にとって、洗濯物を干すという作業は1番手のかかる作業だった。
家の中であれば気にする事無く魔法が使えるが、洗濯物を干すのはベランダだ。
一応人が居ないことを確認したとしても、どこから見られているか分からないため、手作業で行う必要がある。
「よい、しょ。」
加えて同居人は潔癖症。2日に一回はシーツやブランケットを洗う必要があり、それは当たり前だが重い。
「手伝う」
水を含み重くなったブランケットを物干し竿に干そうとしていると後ろから声がかかり、手からブランケットが無くなった。
「おかえり。早かったね。」
「あぁ、眠ぃ・・・」
欠伸をしながらもブランケットを干し始めるリヴァイに、は残りの洗濯物を見下ろした。
服やタオルは既に干していたため、残っているのは大きな毛布やシーツだけだ。
「お風呂沸かしてくるね。それ、頼んでも良い?」
「あぁ。風呂上がったら飯な。」
はーい、と返事をしたは部屋の中に入っていった。
今回盗んだものを売りさばいたお陰で暫くは動かなくても問題ない位の稼ぎが取れた。
思えば、はリヴァイと近くの市場に買い物に行くか、壁外に箒で散歩をするかくらいしかしておらず、ろくに壁内を見て回ったことが無い。
(観光地っつーと、巨大樹の森か。)
思えば、彼女は日中に外に出る時間が極端に短い。
そうと決まれば、明日にでも彼女を連れて小旅行でもしよう。そう結論付けたリヴァイは最後のシーツを干すと中に入った。
すれ違う人に相変わらずびくびくしながらリヴァイの手に縋り付くようには彼の隣を歩いている。
これから船に乗ってウォール・マリアまで向かう訳だが、船は時間によっては酷く混む。
それが少し心配だったが、朝の早い時間だったからか、人はまばらで問題なくウォール・マリアの敷地内へと足を踏み入れた。
「相変わらず、不思議だね。堀も、こんなに高い壁もマグル(非魔法族)が作ったって言うんだから。」
「此処を作ったのが誰かなんて、誰も知らない。もしかしたらお前の仲間が作ったのかもな。」
冗談交じりに言うリヴァイに、はきょとん、として彼を顔を見上げたかと思ったら、背にして歩いていた壁を見つめた。
「冗談だ。本気にすんな。」
頭をなでられながら言われて、は再び壁に背を向けると手を引かれて歩き出した。
すれ違う人はやはりの顔立ちが珍しいのか、たまにちらちらと彼女に視線を向ける。
そのたびに少し落ち着かなさそうな様子を見せるに、遠出したのは失敗だったか、と落胆するがは知ってか知らずか、見て回るのは楽しい、と漏らした。
「でも、皆可哀想だね。この壁の中のことしか知らないなんて。」
一応小声で言っているが、リヴァイは窘めるようにこつんと軽く彼女の頭を叩いた。
「おい、外で滅多なこと言うなよ。」
「あ、うん。ごめん。」
慌てて謝ると相変わらずはきょろきょろと周りを見回している。
早朝だと言うのに、町は人が多く歩いていて、物を売るもの、走り回る子ども達が近くに居る。
建物は同じようなものがずらりと並び、一枚壁を挟んだ向こうに巨人が闊歩しているというのに誰もがその脅威を知らないような顔で笑っている。彼女の言う通り、此処は箱庭のようなものかもしれない。
「あ」
ぴたり、との足が止まる。不思議に思ってリヴァイが彼女の視線を辿ると、此処では珍しく楽器を売っている小さな店があった。
「欲しいのか?」
彼女が物に興味を示すのは珍しい。
「えっと、ちょっと、触りたい。」
リヴァイはの手を引いて店に入った。
恐らく上で使い古された物が卸されているのだろう。楽器には傷がついているものが多い。
「ヴァイオリン、弾けるのか?」
手にとって眺めているのはヴァイオリン。貴族の人間しか縁が無い代物だ。
「うん。」
「おい、試しても良いな。」
店主に確認すると、2人が悪くない身なりをしているのを確認して、渋々了承した。乱暴に扱うな、と釘を刺すのは忘れないが。
はヴァイオリンを構えると、軽く調律をし、弓を弦に当てた。
一言で言えば、のヴァイオリンの音色は素晴らしかった。
貴族の家に盗みに入った時くらいしか耳にしたことは無かったしその時は耳障りな音だと悪態をついていたものの、が弾くならば悪くはない。
巨大樹の森を観光して家に戻るとリヴァイはそのまま用事があるとか適当に言って家を出た。
「ここに置いてあるヴァイオリンで1番良い奴をくれ。必要なものは一式揃えてな。」
