まず、イタチを連れて跳んだのは中継地点として借りていた宿だった。そこでイタチの体に自分のチャクラと生体エネルギーを分け与える。
イタチを蘇らせたとしても後遺症が残してしまっては意味がない。ここ最近治療を続けていたのもあってのチャクラはよく彼の体に馴染んだようだった。あと数時間は肉体を保持できるだろう。
「そろそろ行こうか、イタチ。」
神威が火影の元へたどり着くのを待って、は布団に横たえていたイタチの体を抱き上げた。
のエネルギーを使っているからか微かに温かい。このまま、目を開けても違和感がない程だ。
今までイタチに抱き抱えられたことはあっても、が抱えることなど無かった。
不謹慎だが、それが面白くて少し笑うと、円の範囲を広げ、綱手に送った紐を補足して跳んだ。
跳んだ先は窓の無い、真っ白な部屋。そこに居たのは綱手とシズネと神威、そしてサクラだった。
何かを言いたそうにしているサクラの前を横切って手術台にイタチを乗せ、は綱手を見た。
「すぐに蘇生を始めるわ。」
そう言いながら上着を脱ぐと、その両腕にはびっしりと術式が描いてあった。
「っ!」
たまらずサクラがその名を呼ぶと、はサクラを振り返った。
「イタチを頼むわよ、サクラ。死なせたら化けて出てやるんだから。」
サクラの隣にいた神威がに擦り寄り、鼻先を擦り付ける。
「神威も。宜しくね。無理し始めたら噛み付いてでも止めてよ。」
「しょうがねぇなァ。」
は綱手をもう一度見ると、イタチに向き直った。手術台の横に置かれた椅子に腰掛け、その心臓に両手を重ねる。
手のひらから青白い光が迸り初めて、は目を閉じた。
手に自分の命が集まり、放出されていくのを感じる。それに伴い、手首から心の臓まで続く術式がぞろぞろと動き出し、の指先を伝って彼の心臓の上、そして末端へと移っていく。
五感が徐々に失われていって、最後には座っているのか倒れているのか何も分からなくなったが、全てが黒に塗り潰される直前、暖かい何かに包まれたのを感じた。
サクラの目の前での体が揺らぎ、横たわるイタチの上に倒れこむ。それと同時に、イタチは息を吹き返した。
その手がぴくりと動き、腕が持ち上がったかと思うと、の倒れ込んでいた上半身をしっかりと抱き締めたのだ。
「サクラ!ぼさっとするな!」
サクラは涙が止まらなかった。
「っはい!」
慌てて涙を拭って、の体をイタチから引き剥がす。イタチの意識は戻っていないというのに、その力の強さに驚きながらも、指を一本一本離して、の体を隣の手術台に横たえる。
「シズネはイタチの臓器の状態を確認しろ。3分以内だ。」
綱手はそう指示を出しての隣に向かう。
顔を覗き込むと、その顔は安心したように笑っていた。
久しぶりに、長く、ぐっすりと眠った気がする。
海底からゆっくりと、ゆらゆら海面へと向かうかのような感覚。
瞼の向こうから入り込む光が眩しい。
眩しい?行く先はてっきり地獄だと思ったのだが、こうも明るいところなのか。
「んん・・?」
そろり、と目を開けると、白い漆喰の天井が目に入る。電飾の周りに広がる細かなレリーフはなんだか見覚えがあった。
「ちょっと、待って・・」
布団をはいで、ベッドから降りると裸足のまま日の差し込む窓へと向かう。
窓枠に手をつき、窓の外を覗き込むと広い中庭には薔薇が植えられていて、アーチまである。
あれは、遠い昔、の母の趣味で植えられた薔薇だ。その後は自分も好んで偶に手ずから手入れをした、覚えがある。
「どういうこと・・?」
茫然としていると、部屋をノックする音。
「様?」
は、としてはドアに向かって足早に歩き始めた。
「茅野!?」
ドアを勢いよく開けると、驚いた顔の女性。あぁ、そう、彼女は茅野だ。幼い頃からの世話をしてきてくれた女性。
「如何されたのですか、裸足でそんなに慌てて。らしくありませんよ。」
は卒倒しそうになるのを何とかこらえて、額をおさえた。
「・・今日は体調が優れないみたいなの。」
「まぁ、ますます珍しい!学校はお休みになりますか?」
「ええ。」
朝食は体に優しいものにするとして、1時間後に主治医を呼びますから横になっていて下さい、と少し慌てたように言った彼女は既にいない。
はベッドに腰掛けると、頭を抱えた。
それから暫く、新聞を読んだりテレビを見たり学校に行ったりして分かったことは、ここが1番最初のが暮らしていた場所だということだった。
