中忍試験の後もサスケの修行の手伝いは続いていた。
木の葉崩しの混乱の後ではを入れる班を検討する時間も無く、ずるずると宙ぶらりんな状態が続いている結果だ。
里を抜けそうなと、不安定なサスケの両方を一手に見る意味もあるのだろうと冷静に分析しながらも、木の葉崩しの際手を全く出さなかったにお咎めが無かったのは意外だった。
影分身にサスケの相手をさせているは、手作りのチェスの駒を動かした。
その対面にはもう1人の影分身が座って、盤上を見つめている。
「自分相手ってやりにくいわね。」
かつん、と駒が動くと同時にサスケのうめき声が聞こえてきて、は顔を盤上から上げた。
時計を見ると、もう2時間も経っている。
予想以上にサスケの動きが鈍い。少し飛ばしすぎたか。
「大丈夫?」
影分身を消して、サスケの元まで瞬時に移動すると、彼の前にしゃがみ込んだ。
怪我は大したことは無い。先ほどの戦いぶりだと、左腕での分身の蹴りを受け止めた時に角度が悪くて肘が少しいかれているくらいだろう。
怪我した場所を差し出せ、と指で合図すると、サスケは素直に左肘を差し出した。
「頭では分かっていても体が追いついてない感じだったわね。」
「・・・将棋みたいなやつをやってた癖に、見てたのか。」
問われてはくすくすと笑うと、頭をとんとんと指差した。
「私の分身は優秀なの。情報共有してる。」
「・・・相変わらず、嫌味な奴。」
ふい、とそっぽを向いて悪態をついているうちに治療が終わり、は立ち上がった。
見るからにサスケは疲弊している。今日はこれ以上やるのはやめておいた方が良いか。いや、しかしカカシから遠慮なくやってやれと言われているし。と、考えていると、座り込んでいたサスケが漸く口を開いた。
「・・・お前は、何か憎んでいるものがあるか。」
何の脈略も無い質問だが、何を意図して聞いているのかは大体分かってしまって、薄く笑った。
「残念だけど、無いわね。イタチから何か言われた?」
少し前に、イタチがナルトを狙ってやってきたところに出くわしたという話は聞いている。
大方、彼に何か言われたのか、それとも出会った際に何か感じるものがあったのだろう。
イタチの名前を出したことでサスケから殺気が放たれるが、それをそよ風のように受け流してただ見つめる。
「俺が弱いのは、憎しみが足りないから・・・らしい。」
自分を落ち着かせるように深呼吸をした後呟いた言葉は、イタチの言葉だろう。
それで目下、自分よりも力のあるにあの質問を投げかけたのだろうが、回答としてはNOだ。
「自分の力を高める時、起爆剤になるのはその人それぞれよ。確かに憎しみっていうのは手っ取り早く起爆剤になるものと思う。臥薪嘗胆って言うでしょ?」
有名な故事を引き合いに出したが、これはこの世界で得たものではない事を、不可解そうに自分を見るサスケの顔で思い出す。
「・・・臥薪嘗胆って言うのは、薪の上で寝ることで受けた屈辱を思い出して、屈辱を晴らした後も胆を嘗めて屈辱を忘れないようにするって言う、まぁ、憎しみを忘れないっていう古い話から来た故事なんだけど、私はあんまり好きじゃないのよね。」
端折って説明すると、サスケは何ともいえない表情をしていた。
「だって、屈辱を晴らすレベルが目標になっちゃって、それ以上上に行けないでしょ?それに、憎しみっていうのは負の感情。負の感情から生まれたものは死ぬまで長続きしない・・って思ってる。」
これは持論だ。全ての人に当てはまる訳では無い。
「でも、まぁ・・・最初はいいんじゃない?憎しみを糧にしても。その後は自分で他のものを見つけなきゃいけないとは思うけどね。」
これについて、ああだこうだと議論する気はない。
は顔を上げると少し前から様子を見ていたカカシの方を見た。
「で、まだ体術の相手した方が良いの?」
矢張りばれていたか、と木から飛び降りたカカシは頬を掻きながらを見た。
「出来ればの本体が出ざるを得ないくらいまで持って行きたかったが、ま、厳しいか。」
「そうね。カカシ先生でもやっとってとこじゃないかしら。」
挑発するように、にっこりと笑って言うと、カカシは頬をひくりとさせた。
確かにの体術はずばぬけている。忍術を使うなといわれたら五分五分、あるいはカカシが分が悪い。
「相変わらずの減らず口だね。」
2人から相変わらず、と言われてしまって、は拗ねたように眉を寄せた。
「あら、お2人とも、さっきから相変わらずって、どれ程私のことを知ってるっていうのよ。」
少なくとも、この数ヶ月で口が悪いことくらいは把握している、と言いたかったが、言ったら言ったで面倒なのは目に見えているので二人とも口をつぐんだ。
は立場上、サスケの近くで寝泊りしていた。
とは言っても寝食を共にするほどではない。本当に、近くのアパートに滞在することを強いられただけだ。
(こんな時間に、散歩、ねぇ・・・)
サスケと会話していて彼が里を抜けるつもりなのは何となく感じ取っていた。
今は自分よりも彼がマークされている。ということは、サスケが行動を起こせばへの警戒は緩むということだ。
(そろそろコレの出番かしら)
は死体の入った巻物を手に取ると、必要なものだけを既に詰め込んである鞄を引っ張り出した。
