Dreaming

ステイ・ウィズ・ミィ #1



太陽は頭上。は、と目を開けるとそこは路地裏。
どこだろう、此処は。戸惑いながらも、いきなり訳分からない状況という目には昔から遭っている。


(どこも痛くないから、誰かにぶっ飛ばされた訳でも無い、と思うけど・・・)


それでも自分の兄は躊躇なく自分を過酷な状況に放り込むから、食事になにか薬でも混ぜられて気を失ってるうちに此処に連れて来られた、という可能性も無きにしもあらず。
しかし、見下ろした自分の姿はハイスクールの制服を身につけている。


「・・・だめだ、何してたのか思い出せない。」
『人通りの多い所に行こうぜ』
「あー、うん。そうだね。」


半身の声が足元の影から聞こえてくる。は頭を掻きながら路地を出た。
目に飛び込む人の姿は、何の変哲も無いヒトだ。しかし看板からは此処が文字がさっぱり分からない場所だと分かる。


(とんでもない秘境に来ちゃったのか、それとも・・・)


いや、コレほどの文明の発達した場所なら、それは無い。だが、それ以外の可能性を考えるには情報が少なすぎる。
取り敢えずスッた財布片手に少し歩いた所にあったカフェに入り、周りの人を観察することにした。


(このお店の中、やけに”赤い”オーラの人が多いな・・)


”凝”をしてぐるりと見回せば、此処に来るまですれ違った人の中に、たまーにいた赤いオーラの人であふれている。


「メニューをどうぞ。」
「あ、どうも。」


黒髪のショートカットの女の子がくれたメニューを受け取って開くと、やっぱり分からない文字の羅列で思わずため息が漏れる。


(あの子も、オーラが赤かった。なんだろう。人種的な、何かが違うのかな。)


普通の人は透明なオーラをしている。自分のように念が使えるとしても、色が付くなんて聞いたことが無い。
流石未知の世界だ。と納得しながら、近くの人が「コーヒー1つ」と頼むのを聞き取って自分の中のコーヒーとここの人たちが認識しているコーヒーが取り敢えず見た目・臭いともに同一である事を悟った。


「すみません、私もコーヒー1つ。」


見知らぬ土地にいきなり放り出された時にするべきなのは、地形の把握とそこに住む人達の観察だ。
幸い、ここの文明レベルは高く、出会った途端襲い掛かってくるような野蛮人はいないらし。


「どうぞ。」
「どうも。」


出されたコーヒーを手に、臭いを嗅ぐ。うん。やっぱり自分の知っているコーヒーの臭いだ。
少し舌で舐めて見る。うん。やっぱり自分の知っているコーヒーの味だ。
砂糖を少し入れて普通に飲み始めると、”影”の中から『俺にも飲ませろ』と野次が飛んできたがそれを無視してコーヒーをこくりと飲む。
どうせ”彼”に味なんて分かりはしない。あげるだけ無駄だと考えながら飲み干そうとすると、その思考が分かったのか『成分分析させろってー!』と喚く声がまた聞こえた。





















「350円になります。」


情報収集も終わり、席を立つと、先ほど観察していた客が店を出る際に持っていった伝票を手にレジへと向かった。
あいにくこの喫茶店で話を聞いていた限りだとお金の価値についてはよく分からなかった為、それが高いのか安いのか、どのコインなのかよく分からない。
取り敢えずお札と小銭入れに入っていたコインを手のひらに出して会計の女の子に差し出した。


「・・・え?」
「ごめん。あんまりこっちのお金分かんなくって。」


あはは、と苦笑交じりに言うと、驚いたように目を瞬かせた女の子はつられて少し笑いながら手のひらの上に乗っかっていたコインを拾い上げた。


「おや、海外の方ですか。」


近くにいたマスターらしき老人の言葉にはへらりと笑った。


「母親がここの人なんですけど、ずっと海外にいたんです。」
「へぇ・・。その割に日本語は上手いですね。」
「あはは、ありがとうございます。」


(ニホンゴ・・・)


この国の名前は”ニホン”と言うのだろうか。そうアタリをつけながら、矢張り早急に文字が読めるようにならなければと考えながら習得方法について思案する。


「また、いらしてくださいね。」


お釣りを受け取って財布にしまいながら背を向けると、その背にそう言葉を投げかけてきたのはマスターで。


「はい。また来ます。」


ドアを開くとカランカランと鐘が音を立てた。
それを見届けたマスターは、ふ、と息を吐き出して彼女が飲んでいたカップを下げる。


「・・・変わった匂いの人でしたね。」
「そうですねぇ。私もあのような人は初めてでしたが・・。」


敵意は全く感じられなかった。感じ取れたのは、人々の会話に耳を澄ませていたということだけ。
長年の経験からアレが喰種を狙っている者ではないということは分かる。
ならば何か。それが分からずにマスターは窓を見たがすでに彼女の姿は無かった。


「トーカちゃん、先ほどの方には注意してくださいね。」
「・・・はい。」


首を傾げながらも頷いたトーカは、手を上げた客の元へ向かった。























ビルの屋上。少し寂れた感のあるそのフェンスに腰をおろしたの隣には相棒がぬるりと姿をあらわす。


「で、どーすんだよ。」
「どーするもこーするも。今日は野宿かな。」


ちかちか光るネオンは自分の知る街に良く似ている。
だが、あんな赤いオーラの人間がごろごろいるこの街は”自分のいた世界”じゃないだろう。


「しっかしさァ、何なんだろうな、あいつら。」
「・・・・」


きらきらと目を光らせる半身・アポロにはため息をついた。
がアポロを創った時、彼は基本的にと大差無かったはずなのに、いつのまにかこんなに好奇心旺盛な少年になってしまった。は自分の肩ほどにあるアポロの頭をぐしゃぐしゃと片手で撫で回した。


「程々にね。」
「おう。その前に衣食住の確保だしな。」


それだ。とは唸った。
片っ端から財布を頂いても良いが、此処の治安を守っている人たちに目を付けられるのは遠慮したい。


「どう考えても警察いるよね。」
「今喧嘩売るのは得策じゃぁねぇよな。」


うんうん、と頷いていると、風に乗って女性の悲鳴が聞こえてきた。
か細いそれに釣られて、声の方向を見ると河川敷が見えた。


「よし。ピンチを救って恩を売ろうぜ。」
「で、色々聞き出すか。よし!」


悲鳴が聞こえて2秒後、は河川敷に向かって飛び出した。


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2014.06.23 執筆