Dreaming

Diva #33



私が死んだ時の為に、此処に次の最長老に伝えるべき事を記しておく。

母星は既に滅び、私達はこの星で暮らしていかなければならない。
差し当たり、私は黒聖歌を歌い継ぐ事を禁じた。

あの歌は、サージャリム信仰の無いこの星にあってはならない歌。余計な争いを招きかねない。
黒聖歌は名実共に失われた章となるだろう。


更に、基本的に外界との接触は最小限に留める。理由は上記と同じ。私達は争いの種になる事を避けなければならない。
本来であればキチェスは絶やすべきだが、既に私達の血はこの星の人間と混じり始めている。
何の因果か、過去1億分の1で生まれるとされたキチェスだが、既にこの里に移り住んでから20名強のキチェスが生まれた。
そして同数の守人。これについては未だ良く分かってはいない。
ただ言えるのは、この短期間で私達は強く狼人間と混じり、キチェスと守人という血を超越した繋がりを持って生まれるという進化を遂げた。


願わくば、このまま平和に暮らしていけるよう。


今後、私達の在り方で道に迷うことがあれば、アカシックレコードの知識を活用して欲しい。
宇宙の知識・意思。
未来を視るものだけが、視ることを許される知識の洪水。

求めるのであれば、最終章を歌いなさい。
私達が生きた森と共に。





「未来を、視る者だけが視える、知識の洪水・・。」


最長老の日誌から顔を上げたが呟き、隣に腰掛けていたクロロは彼女を見た。
は思案するようにぽつりと言葉を零す。


「私達が生きた森・・・キチェスの里のこと・・?」


本を閉じては立ち上がった。


「クロロ、キチェスの里に行こう。」


何の脈略も無い彼女の提案にクロロは嘆息しながらも立ち上がった。





























車の中で粗方話しを聞き終えたクロロはまっすぐに空港まで向かった。
死の森に1番近い空港まで半日、そしてそこから死の森まで車で1日。
ホテルで一泊し、死の森にたどり着いたのは2日後の夕方だった。


「最終章を歌うんだったな。知ってるのか?」
「最終章は、2番までしか無い筈なんだけど、この本に3番が書いてあった。それを歌えば良いんだと思う。」


は答えながら最初に来た時と同様、樹木で出来上がった、淡い緑色の光を放つ道を進む。
何度見ても美しい光景だ。しかも今は日が沈みかけている為、光がはっきりと目に映る。
その光景を眺めているクロロをよそには中へと進んでいく。
里の中央に開けた場所があったため、そこまで向かっているのだろう。

里はそう広く無い為、すぐに広場にたどり着くと中央に立ったは空を見上げた。
虫や鳥が鳴く音しか聞こえないこの森で、すっとが息を吸い込む音は良く聞こえた。


(アカシックレコード、か。)


当初ほどそれに対する興味は薄れていた。
それよりも、アカシックレコードの知識を得たが何をするつもりなのか、未だその目的をクロロは知らない。
それだけが、気がかりだった。


(哀しい歌だな)


の歌が里に響き渡る。森が共鳴するように揺らいでいるように見えた。
風が巻き起こる。クロロの耳にも森の歌声が届き始めて、その歌は勢いを増す。
音の洪水に呑まれる気分だ。

ふと、視界にちりちりと緑色に光る何かが舞い始めた。
例えるなら蛍のようなそれは、だんだんと増えていってを取り巻く。

また、風が吹いて、一気にその光が増えてに向かい、彼女の姿が霞む。


!」


気がつけばクロロは駆け出し、彼女の手を掴んでいた。
視界が真っ白になる。
彼女の歌が途切れて、暗闇に転落した。






















先ほどまで飲み込まれそうな程の歌声が響いていたのに、今は低い、鼓動のような音だけが響いている。
目をゆっくりと開けると、緑の光の粒が連なった川のようなものがあった。
それは鼓動にあわせるようにうねっている。
いつのまに移動したのか。そもそも此処は何処なのか。


?」


その光の塊の隣に、彼女はいた。
歩み寄りその肩を掴んで振り向かせる。


「何があった。」


はらはらと涙を流す彼女はどうしたというのだろうか。
ごしごしと涙を手の甲で拭ったはようやく顔を上げた。


「・・・・戻ろう、クロロ。此処は、私達がいて良い場所じゃない。」


それにクロロは眉を寄せる。
彼にしてみれば急に変な場所に飛んだと思ったら光の隣でしくしくが泣いていたのだ。
そもそもアカシックレコードを見に来たはずなのに、それらしきものは全く無い。


「ちゃんと説明しろ。意味が分からない。」


しかし、の様子から、彼女が何かを知ったということだけは分かった。
クロロが目を開けるまでの短時間に、一体何を見たというのか。


「・・アカシックレコード、クロロに見せてあげられなくて、ごめん。」


やはり彼女は見たのだ。
どこにあると言うのか。周りを見渡すと、光の大群が波うち、物凄い勢いでこちらへ向かってくるところだった。
一瞬にして2人は光に包み込まれる。

先ほどと同様、視界がホワイトアウトしたと思ったら2人は里の広場に立っていた。
暗闇の中にいたのは短い時間だった筈なのに、すっかりと日が暮れて星が瞬いている。
クロロははっとしてを見下ろした。


