その日、珍しい来客にはドアの前に立ち尽くしていた。
この家を尋ねてくる人は今までおらず、リヴァイからは人が尋ねてきても決して開けるなと言われていたのだ。
「調査兵団の者だが、リヴァイ殿はご在宅だろうか。」
調査兵団、という名前は聞いた事があった。この壁の中に存在する軍隊。壁の外の世界を調査する部隊。
彼らの姿は何度か壁の外を散歩している時に見た事がある。
「・・・」
そんな人がリヴァイに何の用なのだろうか。地下街で見かけたような悪い人間では無いにしても、誰が来てもドアを開けるなといい含められていた為、はドアノブに伸ばしかけた手を引っ込めた。
「・・・君は同居しているという、、であっているか?」
ドア一枚隔てた先に人の気配を感じ取ったのだろうか。言い当てられて、はびくりと肩を揺らした。
「は、はい。」
反射的に動いた口をはっとして両手で押さえたがもう遅い。
「ここの治安の悪さは理解している。リヴァイ殿の帰宅予定日だけ教えて貰えないだろうか。」
「えぇっと・・・」
帰宅予定日でいうと今日。それも間も無く。それを言ってしまって良いのか悩んでいるとドアの外から慣れ親しんだ声が聞こえてきた。
「おい、お前・・・。」
リヴァイだ。ほう、と息を吐き出し、はドアの鍵を外すと顔を覗かせた。
尋ねてきた人物はリヴァイの方を向いていてからは彼の背中だけが見える。
「突然ですまない。君に相談があってね。」
リヴァイは眉を寄せて困惑したようにエルヴィンを睨みあげたがすぐにドアの隙間からの顔が見えて舌打ちをした。
「、家の中に戻れ。鍵は閉めとけよ。」
「あ、うん。」
その声に、エルヴィンも背後を振り返り、に視線を落とす。
入手した情報だと10歳程度の幼女と言われていたが、それよりも少し幼く見える。
笑いかけてやると、目を丸くした後、ドアをばたんと閉めて引っ込んでしまってエルヴィンは苦笑した。
「人見知りなんでな。場所を変えるぞ。俺に話があるんだろ?」
頷くエルヴィンを尻目に、踵を返したリヴァイは足早に家の前を後にした。
「誰が尋ねてきても無視しろっつっただろうが。」
あの後、2時間程たって帰宅したリヴァイはに正座をさせ、その前に腰を下ろした。
確かに言いつけを破ったのは。返す言葉も無く小さくなって俯いていると頭上からため息が聞こえてきて顔をゆっくりと上げた。
「・・・さっきの男はエルヴィン・スミス。調査兵団の兵士長だ。」
「へいし、ちょう」
耳慣れない言葉を繰り返す。
「単刀直入に言うと、調査兵団に勧誘された。」
「え」
という事は、一兵士になる、ということだ。
そして調査兵団の人間は壁の外で時々見かけるため、外の調査を行う兵団なのだろう。
そんな危険な兵団に属するということに不安を感じては眉尻を下げた。
「・・悪い話じゃねぇし、アイツには借りもある。」
つまり、その話を受けるのだろう。
そうなると自分はどうなるのか。の不安はだんだんと大きくなり、目に涙がたまる。
この世界で唯一心を許せる人間を喪失するには、まだ彼女の心は癒えていなかった。
「そんな顔をするな。エルヴィンには話をつけてある。兵舎にはお前も来て良いそうだ。その代わりいくらか仕事を頼むことになるかもしれねぇが・・・」
言い終わる前には立ち上がってリヴァイに飛びついた。
座っていたリヴァイは後ろに左手をついて、自分と右腕で咄嗟に抱え込んだを支える。
「私、一緒に行ける?」
「・・・今の話を聞いて行けないと思うか?」
ため息をついて、とんとんと右手で背中を叩くとはぐりぐりとリヴァイの胸に顔を押し付けてきた。
ぐす、と鼻をすする音に、まだ風呂にも入っていないのに、と文句を言いたくなるがそれを堪えて落ち着くのを待つ。
「数年は窮屈な思いさせるかもしれねぇが、外にいるよりかはマシだろ。」
こくこくと無言で頷く彼女に、妙な満足感を感じながらもリヴァイはティッシュに手を伸ばして彼女の顔に押し付けた。
はその身体的特徴(東洋人の血)に加え、極度の人間不信から1人で買い物に行くのもままならない。それを放置するどころか助長させているのは他でもないリヴァイだ。
(両親は俺を捨て、仲間と呼べそうな奴も金次第で裏切る。コイツだけは)
