水曜日。
いよいよこの日がやってきた。
良く知らないが、矢張りアキラは凄い人物のようだ、と佐為の気合いの入り様に、自分まで少し緊張してしまって嘆息する。
「あ、ちゃん!今日これからカラオケ行くんだけど、一緒に行かない?」
アキラに今から公園へ向かう旨をメールしているところに声をかけられて、は送信ボタンを押してから顔を上げた。
「あー、ごめんね。今日ちょっと用事があって。」
「そっか。じゃぁまた今度だね。」
そういうクラスメートに手を振って、は立ち上がった。
『良いんですか?』
(うん。いつでも行けるしね。)
気遣うような声。
佐為は遠慮をしすぎだ、といつも思う。
としては遠慮しないで欲しい。
それは、昔から兄のように慕っているからでもあるし、何より、自分のためでもあった。
またとない、罪滅ぼしの機会。はちらりと佐為を見た。
公園のベンチで待つこと数分。
少し冷える、と、は暖かい紅茶の缶を買った。
佐為は自動販売機が好きらしい。いつ見ても面白い、と言う。
「・・・意外。もっとピリピリするかと思った。」
プルタブを開けて、ごくりと喉に流し込む。
暖かさが身にしみた。
『今から緊張していたんじゃ、持ちませんしね。』
ふふ、と笑って佐為は公園を見て回る。
そういえば、この公園に来るのも久しぶりだな、とはベンチに腰掛けた。
いつも高校に行く時、横を通るが、眺めるだけで中に入ることはない。
「・・・っと、」
震える携帯に、はポケットから携帯を取り出した。
タイミングからしてアキラだが、残念だがら、番号を登録するのを忘れていたので分からない。
「はい、加賀です。」
『塔矢です。あの、公園にもうすぐ着くんですが・・・・あ、』
ん?と、言葉が切れたのを不審に思って、はきょろきょろと見回して、それらしき人物を見つけた。
「あ、今行きます。」
は慌てて紅茶を飲み干して、自販機の横の缶入れに投げた。
がらん、と音がして、しっかり中に入ったのを見届けて、振り返る。
『さん!まったく、行儀が悪いですよ!』
いつのまにか隣にいた佐為が嗜めるものの、どこ吹く風。
少し離れた位置にいるアキラも、これを見て少し笑っているようだった。
「コントロールが良いんですね。」
落ち合うと、開口一番にそう言われてはばつが悪そうに笑った。
アキラの言う通り、彼の家との家は結構近い位置にあった。
公園から歩くこと10分程度で辿り着いた家の門構えは立派すぎて、少し笑ってしまった。
「?」
どうかしましたか?と視線を向けられたので、慌てて、手をふる。
「いや、ちょっと門構えが立派すぎて、思わず笑っちゃいました。ごめんなさい。」
「え?」
そんなに立派かなぁ、と小さく呟くアキラに「立派だよ!」と突っ込みたかったが、突っ込めず、促されるままに敷地内へと入った。
広い庭に、走り回るゴールデンレトリバー。
(流石・・・。)
玄関に入ったら入ったで、立派な胡蝶蘭に出迎えられて「うわお」と思わず呟いてしまって、アキラに笑われてしまった。
このまま上がって良いものか迷っていると、すぐに明子が出て来て、にこりとに微笑みかけながらスリッパを出してくれた。
「あら、可愛いお客さんね。アキラさん。」
「こちら、加賀さん。いつも門下生の人が打っている部屋、開いてますよね。」
明子はそう言われてびっくりしたようにを見たあとアキラを見た。
「え、えぇ、開いてるけれど・・・彼女と対局するの?」
「はい。あ、さん、こちらです。」
は促されるままスリッパを履いた。
「お邪魔します。」
「えぇ、ゆっくりなさってね。」
アキラの後を追って入った部屋にはソファと碁盤が4つ並んでいる部屋だった。
すぐに、お茶を持った明子が入って来て、小さなテーブルにお茶を置く。
アキラから客が来るとは聞いていたが、まさかこの歳の女性とは思っていなかったのだろう。
少しそわそわとしている。
「じゃぁ、互戦で良いですね。」
すでに座布団に座っているアキラに、も目の前に座る。
明子は相変わらず碁一色のアキラに困ったように笑って、部屋を後にした。
『望むところです。』
以前と同じ、先手で打つ。
いきなり高まる緊張感には息を吐き出した。
『さん、行きますよ』
(うん)
すっと指した扇子の先。
ぱちん、と石を指す音がいやに響いた。
結果は4目半で佐為の勝ちだった。
気がついたら一時間が過ぎており、時間は6時半。
足が痛い、と静かに崩す。
(・・・そんなに圧倒的差だったの?)
『いいえ、僅差です。』
佐為も、ほぅと息を吐き出した。
これだけ佐為と打っていても囲碁が打てないというのは、ある意味才能に近いかもしれない。
よくわからない石の並び。
分からなくても、奇麗だとは思う。
「・・・sai」
ぽつり、と溢れたアキラの言葉に、はびくりと肩を揺らした。
「saiを知っていますか?」
その真剣な目に、はその目を見つめ返した。
「佐為?何で塔矢さんが佐為を知って・・・」
『わー!さん!違うんです!あの、塔矢が言ってるsaiというのは・・・』
しまった。ヒカルに憑いていた時に、saiという名前でネット碁をやっていたことを教えるのを忘れていた。
佐為は慌てて説明しようとするが、アキラがの言葉に勢い良く食いつく。
「知ってるんですね!」
「え?あ、ちょっと待って。」
ストップ!と手をずずいと前に出すと、アキラは口をつぐんだ。
「取りあえず、塔矢さん、深呼吸して。佐為は事情を説明して。」
の台詞に気になる言葉が混ざっているのを気づきながらも、アキラは言う通り深呼吸をした。
は、佐為を見上げる。
『・・・前、saiという名前でネット碁をやっていたんです。その時、塔矢とは対戦していて・・・。』
「ははぁ、それで塔矢さんは佐為を探してるって訳。」
はぁ、とため息をついて、はアキラを見た後、佐為を見た。
「言うの遅すぎだよ。ほら、見て、塔矢さん。固まってるし、説明しなきゃ。」
『説明しても分かって頂けるか・・・』
「分かってもらうのよ。じゃなきゃ私、変人じゃん。」
はぁー、と深くため息をついて、はお茶の置いてあるテーブルを見た。
まさかの此処での種明かしに、少し頭が痛い。
落ち着け。と立ち上がった。
「取りあえず、お茶飲みましょう。」
「え?あ、はい。」
戸惑いつつも、アキラも立ち上がる。
そりゃそうだろう。目の前の女性が宙を見ながら喋り始めるのだ。
驚くに決まっている。
『・・・すみません』
佐為は己の説明不足を呪った。
<<>>