Dreaming

君を照らす光 #12



桃城君は純粋にプリントを届けてくれたんだろうけど、不二先輩は、きっとあの日の事を聞きに来たのだろう。
ゆっくりとむき出しの足で芝生を踏みしめる。のろのろとしか歩けないのがもどかしいが、不二先輩と話すまで時間を稼ぎたい気持ちもあって。


(・・・さむい)


気温は決して寒くはない。なのに、手先が冷える気がして、両手の指先をこすり合わせながら見えてきたガラス張りになっているテラスに視線を向けた。
視線は合わないけれど、見えるのは2人の姿。

ガラス張りになっている部分は夏は開いて開放できるようになっている。右脇にある取手に手を付くと、私に気がついた2人の視線が突き刺さった。
そしてすぐに桃城君が立ち上がって開けるのを手伝ってくれる。


「・・・ありがとうございます。」


ついてきていたフランとルークは寂しそうな声をあげて、私が中に入っていくのを見送っている。


「あ、いや。怪我、大丈夫か?」


右手はギブスがはまっている状態だし、元来、包帯や湿布を好まない私はそんなに酷くは無い部分についてはそれらを取っ払ってしまったから、青く内出血して腫れている部分や多少の裂傷が見えている。大丈夫だとは思っていないのは彼の顔を見ても明らかだろう。


「・・・はい、だい・・」


それでも、反射的に大丈夫だと答えようとして、私は言葉を詰まらせた。


”雲雀さんも、嘘つくんだね”


原口さんのあの言葉が引っかかって。


「・・・・余り、大丈夫じゃないです。」


言い直すと、桃城君は微妙な表情をした後、少し笑った。


「そりゃそうだよな。悪ぃ。」
「いえ。」


答えながら、恐らく柏木さんが用意していてくれたのだろうスリッパを履いて椅子に座った。
汚れてしまうだろうが、足を拭くのは億劫だ。


「それで、聞きたい事って、何でしょうか。」


テーブルに置かれていた紅茶の入ったカップを手にとって口に運ぶと、調度良い温度で、こくりこくりと知らずのうちに乾いていた喉を潤した。


「・・・他でもない、原口佳代の事だよ。」


予想通りの返しに、私はかちゃりとカップを置いて不二先輩を見た。
鋭く見つめる彼の目。どうして、彼はこんなに厳しい目を私に向けているのだろうか。


「佳代と、屋上で何を話したの。」


問われて、私は口を開くことが出来なかった。
予想していた質問ではあるが、正直言って、あの時のことで覚えていることは酷く断片的だ。
どう答えるべきか考えていると、不二先輩はそれを怪しむかのように目を細めた。


「答えられない?」


その責めるような言い方と表情に違和感を覚えたのは私だけではなく、桃城君もみたいで、驚いたように不二先輩を見ている。


「・・・・何が、言いたいんですか。」


自然と私の返しも刺があるものになってしまうけど、仕方がないと思う。全く、身に覚えが無いのだから。


「いや、佳代が飛び降りるように、君がけしかけたんじゃないかな、と思ってね。」


一瞬、何を言われたのか理解できずに固まっていると、桃城君ががたりと音を立てて椅子から立ち上がったので、は、と頭が再度言葉の意味を理解し始めた。


「何言ってるんスか!雲雀は、佳代を助けて・・」
「牧田から、聞いたんだ。」


反論する桃城の言葉をぴしゃりと切った不二は、そう言って私を見た。


「牧田愛子。もう一人のマネージャーだよ。彼女は、佳代が君に苛められていたと、僕に話してくれた。」
「・・・何スか、それ。」


動揺に揺れる目をした桃城君と目があって、私はうまく動かない頭を必至に動かす。
牧田愛子についてはよく知らないが、原口さんと同じマネージャーなのであれば、彼女と親しかったのだろう。
そして、今、彼は何と言った?
その牧田さんが、原口さんから私に苛められていると言っていた、と?


「・・・苛め・・って、どういうことを言うんでしょうか。」


私は、彼女を苛めた自覚はさっぱり無い。


「確かに、彼女の気に障るような事や、突き放すような事を言ったのは事実ですが・・」


果たしてアレを、彼女はいじめと取っていたのだろうか。


「君はそんなつもりは無かった、だなんて、言い訳にならないよ。佳代は、ずっと悩んでいたんだ。でも、僕達に迷惑はかけたくないからって、黙って・・」
「ちょっと待って下さいよ!」


つまり、不二先輩は、私が原口さんの背中を押したって言ってる?


