鈴屋什造は鼻歌を歌いながら土手を歩いていた。
最近引っ越したマンションまでは遠回りにはなるが、ここらではAレートの喰種の目撃情報がある。
あわよくば手柄を挙げたいところだ。と、邪魔な前髪をくるくる弄っていると、什造はすんすんと鼻を動かした。
「あれ、これって血の匂いです?」
これは事件の予感だ。にたり、と笑って血の匂いのする方へと向かうと、遠目に自分とそう変わらない背丈の少女(スカートを履いている)と大柄な男が2人。
少女の足元には何かが転がっている。
これは少女に不利ですかねぇ、と呑気に考えながら駆け出そうとしたが、什造はその足を止めた。
「うわー」
少女がいつの間にか手に持っている大きな鎌。
「かっこいー」
重そうなそれを軽々と扱う少女はいとも簡単に片方の男の胴体を分断し、もう一人の男の腕を根本から切り落とした。
流石に胴体を分断された方は息絶えたらしい。赫子を出す暇もない一撃で、遠目とは言えその動きをかろうじてでしか目で追えなかった什造は再び感嘆の声を上げた。
残された男は慌てて赫子を出す。それに少女は怯んだものの、数回相手の攻撃を受けた後あっさりと先ほどの男と同様に胴体を分断してしまった。
「凄いですねー!」
思わずぱちぱちと手を叩きながら少女に向かって走りだすと、少女は眉を寄せて什造を見つめ返した。
「喰種捜査官ですよね?さっきのクインケすっごく格好良かったですー!見せてください!ていうか下さい!」
「うわ、え、ちょっと、え?」
思わず後ろに飛び退いて距離を作ると、什造はきょとんとしてを見た。
「だめです?」
「あ、いや、えぇっと・・」
顔や首、差し出されてる手にある赤い縫合跡に奇妙な奴だなと心のなかで呟きながらは什造の足元にいる女性に目をやった。
ちょうど駆けつけた時腕が切断されていて今は気絶している女性だ。
「取り敢えずその人治療するんで、ちょっと待って。」
「チリョウ?」
首を傾げる什造をよそに、は女性の切断された腕を拾い上げると女性の傍らにしゃがみこんだ。
その反対側に周り、不思議そうにの動向を見守っている什造に落ち着かないが、こんな若い女性が片腕を無くしてこれから生きていくのは気の毒だ。
「あんまり見られると気になるんだけど・・ま、いっか。」
念糸縫合に使用する念(生体エネルギー)で造られた糸は常人には視えない。何をしているのかさっぱり分からないだろうに。
(この人暫く目、醒さなさそうだし、この変な人に聞けば良いか。なんか、危害加える気はなさそうだし。)
そう思いながらも什造にたいして警戒は解かないまま縫合を始めた。
「おお!」
素早い動きで縫合を進め、完了させるまで15秒と少し。
「んー、縫合率84%ってとこかなぁ・・」
腕の表面を確認すると微かに線が見える。この縫合を教えてくれた師なら線さえ残さないだろうに。女性の腕を覆っていた自分のオーラを解いて地面に下ろしては什造を見た。
「すごい!すごーい!」
純粋に驚いて、そして感嘆している什造にやっぱり変な人だと顔を引き攣らせながらは口を開いた。
「あのー、少し聞きたい事があるんですけど・・」
「奇遇ですね。僕もです。あ、僕は鈴屋什造と言います。君は何て言うんです?」
にこにこと笑顔で矢継ぎ早に話しかけてくる什造に戸惑いながらもは薄く口を開いた。
「、です。」
什造がをつれて入ったのは彼のマンションの近くでよく食事を取るために立ち寄っているファミレスだった。
「さ、メニューどーぞ!ここは僕のおごりですから遠慮しないでくださいね。」
「・・・どうも。」
メニューを受け取って開くと、そこには写真が載っていてはほっとしてメニューを眺めはじめた。
空腹か否かと言うと空腹だ。ちょっと運動もしたし、できれば肉を行きたい。
「んー、これも美味しそうだけど、こっちも美味しそう・・・あ、デザートも頼んで良いの?」
視線は感じてはいたが、尋ねながら什造を見るとばっちりとその大きい目と目が合って、は眉を寄せた。
「あぁ、ハイ。どうぞ。」
すぐにニッコリと笑った什造が大きく頷いたので不思議に思いながらも遠慮なくデザートのページも開く。
ハンバーグを食べた後、口をすっきりさせる為にシャーベットが食べたい所だが、こっちでの名称が分からない。
(見た目はコレなんだけど、なぁ・・・まぁ、コーヒーとか、隣の人がさっき注文してたステーキとか食べ物の名前は一緒っぽいし何とかなるか。)