?」


声をかけると、彼女は息を深く吐き出した。


「・・・私、最初は、アカシックレコードを見つけて何処かの星で生き延びてるキチェス達の所に行こうと思ってた。」


そう呟きながらはずるりと地面に座り込んだ。それにつられてクロロも座り込む。
もうクロロの耳に森の歌は聞こえない。
ただただ静かな空間が広がり、の声だけが耳に響く。


「確かに、アカシックレコードには何でも記されてあった。どうやれば他の星に行けるかも、そもそも、他の星にキチェス達がいるのかも。過去の記録も、未来の概要も。」


一気に話したは少し混乱しているように見えた。


「キチェスは、この星以外にいない。・・私と、エヴァ以外、いない。」


俯いたの声は震えていた。


「でも、1番びっくりしたのは、それを知っても何も感じなかった自分。私、あんなに他のキチェス達がいる星に行きたかったのに。そこに行って、自由に歌ったり色んな人たちと関わって生きていきたいと思ってたのに。この星から、出て行きたかったのに・・!」


黙って聞いていたクロロは大きくため息をついて、の頭を掴んだ。
少し力を入れるとから悲鳴があがる。


「い、いたい!」
「お前は、希少価値のある力を持っている癖に、身を守ることにかけては相当残念だ。碌な念能力も持っていないし、身体能力も一般人とそう変わらない。」


いきなりけなし始めたクロロに驚いては涙のたまった目を向けた。


「お前1人ならこの星は生き難かっただろうな。だが、俺はお前の何だ。」
「も・・守人?」


頷いたクロロは掴んでいた手で頭をぐしゃぐしゃとなで始めた。


「半分正解だな。俺は、お前の守人で、幻影旅団だ。もう一つ質問だが・・」


そのまま頬を流れ落ちた涙をぬぐってやる。


「俺に勝てる奴がそうそういると思うか?」


何故そんな質問をするのだろうか。
その真意が分からず、戸惑いながらも口を開く。


「・・・思わない。」
「なら、問題無いだろう。結界さえ張ればいつでも歌って良いし、思い切り歌いたくなかったらエヴァの家でもこの里でも連れて行ってやる。」


だんだん意味を理解してきて、はつんと目の奥が熱くなるのを感じた。


「この俺が珍しく面倒を見てやると言ってるんだ。他の星に行く必要があるか?」


こらえていた涙腺が今度こそ決壊する。
わんわん泣き出しながらはクロロにしがみついた。























「で、結局アカシックレコードは何処にあったんだ。」



あのまましがみついたまま泣き止む様子を見せなかったを抱えて、彼女の家へと向かったクロロはそのままベッドに横になった。
ようやく落ち着いてきたは少しばつが悪そうに顔をようやくクロロから離した。


「アカシックレコードは物じゃないって前言ったでしょ?」
「あぁ。」
「アカシックレコードは宇宙の知識だったの。」


ぴんと来ない説明にクロロは眉を寄せた。


「暗闇の中で見たあの緑色の光はこの星。あれを経由してアカシックレコードから知識を引き出すんだけど、うん、不思議な感じだった。疑問に思ってた事の答えが全部頭の中に流れ込んできて・・」
「俺には何も無かったが?」
「最長老の日誌には、未来を視る者だけが視ることが出来るって書いてあった。さっき分かったんだけど、未来を視るのって無意識のうちにアカシックレコードに記されてる未来を断片的に視てるからなんだって。だから、私は視ることが出来るけど、クロロには視れない。」


ようやく納得したのか、クロロは少し残念そうに頷いた。


「最長老になるのはね、未来を視れるキチェスなの。でも、私は昔、最長老になるのを断った。何でだと思う?」


また妙な質問をしてきたものだ、とクロロは思案する。
が私、と称しているのは彼女の前世であるヤ=ナギのことだ。
の性格は大体分かっているが、ヤ=ナギについてはとは別の存在。彼女を直接知らないクロロにしたら予想するのは難しく感じた。


「面倒だったから、か?」
「あ、近い。」


少し笑っては目を閉じた。
眠くなってきたのだろう。うとうととしているのが分かる。


「私はね、狼人間・・クロノの恋人だった。この星を彼と見て回りたかったの。でも、最長老になったら里から簡単には離れられなくなる。」


今となりにいるの話では無いのに、過去を生きたヤ=ナギの話なのにクロロは不愉快に感じるのを禁じえなかった。


「だから、断った。でも、当時の私は里の中心人物の1人だったから、やっぱり長期間里を離れるのは難しくって・・いつかこの星を旅したいと思ったの。地球みたいに美しいこの星、きっと見て回ったら楽しいと思ったのよ。」


彼女はもう半分夢の中だ。言葉が所々おぼつかない。


「そんな時、夢を見たの。転生した私と、転生したクロノ。・・クロノは、盗賊なんてものをやってるのよ。・・ふふ、びっくりしちゃった。」


いつの間にか口調が少しだけ変わっている。クロロは疑問に思った。
彼女はどちらの彼女なのだろうか、と。


「・・・私、次の人生でも、貴方に恋をするのね」


彼女のかすれた声で紡がれた言葉に、クロロは時が止まったように感じた。
自分はきっと”彼女”を知っている。
記憶には無い。それなのに知っていると感じる。

声をかけようとするが、既には眠ってしまった様だ。


「・・・」


開いた口からは言葉が出てくる事が無く、自分でも何を言おうとしたのか分からない。
疑問には思ったが、答えが出ないことに不快を感じるものでも無い。
クロロは久しぶりに疑問に対して考える事を放棄し、目を閉じた。

今日は良く眠れそうだった。


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2013.8.5 執筆