Dreaming

ステイ・ウィズ・ミィ #3



朝、アラームの音で目を覚ましたは唸りながらソファーから身を起こした。
そして煩いアラームを殴り飛ばそうとして、は、と覚醒する。


「あ・・っぶなー。」


壊す所だった。ホッとしながらアラームを止めて立ち上がる。


「あいつならまだ寝てる。」
「でもいつ起きるか分かんないから引っ込んでてよ。」


什造が寝ている事を教えてくれたのは、いつもは影の中にいる半身。
の”念能力”の1つだ。その金色の髪をなびかせてリビングのカーテンを開けたアポロに舌打ちをしながらキッチンへと向かう。この半身は大人しくのいうことを聞いてくれないのだから困りモノだ。


「つーか、もう1週間だぜ?まだ此処にいるつもりか?」


その言葉を聞き流しながらパンをトースターに入れ、フライパンを火にかける。


「んー。衣食住が確保されてるから暫く此処でも良いかなって。」
「ふーん。」


ニヤニヤしながら相槌を貰って、は眉を寄せながらフライパンにベーコンを並べた。
じゅわり、と音が鳴る。それと同時にこの1LDKの部屋をリビングと寝室に分割している扉の奥から、どすん、と音がした。
大方什造が寝ぼけてベッドから落っこちたのだろう。
もう影の中に戻ってよ。と言おうとしたが、既にアポロの姿は無くって。
ベーコンの上に卵を2つ落として蓋をすると弱火にしてから寝室へと向かった。


「もうすぐご飯出来るから起きて。」


一応ノックをしてからドアを開けると、床に這いつくばっている什造が目に入った。
声に反応して半分目を開けた什造は”ふぁーい”と気の抜けた返事をしながらベッドに手を伸ばしてタオルケットを引きずり下ろすとそれにくるまってしまう。


「・・・・起きてってば!一応サラリーマンでしょ!?」


力任せにタオルケットを引っ張り上げると、それにくるまっていた什造も一緒に持ち上がり、そして重力にしたがってフローリングにごろりと転がった。


「・・・朝から激しいです・・・」


ごちん、と頭をぶつけた什造は恨めしそうに視線だけをに向けた。


「起きないと今度什造君のおでこに肉って文字のボディスティッチ入れちゃうよ。」


む、と口をとがらせるのを見届けては急ぎ足でキッチンに戻った。
心配していた通り半熟にしようと思っていた目玉焼きは少し固めになってしまったが、まぁ仕方ない。
皿に取り出し脇に置いて手早く放置してあったバナナを小さく切ってヨーグルトと一緒に器に入れている所でようやくのそのそと什造がリビングに入ってきた。


「美味しそうな匂いです。」
「はい、持って行って。」


什造の特別講師になると同時に彼の家に居候を初めて1週間の頃の話。

























文法も単語も一緒。違うのは文字だけだ。だから対応表さえ作ってしまえばひらがなで書かれた文章を読むのは容易い。


「問題は漢字なんだよねー。」


常用漢字の意味と読み方の書いてある本から顔を上げては唸った。
ポケットには先ほどすれ違った矢鱈煩い女性から失敬した財布。お札だけ取り出してゴミ箱に入れても良かったが、公園のベンチに置いてこれからどこへ行こうかと考えていると変わったオーラの少年が目に入った。


(赤黒い)


不思議な色だ。でも、見た感じどこにでもいそうな雰囲気。
変わっている点と言えば眼帯をしているという所だけだろうか。


(レアだぜ。)
(そうだね。話しかけないけどね。)


わくわく、と影の中で身を乗り出しているアポロの様子が目に浮かぶ。
釘を刺すように話しかけない、と伝えるとアポロはへそを曲げたのか舌打ちをして、ぬるりと、勝手に影の中から這い出た。


「!」


びっくりして思わず周囲を見回す。幸か不幸か、目が合ったのは眼帯の少年だけだった。

「なぁなぁ、お前変わったオーラしてんな。」


少年は急に這い出てきたアポロに目を白黒させている。手に持っているコーヒーがぽろりと、手から滑り落ちたのを見ては地面を蹴った。


「こら、アポロ。びっくりしてるじゃん。」


少しこぼれたコーヒーが人差し指の付け根にかかったが、中身の大部分は無事だったようだ。
は少しほっとしながらコーヒーを少年に差し出した。


「はい、コーヒー。」
「え?あ、あの・・・」


戸惑いながらとコーヒー、そしてアポロの3点で視線を彷徨わせている少年に再度コーヒーを差し出すと少年はどもりながらも礼を言ってコーヒーを手にとった。


「あ、ありがとう」
「ううん。こっちが驚かせちゃったみたいだし。」


その言葉で先ほど自分が見た光景を思い出したのか、少年はアポロを見下ろしてじぃっと凝視した。


「私はで、こっちがアポロ。君は?」


少年は問われて困ったように笑った後口を開いた。


「金木 研、です。」























いきなり会ってオーラが違うんだけど貴方何者ですか、なんて聞けるはずがなく、(アポロは聞こうとしたがすんでの所でが口を塞いだ)世間話をしたが、それだけでもにとっては収穫があるものだった。

最近まで海外にいて、初めて日本に来たのだと言うと金木研は色々な事を教えてくれた。
日本食ならこれが美味しいだとか、日本語の勉強に本を読むならコレがお薦めだとか、どんな行事があるか、などなど。ただ、食べ物の話をする時だけ、悲しそうにしているのが引っかかって、そういう時は黙って聞いていると金木はそれに気づいて申し訳無さそうに笑った。
逆に、当然のことだがこちらの話も聞かれた。
当たり障りの無い話は話せたが、少しでも話せない領域の事になると、それを質問している側の金木も感じ取ってそれとなく話を別方向に持って行ってくれた。

自分にも話せない話があるから出来る芸当だろう。


「じゃぁちゃん、気をつけてね。」
「うん。金木さんも。・・・あ。」


背を向けて歩き出そうとした所で、はポケットからレシートとペンを取り出すとさらさらと英数字の羅列を書き並べた。


「多分、金木さんは強くなんなきゃいけない時が来るとおもうからさ。その時は連絡してよ。」


そう言いながらレシートを差し出すと、金木はきょとんとしたあと、真顔になってを見つめ返した。


「今日色々教えてくれたお礼にちょっとお手伝いするよ。こう見えて私結構強いからさ。」


茶化すように笑いながら電話番号とメールアドレスが裏に書かれたレシートを押し付けては今度こそ踵を返して歩き始めた。
もう、少し空が赤らみ始めている。何か事件が起きない限り什造は定時に帰ってくるだろう。


「・・・」


ポケットの中に入っている携帯を手にとって見るとメールが一通。
誰だろう、と思うまでもなく、このメアドを知っているのは什造と先ほど連絡先を渡した金木だけだ。


”もー会議とか面倒臭いです。”


ダメな社会人だ。相変わらず。
そう思いながらメールを閉じようとすると、また新着メールが来て、それを開く。


”ここの喫茶店でバイトをしてるので、よかったら今度来てください。 金木研”


添付されている地図。喫茶店ということは軽食も取れるだろうか。
今度昼食がてら行ってみようかな。なんて思いながら携帯をポケットにしまった。


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2014.07.03 執筆