「雲雀さんが言った事を佳代はそうは思って無かった!逆に、助けて貰っているって、言って・・」
「それは桃に心配かけない為だったんじゃないのかな」


原口さんが、どう感じてたかだなんて知らない。
でも、本当に私が彼女の背中を押したのだとしたら。

さっと血の気が引くのを感じて、知らず知らずのうちに手を握りしめる。


「最初は助けるふりをして、佳代が君を信用した途端、手のひらを返したように苛め始めたんだってね。」


不二先輩が言っている言葉が鈍く頭に響いて、うまく理解できない。


「佳代を追って飛び降りたのは、まさか佳代が飛び降りるとは思わなかったから?怖くなった?だから、助けたように見せかけたんだ?」
「不二先輩!それ、証拠はあるんスか!?」


不二先輩はゆっくりと私を指さした。


「彼女、青い顔をしているよね。図星で、言い返せないんじゃないかな。」


桃城君が、目を見張る。
その瞬間、ドアが勢い良く開かれた。























家に戻ると出迎えた柏木から、青学の生徒、それも男が2人来ていると聞いて急いでテラスへと向かった。
心配しすぎだと言われるかもしれないが、暫くはあいつに気のおけない相手以外会わせるつもりは無かった。


「景吾様、申し訳ありません。」


後ろをついてきている柏木が申し訳なさそうに言う。


「・・・いや、良い。」


招き入れたのはだ。が良いと言ってしまえば、柏木が止めることは出来ないだろう。
柏木の話だと、青学の生徒はプリントを届けに来たと言っていた。そんな相手を、わざわざが家に招き入れたのは、恐らくその相手があの、屋上から落ちた件について聞きに来たからと考えるのが自然だ。

見えてきたテラスに続く扉。
俺はノックもせずに扉を開いた。

目に入ったのは、俯いているとその正面に腰掛ける不二、そしてその隣で立って困惑した表情をしている桃城。
不二と桃城は音を立てて入ってきた俺に視線を向けてきたが、は俯いたままだ。


・・っ」


杞憂では無かった。俯いたまま動かないに駆け寄って、その隣に膝を付く。
顔を覗きこんでも、は俺をちらりと見ただけだ。


「おい、何があった。」


肩を掴んで揺らしても、は目を逸らして終いには閉じてしまう。
俺は、苛立たしげに不二と桃城を見ながら立ち上がった。


「・・・どういうつもりだ。」
「どういうつもりも、僕は、彼女が佳代にしたことを確認してただけだよ。」


佳代・・・原口の事か。


が原口に何かしたって言いたいのか」
「そうだよ。彼女は、佳代を間接的に突き落としたんじゃないかって、ね。」


何を言っているんだ。不二は。
眉を寄せて桃城を見たが、彼は戸惑うように声を漏らしただけだ。


「・・・思うのは勝手だが、根拠は何だ。」


は、理由もなく人を傷つけるような奴じゃないし、原口についてはむしろ気にかけていたのを知っている。
あり得ない。


「もう一人のマネージャーが佳代から相談されていたんだよ。雲雀さんから苛められているってね。」
「・・・そいつが言っているだけだろ。お前は見たのかよ。」


不二は俺を睨みつけると立ち上がった。


「跡部は雲雀さんと親しいみたいだから庇いたい気持ちは分かるよ。でも、じゃぁ何で佳代と一緒に雲雀さんは落ちてきたんだ?何で、雲雀さんが虐めていただなんて話が出てくる?火のない所に煙は立たない。」


そう言って、不二は俯いたままのを見下ろす。


「僕は君を許さない。」


何故、頑なにを責めるのか分からない。
思い違いをしているのは分かる。だが、何故だ。


「・・・僕はこれで失礼するよ。」
「えっ、不二先輩!」


足早に部屋を出て行ってしまった不二を追いかけたくもあったが、部屋にこの状態のと桃城を2人残すわけにもいかない。


「・・・多分、不二先輩勘違いしてるんスよ。」


不二は放っておくことにしての肩に手を置くと、桃城がためらいがちに口を開いた。
そういや、前、桃城の英語の成績が悪すぎて担当教員に勉強を見るように言われたっつってたな・・。


「・・・・聞いた話だと、は原口に手を貸してたんだろ。」
「はい。言葉はキツイけど、雲雀に度々助けられてるって言ってたんスけど・・・。」


桃城の言葉にようやくが反応した。
ゆるくかぶりを振って「違う」と呟く声が聞こえてきた。


「べつに、助けようとした訳じゃない。・・・ただ、見てられなくて・・」


俺はの横にしゃがみ込むと、顔を覗き込む。


「分かってる。だが、それを原口は助けられたと感じてたんだろ、桃城。」
「あ・・はい。」


桃城も、不二の言い様に戸惑っている。つまり、完全に不二が突っ走っているということだ。
だが、あいつもバカじゃない。いくつかの条項証拠、証言をもってが原口を虐めていたと言っているのだろう。


「・・・景吾・・・私、」


沈んだ声に、はっとしてを見ると、彼女はその目に涙をためていた。


「原口さんを見てると、お母さんを思い出して・・・」
「あぁ、だから、黙ってられなかったんだろ。」


しくしくと、唯涙を流すを見ていられなくて抱きしめると、目を見開いている桃城と目が合った。


「私の言葉が、行動が、彼女を傷つけてたのかもしれない」


彼女の声は小さかったのに、重く、大きく俺の耳に響いた。


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2014.02.07 執筆