Dreaming

時を超えて 三度目の人生



倒れそうになる体制で相手をこちらに誘い込むと素直に相手は止めだと言わんばかりにを倒そうと肩を掴んで足を払おうとする。

だん、と硬い音が響いて。


「あぁ、クソ、負けた。」


倒れたのは相手の方だった。
すんでの所でが相手を投げ飛ばしたのだ。


「・・・・お前、女なんだよな。」


未だ倒れたままの相手はため息混じりにに尋ねる。


「頭でも打った?」


は不快そうに眉を寄せながらも彼に手を伸ばして立ち上がるのを手伝ってやる。
が、相手の男はその手を払って自分で立ち上がった。
相変わらず可愛くない奴だ。


「うるさい。もう一度だ。」


そう言って、彼独特の構えをするので、は首を横に振った。


「もう帰るよ。若とやると疲れるから嫌だ。」
「勝ち逃げか。」
「逃げって・・・どうせまた来週も来るんでしょ?その時で良いじゃん。」


言うが早いか、背を向けて歩き出したに若も舌打ちをして更衣室へ向かった。






















迎えなんて良いのに、稽古が遅くなると必ず迎えに来る兄に今日はもう一人くっついてきていた。


「今晩は、若君。」
「今晩は。今日も迎えですか。」


自分を投げ飛ばしてしまうような彼女には必要ないのに、と思いながら言葉を返したが、彼の隣に見慣れない人物がいるのに眉を上げた。
目が合うと頭を下げた男性は、自分やよりも少し年上のように見える。佐為といる時点で同級生と考えるのが自然か。


「はい。ちょうど彼と碁を打っていたものですから。」


成る程、碁の仲間か。
そう納得して、若は2人に頭を下げた。


「では、俺はこれで。」
「はい、お疲れ様です。」


去っていく若に、また来週、と声をかけては久しぶりに見るアキラを見た。
彼の弟であるヒカルとは毎日のように顔を合わせているのに(クラスメートだから当たり前だが)、肝心のアキラとは、ほんとうに


「久しぶりだね、アキラさん。」
「そうですね。」


つっかけただけだった靴を履き直して立ち上がると、歩き始める。


「ていうかこんな時間まで碁ってどんだけ好きなのよ。」
さんだって、こんな時間まで稽古ですよね?」
「まぁね。」


2人のやりとりを見ていたアキラは、矢張りに感じる近親感に首をかしげた。
会った回数は片手で足りる程。それなのに、何故か彼女がいることに変な落ち着きを感じてしまうのは、何故だろうか。


「アキラさん?」
「あ、はい。」


は、と顔をあげると、歩きながらもと佐為の二対の視線が向いていた。


「すみません。少し、考え事をしていました。」
「そういえば、今日はヒカル君いないんだね。」


佐為、アキラ、ヒカルの3人で碁を打ちに行っている事が多いのに、クラスメートの姿が見当たらなくて首を傾げた。


「ヒカルは補講です。ね、アキラさん。」
「えぇ、本当に、あのバカは・・・。」


ため息混じりに弟の頭を憂う姿には、あぁ、と思い当たる節があった。


「そういえば、数学のテスト最下位だったっけ。」


更に言うと、今回と前回の数学のテストが最下位続きだった為、1週間補講を言い渡された上に課題もたんまり貰ってに泣きついてきたのは数日前の事だ。


「最下位、だって?」


そのアキラの声色には首をかしげた。
補講のことを知っていたからてっきり、最下位だったことも知っていると思ったのだ。


「知らなかったの?」
「補講があるとしか聞いていなくて・・あいつ、わざと黙ってたな。」


これは余計な事を言ってしまったかと思うものの、相手はヒカルだ。どうでも良いや、といささか失礼なことを考えながらも、静かに怒っているアキラの顔を見た。


「まぁまぁ、ヒカルも、その悪気があったわけでは・・・」
「どこに悪気が無いって言うんだ。」


なだめようとして失敗に終わる佐為。少し憤慨してものを言う様子も、”前”の彼とそっくりだ。
前の世界では血のつながりは無くてもライバルとしてある意味血とは違った固さを持ったつながりがあって、それは今でも変わっていない。そこに血のつながりが加わっただけだ。
やっぱり自分も碁をすれば良かったのかと思ってみても、”前”の人生でアレほど佐為として碁を打っていたのにも関わらず全く未だに分からないのだから、ある意味才能があるんじゃないかと思う。