ずず、と鼻をかむ音がして、いやな予感にリヴァイは自身の胸の辺りを見下ろした。
そこにはしっかりと濡れた痕があって、ち、と舌打ちを漏らすとが慌てて杖を向ける。
一振りすると綺麗に痕は消え去り、リヴァイは鼻を鳴らした。
「飯、できてんのか。」
「あ、うん。」
自分でティッシュを取り涙を拭っては立ち上がった。
宿舎への移動は3日後に決まった。
当時の訓練兵のカリキュラムは2年。それも現在は今年の訓練兵が入隊して9ヶ月が過ぎた頃合。最初の適正テスト次第ではあるが、エルヴィンの話だと現在の訓練兵に編入する形で訓練兵となるだろう、ということだった。
「その間、お前はエルヴィンの手伝いだ。くれぐれも、魔法は使うなよ。」
「う、うん。」
こちらに来て、リヴァイ以外の人と長時間共に過ごしたことが無いとしては不安で仕方が無いが、そうも言っていられない。
「そんな顔するな。俺が調査兵団に入るまでの1年と少しだけのことだ。」
それでも、このリヴァイと2人で暮らしていた空間が無くなることに変わりは無い。
は浮かない顔をしながらも頷いた。
荷造りを始めると3日間はあっという間で、は調査兵団の本部前でリヴァイの手をきゅっと握り締めた。
「じゃぁ、暫くの間こいつを頼むぞ。肉体労働はさせるなよ。あと、極力人、特に男には会わせるな。」
2人の正面に立つエルヴィンは彼の過保護ぶりに苦笑しながらも頷いた。
「、何かあれば直ぐに教えろ。」
「うん。」
涙が出そうになるのを堪えてリヴァイを見上げるとぐしゃりと頭を乱暴になでられた。
握り締めていた手を離すとリヴァイは背を向けて歩き出す。
「土日には会える。だからそんな泣きそうな顔をしないでくれ。」
困ったようにエルヴィンはそう言ってハンカチを手渡すと、は零れ落ちた涙をふき取った。
「先ずはお茶でも飲みながら落ち着こう。おいで。」
少女の相手などした事が無い。エルヴィンは頬を掻きながらも反対の手での手を取ってゆっくりと歩き出した。
「その子が例の?」
歩いていると前方からやってきた長身の男がエルヴィンに尋ねて来て、エルヴィンとは足を止めた。
「あぁ、ミケ。彼女はだ。何かとフォローして貰うことになるかもしれないな。よろしく頼む。」
「・・・・ミケ・ザカリアスだ。」
しゃがみ込んで目をあわせると、は目を泳がせた後、頭を下げた。
「です。よろしく、お願いします。」
「あー!!何、その可愛い子!私にも紹介してよ、兵長!」
大きな声に、びくりと肩を揺らせて視線を向けると、金髪の髪を一つに纏めた女性が走ってやってくる。
「暫く私の仕事を手伝って貰うだ。」
「ちゃん?かっわいー!私はアン。よろしくね!」
きゃー!と悶えた後ミケを突き飛ばしてアンはの手をぎゅっと握り締めた。
突き飛ばされたミケは頭を壁にぶつけて痛そうに眉を顰めている。
「・・・アン」
非難するような声もものともせずにアンは手だけでは飽き足らず、の身体をがばりと抱きしめるものだから、腕の中にいる張本人は身体を強張らせて困惑したようにエルヴィンを見上げた。
与えられた部屋は大きくも無く小さくも無かったが、一人部屋にしては少し広いように感じた。
元々余り多くは無かった荷物が運び入れられていて、早速荷解きを始める。
とは言っても魔法でやってしまうので自体は動くことは無い。
椅子に座り杖を振るうと箱から飛び出したもの達が自ら意思を持っているかのように宙を飛び交う。
当然ながら部屋の中は自分が立てる物音しかしない。それが酷く寂しく感じた。
「ちゃーん、入っても良い?」
そのとき、ノックと共に声が聞こえてきて、は慌てて杖を振るうと飛び交っていたものたちを慌てて仕舞った。
「は、はい!」
「お邪魔っしまーす!」
入ってきたのはアンで、その手にはティーセットが乗っている。
「あれ、もう結構片付いてるんだね。疲れたでしょ?ちょっと休憩しましょ。」
やはり男性よりも同性である女性の方が安心する。にっこりと笑って言ったアンには少しだけ笑って頷いた。
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