。」
そうは言っても心配だ、と桃城は教室に向かって歩き出すの隣を歩いた。
「桃先輩。じゃ、また放課後。」
「おう、またな。」
途中すれ違った少年、越前リョーマに声をかけられ、返事と共に彼の頭をぼすんと軽く叩くように撫でて通り過ぎる。
リョーマはそれに眉を寄せながらも、桃城が追いかけるようにの隣を歩いているのを何となしに眺めた。
「雲雀に関わるのはやめた方が良い。」
放課後の部活を終えて着替えていると、不二からそう言われて桃城は眉を寄せた。
にプリントを届けに一緒に行った時から分かってはいたが不二はが原因で原口は飛び降りたと思っているらしい。
だが、桃城からすれば、彼女はそんなことをするように見えなかったし、動機が全く見当たらなかった。
それは、短期間ずつではあるが、テストを見てもらっていた事と、たまに原口に会いに彼女のクラスに行った時交わした言葉から、そして、この前跡部から聞いた言葉から思った事。
「・・・俺、雲雀がそんな事するように思えないんスよね。」
「でも、牧田は佳代が雲雀に苛められて悩んでたって言ったんでしょ?それ、牧田が嘘ついてるってことー?」
着替え終えた菊丸が口を挟んで、桃城を何ともいえない顔で見上げる。
「そんな訳無いだろ?佳代が飛び降りる少し前から佳代だけじゃなくて牧田も様子がおかしかった。そして、佳代を守ろうと彼女の側によく居たんだ。佳代から雲雀の事を聞いて、でも多分僕達に迷惑をかけまいと口止めされてたからじゃないかな。」
「でも、証拠は無いだろ?」
話を近くで聞いていた大石が困ったように言うも、不二は折れない。
「証拠が無いからって放っておけば、また佳代みたいな被害者が出てくるかもしれない。僕は、そんなの許せない。」
「不二・・・」
桃城は、完全にを犯人だと決めつけている不二と、どちらかと言うと不二と同じ考えの菊丸と大石、そして頷いている乾にため息をついた。
不二と共にに会いに行った翌日の部活終わりに、桃城は牧田に話を聞こうと思っていた。
それなのに彼女は春休みの間休み続けて、ようやく昨日学校に出てきたと思ったらまだ本調子じゃないからと部活に来ていない。
本当に原口が雲雀に苛められていると言ったのか、それが聞きたいのに、短い休み時間ではそんなことを聞くにも聞けない。
(でも、雲雀は絶対にやってない)
「原口とは、親しかったのか?」
不二先輩と一緒に、雲雀を訪ねて跡部さんの家に行った時。
不二先輩が部屋を出て行って、泣き出した雲雀を跡部さんが宥めて、跡部さんの家に招き入れてくれた人が雲雀を連れて行って。
最後には俺と跡部さんだけが部屋に残った。
「あ、はい。」
何を言って良いのか分からずに突っ立ってた俺に声をかけたのは跡部さんだった。
「・・・そうか。」
跡部さんは息をつくと、座るように目線で合図して、自分は雲雀が座っていた席に腰掛けた。
すぐにメイド服を着た女性が入ってきて、さっきまで出ていたカップを下げて2客、紅茶の入ったカップをテーブルにおいて出て行く。
「・・・・あの、雲雀が言ってたのって、どういう意味っスか」
暫く沈黙が流れて、俺は、気になっていた事を思い切って口に出した。
佳代と母親がどうだとか、自分の言葉が佳代を傷つけていただとか。大体、何で雲雀は跡部さんの家にいるのかもよく分かんねぇし、って思い始めると頭のなかがぐちゃぐちゃになりそうだ。不二先輩が雲雀の事を目の敵にしてるっつーのも、わけわからねぇってのに。
「・・・少し落ち着け。一度に複数のことを考えても良く分からねぇで終わるだけだ。」
呆れたように言われた言葉に、俺はびっくりして跡部さんを見た。
周りから顔に出やすいとは言われてたが、そんな分かりやすいのか。俺。
「が、言っていた言葉だったな・・・」
話かけて、跡部さんは言いあぐねるように口許を手で覆った。
少しの沈黙。
言うべきか、言わないべきか迷っているのが見て取れるくらい、跡部さんは迷っている。
そんなに言いにくい内容なのか。
でも、俺は知る必要がある。
「・・・・原口が、の・・自殺した母親に被る、とが言っていたことがある。」
出てきた言葉は、がつんと頭を殴るような、重さを持つ内容だった。
雲雀の母親が、自殺、していたっていうのも初耳だし、その母親に、佳代が似てるって?
「自殺したのは、が7歳の時。・・その母親は当時は家庭の事情で相当参ってたらしく、彼女がその中で助けを求めた相手が、幼いだった。」
明かされるその、想像を絶する彼女の過去と、俺が知ってる雲雀が結びつかない。
あいつは、確かにすっげぇ無愛想で、でも、話をすると案外話しやすい奴で、俺の英語とか、案外面倒見も良くて。
「は、何度か原口が苛められている場面に出くわしたらしいな。それでその時、原口のを見る目が、母親がかつて自分にすがってきた時の目と被ったんだとよ。」
あぁ、だから、苛々したようにしながらも、手を差し出してくれたんだろう。
いや、多分雲雀が言ってた通り、本人は手を差し出したなんて思って無い。ただ、見てられなかったんだ。
話を切って、跡部さんは、喉を潤すように紅茶を口に含んだ。
「・・・・の母親は、マンションの屋上から飛び降りて命を落とした。」
じとりと、視線を向けてきた跡部さんの目は、睨むようにも、苦しそうにも見えた。
「ここまで言えば分かるだろ。」
これが、何で雲雀が、佳代が飛び降りた事を深く気にしているのか、助けようと一緒に飛び降りたのかの答えなんだろう。
それから、跡部さんと何を話したのかはよく覚えていない。
唯、俺の足はそのまま、佳代が入院している病院に向かっていた。
昔から病院に縁がなかった俺は、この慣れない消毒液の臭いやそれ以外のよく分かんねぇ臭いに、なおさらこの病院が非現実的なものに見えてしまう。
でも、ここが、佳代の命をつないでいる。全然非現実的なんかじゃない。苦しいくらい現実だ。
「・・・早く、起きろよ、佳代。」
単調な機械音が響く病室。眠り続ける佳代は、何で屋上から飛び降りたんだ。
何で、起きてもおかしくない筈なのに、起きないんだ。
全てを正しく知っているのは佳代だけなのに、彼女の口から真実を聞くことは出来ない。
今までは学校行って、適当に授業受けて、夢中でテニスして、で、帰って飯食って寝て。
悩む事と言えば、どうしたらテニスうまくなるか、とか、赤点だけは避けねぇとな、位だったのに、今は部活中もふとした時に、佳代と雲雀のことを考えちまうし、授業中は尚更いろいろ考える。
悩むのは性に合わねぇのに。
「・・・・起きて、くれよ」
無意識に口から出たのは、自分でも驚くくらい情けない声だった。
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