1人頷いてがメニューを閉じると相変わらずにこにこしている什造と目が合った。
「決まりました?」
「うん。」
「すみませ〜ん」
店員が来ると真っ先にオーダーを言い始めたのは什造でそれを聞きながら今度はが彼を観察し始めた。
歳は同じくらい。性別は多分男。華奢だが出会ってから此処に来るまで、そして今も隙を見せていない。
(でも、念使いじゃないし、オーラも赤く無いし。)
観察するだけじゃ彼のことは知れなさそうだ。だったら尚更こちらのカードは必要最低限、小出しにして情報を引き出さないと。
純粋に食事を楽しみたいのになぁ、と心のなかで悪態を付いていると名前を呼ばれた。
どうやら注文が終わったらしい。
「あ、このハンバーグと、こっちのシャーベット。」
「かしこまりました。」
店員のお姉さんは引きつった笑みを浮かべて頭を下げると席から去っていった。
「お肉、お好きなんですかぁ?」
「うん。特に身体動かした後は食べたくなるかな。え、と什造さんは?」
取り敢えず無難に返すと、什造は少し動きを止めた後くすくすと笑い始めた。
「什造サンだなんて、ヤメて下さいよぉ。何か変な感じです。」
「え?・・・じゃぁ、什造、くん?」
「んー、じゃぁそれで。僕もお肉好きですよー。あ、でも今日は魚な気分なので焼き魚定食にしましたけど。」
「魚ねー、たまに食べたくなるけど、ほら、10代のうちはやっぱお肉じゃない?」
「・・お肉一口下さい。」
話しているうちに肉が食べたくなってきたのか、少し悩んだ後そう言った什造には笑った。
「追加注文すれば良いじゃん。」
食べてる間、軽い自己紹介をして食事についての好みの話が意外と盛り上がって食べ終わる頃にはアイスとシャーベットどちらが好きかという議論に発展していた。
そしてその後、が先ほどの人の形をした生き物について聞くと、什造は驚いたように目を瞬かせた。
「喰種捜査員じゃなかったんです?」
「ぐーる捜査員?」
なんだソレ。
「え、じゃぁさっきの鎌は・・あれ、そうだ、どこに行っちゃったんです!?」
ないない、あの格好良いクインケが!!と騒ぎ始めた什造は芋づる式に”あの縫合は何だったんです!?”と身を乗り出してに尋ねた。
「その前に、さっき戦った人の事教えてってば。そしたら教えてあげる。」
「えー、もう、仕方ないですねー。」
口を尖らせて乗り出していた身体をぼすん、とソファに寄りかからせた什造はすねたようにジュースをストローで啜った。
「喰種って、人を喰う奴らですよ。ほんとに知らないんですかぁ?」
「へー、カニバリズムの趣味の人たちって事?」
「身体の作りからして違うんです。人間はあの”ニョンニョン”出せません。」
ニョンニョンってなんだ。と思ったがすぐに2人目に殺した男が腰辺りから出した奴だろうと察しがついて頷いておいた。
「あと、喰種は人間の食事を摂りません。何でもすっごく不味く感じるし、食べる必要が無くって、食べれるのは人間だけらしいです。」
僕もあんまり詳しい事知らないんですけど。と言いながらまたジュースをすする什造を目の前には合点がいったように相槌を打った。
(てことは赤いオーラの奴らが喰種って事?の割にあのカフェの人達は好戦的じゃなかったけど。)
(穏健派もいるって事だろ。)
半身が頭の中で囁くが、声に出さずともアポロと会話して什造に感付かれるのもマズイ。アポロの声を無視しては口を開いた。
「そのグールって奴らと戦ってるのがさっき言ってたグール捜査官ってこと?」
「ぴんぽーん。そうです。実は僕も喰種捜査官です。新米ですけどね。」
言われて、失礼だがそうは見えないと思ったら、むっとした什造から恨めしそうな視線が送られた。
「今、そうは見えないって思ったでしょう。」
「ごめんごめん。さっきのと戦える程強く見えなかったから。」
正直に言ってしまって少し後悔したが、什造は言われてううんと唸った。
「確かに、僕はまだあんな短時間で二体も殺せないし・・・あんな動きも・・・」
ぶつぶつと呟く什造は暫く唸って呟いてを繰り返したあと、何か閃いたと言わんばかりの顔でぐりんとに顔を向けた。
「じゃぁちゃんは僕の特別講師ですね。決まりです。」
「え?」
何の脈略も無く言われたセリフにはそう月次に返すしか無かった。
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