ウォール・シーナで店を構える店主は珍しい客が入ってきたと思ったらそう言われて困惑しながらも言われるままに1番良いものを出した。
決して安くは無い。むしろ、1ヶ月分の給料よりも値の張るそれに如何するのだろうか、とリヴァイを見ていると、彼は値札を確認すると頷いた。
それに仰天するのは店主だ。確かに、目が飛び出る程高値のヴァイオリンはウォール・シーナに来る前に貴族達に買われてしまってこの店に置かれることは無い。
それでもここに住む人たちからすれば、高すぎるものだ。
「あ、と・・・弓も、ですな。」
青年が一式揃えると言っていた為、他弓やケースをだし、金額を提示するとリヴァイは腰にぶら下げていた袋を店主に渡し、必要な分を取るように言った。
身長から最初は少年かと思ったがよくよく見ると20歳は過ぎているように見える。しかし、それでもこんなに簡単に買ってしまう少年を疑問に思いながらも、店主は必要な分金貨を取り出すと、ケースに入れてヴァイオリンを渡した。
「修理も請け負っていますから、何かあれば来て下され。」
「あぁ、邪魔したな。」
店を出たリヴァイは家へと向かう。きっとは夕食の準備をして待っているだろう。
リヴァイの家は地下街でも比較的マトモなところにある。マトモとは言っても治安は悪い。但し、大部分の地下街でする悪臭があまりしない場所なのだ。
「相変わらず臭ぇな」
地下街に入ると、異臭が鼻をつく。それを振り切るように足早に自分の家がある地区へと向かう。
ヴァイオリンを持つのは初めてだが、見るからに繊細そうな代物だ。
一応慎重に運びながら家にたどり着くと、ぱたぱたと足音が聞こえてきてが顔を出した。
「おかえり。お風呂沸かすね。」
「あぁ、その前に受け取れ。」
そのまま風呂場に向かおうとするを引きとめ、ヴァイオリンケースを差し出すと、は目を見開いた。
「まさか・・」
そのケースの形状には見覚えがある。そろそろとそれを受け取るとはその場でケースを開けた。
「うわぁ!」
感嘆の声を上げながらヴァイオリンを取り出したは嬉しそうにリヴァイを見上げた。
「やる。」
「本当に?ありがとう!」
はヴァイオリンを持ったままリヴァイに抱きつくと、リヴァイは慌てて彼女を引き離した。
まだ、彼は風呂に入っていないのだ。
「もう!」
「風呂に入る。さっさと入れて来い。」
は頬を膨らませたが、ヴァイオリンをケースに仕舞うと風呂場に向かった。
そのケースを拾い上げて部屋に入るとおいしそうな香りが漂う。
ケースをソファに置き、鍋を覗き込む。
昨晩、がふらりと外に散歩に出かけたがその際取って来たという魚は見慣れないものだった。
海も無い此処では小さな川魚をたまに見かけるが、量は少なく、食べることはほぼ無い。
未知の食べ物を出されるのはコレが初めてではないが、微かに鼻に付く魚臭さにリヴァイは少しだけ眉を寄せた。
「あ!洗濯物取り込まなきゃ!」
そう言いながらがぱたぱたとベランダに向かう音にリヴァイも立ち上がる。
「忙しない奴だな。」
日の光が当たらない上に、この空気が良いとはお世辞にも言えない地下街に干している癖に、が来てからというもの、洗濯物からは微かに良い匂いが漂う。
これも魔法らしいが、その匂いをリヴァイは気に入っていた。
その香りを堪能しながらと共に洗濯物を籠に放り込むと後はがやってくれる。
本当に魔法というのは便利だ。
「もうすぐお湯沸くから、お風呂入って来てね。」
「あぁ。」
洗濯物を回りに浮かび上がらせながら部屋の中に入っていくを見送って、リヴァイは浴室へと向かった。
身体を洗っていると、かすかにヴァイオリンの音色が聞こえてきてリヴァイは口元を緩めた。
音楽を嗜む趣味は無かったが、彼女の奏でる音を聞くのも悪くは無い。
手早く身体を洗い流し、風呂を出たリヴァイは髪をふき取りながら部屋へ向かった。
だんだん大きくなる音。ドアを開けると楽しそうにヴァイオリンを弾くの姿があった。
「あ、煩かった?一応家には防音魔法をかけておいたけど・・。」
「なら構わない。」
部屋に入ってきたリヴァイに気が付くと、はヴァイオリンを置き、キッチンへ向かった。
もう準備は終わっているのか盛り付けるだけだ。
「食ったら聞かせろ。」
盛り付けながら言われた言葉にが驚いて振り返ると、彼女はすぐに笑顔になって頷いた。
こんな穏やかな日常をリヴァイは酷く気に入っていた。
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