Dreaming

Diva #31



孤児院というのは閉鎖的な場所だ。
孤児院の中で生活し、孤児院の中で教育を受け、遊ぶ。
戦争孤児が多い当時は特に、孤児院という比較的安全な箱庭から出たがらない子どもが多かった。
その1人がザイ=テス=ア=ランだった。

ア=ランは19歳という若さでその生涯を終えた。戦争が激化し、星が消滅したのだ。


その記憶を19の時に夢で見始めたエドガーは毎日を悶々としながら暮らしていた。
彼は前世の記憶から、戦争を酷く嫌悪しているというのに、それでも、世界中で必ずどこかが戦争を起こし、今なおア=ランと同じような戦争孤児が毎日生まれている。



その時だ。知人からMSCという団体について話を聞いたのは。
彼らはキチェスの村を壊滅させ、村にあった資料を持ち帰ったというのだ。
当たり前だが、キチェスの古い資料はこの世界の文字とは異なる。誰も未だ彼らの文書を理解してなどいないだろう。
そして、あちらの文明を手に出来れば、この世界を、戦争の無い世界に出来るかもしれないと考えた。

当時は余りにも安直な考え方だったが、ア=ランはMSCに半ば強引に入り、資料を読み漁った。


そこで分かったのは、昔、キチェスの一部がこの星に移住したという事、キチェスが黒聖歌という植物をたちまちに枯らせてしまう密歌を持っていたという事。
そして、ヤ=ナギというキチェスの生まれ変わりが、十数年前に生まれていたという事だ。

ア=ランは驚愕した。
孤児院で一時を共に過ごした少女が、己と同じく生まれ変わってこの世に生れ落ちていたのだ。
キチェスの村を壊滅させたからと言って、キチェスの生き残りが居る可能性は皆無ではない。

ア=ランは必死にキチェスの生き残りを探し始めた。


「そこで見つけたのが、君だ。」


は、デニスの視線を真っ向から受けた。


「君は、黒聖歌を歌える、最後のキチェス。」


デニスは低く笑う。


「ヤ=ナギ。最後のキチェスとして、君は責務を果たさなければならない。一度、世界を壊す責務を。」





























昔のヤ=ナギなら、エドガーの言葉に快く頷いただろう。
彼女は戦争を終わらせる事の出来うるキチェスの力を活用しない政府に不満を持っていた。
しかし、今いるのはヤ=ナギではない。だ。


「断る。」


エドガーはまさか断られると思っていなかったのか、一瞬言葉を理解できていないような表情を浮かべていた。しかし、直ぐにゆっくりと理解し始めると、顔を引きつらせる。


「分からない、何故だ?」
「黒聖歌はこの星にあってはならないものだから、私達がこの星に下りて数十年後、歌い継がれる事は無くなった。私はあれを歌う気は全く無いよ。」


毅然と言い放つにエドガーの手が伸びる。


「おっと、嬢ちゃんに触らないで貰おうか。団長の機嫌が悪くなるんでな。」


彼に向けてノブナガが刀を向けると、ようやく以外の存在を思い出したのか、エドガーは手を下ろした。
彼が不運だったのは、と共に居るのが幻影旅団だと気付かなかった事か、それとも中途半端な念能力者であるが故に対峙している彼らの実力を肌で感じ取ることが出来なかった事か。


念で創り上げた針がその形を象る前にノブナガがエドガーに襲い掛かり、エドガーは目を見開いた。
彼からしたら何が起こったのか分からないうちに事切れたことだろう。胴体を一閃された身体はごとりと床に転がった。

其れと同時にエドガーの背後の壁に当たった検圧によりちいさい穴が開く。


「何だ、こりゃ?」


エドガーの死体を蹴り飛ばし場所を空けると、ノブナガは壁を蹴り破った。
がらがらと崩れ去った壁の奥には階段があり、振り返ってクロロを見る。


「行くぞ。」


クロロとノブナガが中に入っていき、それにも続こうとしたが、ふと、転がっているエドガーの遺体に、視線を落とした。
唯一、前の世界を知る人物だったその人。
もっと早くに、別の場所で出会っていたら、少しは結末も違ったかもしれない。


「行くよ。」


中々動かないの肩を叩いたマチに促され、は視線を上げると壁の中に入っていった。

薄暗い階段を下りると、そこには本が所狭しと並んでいた。
全部運ぶのは厳しい量だが、中でもが前世で使っていた文字で書かれたものはそう多くは無い。

中には見たことがある本もあり、そっとそれを手に取った。


「あれ、もう終わってたんだ。」


階段の方からシャルの声が聞こえてきてそちらを見ると、デニスの方に向かっていた面々がいた。


「レイン。丁度良い所に来たな。」


声を掛けられたレインは、蔵書の数々を目にするとクロロが言いたいことを察したのか、部屋の中央にチョークで円を描き始めた。
すると、クロロをはじめ旅団全員がその円の中に本を積み上げ始める。


