Dreaming

これが私の生きる道 #30

イタチから例の頼みごとをされたあの日、今後の展望を全く望めないでいたはようやく自分のやるべきことを見つけた。
いつ失っても良いと思っていた自分の命の使い道を見つけたのだ。
それは、幼い頃から自分を支えてくれたイタチへの恩返しと、この現実からの逃避だった。

イタチにも伝えてはいないが、サソリを失って核を取り戻した後、はチヨの墓にその灰を埋葬していた。その際にエビゾウと邂逅を果たしており、チヨの転生医療忍術の資料を受け継いでいたのだ。
孫の弟子は、弟子みたいなもんだからのー、やるよ、ホレ。なんてふざけた事を言いながら渡されたそれを貰った時に真っ先にイタチの姿が思い浮かんだが、彼が甘んじて術を受け入れるとは考えられず、暫く置いておいたが、こんなに早く読み返す事になるとは。元々医療忍術に精通していたこともあって順調にチヨの残した資料の読解は問題なく進んだ。

(でも、流石に1人でやるには無理がある。転生医療忍術を使ったとしてもイタチの病まで綺麗に治るとは思えないし、その後の経過を診る、信用できる医者が必要になる。それも、弱ってるイタチを守るだけの力のある・・)

は息を吐き出して資料を机に置いた。
鬼鮫は、まぁ、信用できない事もないが、あの男は医療に関してはズブの素人だし任せるに不安が残る。それに暁自体が信用に足りない。イタチはマダラにとって使える駒であると同時に目の上の瘤なのだから。となると何処で匿って貰えば良いものか。とまで考えてある人物が浮上する。
面識は無いが、頼み込んでみる価値はあるだろう。

「神威、足を貸して。」

障害は多いが、噂で聞く彼女の性分ならば、そしてイタチの里抜けの真実を知っていれば飲んでくれる筈だ。五代目火影は。








月が雲で鈍く輝く夜。綱手は未だ終わらぬ調整ごとの資料確認に追われていた。身内も外もあちらこちらで火影が直接関わらなければならない程の事が起こるものだから頭が痛い。

「こんばんは」

かたん、と窓枠に手をかけて飛び込んできた影に、綱手は目を細めて声の主を見る。

「火影の寝首をかきに来るなんぞ、豪胆な奴だな。誰だ。」

一瞬にして夜の気だるい雰囲気が一変し、針の刺すような緊張感で満たされる。だが、侵入者は両手を上げて、どうぞと腹を見せるようにリラックスした様子を晒す。綱手は困惑しながらもその侵入者の顔を見た。

「お前は・・」
「直接お会いするのは初めて、よね。よ。」

その顔には見覚えがある。数年前のあの精巧な死体、あぁ、その話は綱手が意図的に闇に葬ったままだが。そしてナルトやカカシ、そしてサクラあら彼女が暁と行動を共にしていたと報告を受けたのも記憶に新しい。

「あんまり時間がないから手短に話すわね。うちはイタチのことでお願いに来たの。」

予想外の話に、綱手は眉を寄せた。イタチの里抜けの真実については、三代目火影から引き継いだ暗部極秘資料に記載があった為認識はしている。
だが、彼との連絡方法も分からなければ、どうする事もできない。一体彼女はどういうつもりで、何を依頼しに来たのか。

「・・聞こう。」
「詳しくは時間がかかるから話せないけど、彼、病で先が長くないの。だから、もう少ししたら私が転生医療忍術で蘇生するからその後、彼の治療に必要な臓器を私から移植して欲しいの。あ、あと目は別から調達して来るからそっちをお願い。その後はそうねぇ、名前を変えて、変化してもらって木の葉の忍として匿って貰えないかしら。」

矢継ぎ早に出て来た言葉は、理解が追いつかない内容だった。前置きも、行間も優しい説明もまったく無い本当に話したいことだけを凝縮して放たれたそれに、綱手は頭の中で足りない言葉を補完していく。

「待て、そもそも転生医療忍術といってるのは、あの、砂の」
「ごめんなさい、本当に時間がないのよ。気付かれる前にここを出ていかないと。」

そう言って、は腕にくくりつけていた赤い紐を外すと、綱手の机の上に置いた。

「・・貴女が決断した訳では無いのは知っているけど、里のいざこざを当時12歳の少年に押し付ける事になったのよ。まだ、才能豊かな、未来ある若者にね。当時の里の上層部は揃って能無しだったの?こんな方法しか取れなかったなんて、この里の未来本気で大丈夫かって思ったわよ。まぁ里抜けしたから別に良いんだけどね。とにかく、何が言いたいかっていうと、これくらい手をかして貰ったってバチは当たら無いと思うわけよ。」

脅すように言うと、綱手は追求するために開きかけた口を閉じた。
彼女の言う通りだ。ぐうの音も出ない。

「じゃぁ、その紐は肌身放さず身に付けててね。私が貴女のところまで移動するための印になるから。」

そして、は現状のイタチの病状との身体データ、転生医療忍術で治る見込みのある部位と移植が必要になるであろう部位の資料をその隣に置いた。

「神威、出て来て。顔合わせしておかないと。」

そう言って自分の影をつま先で蹴ると、その影からぬるりと白い大きな狼がのっそりと顔を出した。
口寄せかもしれないが、それにしてもそんな出し方は初めて見る。綱手はその大きな体躯が影から出てくるのを静かに、警戒するそぶりも見せずに見つめた。