学校に行けば朝から鬱陶しいくらい跡部一色。幸い違うクラスだから、多少は平和だが、隣の席の丸メガネの関西人が何かと絡んで来るせいで落ち着かない。
「やからさっさと跡部とくっついてや。毎日毎日ちゃんの様子報告させられる上に募る想いを聞かされる俺の身にもなってぇや。」
「知らないわよ、そんなの。そんなことより、ちょっと此処教えて。」
そう言ってはノートを開いた。解きかけの数学の問題。
「・・こんな事言いたか無いんやけど、自分最近どうしたん。こんな問題、前なら瞬殺やろ。」
そりゃそう来るだろうと思った。しかし、十数年のブランクは想像以上に辛く、は日々遅れを取り戻す日々。次の試験まで余り日数のない今一分一秒でも無駄にできないのだ。
「此処だけの話、私ここ数年の記憶があやふやなのよ。」
「はっ!?」
嘘は言っていない。
神妙な顔をして一呼吸置いた後のカミングアウトに忍足は素っ頓狂な声をあげた。
「この前1週間くらい休んだでしょ。あの時にちょっとね。」
合点がいったのか、忍足は「せやったんか」と同情するように視線を落とした。
「そういう事ならいくらでも教えたるわ。ま、部活があるから放課後は無理やけど。」
「ええ、そこまで求めてないわ。あと、この事は・・」
「分かっとる。そんな口の軽い男と違うで。そんでこの問題やけど・・」
すらすらと解法を書いていく忍足は一通り書き終えて、ペンを置いた。
字も綺麗で分かりやすい解法をは彼の解説に相槌を打ちながら消化していく。
「にしても、少し変わったな、ちゃん。」
「そう?」
「おん。やって前やったらそんな事情あっても絶対俺とかに聞かんかったやろうし。」
確かにそうだと思った。
以前のだったら、きっと誰にも頼る事なく学校を休んででもキャッチアップを1人で終わらせただろう。
だが、は最後の最後に、命を賭して守ったものを他人に託し、そして助けてくれと懇願した。
あんなに人に頼ったのは2度の人生を経験した中でも初めての事だった。
にとって他人に頼るのは悪だった。
最初に生を受けたのは日本でも有数の財閥の長女。
覚えている範囲で最初に教えられたのは弱みを決して見せるな、笑顔を絶やすな、だった。
だが、イタチを綱手に託した時、本当に苦渋の選択ではあったのだが、人に何かを託すのも悪くはないと思った。
命を繋いでいくのに人の手を借りない事など出来ないのだ。それが誰であろうとも。
それがあったからだろうか、誰かの手を借りる事に抵抗が無くなったのは。むしろ使えるものは使い倒す方に傾いた気がする。
「・・ま、そんなことより、今日の午後から転校生来るらしいで。」
「へぇ、このクラスに?」
の表情から彼女が意識を飛ばしたのを見て取って、忍足は話題を変えた。
胡散臭いと貶すことが多いが、彼は正しく空気が読める男だ。感心する。
「性別までは知らんけどな。脚が綺麗な女の子やとええなぁ。」
「そういう事言うから貴方変態って言われるのよ。折角綺麗な顔してて頭も悪くないのに、勿体無い。」
丸メガネは賛否両論分かれるところだが、その人を選ぶメガネは彼に似合っていると思うし、人によってはもさくなってしまう髪型だって似合っている。
事実彼は跡部の影になってそこまで目立つわけではないがモテる。
「変態て・・面と向かって言って来るのちゃんくらいやで。」
困ったように笑った忍足は教卓側の扉が揺れたのを見て「噂の転校生のお出ましみたいやな」と身を乗り出した。
大人びているのにこういうところが年相応になるのだから可愛いと思う、と言うと珍しく照れたように笑って誤魔化された。
「皆さん、今日は転校生を紹介しますね。」
そう言った担任の女性に続いて入ってきたのは、燃えるような赤い髪の少年だった。
なんや男かいな、と残念そうな声が隣から聞こえてきたが、は入ってきた少年を見て目を見開いたと思ったら思わず立ち上がっていた。
がたり、と椅子が床と摩擦する音が響いて、興味なさそうに下を向いていたクラスメイトも顔を上げる。彼女のその行動に、隣にいた忍足だけではなく、クラスメイト全員が驚いたように彼女を見た。
そのを正面から見つめる転校生はというと、人形のような顔をにやりと歪めて口を開いた。
「よォ、久しぶりだな。」
初めて彼女の引きつった笑いを見た気がする、とは隣の席のO君の証言だ。
おしまい