「え?何これ」
「あぁ、は知らなかったんだ。レインの能力の応用版だよ。」


本を積み上げていたシャルがまた本棚に戻って本を手に取りながら言う。も其れに習って本を手に取り始めた。


「レインって空間移動できる能力あるでしょ?それの応用で、円を描いた範囲内にある生物以外をレインと一緒に移動させるっていうヤツ。便利だよね。」


昔はそんな便利能力持って居なかった筈だ。旅団として動く中で新しく身に着けたものなのだろう。


「よし、じゃぁ先にアジトに行ってるからな!」


円の中に全ての本が積みあがったのを確認して、レインは本と共に部屋から姿を消した。






















広間では楽しそうな声が響く。
既に転がっているワインのボトルは両手で足りない程。ビールの缶も然り。
早く持ち帰った本を確認したい気持ちは勿論あったが、ひとまずは無事、事が終わったことを祝した酒盛りに、普段は余り飲まないも何杯かワインを飲んだあたりから笑いが絶えない。





クロロの隣で腕相撲を始めたフィンクスとノブナガを笑いながら眺めていると、レインが声をかけながら隣に腰を下ろした。
レインとは話をしたいと思いながらも、今回の事で彼のキチェスだったレイチェルの仇を取った彼が今後どうするのかを聞くのが少し怖くて結果的に一言も交わさずにここまで来ていた。


「お前はこれからどうする?」


そういれば、そもそもクロロ以外にはアカシックレコードを探していることを伝えていない。


「・・・探し物があるの。」


ヤ=ナギの記憶を鮮明に思い出していくうちに、また、彼女の日記を読み進めていくうちに、母星や近隣惑星が消滅してしまったことを思い出した。それでも、戦火を逃れて他の惑星に移り住んだキチェスがいるのではないか、という希望は消えない。

だが、以前ほどアカシックレコードを探し出し、仲間を見つけに行くという願いは強くないことをは気付かないふりをした。


「お前はどうするんだ、レイン。」


の隣で話を聞いていたクロロが問いかけると、レインはワインに視線を落とした。


「分からない。これまでどおり旅団として生きていくのも良いし、そうだな、旅をしてみるのも良いかもしれないって、思ってる。でも・・・」


レインはとクロロをその目に映した。


「正直、キチェスと共にいる守人を見るのは、少しきつい。」


それを聞いて、クロロは想像してみる。もし、仮にを失った後ハルとエヴァと共に居ることになったら、どうだろうか、と。
はっきりと認めては居なかったが、既には自分をなげうってでも守るべき対象として認識されている。
考えなくても、その気配を探り、近くにいなければ落ち着かない。最初呪いだと揶揄した通り、これは自分の意思でどうにかなる感情ではない。


「・・・旅か。良いんじゃないか。」


クロロはポケットからペンと紙切れを出すと、ハルのホームコードを書き落とした。


「ハルのホームコードだ。落ち着いたら尋ねてみると良い。」
「ハル?」


紙を受け取りながら聞き返す。は今更彼にハルとエヴァが生きていることを伝え忘れていた事に気付いた。


「ハルはエヴァと森で暮らしてる。黙っててごめん。」


レインは驚きを隠せないように目を揺らめかせた。


「あの2人が、生きてる・・」


驚きと共に、何故今まで黙っていたのか、と疑念が頭をもたげるものの、レインと、そしてクロロだけでいる時間は無く、周囲に悟られるのを嫌った結果今になったのだろうと自己完結させた。
じっとホームコードが書かれた紙を見下ろした後、それをポケットに仕舞ったレインは顔を上げた。


「明日にでも、此処を出るよ。」


そう言ってワインを煽ったレインはの頭をくしゃりとなでると、立ち上がって騒いでいる輪の中に入っていった。


、俺達は、どうする。」


お前はどうする、では無く、俺達と言われた言葉に面食らった顔をしたに、苦笑する。


「・・・・不本意だが、俺がお前の守人だということは事実だし、アカシックレコードは俺も興味がある。それに、MSCが壊滅状態とは言っても、お前らの力を欲しがる奴は他にもいる。」


は口に含んでいたワインをこくりと飲み込んだ。
喉があつい。


「お前、本当に念を使えるのか怪しいくらい弱いからな。一人でふらふらされると困る。」


目頭がつんとして、熱が集まる。
すぐに我慢なんて出来なくなって、ぱらぱらと目から涙が零れた。


「クロロは、アカシックレコードに興味があるから手伝ってくれてるんだと思ってた。別に守人だからとか、そんなのは、どうでも良いんだと・・・。」
「そうか。」


確かに最初はそうだった。はるか昔に他の星から移り住んできた民族。その技術が詰まっているものに興味を持った。それでも、それだけでは説明できない何かをクロロは正しく理解していた。


「ありがとう。」


本格的にぐずぐずと泣き出したに、クロロはどうしたものか、と途方に暮れた。


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2013.8.5 執筆