「こちとら木の葉まで走らされてくたくただっつーの。もーちっと休ませろよなァ。」

文句を言いながら姿を見せた神威は狭い室内に辟易とした様子を見せるとの足元に体を横たえた。

「しかも狭ぇ部屋だな。火影っつーからもっと広ぇ部屋に髭面のジジイかと思ったら巨乳の姉ちゃんとか、何だこの釈然としねぇ感じはよォ。」

よく喋る忍狼だ。呆れたように見ていると、が苦笑してしゃがみこみ、神威の頭を撫でた。

「ちょっと言動がバカな時あるけど、基本的に賢い子よ。次、貴女の前に姿を現わすとしたら、この子が先に来ると思うわ。いきなり貴女のところにイタチを連れて跳んで、想定外の人にイタチの姿を見られたら困るしね。だから、この子が来たら早急に人払いをするか、その紐を隔離された場所に移動させて。」
「ああ、分かった。」

態度で了承してくれていたとは思ったが、改めて言葉で聞いて、はホッと息をついた。彼女がこのお願いを受けてくれるかは五分五分だったのだ。

「分かってるとは思うけれど、ダンゾウにも内密にした方が良いと思うわ。あと、彼、本当に悪役のまま死ぬ気みたいだから、本当に、貴女と・・そこの扉の向こうでこっちを探ってるお二人さん以外には存在を知られない方が良いわね。」
「あらら、気づいてたのネ。」

頭をかきながら入って来たのはカカシとシズネだ。

「ふふ、私のことを多少なりとも知ってる先生なら、私が気づく事くらい分かってたと思ったけれど。」
「まーそりゃ、お前は優秀な教え子だからね。」

は探るようなカカシの視線に目を伏せた。

「悪かったわよ。いきなり里を抜けて。まぁ、でも後悔はしていないけど。」
「お前、死ぬ気か。」

珍しく真剣な声色のカカシには首を傾げてみせた。

「さぁ、どうかしら。」

笑ったと思ったら、彼女も神威も、もうどこにも居なかった。何度か交戦した時に見た、不思議な術だ。印も組まずに一体アレはなんだと言うのか。
彼女の立って居た場所を凝視していると視界の端に、綱手の手が冊子を取り上げるのを捉えた。
隣に近寄って覗き込むと、事細かにイタチの様子が書かれてあってその次にはの身体データとさっきの術の話が申し訳程度に書かれてあった。
カカシにはよく分からなかったが、イタチの病状は想像以上に深刻らしく、綱手の表情が曇ったかと思うと、彼女は赤い紐を手に取った。

「それ、本当に着けるんですか?」
「ああ。彼女を信じよう。」
「・・元担当上忍の俺が言うのも何ですけど、得体の知れないヤツですよ、あいつ。」

綱手はその言葉を聞きながら、つけて居た髪紐の上から赤い紐をしっかりとくくりつけた。

「それでもだ。私は自分の目で見て信用に足ると感じたら信用することにしている。」

いつも博打で大損している彼女の言葉だと思うと何だか信ぴょう性に欠けるが、火影の言うことだ。従うしか無い。
それに、得体の知れないとは言ったが、彼女が騙し討ちをするような性分では無いのは知っている。酷くプライドが高い女なのだ、あれは。

「それで、さっきは話の内容から何となく察しましたけど、うちはイタチの里抜けの話、聞かせてもらえますよね?」
「お前が次の火影になるならな。」

カカシは明後日の方向を向いて惚けた顔をした。








「それから私は手術の助手になるシズネとサクラと3人でお前の手術に向けた準備を始めた。幸いお前との血液型が一緒だったからな、輸血の調達について、しなくて良かったのは助かった。」

綱手は話すのを一旦止めて、今しがたシズネが持って来てくれたお茶を一口飲んだ。イタチも経口補水液を飲むように勧められたので、自分を落ち着かせるように息を吐き、2、3口飲み込む。その手は震えていた。

「あの日はの口寄せの神威が先にやって来た。場は騒然としたよ。なんたって窓から大きな白い狼が飛び込んで来たんだからな。だが、まぁ、直ぐに人払いをして、その少し後にがこの髪紐を頼りに現れた。お前を抱えてな。そこからは手筈通りの転生医療忍術で息を吹き返したお前に治療と移植をして、この部屋に匿って居た訳だ。」

イタチは手のひらで目を覆った。全てが終わったと思った。愛する人たちと2度と会えなくなるのは哀しかったが後悔は無かった。それが最善だと、平和な世界で愛する人たちが暮らしていける道だと信じていたからだ。

「・・俺が、を殺したのか。」

その声は絶望に満ちていた。

「それは違う。」
「違うものか!を食らって、生き残って、どうしろというんだ・・!」

感情を荒げる事など無かったイタチは、この激情を持て余した。だが、彼女が命を賭して助けたこの身を傷つける事など出来そうに無い。強く握った手を力任せに叩きつけようと振り上げたが、それは途中で力を失ったようにだらりと投げ出された。

「・・手紙を、預かっている。落ち着いたら読むといい。」

そう言って、ベッドのサイドテーブルに手紙の入った封筒を置いて、綱手は立ち上がった。イタチの視線はその封筒を追って、止まったままだ。見張りを着けるか迷ったが、結局誰もつけずに(とはいえ見張りを任せられるのはカカシかサクラかシズネだけなのだが)部屋を出た。その後ろからシズネも慌てて出てくる。

「1時間たったら粥でも持って行ってやってくれ。」
「・・わかりました。」

さて、仕事が煮詰まって来たので、息抜きにと様子を見に来たら偶然イタチが目覚めるのに居合わせて随分と長い休憩になってしまった。まだまだ仕事は山積みだ。人も足りないし、まったく何とかならないものか。

「・・。性格はともかく腕は立つし転生医療忍術を再現させる程医療忍術に精通してるし、是非うちに欲しかったんだがな。」

そして、出来ればもっと話をしてみたかった。あの捻くれた小娘と。



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2017.06.01