本来なら、今日は普通にアキラと対局して、帰るはずだった。
なのにこの状況はどうだろう。
『さん、本当に説明するんですか?』
佐為は心配そうにを見たあと、アキラを見た。
(説明するの。)
予想外の展開に少し気が動転していたが、話すしか無いと腹をくくってみれば案外気が楽なもので、はすっかり冷えてしまったお茶を口に運んだ。
対照的に緊張している佐為はうろうろとあっちに行ったりこっちに行ったり。
戸惑いつつも、話を聞こうと目の前に座るアキラが湯のみを置いたのを確認して、は口を開いた。
絶対、他言無用ですよ。と、いう言葉から始まったの話はとても信じられるものじゃなかった。
平安時代の幽霊?
本因坊秀策に憑依?
アキラは余りの話に理解が追いついていないのを感じた。
目の前の女性とは出会って間もないが、信じたいと思う。だが、これほどの話、簡単に信じられる訳が無かった。
それをも理解しているのか、そうだよね、信じられないよね、と頷いた。
「・・・見て貰うのが、早いのかな。」
ね、と佐為を見上げると、そんなこと出来るのか、と佐為は驚いたようにを見た。
『ほ、本当にそんなこと出来るんですか?』
「多分、出来る気がする。」
そう言っては右手を差し出した。
宙に向かって手を差し出すの様子はさぞ滑稽に映ることだろう。
佐為は戸惑いながらもその手に自分の手を重ねた。
それを確認して、は目を閉じる。
「うーん、難しい。」
が出来ると言ったのは、一応理由がある。
昔、同じようなことをやった事があるのだ。
次第に、右手の辺りにぼんやりと何かが見えて、アキラはぎょっとした。
今まで何かが見えた事は一度も無いのに、次第にクリアになる其れに、目を瞬かせる。
「あ、これ、結構きついかも・・・。」
『大丈夫ですか?』
次いで、ぼんやりと聞こえて来た声。
アキラは鈍器で殴られたような衝撃を感じた。
まさかの、展開だ。次の瞬間、一気に佐為の姿が浮かび上がったのだ。
「さん・・・これは・・・。」
『え、もしかして、見えているんですか?』
佐為はアキラと視線があったのにびっくりして、を見た。
しかし、言葉を返したのはアキラだった。
「見えます。貴方が、saiですか。」
『・・・はい。私が佐為です。貴方と対局するのは今日で4度目ですね。』
まさか、目の前の彼と直接話をする日が来るとは思わなかった、と佐為は目を細めた。
『最初はヒカルと、あの碁会所で。2回目もですね。』
その言葉にアキラは目を見開いた。
矢張り、あれはsaiだったのだ。自分は、間違えていなかった。
『3回目はネット碁で・・・また、貴方と対局できる日が来るとは思いませんでした。』
「僕は・・・」
アキラは予想外の展開にどう対応して良いか分からなかった。
表に出て来ないsaiの存在にやきもきし、正体を掴もうと躍起になったこともあった。
だが、実際に会った途端、何を話せば良いのか分からなくなった。
それでも、自然と出て来た言葉はこれだった。
「僕は・・・強くなっていますか?」
佐為は驚いたように目を丸くして、くすくすと笑った。
『えぇ、驚きました。きっと、ヒカルも貴方と同じく、強くなっているのでしょうね。』
「進藤は・・・」
アキラが答えようとした所で、佐為の姿がふっとぶれた。
驚いて、を見ると、少し青い顔をしたの姿があった。
「二人とも、話が長い・・・疲れた。」
佐為は慌てての方へしゃがみ込んだ。
『あぁ、すみません、さん。私ったらまた・・・!』
「塔矢さん、取りあえず、水、もらっても良いですか?」
アキラは頷くと急いで水を取りに行った。
あの後、少しすると、すっかり回復したが佐為の言葉を通訳することで落ち着いた。
先ほどの碁の検討に白熱する二人に苦笑しながら、佐為の言葉に口を開く。
「何か、佐為は囲碁馬鹿だ、囲碁馬鹿だって昔から思ってたけど、塔矢さんも相当なものよね。」
何気なく、思ったつもりだったが、二人の視線が自分に向いて、は首をかしげた。
『さん、口に出てましたよ。』
「うそ!」
佐為に指摘されて、はアキラを見た。
すると、アキラはくつくつと笑っていて、は頬を掻いた。
「いや、塔矢さん、悪い意味じゃなくてですね、言葉のアヤと言いますか・・・」
「いえ、大丈夫です。本当に。あの、それより、」
ん?それより何だろうか、とはアキラを見た。
