Dreaming

時を超えて 三度目の人生



紫の生地に白い花。
袴の袖が目の前で揺れる。
その下には畳の上に置かれた碁盤。


「こうして、アキラ君と戦うのも久しぶりだね。」


聞き覚えのある声が降ってきて顔をあげると、袴に身を包んださんが笑っていた。
驚いて周りを見回すと、左手に立会人席、右手にカメラ。


「・・・?」


どういうことだ。これじゃぁ、まるで・・・。


「悪いけど、防衛させて貰うよ。」


好戦的に笑った彼女の背後に何故か佐為が見える。
いやだがいつも目にするような風貌ではない。
ただでさえ長い髪が尋常じゃないくらい長くなっている。いつも結んでいるから分からないが、あいつの髪は腰まで届かないくらいだった。それが今はおろされていて足もとまで伸びている。
それよりも特徴的なのは烏帽子に着物。何のコスプレだ。
日本史の授業で出てきた平安貴族そのままじゃないか。あいつにそんな趣味があったとは・・。


「初の女性名人、防衛なるか。明日の見出しはこれだな。」


小さく聞こえてきたのは記者の声だ。名人って、さんが?彼女は囲碁を全くやらないって、聞いたはずなのに。
一体、何なんだ。


「・・・?アキラ君?」


不思議そうに首をかしげた彼女の目が合う。
一体何がどうなっているんだ。そう聞きたいのに、僕の口は勝手に好き勝手動く。


「今日は、勝ちます。」


僕の声だ。何なんだ。本当に。
何か情報を、と、もう一度周りを見回そうとするのに、視界は全く動かない。
おまけに、何だ。視界が白み始めて、頭も、うまく、、、、










すぅ、と息を大きく吸い込んで、はっきりと覚醒したのを感じた。
目に映るのは見慣れた自分の部屋の天井だ。ということは、あれはやっぱり夢だったのか。


「・・・・なんだってあんな夢を・・・」


そういえば、今日は久しぶりに彼女に会う日だったか。
息を大きく吐き出して、ベッドから出るとカーテンを開いた。
まだ少し早い時間だからか、窓の外には誰も居ない。


「少し、散歩でもするか。」


スウェットからジャージに着替えて外に出る。
夏も終わりに近づいているのだろう。外の空気は少しだけ冷たい。
それでも半袖で問題ない気温に足取り軽く、河原の方へと足を進めた。


「・・・変な夢だったな・・・」


夢の中の彼女は大人びて見えた。というよりも大人だった。
もしかして予知夢?いや、それでも、さんは全く囲碁をやらないと言っていた。
今から始めて、あれくらいの歳に名人にだなんて、無理だ。
だとしたら願望?僕は、彼女と対局したいのか?


「・・・考えてもきりがない。やめよう。」


彼女は囲碁をしない。好敵手(佐為)の妹で、弟(ヒカル)のクラスメートで、よくわからない近親感を感じる、不思議な子だ。
あぁ、ヒカルが、彼女は頭が良いと言ってた。あとは・・・ってやっぱり彼女の事を考えてるじゃないか!


「はぁ・・」


ぶんぶんと頭を振って顔をあげると、そこは土手だった。
結構歩いたらしい。振り返ると遠くにいつも散歩する辺りが見える。


「・・・そういえば、この近くに、彼女が通っている道場があったな。」


佐為と共に彼女を迎えに行ったのはもう一ヶ月程前か。
少し早めについて、こっそり佐為と覗いたら同い年くらいの男の子を投げ飛ばしているのだから驚いた。
(すぐに、あんまり見るとバレるからと佐為に引っ張られてそれ以上見ることは叶わなかったが)


「・・・あ。」


そう思い返しながら家に戻ろうかと踵を返すと、見覚えのある人物が走ってくるのが見えて思わず呟いた。
夢のなかから今まで思い描いていた相手だ。もしかして、これも夢か?


「おはよう。アキラさん。早いね。」


Tシャツに短パン。ランニングウェアに身を包んだ彼女は足を止めて、額に浮かんだ汗を拭った。


さんこそ。毎日こんな時間に走ってるんですか?」
「まさか!毎日じゃないよ。週の半分くらい、かなぁ・・」


へらり、とわらった表情に、肩の力が抜ける。
何だ、何で力が入ってたんだ。緊張してたのか?


「あ、今日、佐為は10時くらいに行くって言ってたけど、私はお昼ごはんから合流するよ。」
「え?」


聞き返した声は、自分で思った以上に落胆の色が浮かんでいて、自分でも驚く。


「ほら、ヒカルに勉強教えるから、午前中は佐為とヒカルが打って、お昼ごはんのあとはアキラさんと佐為に打ってもらってその間勉強教えようかなって思って。」
「・・・そうですか。」


ということは、さんといられるのは昼食の間とその後、1,2時間あるか無いか、ってことか?
短い・・・・・って何なんだ。今日、ちょっとおかしいぞ。


「アキラさん?」


首を傾げたさんと目が合う。夢の中の彼女とかぶる。


「あ、いえ。じゃぁお昼楽しみにしてます。」
「うん。じゃぁまた後で。」


そう、笑って、走り去っていった彼女の姿を眺めて、やっぱり何だか不思議な気分になった。
そのままのんびりと家へと向かって結局帰り着いたのは7時を過ぎた頃。


何か飲もうとキッチンに行くと、起きてきたらしい母親に驚かれて、そのまま朝食を取って、まだ呑気に寝ているヒカルを叩き起こしたのは、10時。
佐為が来る少し前のことだった。

さんが来るまで、長いな。


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2014.09.10 執筆