既に数日前からの監視は解かれている。
後は、少し争いが起きるのに乗じて里を出れば良いだけ。
サスケが少し離れた場所まで移動すると、里の中心部から何名かが動き始めた。
頃合か。
「最後に一楽のラーメンも食べたし、思い残すことは・・・無い。」
最後に両親の写真が入った写真立てをバッグに詰め込んで音も無くその場から姿を消した。
サスケが向かった方角へ向かい、暗部が到着する前に死体を出してばらす。
今更だが、もう死体なんて小細工せずにさっさと去れば良いのではと思ったが、ここまで創ったのに出番が無いのも哀しい。
何だか釈然としない気持ちのまま、細工を終らせたは今度こそ里から出た。
連絡用に貰っていたデイダラの粘土で作られた鳥を飛ばし、ひとまず火の国にあるアジトへ向かう。
最後に行った時、一応念で移動する時に必要になる「しるし」を置いて来て良かったと思いながら程よく離れた辺りで念を発動させると、そこはアジト内にあるの部屋だった。
「誰も居ない時に来るのは初めてね・・・」
そう呟いた時、ゆらりと影が揺れて神威が這い出てきた。
随分久しぶりに見る彼の姿には腰を落として頭を撫でてやった。
「2日後、こっちに来るってよ。ったく、俺は伝書鳩じゃねぇんだけどよー。」
「そう。伝言ご苦労様。」
文句はいいつつも褒められると満更でもないのか、神威はぐるぐると喉を鳴らした。
「つーか、お前、血の匂いがすんな。里抜ける時戦ったのか?」
言われては自分の服を見下ろした。確かに死体をばらすときに血には触れたが、服にはかからないように注意したし、手についた血は手ぬぐいで拭って焼いてしまった。
「臭う?」
「ちょっとな。」
獣とは言え、他人に臭うといわれてしまってはの矜持が許さない。
質問に答えてない!と騒ぐ神威を放ってはシャワーを浴びに向かった。
の死体が見つかったという事態に、サスケの失踪事件と合わせて一同は騒然とした。
時刻から見て、里を抜けるサスケに遭遇し、その際に争いになって死亡という流れが自然だが、の能力についてはナルトとサクラが良く知っている。
サスケが里を抜ける際、どこからかコンタクトがあり、それにやられたのではという議論もあったが、目下サスケを追うことを最優先とし、サスケ奪還の指示を出した綱手だったが、の検死にあたっていたシスネから妙な話を聞いてその眉を寄せた。
「死体はフェイク・・?」
そもそも検死にシスネが当たるはずでは無かったのだが、最初に検死を担当した忍から、気になる点があるため一応見てくれ、と言われて見たのだ。
しかも気になる点というのが、の死亡時刻が少しずれているという程度のもの。
「精巧な死体です。死亡時刻が明らかになっていない場合や綱手様や私くらいでは無いと違和感を感じないほどの。」
が異質だというのは、今回の死体発見を皮切りに少し関連書類を見て知っていた。
あの歳で性質変化・水遁と雷遁をマスターし、医療忍術までも操るというのは最初見た時信じられなかった。
しかし、あの死体がフェイクだとすれば辻褄が合う。
並の忍では彼女を殺すことは不可能なのだから。
「・・・このことはまだ、誰にも言うな。混乱を招く。」
そしてそのが精巧な死体までも作り出す程の使い手なのであれば、木の葉にとっては相当な痛手だ。
彼女が木の葉に害を成すか否かなど、確かめる術は無いし、この状況下では対策も立てようが無い。
「死体は?」
「防腐処理をして保管しています。」
であれば、再度検死を行ったところ、フェイクという事が分かった、という事にするしかない。
何故こうも次から次へと問題が起きるのか。
「今見れるか?」
「はい。」
綱手は立ち上がるとの遺体が保管されている場所へと向かった。
防腐処理をしたばかりのそれは保存液の中にあり、既にシスネのチャクラ糸で縫われていた。
彼女がチャクラ糸を解けば、またもとの形状に戻るのだろう。
「心臓が無いな。あとは遺体の損傷も酷い。」
閉じられた目に青い唇。そして、裂傷の激しい肢体の中で一際目を引いたのは抉り取られた心臓部分だった。
「死体を創ったとしても、培養液のような物を使わなければ長期保存はできませんし、氷漬けにして保管したとしても検死の時にばれます。恐らく、心臓部分に血液を循環させる細工を入れていたのではないか、と。」
本当にそれを彼女が作ったのならば、医療に関する知識は綱手に引けを取らないばかりか、相当の切れ者だ。
しかし、彼女の記録を見る限りは、木の葉で生まれ、木の葉で育っている。
交友関係についても、うちはイタチ以外怪しい者はいない。
それ以前にこれほどの知識を与える者と接触していれば嫌でも記録に残る筈だ。
一体、彼女はこの死体をどうやって創り上げたのか。その知識をどこから手に入れたのか。そして、
「・・・彼女は一体、何のために里を・・・」
その答えは誰も知らない。
答えの無い問いをしても無駄だと頭を切り替え、綱手は立ち上がった。
事後処理は山ほど残っている。今やるべきは、目の前の事だ。
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