「敬語じゃなくて、さっきみたいに話して下さい。そっちの方がさんらしいです。」
「え?」
聞き返すと、ニコニコとアキラが見つめ返すので、ううむと唸る。
「とは言っても年上だしなぁ・・・。」
「1つだけですけどね。」
予想していなかったアキラの突っ込みに、は目をぱちぱちさせた。
「そういえば、さっき水を取りに行ったとき、さんの分まで夕食を準備してしまったらしいんですけど、食べて行きませんか?」
「え?」
は携帯を見た。
時間は7時。確かに言われてみると凄くお腹がすいた。
『体力を消耗したでしょうし、ご馳走になっていった方が良いんじゃないですか?』
「そうかな?」
『はい。』
が斜め上を見て、話すので、佐為と話していることが分かったのだろう。
アキラはの視線の先を見た。
今は全く見えないが、そこに佐為がいると思うと、いる気がするのだから不思議だ。
「佐為さんは何と?」
「食べて行った方が良いって。だからご馳走になろうかな。」
じゃぁ、母に伝えて来ます、と立ち上がったアキラの背を眺めながら携帯を取り出した。
もう夕食を作っているかもしれないが、明日の朝、食べれば良いだろう。
家に電話をかけると、すぐに母親の声が聞こえた。
「あ、お母さん?今日なんだけど、友達の家でご飯ご馳走になることになって・・・・うん。明日の朝食べる。御免ね。」
そう告げると、母はしっかりお礼を言うのよ、と言って電話を切った。
電話が切れるのとほぼ同時にアキラが戻って来て、は立ち上がる。
「そういえば、今日は塔矢さんのお父さんはいないんだね。」
「父さんは、今週いっぱい中国に行っていて・・・戻って来たら佐為さんと打ちたがるだろうね。」
『・・・あの者と打てるのでしょうか』
はっと顔を上げた佐為はアキラを見つめている。
「・・・佐為が、お父さんと打てるかって。」
「説明するのは大変だと思いますが、父は絶対打ちたがりますよ。」
絶対、そこまで言うなら、大丈夫なんじゃない、と佐為を見ると、佐為は嬉しそうに笑っていて、
「・・・・やっぱり囲碁馬鹿。」
『さん!やっぱりって何ですか!』
ひどい!と佐為が言うのに、ははいはいと軽くあしらう。
「やっぱりはやっぱり。兄上と打ってる時から思ってたけど、千年とちょっと経っても変わらないなぁって。」
「佐為さんとさんはお付き合いが長いんですか?」
まるで兄妹のような、親友のようなやり取りにアキラは不思議に思う。
無理も無い。の前世までは話していないのだから。
『当然です!もうかれこれ・・・』
「まぁ、ね。」
佐為の説明を無視して、は肩を竦めながら言った。
もうすぐ居間に入る。これ以上は佐為と口頭で話せない。
居間に入ると、美味しそうな匂いが立ちこめていて、自然と笑顔になった。
「アキラさん、さん、もう準備できてますよ。」
また、笑顔で出迎えられて、はアキラと共に席についた。
「もう、こんな可愛いお嬢さんがいらっしゃるなら、もっといろいろと用意したのに、アキラさん、詳しく教えてくれないものだから・・・。」
「十分、おいしそうな料理ばかりで、凄く食べるのが楽しみです。」
そう言うと、明子は嬉しそうに笑って、お茶を出した。
「そんなこと言ってくれるなんて嬉しいわ。さ、食べましょう。」
いただきます、と3人の声がそろって、食事を始める。
は真っ先に箸を付けた筑前煮に、にこにこと笑みをこぼした。
「塔矢さんのお母さん、凄く美味しいです、これ。」
そう言うと、明子は一瞬止まった後、面白そうにくすくすと笑い始めた。
何か悪い事でも言っただろうか、とアキラを見ると、アキラも笑っていて、は佐為と目を見合わせた。
「ふふ、あ、ごめんなさい。塔矢さんのお母さんだなんて、ややこしいわね。明子で良いわよ。」
「僕もアキラで良いです。」
「じゃぁ、私もで。」
そう言うと、アキラは「もうそう呼んでますけどね」と笑いながら言う。
「食卓で笑い声が上がるのも久しぶり。」
「そうなんですか?」
「もう、アキラさんも、夫も無口なものだから、やっぱり女の子がいると華があって良いわね。」
またいらしてね。という明子の言葉の暖かみに、は自然と笑顔で頷いた。
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