"ごめんなさい、イタチ。
どうやって貴方が生き残ったのか知ったのなら、とても怒っているのでしょうね。
でも、怒る相手はもういないわ。怒りが収まらないからって追いかけてこないでね。半殺しにして追い返すわよ。
だめね、書き始めたばかりなのにもう脱線しちゃったわ。向いてないのよ、こんなしみったれた手紙なんて書くの。
私、サソリが死んで、何もしたくなかったし、する気もなかった。
でも貴方がまだこの世にいるのなら、まぁ、それを見届けるくらいはしても良いかと。貴方がいなくなったらもう全て終わりにしようと思ってだらだらと生き永らえてきたの。
でも、貴方の命の終わりが見えてきて、そして貴方からのお願いを聞いて気が変わったわ。
守りたいものがあるなら、貴方は生き残るべきよ。
五代目火影から聞いたと思うけど、息絶えた貴方の体を転生医療忍術で蘇らせて、使い物にならない臓器を私のものと入れ替えるようにお願いしたの。
私の予想だと転生医療忍術で肺から他に転移していた病魔はある程度良くなったと思うんだけど、どうかしら。
まさか失敗して貴方も死んじゃっててこれ読めてないとか、無いわよね?そんなことになってたら、私、五代目火影の所に化けて出るわ。
まぁでも、一緒にあの世に行くのも悪くは無いかもしれないわね。そうだったら一緒に化けて出てやりましょ。
・・まぁそんな冗談は置いといて、これだけ手を尽くして貴方が死んでるはずがないわ。
結構な手術になったはずだから、お願いだから暫くは大人しくして、ちゃんと手当てを受けて頂戴。
こんな言い方は狡いって分かってるけれど、私は私の全てを賭けて貴方を助けた。
だから、勝手に死なないで。死ぬなら私の許可を取ってからにして。絶対に許可なんてしてやらないけど。
サスケは純粋でバカだから、時間がかかるかも知れないけど、絶対にまた仲の良い兄弟に戻るのよ。
これが、私が出来る、貴方への恩返し。
感謝していたのよ、これでも。
小さい頃から私のことを、支えてくれた事を。
貴方は、弟みたいで兄みたいで、とても大切な人だったわ。人のために自分を犠牲にするなんて、もうして欲しくないの。
だから、幸せになってね。
貴方は、少し我儘くらいがちょうど良いわよ。
追伸、この手紙の裏に口寄せの術式を書いてあるから呼んであげて。
知ってると思うけど、口は悪くても足は速いし意外と気も効くし良い子よ。"
最後の最後で、浸らせてくれない追伸が彼女らしい。
イタチは感情の揺れをいなすように息を吐き出すと、丁寧に手紙を畳んで封筒に入れた。一緒に彼女の血液が入った小さな瓶が入っていたのは口寄せのためだったらしい。
「お前は、いつもいつも俺に何の相談もしないで・・」
布団に突っ伏して恨み言をつらつら言う。文句を言っているのに涙が出てくるのだから不思議だ。いつぶりだ、涙なんて。
「お前くらいだよ。俺に一泡吹かせるのは・・。」
全てが手筈通り、事が終わったと思ったのに、最後の最後でにしてやられた。
なぜお前が死ぬ必要がある、と怒鳴りつけてやりたいのに、彼女はもういない。
本当にいつだって彼女は自分が向かって欲しい方向に進んでくれない。サソリに弟子入りした事だって、里を抜けたことだって。
目を閉じると、いつもの彼女が不敵に笑う姿が容易に想像できた。彼女に、会いたい。
ああ、そういえば、彼女の遺体は何処にあるんだ。まさかもう火葬してしまったのか。
思い立ったら直ぐに体が動いてしまう。
目の端に残る涙を拭って、イタチは簡易ベットから降りようとしたが、足に力が入らずに崩れ落ちる。
しまったと思った時には、自分の下にふかふかの暖かい何かがいた。
驚いて見ると、自分の影から体を半分出して支えている大きな白い狼が気まずそうな顔をしている。
「・・神威、か?」
「・・おう」
どう言う事だ。イタチはまだあの術式を発動させていないというのに。それに、出てき方ががやっていた時と同じだ。紙に書かれた術式から呼び出していればこうはならないはず、とまで考えて合点がいった。
「察しの通りだ。アイツ、結局お前の血ィ使って勝手に俺と契約させてから逝ったんだよ。」
「・・・お前、いつから近くに居たんだ。」
「あー?ずっとだよ、ずっと。お前監視ついてねぇだろ?俺がお前のお目付役。にも頼まれてるしな。」
