目が覚めると、視界が黒で覆い尽くされていた。
びっくりして飛び起きると、それが人であったことが分かる。
前も似たようなことがあった気がする、と思いながらそれを暫くぼうっと眺めた。
「うわっ」
呆然としていると、手を引っ張られてベッドに顔から突っ込んだ。
「もう少し寝かせろ。」
「う、うん。って、違う!人違いだよ、クロロ!」
ばたばたと暴れると、片目だけうっすらと目を開けたクロロと目が合って思わず固まった。
「だな?人違いじゃない。」
そして目を閉じてしまったクロロに、は硬直する。
誰かと間違えていないのであれば、これは一体どういうことなのだろうか。
「クロロ?夢でも見てるんじゃない?」
「・・・お前、昨晩告白したのを覚えていないのか?」
恐る恐る尋ねると、目を閉じたまま問い返されては眉を寄せた。
「誰が、誰に?」
「お前が俺に、だ。」
くつくつとクロロが笑う音が、振動が伝わる。
「え?」
いよいよ本気で笑い出したクロロには呆然とするしかなかった。
昨晩、自分が何を口走ったのかを丁寧に説明されたは真っ赤な顔をしながら麓にあるカフェで朝食を食べていた。
その目の前では同じく朝食を食べているクロロがにやにやとしながらを眺めている。
「その顔、やめて。」
「生憎と顔のつくりは変えられないな。」
からかうような声に、思わず持っていたフォークに力が入る。
穴があったら入りたい、とはこの事だろうか。
「まぁ、冗談は抜きにして、告白なら昨晩、里の広場でしたつもりだったんだが。」
ぴたり、とフレンチトーストを食べていた手が止まる。
「言っておくが、俺が、お前にだぞ。」
「・・・嘘。」
からかってる、と思ったのかは顔を顰めながらフレンチトーストを食べるのを再開した。
さびれたカフェだったから余り期待はしていなかったが中々のものだ。
「・・・あそこまで言わせておいて嘘とは、お前、中々良い性格してるな。」
「・・・?」
もぐもぐとフレンチトーストを咀嚼しながら昨日の夜のことを思い出す。
しかし、中々思い当たる言葉が出てこなくて、やっぱり分からない、と首を傾げた。
「面倒を見てやると言っただろう。」
ため息混じりにそう言うと、は目を丸くした。
「え、あれってそういう意味?」
「・・・分かった。仮に、俺が誰かと恋仲になったとしよう。その場合お前が望むときにエヴァの家や里に連れて行けると思うか?お前から片時も離れずに守ることが出来ると思うか?」
の顔が再び真っ赤に染まる。ようやく分かったか、とクロロは満足げに笑った。
「・・分かりにくいよ、クロロ。」
「俺としては分かりやすく言ったつもりだったが。」
「クロロって告白したこと無いでしょ。」
言われて、過去を思い返して確かにそういう経験が無いことに気付いて頷く。
「逆に聞くが、お前はあるのか?」
尋ねるとはくすくすと笑い出した。顔を顰めたり、目を丸くしたり、赤くなったり笑い出したり。忙しい奴だ。
「ある訳無いじゃん。だって、キチェスは純潔が命だし、人を好きになったことなんて、ない、し・・」
「成る程。俺が初めてということか。それは良い。」
したり顔のクロロに、彼がこういう事を言うだろうといってる途中で気付いたは嫌そうな顔をしている。
しかし、すぐに誤魔化すように残りのフレンチトーストを口に頬張った。
「褒めてるんだ。」
「・・・・褒められてる気がしないよ。」
口の中に残ったものをコーヒーで流し込む。
「それで、これからどうする。家に一旦戻るか?」
尋ねるとは首を縦に振った。
まだまだ読んでいない本はたくさんある。当初のアカシックレコードを探すという目的は無くなったが、がいたキチェスの集落を纏めていた最長老の日誌も読んでおきたい。
「帰ったら掃除と買い物だな。お前が急に里に行くと言い出したからまだ部屋を片付け切れていない。」
「・・・何か含みのある言い方だね。」
「そうか?」
笑いながらクロロはカップを手に取った。
「本を粗方読み終えたら、旅行に行くか。この星を見て回りたいんだろう?」
それを聞いては目を輝かせた。
いくつか国を移動したことはあるが、観光して回ったかと言われるとそんな事は無い。
出来るだけ外出は最小限に抑えてきたのだから。
「分かりやすい奴だな。」
「クロロは分かりにくいよ。」
まさか言い返してくるとは思わず、クロロは目を細めた。
「お前が鈍いだけだ。」
コーヒーを飲み干して立ち上がるとも慌ててコーヒーを飲んで席を立った。
すでにクロロは会計を済ませている。
「まずは何処に行きたい?」
尋ねられて、は車のドアを開きながら考える。
いざ聞かれると困るものだ。
「ジャポン、かな。」
「悪くないな。ノブナガの故郷・・と言うと語弊があるか。あいつはジャポンの民族らしい。」
エンジンをかけながら言うとは興味を持ったようにクロロを見た。
「じゃぁノブナガさんも一緒に行くかな。」
アクセルを踏もうとしたところにそう言われてクロロは踏みとどまる。
今、彼女は何と言っただろうか。
「・・なに?」
動きを止めたクロロを不思議そうに見るをクロロも見下ろす。
「いや、お前、今、ノブナガも一緒にと言ったか?」
「うん。」
何がいけないのか心底分かっていない表情で頷かれて、クロロは大きくため息を付いた。
「付き合って初めての旅行に何でノブナガを連れて行く必要があるんだ。馬鹿。」
ようやく理解したはまた顔を赤くして俯いてしまった。
気を取り直してアクセルを踏みながら、クロロは何となく理解した。
は鈍いだけじゃない。付き合うという事を良く知らないのだ、と。
クロロとが出会って一年と少しが経ち、2人はグリーズに来ていた。
あの桜並木は既に花をつけていて、それを眩しそうには見上げる。
「雪の中咲く桜も良かったが、これはこれで良いな。」
「こっちの方が良いよ。」
あの時はまだ知り合いだった2人だが、今は寄り添いながら桜並木を歩く。
この時期は多くの人で賑わっていて、以前来たときとは様子が違う。
桜たちの歓迎する歌声に自然と笑顔になった。
『うたって』
『いっしょに』
は自然と頷いて口を開いた。
「指に触れる やさしい木漏れ日」
クロロはいつの間にか着いてきていないに気付くと同時に彼女の歌声が耳に飛び込んできて勢い良く振り返った。
視線の先では桜の木に向かって気持ちよさそうに歌っている彼女の姿がある。
「この・・馬鹿がっ」
急いで彼女の横に駆け寄るとその口を塞いだ。
しかし、時既に遅く、桜の木々はざわざわと揺らめき、八分咲きだったのがみるみるうちに満開になる。
「あ」
はっと歌ってしまったことに気付いたは気まずそうにクロロを見上げた。
「お前は、本当に目を離せないな・・」
「ご、ごめん。」
桜を見に来ていた人々は満開の桜に歓声をあげる。
いつか見た光景にそっくりだ。
「・・行くぞ。手を貸せ。」
そうして歩き出したクロロの左手にはの右手が握られていた。
<<あとがき