「はぁ」


知らず知らずのうちにため息が漏れて、2人の視線が自分に向かった。


「どうかしましたか、さん。」
「まさかうちの愚弟が迷惑でも・・・。」


2人の声に我に返って、両手を振ってそれを否定する。


「あぁ、違うの。何だか身体を動かし足りないなぁって。」


途端に呆れたような表情になる2人に、とっさについた言い訳とは言え、むっとしてしまう。
2人だって変わらないでしょ、と言い返そうとした時、ポケットの携帯が音を立てたので携帯を取り出して画面を確認する。


「・・・。」


そこには兄の名前が出ていて、そこでようやくゆっくりとしすぎた事に気がつく。


「あ。」


足を止めたを不思議に思った佐為がそれを覗きこんで、合点がいったように声を上げた。






















翌日登校して席についた所で、ヒカルが慌ただしくの元へやってきた。


「おい、!」
「はいはい、おはよう。」


朝は静かに過ごしたいのに煩いなぁと表情で伝えてみても、ヒカルにそれを読み取るという高等な技能は備わっていない。
案の定わーわーとまくし立てるように話し始めたヒカルの言葉には黙って耳を傾けた。


「お前、昨日アキラに数学のテストのこと言っただろ!帰ってきたと思ったらすっげー怒られて大変だったんだからな!おまけに課題も宿題も終わってねぇし!!」
「そんな事言われたって自業自得でしょーが。」


しかも最後の課題と宿題なんて当たられてもお門違いも良い所だ。


「で、罰として今度の休みの集まりにお前連れて来いって言うし訳わかんねぇ・・・って、あ。」


しまった、と口を覆ったが時既に遅し。


「私を?」


アキラに、それとなく誘ってみてくれと言われた時、くれぐれも直球で言うな。遠回しに言えと言われたのにすっかりそんな事忘れてぽろりと言ってしまった言葉はもう戻ってこない。
しっかりと耳に届いたらしく聞き返すに、ヒカルは少し悩んだあと、出た結論は”まぁいっか”だった。


「何か話したいことでもあんじゃねぇ?ほら、碁で集まってばっかだからあんまお前と会う機会ねぇし、よく分かんねぇけど良いから来いって。碁の後ゲームしようぜ!」


そもそも、遠回しで、それとなく誘うだなんて自分に出来るはずが無い。頼んだアキラが悪い。そう思ったら切り替えは早い。


「で、ついでに宿題教えてくれよ。アキラに教わってもすぐ馬鹿にされて終わりだしな。」
「・・・私が教えても大差無い気がするけど。」


ヒカルが救いようのないアホだという事はこの数ヶ月ですっかり分かってしまった。
人に教えることで理解が深まるだとか言うが、まぁ、それを否定する気は無い。がしかしだ、コレほどのアホに教えるとなると、そうも言っていられない。
ちょっと嫌だなぁ、と思い始めたのにも関わらず、ヒカルは「ってことだからちゃんと次の土曜空けとけよ!」と締めくくって自分の席に戻ってしまった。


(・・・まぁ、アキラさんに会えるのは、やぶさかではないんだけども・・・)


”前”は彼とどんな話をして、どんな事を過ごしていただろうか。
思い出してみると、いくらでも2人でいた時の記憶はあるのに、それを今の彼と出来るはずが無い。
そう思うと、何だか無償に悲しくなった。


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2014.05.13 執筆