そう言って神威は体を完全に外に出すと、鼻先で器用にイタチの体勢を正してベッドに腰掛けさせた。
「誰か呼んできてやろうか?」
「いや、いい。それよりお前、の遺体がどうなったか知っているか。」
神威はふい、と顔を部屋の壁に向けた。
「隣の部屋だ。もう培養液に浸かっちまってるけどな。」
「そうか。」
何気なしに自分の頭に手をやると、髪は下ろされている。髪紐は何処にあるのか、とあたりを見回せば、入り口付近のテーブルの上に自分の持ち物が並んでいるのが見えた。
そしてその隣の執務用の机の上には膨大な書類がある。
混乱しすぎて本当に周りがまったく見えて居なかったらしい、と自嘲して神威に髪紐を取ってくるように言うと、神威はこれまた器用に爪の先で引っ掛けて持ってきてくれた。
流石、の念が込められた髪紐だ、あの戦いの中にあって原型を留めている。細かい傷がついていたり端が少し切れてしまっているのだが。
それを大切に握り込んで、イタチはベッドの上に体を横たえた。
どうやら此処は誰かの執務室と兼用になっているらしく、視界の端に本棚が目に入る。
そう考えていると、控えめなノックの音が響いた。
「・・どうぞ。」
正直、暫く1人にして欲しかったが仕方がない。軋む体を起こしながら言うと、そろりと扉が開いて先ほどの女性が入ってきた。
手には粥の入った黒塗りの碗と匙がある。
「ひぇっ、あ、神威さん、でしたか。」
神威に驚いた拍子に盆を落としそうになるがなんとか持ち直して女性、シズネはそろそろと中に入ってきた。
「いい加減、いちいち俺にビビるなよなァ。」
「しょ、しょうがないじゃないですか!」
むっと言い返して、シズネは粥をサイドテーブルに置いた。
「自己紹介がまだでしたね。私はシズネです。」
「・・知っているとは思うが、うちはイタチだ。」
不思議な気分だ。木の葉の人間と自己紹介し合う日が来るとは。落ち着かなさを感じながらイタチは手の中の紙紐を指の腹で撫でた。
「お粥、食べれそうならどうぞ。無理はしなくて良いですからね。」
そう言ってシズネはイタチの検温を手早く済ませると、執務机の上から何冊か冊子とファイルを取って出て行った。
気を遣ってくれたのだろう。いつの間にか神威もいない。おそらく彼は足元に隠れているだけなのだろうが。
「神威、出てきてくれ。隠れられていると落ち着かない。」
1人にして欲しいと言うのは真実だが、動物は別らしい。
何だよ折角気を遣ってやったのによォ、と文句を言いながら出てきた神威はちょこんとイタチの足元でおすわりをした。
の遺体との対面を許されたのは翌日の事だった。
その頃にはもう何か支えがあれば歩けるようになっていて、検診をしてくれたサクラは人外を見るような目でイタチを見るものだから、彼が軽く傷ついたのはここだけの話だ。
「・・。」
水槽に漂う彼女は紺の手術服を身につけていた。培養液は決して良い匂いはしない。
だが、そんなものは全く気にならないくらいに、イタチはだけを見つめてその水槽のガラス板に手をついた。
「・・俺はからどの部位を移植されたんだ。」
退室しようか迷っていたサクラは声をかけられて顔を上げた。イタチは未だ水槽の中のを見つめたままだ。
「から事前に渡された資料からだと、両肺と腎臓、腹膜、喉頭の移植が必要だと推測していたんですが、思ったより転生医療忍術で病状が好転していたので」
サクラも最初に綱手から事情を聞いた際には驚いた。未だ生きているのが信じられないほどの体だったのだ。
「左側の肺と、腎臓だけです。右側の肺については引き続き治療が必要ですが、以前に比べると格段に良くなってますよ。」
「そうか。」
サクラもイタチの視線の先、を見つめた。手術のあと直ぐに培養液に入れたため綺麗なものだが、流石に顔色は青白く生気は全く感じられない。
暫く沈黙が続いたが、サクラは思い切って口を開いた。
「私、とは班が一緒だったんです。」
イタチは何も言わないが、そのまま続ける。
「最初は、凄いできるくせに班員を助けようとしないし、自分勝手だし、サスケ君に絡まれるし、何このムカつく女って思ってました。」
ここで暴言が出てくるとは思わなかったのか、イタチは珍しく驚いたようにガラスにうつるサクラを見た。
「でも、なんだかんだ手は貸してくれたし、頼りになるし。それに、少し憧れもありました。彼女みたいに私も強くなりたいって。」
何故イタチにこんな取り留めのない話をしようと思ったのかは分からない。
未だ極秘扱いになっているの死はナルトにさえも伝えられていない。の事を知っている人物で彼女の死を知っているのはカカシだけだが、彼も別方面で忙しく中々ゆっくりと話すのも叶わない状況だ。
だからだろうか。彼女と面識があり、且つ既にこの世を去ったことを知っている人と、彼女の話をしたい、などと思ったのは。
「・・私がそう簡単に死ぬわけ無いでしょって言いながら出てきそうな気がするんです。まだ。の死亡を確認したの、私なのに。」
移植手術が終わったあと沢山泣いたはずなのにまた涙が溢れてきた。
「里を抜けた事、怒ってやろうと思ってたのにっ・・勝手に死んじゃうんだから、最後まで、ほんと、自分勝手よ、アンタ」
嗚咽交じりの恨み言を聞きながら、イタチは額を水槽のガラスにこつんと預けた。
至近距離にの顔がある。その顔は穏やかだ。
(なぁ、俺は寂しいよ。お前がいなくて。)
瞳を閉じると容易にが笑っている顔が思い浮かぶ。親愛かどうかなど知らないが、確かに彼女のことを愛しく思っていた。
彼女はそれを求めてはいなかったが、守りたい存在だった。それなのに、の命で今イタチは生きている。そんなこと、あるだろうか。
イタチは立っていられなくなってその場にへたり込む。
慌ててサクラが駆け寄ろうとする気配を感じるが、イタチは静かに手で制した。
「悪いが、1人に・・と2人にさせてくれ。」
結局イタチはの遺体が安置されている部屋から3時間ほど出てこなかった。
あの寒い部屋に病み上がりどころか要治療の患者を放置するなど出来ず、途中神威に白湯に膝掛けと座布団を何枚か持たせて渡してもらった。本来であれば30分程でベッドに押し込む所だが、綱手も好きにさせてやれと言うのでサクラはひやひやとしながら彼が出てくるのを待った。
そして3時間後、部屋から出てきたイタチの目元は少し赤くなり、体には培養液の臭いが染み付いていた。体調はどうか、と尋ねる前に、出てくるなり綱手と話させろと言うので、慌てて取り次いだ。
「1ヶ月で体を戻します。その後は木の葉の忍としてで無くても良いので、対暁の作戦に、参加させて頂きたい。」
「1ヶ月、というのは了承できないが、まず言っておこう。お前は既に木の葉の忍だ。イタチ。いや、 イチ。」
聞き慣れた苗字に、耳慣れない名前。イタチは説明を求めるように綱手を見た。
「から受け取った冊子の最後のページには、お前の今後について提案が書かれてあったよ。」
そう言いながら綱手は冊子を引き出しから取り出すと、イタチに投げてよこした。
「名前はイチ。そこに貼り付けてある写真の男に似せて変化し、五代目火影の直属の部下としてサスケ奪還の任にあたらせる。だそうだ。」
写真に写る男は、忘れようとしても忘れられない人物だ。
の父で、イタチの指導をしてくれた男性。
「写輪眼は基本的には使ってくれるなよ。まぁ、サスケ奪還ならナルトの班と一緒になるだろうから、最悪使っても良いんだがな。」
「ナルト君は、俺が生きている事を知っているんですか。」
「いや、まだ知らせていない。が、そのうち教えようとは思っている。」
10ページほどの薄い冊子。イタチは最後のページを閉じて綱手に返そうとしたが彼女は首を横に振って拒否した。
「もう必要のないものだからな。好きにして良い。あぁ、あとこれも」
もう一度引き出しを開いて取り出したのは、見覚えのある文字が刻まれた赤い紐だ。
「が此処に来るまでに使った印、だそうだ。これは無事、事が運んだらお前に渡すように言われた。これも好きにすると良い。」
机に置かれたそれをイタチは手に取るとじっと見つめた後ポケットに入れた。
「さて、リハビリをするにしても先ずは食事からだからな、と言うはずだったんだが、お前、もう歩き回れるのか。信じられない回復力だな。」
「サクラさんにも言われました。俺は悪運が強いらしい。」
「そこは喜ぶところだぞ。」
呆れたように言われて、イタチは苦く笑った。
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